『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「翠清山死闘演義」編

291話 「山脈の洗礼 その1『環境変化』」

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 侵攻開始、三十三日目。

 ハンター傭兵混成軍、およそ九千は、ついに翠清山脈に立ち入る。

 しかし、行軍は必ずしも順調とはいえなかった。

 山脈に入ったことで地形が一変。スザク軍が苦戦したように移動するだけでも困難な険しい山道が現れた。

 山道といっても舗装されているわけではなく、案内のロープがあるわけでもない。剥き出しの岩がゴロゴロ転がっていて、目の前の山を越えるまで先が見えない厳しい場所だ。

 北側よりは多少緩やかなものの、登山家でもロープと杭が必要なほどの傾斜には、刺々しい植物が至る所に生い茂り、湿気で滑りやすくなっている。

 優れた武人ならば比較的容易に登れても、全員がそうではない。物資運搬用の台車も大量に持ち込む必要があるため、主に補給を担当する後続に遅れが目立つ。

 こんな状況なのだから装甲車の持ち込みは難しく、アンシュラオンたちもクルマは諦め、機関砲といった武器類だけポケット倉庫に入れて移動していた。

 強引に持っていくこともできるが、実際に機動力を使う場面がないので役立たずなのだ。

 ただし、居住空間としては使えるため、ベルロアナの戦車に関しては衛士たちががんばって引っ張っているのだが、あまり効率的な作業とはいえないだろう。

 そして何よりも、山岳地帯に入った瞬間から気候が大きく変化。

 温度が急激に下がり始め、進めば進むほど冷たい強風が襲いかかる。

 翠清山脈に手を出せなかったのは魔獣だけが原因ではなく、こうした厳しい気候も大きな要因であったことを思い知る。


「さ、さむーーい!」


 肌を突き刺す強風にアイラが身体を震わせる。


「そんな薄着で来るからだ。山をなめるなと言っただろう。ホロロさん、こいつに上着をあげて」

「かしこまりました。まったく、あなたは本当に何も聞いていないのですね。今朝のブリーフィングで説明があったでしょう」

「だってー、こんなに寒いとは思わなかったんだもんー」


 鼻水を垂らすアイラにモコモコの登山用ジャケットを着させるが、それでも冷たい風が顔や手に当たり、確実に体温を奪っていく。

 気を抜くとすぐに、しもやけが出来てしまうほどだ。それを防ぐために顔まで隠すと、もう誰が誰だかわからなくなってしまう。

 そうこうして三時間ほど歩いた時だ。

 アイラの顔にぽつっと何かが当たった。


「え? 何これ? 雨…じゃないよね?」


 はらりはらりと大きな白い粒が宙に舞っており、身体に当たると儚く消えていく。


「ちっ、『雪』が降ってきたね」

「これが雪なの?」

「そうさ。今よりも体温がどんどん奪われるから気をつけな」

「へー、これが雪なんだね。面白いねー」

「山での雪は本当に危険だよ。笑っていられるのも今のうちさね」


 山岳地帯出身のベ・ヴェルが、忌々しそうに雪を見つめる。

 見るだけならば儚く美しくとも、それがどんな意味を持つのかよく知っているからだ。


(ようやく十一月に入るって時に雪か。思っていたより早いな)


 アンシュラオンも久々の雪に触れる。

 火怨山の上層は雲の上にあるため雪自体が降らないのだ。

 それと同様に、雨がほとんど降らない北の荒野でも雪が降ることはまずありえない。翠清山だからこそ起こりえる気象の変化であった。


「サナ、これが雪だぞ」

「…じー」


 サナも珍しそうに雪を見ていた。

 その後、アイラと一緒に雪でじゃれ合っていたが、だんだんとアイラの口数が減ってきたのでお開きになった。寒くてそれどころではないのだろう。



 侵攻開始、四十日目。

 この一週間で雪の量はどんどん増え続け、今では一面が銀世界に変わっていた。

 唯一幸いなのは吹雪いていないことだけだが、それでも視界が悪くなり、雪で足が沈んだり滑ったりして行軍に明らかな遅れが見えた。


「全隊停止。ここで一度様子を見る。ハンターは周囲の警戒を頼む」


 グランハムの判断で、開けた場所で待機命令が出た。

 この場にいる者たちの大半が雪に慣れていないことで、一度調整する時間が必要になったのだ。無理に進んでも事故が起こるだけだろう。

 各隊が思い思いの場所で雪を掻き分けてキャンプを張る。

 アンシュラオンたちも大き目のコテージを一つだけ取り出し、そこに全員が入ることになった。


「ひー! さぶさぶっ! あ、温めて! お、お風呂に入ろう!」


 やはりアイラが真っ先に暖炉の前に駆け込む。


「この狭いスペースじゃ風呂まで出すのは面倒だ。夜まで待て」

「し、死んじゃうよ! 寒くて死んじゃう!」

「軟弱者め。仕方ない。お湯を出してやる。手を出せ」

「ほわぁぁ…あったかー! ふふ、なんだかんだいって、アンシュラオンって優しいよね」

「そうか。なら、もっと熱いのをくれてやろう」

「あつううーーー!! ふー、ふー! なにするのー!」

「どうだ、温まっただろう?」

「これは火傷っていうんだよー! もうっ、そういうところがなければ、もっといいのに!」

「オレはお前のために生きているわけじゃないからな。勝手な願望を押し付けるな。サナちゃんならいいけどね」


 アンシュラオンがサナを抱っこして、冷たくなった手に触れて温める。


「サナ、肉体操作も少しずつ覚えような。戦気を上手く使うと体内で熱を作って、寒さに対しても強くなるんだぞ」

「…こくり」

「私もさわるー。サナちゃん、さわってー!」

「…ごしごし」

「うふふ、あったかー!」

「やれやれ、緊張感のないやつだな」


 サナとアイラが手を温める姿は、ここが翠清山であることを忘れさせるほど、ほのぼのしたものだった。


「この山は思った以上に厳しそうですね。私も旅を始めて少しは山道に慣れた気でいましたが、ここは次元が違います。考えが甘かったです」


 小百合もホロロが入れてくれた紅茶で、手を温めている。

 コテージの中は燃料石を使った暖炉も完備しているので暖かいが、ここから一歩でも外に出れば、吐く息も白くなる極寒が待っている。

 しかも、まだ銀鈴峰ではないのだ。話によれば銀鈴峰はさらなる雪が降る場所ともいわれているので、厳しさはここの比ではないだろう。


「ここは三千から八千メートル級の山が、近い距離で何百と連なった形状をしている。上がったり登ったり、下ったり落ちたりと、普通の地形は一つもないからね。もともと人間が立ち入るための場所じゃないことは確かだよ」

「こんな場所に交通ルートを作るんですよね? 途方もない労力です」

「そうそう、それ疑問だったんだー。どうやって作るのかなー? 山を壊すの?」

「これだけ傾斜が厳しいと山の上に作るのは大変だ。クルマの通行を想定するのならば、現実的なのはトンネルかな? 廃墟でも地下坑道があったことを考えると、ハピ・クジュネに掘削技術はあるみたいだ。それなら雪が降っても関係ないよね」

「地下が掘れるのならば、翠清山の魔獣と争わないで済みませんかね? 交通ルートだけならば共存も可能な気もします」

「トンネルで通るだけならね。でも、ここにどんなルールがあるかわからないけど、やっぱり地下も含めて彼らの土地なんだよ。人間が地下資源を見て採掘したい欲求を抑えるのは無理だし、いずれはトラブルになる。そして、人間だけがコソコソ利益を得ることを彼らは容認しないだろう」

「問題はそこですよね。人間と魔獣側の利益が相反するものになっています」

「生態はもちろん、生活環境そのものが違うからね。わかり合うのは難しいよ」


 アンシュラオンが、サナの紅茶に甘くした命気を垂らす。


「この紅茶のように混ざってしまえば境目はないけど、そうなれば味が薄くなったと誰かが文句を言うもんさ。そして、全員が甘い紅茶を飲めるわけじゃない」


 道路や鉄道その他、建設事業において土地の所有者と揉めることは常だ。

 人間同士でも揉めに揉めるのだから、それが異種族ならば血みどろの抗争になるのは自然なことでもある。


「だからこそオレは、この戦いの『落としどころ』が重要だと思っているんだ」

「以前からおっしゃっている『魔獣たちとの交渉』ですか?」

「その通り。吸命豊樹しかり、自然を豊かにすることは自然にしかできない。残念ながら人間は、自然を破壊することしかできないんだ。それを忘れて奪うことばかりしていたら、あっという間にここもハゲ山になっちゃうよ。それでは共倒れになる。両者のメリットを考えるのならば、致命的な事態になる前の和解が一番いいのは間違いない」

「和解はいいけど、魔獣側にメリットなんてあるのかなー?」


 アイラも紅茶を差し出してきたので、仕方なく甘い命気を垂らしてあげる。

 甘い命気水はいくら飲んでも太らないので女性陣から人気なのである。これもロリ子が商品化を狙っていたものだ。


「人間と争わずに済むメリットがある。現状では痛み分けにできるんだ」

「あっ、そっか。相手も街を攻撃したもんね」

「そのためには他の魔獣をある程度統治できる強い魔獣の協力が必要だ。そして、スザクのおかげで『マスカリオン・タングル〈覇鷹爪河馬〉』には人並み以上の知能があることがわかった。そうした魔獣と交渉できるチャンスが欲しい」

「しかし、仮に会えたとしても交渉に応じてくれるでしょうか? 信頼関係などありませんし…」

「うん、強引にテーブルにつかせることはできても、それだけじゃまた戦いが起きてしまう。ギアスがかけられればいいんだけど、今の技術じゃ難しいだろうしね」


 『夢の巣穴』から出てきて餌を食べているゴンタたちを見る。

 今のところ魔獣を手懐ける手段は、飼い主がしっかりと武力を示しつつ、子供の頃からしつけることくらいだ。これは動物園と同じ手法であるため、すでに確立した技術といえる。

 が、マスカリオンのような成熟した魔獣の場合、同じことはできないだろう。武力で脅すことはできても反発心が消えることはないはずだ。それがのちの争いの種になる。


「それに、魔獣たちが街を襲ったことも気になるんだ」

「えー、いまさら? 先にやっちゃえってことでしょ? それ以外にないじゃん」

「最初はオレもそう思ったけど、実際にここで戦ってからの印象を考慮すると、街を襲う必要性はあまりないんだ。べつに山での籠城ならいつだってできるし、あの一件がなければハピ・クジュネ側もここまでの兵力をそろえることはできなかっただろう。街を攻撃されたからこそ危機感が出て、この規模にできたんだ」

「んー。それじゃ、こっちに準備をする暇を与えないためとかー?」

「その可能性も考えたが、問題は主力をまったく出していないことだ。ハピ・クジュネに繋がる重要な都市だったハピ・ヤック方面にも右腕猿将という『中間管理職』しか出してこなかった。これは他の街も同じだ。また、そうでなければハビナ・ザマの防衛は失敗しただろう。普通のハンターたちが三大ボスを相手に戦えるわけがないからな」

「じゃあ、何のために襲ったの?」

「結果論になるけど、こちらを挑発して『冬場』に引きずり込むためだ。それ以外には考えられない。事実こうしてオレたちの足は止まっているから、より有利な環境を生み出す戦略の一つだったんだろうな」

「魔獣もいろいろ考えているんだねー。でもさ、それならそれで、べつに結果は同じなんじゃないの? こっちがちょっと不利になるけど、兵力が増えたならトントンじゃない?」

「オレが気になっているのは、相手が目指す『着地点』だ。ただ防衛するだけならば不思議ではないけど、やつらが禍根を残してまで人間と対立するのならば、それ相応の『勝ち筋』があるはずなんだ。それがどこなのかわからないと交渉すらできないってことだよ。まだオレたちが知らない要素が、この山には隠されている気がする。逆にいえば、それこそが最大の交渉材料になるのかもしれない」

「うーん、難しくてよくわからないよー」

「ただの仮説と推論だ。あまり当てにする必要はないさ。ただ、落としどころは常に探ったほうがいいってことは覚えておけよ」

「あーい」

「紅茶を飲みながら尻を振るな。ばしーん」

「あいたー! あつー! こぼしたー!?」

「アンシュラオン様のゴールを決める考え方は、とても建設的だと思います! 私たちはグラス・ギースにもハピ・クジュネにも属していないからこそ、また違う動きができますからね」

「その通りだよ。誰もいない荒野を開拓するのならばともかく、小さな実りを奪い合うなんて結局は双方にとってマイナスにしかならない。ライザックは全部奪う算段なんだろうけど、あくまでそれができたらの話なんだ。まあ、あいつの場合は、やるしかない状況になったことも大きいけどね」


 嫌でも南部の状況は変化し、ハピ・クジュネはいつか戦場になる。

 それは遠い未来ではないのかもしれない。自分が愛する街が侵略されると知れば、守るために人は悪魔にでもなるだろう。

 だが、魔獣にとっても立場は同じであることを忘れてはいけない。どんな手段を使っても守りにくるはずだ。

 その先にあるのは、どちらかの滅亡である。

 仮にどこかで区切ったとしても、人間同士の戦争のように恨みは消えず、必ず後世の殺戮に繋がるのだ。

 ハピ・クジュネに家を持つ以上、アンシュラオンも他人事ではない。


「まずは三大ボスを止めるのが先決だけど、場合によっては海軍の暴走も防ぐ必要があるかもしれない。軍というものは時々止められないこともあるからね。どっちにしても、これから厳しくなるよ。みんな、覚悟しておいてね」


 アンシュラオンの言葉に皆の表情が引き締まる。

 山脈に入った時から突き刺さるのは、けっして風だけではない。

 山全体から人間という侵略者に対する強烈な『殺意』が、森林部以上にひしひしと伝わってくるのだ。


(この殺意の強さは異常だ。火怨山でもこんな殺意は味わったことがない。本当にどちらかが全滅するまで終わらないとすれば、まさに地獄になる。そして、魔獣側は最初からそのつもりのはずだ。そうでなければ、こんな挑発はしてこないだろう。だが、魔獣に有利な環境にしてもなお両者の力は互角だ。一方的に海軍を全滅させられるだけの力があるとは思えないが…やはり何か企んでいると考えるべきか)


 あえて他の者には言わなかったが、アンシュラオンだけは魔獣の真意を誰よりも理解していた。

 どんな着地点を見つけるにせよ、死闘は避けられそうもない。


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