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『翠清山の激闘』編
289話 「疑似金玉祭」
しおりを挟む侵攻開始、三十一日目。
ベルロアナ率いる混成軍が翠清山に侵攻を開始して、およそ一ヶ月の月日が経過した。
半ば楽勝かと思われていた森林で思わぬ苦戦をしたせいで手間取ったが、見事制圧が完了。
その後、深部にも第三拠点の建造が開始され、ひとまず完成したのが今日のことだ。
山に入る前の大事な拠点なので、今後も拡張や防衛兵器の増強が行われる予定で、大勢の人が集まっていた。
アンシュラオンとサナも出来たばかりの拠点の様子を見に来たのだが、少し雰囲気がおかしいことに気づく。
「何これ? 飾り?」
アンシュラオンが壁にぶら下がっていた黄色い玉に触れる。
どうやら紙を丸めて塗装しただけらしいが、同じものが拠点のあちこちに飾られているのは違和感がある。
よくよく見れば、黄色やオレンジ等の暖色のものならば、木の実や岩、シーツや武具に至るまで、無秩序にさまざまなものが集められていた。
「変なことをやっているなぁ。いったい何事?」
「今日はお嬢様のお誕生日なのでございます」
そこにファテロナが音もなく現れる。
「誕生日? あいつの?」
「はい。このような場所でも誕生日は誕生日です。到底都市で行うものとは比較できませんが、疑似的な『金玉祭』ならば可能と考えました。アンシュラオン様も、ぜひパーティーを楽しんでくださいませ」
さすがに軍事拠点なので過剰なものはないが、それでも一流の料理人を連れてきているようで、出された料理は一般人には馴染みのない高級なものばかりだ。
しかし、衛士隊だけが盛り上がっているのかといえば、それは違う。
傭兵やハンター連中もかなりの人数が集まり、飾りつけを手伝っているではないか。
「思ったより人がいるね。サクラを雇ったの?」
「いいえ、一銭もお支払いしておりません。皆様の自発的な行動です。お嬢様の人望ゆえのことでございます」
「嘘でしょ? あいつに人望なんてあるわけないよ」
「それには同意いたしますが、少なくとも傭兵やハンターの皆様は実力主義者でございます。先日の戦いにおいて、お嬢様のご活躍が認められた証拠ではないでしょうか」
「ふーん、あいつが活躍ねぇ」
耳をそばだてると、あちこちでベルロアナの武勇伝が聴こえてくる。
「いやー、あの時はすごかったぜ。一発だぜ、一発! 蟻の親玉を一撃だもんな! 驚いたぜ!」
「そうそう、旗を持った時なんて凛々しくてな! 思わず惚れそうになっちまったぜ!」
「その話、本当なのか? パンツ姫だろう?」
「本当だって。実際に俺たちが見ているしな! ほかにも証人はたくさんいるぞ!」
「言われてみればグラス・ギースの領主の娘だしな。スザクたちがあれだけ強いなら、グラス・ギースだって強いんだろうさ。今まで出なかったのは力を温存してたってことなんだな」
「そういうこったな。こりゃスザクとの勝負もどうなるかわからんぜ。意外と勝っちまうかもしれねぇぞ」
「ハピ・クジュネに一泡吹かせるのも悪くない。そのためにこっちについたんだからよ」
「これからもパンツ姫のために戦ってやろうぜ! 報酬の上乗せもあるかもしれないしな」
なんと、誰もがベルロアナを称賛しているではないか。
その興奮の度合いはサクラでは簡単に出せないものだ。声を聴けば嫌でもわかる。
(そんな馬鹿な。あのイタ嬢が活躍だと? …いやしかし、ここまで目撃者がいるとなると嘘ではないのか? ううむ、にわかには信じられないが、何か特殊な武器を使った可能性もあるからな。ないわけではないか。あいつのステータスも、もう一度確認したほうがいいかもしれないぞ)
ベルロアナのステータスは、最初に会った時に人物確認がてらに見ている。
その当時のものがこちらだ。
―――――――――――――――――――――――
名前 :ベルロアナ・ディングラス
レベル:2/30
HP :140/140
BP :20/20
統率:F 体力:D
知力:F 精神:D
魔力:E 攻撃:F
魅力:A 防御:E
工作:F 命中:F
隠密:F 回避:F
【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0
☆総合:評価外
異名:お馬鹿なイタイお嬢様
種族:人間
属性:夢
異能:無垢、上級スレイブ使役術、物理耐性、術耐性、毒耐性、即死耐性、お嬢様、知力低下、意識混濁、記憶障害、馬鹿、お友達症候群
―――――――――――――――――――――――
(一部珍しいスキルはあるが、レベル限界やステータスが軒並み低いし、マイナススキルっぽいのが多いから、総合的に見れば単なる一般人なんだよなぁ)
レベル2なのに体力と精神が『Ⅾ』なのは気になるが、それくらいだろうか。
しかし情報公開のステータスは、その時々の状態のものなので、今は変わっているかもしれない。
「パンツはどこ?」
もう「嬢」も「姫」も抜かしてしまうほどの不快感を示しながら訊く。
「あちらの人だかりの中です。握手やサインなどを求められております」
「………」
「これは現実でございます」
「オーケー。わかった。それは認めるとするよ。で、種明かしは?」
「アンシュラオン様が思われているより、グラス・ギースは奥深い都市だということです。伊達に千年以上存在しているわけではありません。潜在能力はハピ・クジュネを上回ります」
「それが本当だとすると、ソブカのやつが傾倒する理由もわかるかな」
「キブカラン様はどちらへ?」
「吸命豊樹が気になるみたいで、オレが確保したやつを見に行っているね。ラングラスは薬の売買を担当しているから興味があるのかもしれないなぁ。オレは売るかどうか迷っているけど、そっちの樹の扱いはどうなっているの?」
「今回は都市外での出来事ですので、都市内部のルールは適用されません。二つの樹はそれぞれディングラスとハングラスが分け合う形になるでしょう。おそらくは売らずにそのまま保有となります」
「短期的ではなく長期的な利益を考えるのか。それも手だね」
利権に関してはハピ・クジュネとの交渉が必要だろうが、互いが資源の争奪戦を繰り広げているので、単純な『切り取り次第』になる可能性が高い。
つまりはいち早く自らの力で土地を確保した者が、そのまま所有権を得るという方式である。だからこそハピ・クジュネ側も、リスクを負いながらもスザクやハイザクを最短距離に配置したのだろう。
結局は強引に実効支配してしまえば、あとはどうとでもなるのだ。
「でもさ、最低限の収益が得られたなら、そっちはもう山には登らなくていいんじゃない? 利益よりも命のほうが大事だからね」
「おや、心配していただけるのですか?」
「マキさんが気にしているだけさ。ここから先は本当に危険だからね。イタ嬢がいると邪魔になるかもしれない」
「ふふふ、それこそ望むところではありませんか。この場の装飾のような紛い物ではなく、本物の金星を挙げてみせましょう」
「あんまり欲張ると失敗するよ。ほどほどにがんばってね」
アンシュラオンとサナは、軽く手を振って人込みの中に消えていく。
一方のベルロアナは、たくさんの人々に囲まれながら、ぽかーんとしたアホ面を浮かべていた。
「いやー、すごかったな! 見直したぞ、パンツ姫!」
「あ、ありがとうございます」
「あれってどういう仕組みなんですか? 武器が変化しましたよね!? 剣と弓以外も使えるんですか!?」
「え、ええ。そのあたりは秘密でして…」
「グラス・ギースってのはすごいんだな。あんたについてよかったよ! これからもがんばろうぜ!」
「ど、どうも。その際は、ぜひともよろしくお願いしますわ」
周囲からの賛辞や疑問を無難にかわす。
高水準の教育を受けているので、これくらいならば習慣として対応できるのだが―――
(これはいったい何なのでしょう? 彼らの言っていることがまったくわかりませんわ…)
そもそも理解できていない。
ベルロアナがこの顔をする時は、だいたい何もわかっていない時である。そして実際に、彼女にはあの時の記憶がほとんどない。
困った彼女が、そっとクイナを会場の隅に連れ出す。
「クイナ、ちょっといいかしら?」
「なんでしょう、なんでしょう!」
ベルロアナがチヤホヤされるのが嬉しいらしく、クイナの顔は紅潮していて最高の笑みを浮かべていた。
「この前のことは覚えているかしら?」
「もちろん、もちろんなのです! お嬢様、すごく強かったのです! クイナは、クイナはもう感激、感激なのです! 今でもドキドキです!」
「そ、そうなの…。でもね、わたくしはあまり覚えていないのよ。どうしてかしら?」
「そうなのですか? あのあと眠って、眠ってしまったのです。それが原因でしょうか?」
「うーん、どうなのかしら。ただ、全部を忘れているわけではなくて、なんとなく遠いところから見ていたような気がするのよ。まるで自分ではない誰かが勝手にやっていたみたいな…」
「お嬢様はお嬢様、お嬢様なのです! 同じなのです!」
「そ、そうよね。変なことを言ってしまったわね。そう…よね。わたくしがやったのよね」
槍で魔獣を倒したこと。旗を掲げて戦車で突っ走ったこと。最後に弓矢で女王蟻を倒したこと。
怒りが湧き上がってからの記憶が曖昧で、そのどれもが映像で見たように現実感がないものに感じられる。
「やぁ、ベルロアナ。調子はどうかな?」
「あっ、あなたは…!」
「そうそう、お友達のオレだよ。オレオレ」
そこにアンシュラオンが登場。
いきなり自分から「お友達」などと言って近づく輩はろくなやつではない。
それを知っているクイナからは笑顔が消えて、こちらを警戒する視線が向けられる。
当然だが彼女は領主城での一件を覚えているので、警戒しないほうがおかしいだろう。
「そっちの子には嫌われちゃったかな?」
「クイナ、どうしたの? そんな態度は失礼ですわよ」
「い、いえ。なんでも、なんでもないです…」
「申し訳ありません。この子は人見知りが激しくて…」
「いいさ、気にしないでよ。それより、すごい活躍だったそうじゃないか。ぜひその時のことをもっと聞かせてほしいな」
「そ、それは…その。おほほほ。たまたまですのよ。こういうことは、あまり自慢げに言うことではありませんわ。それとその、今はあまり手持ちがなくて…。いえ、ないわけではないのですが、お金は後日また必ずご用意いたしますので」
「今日は君の誕生日だからね。むしろオレが何かをあげないといけない立場だよ。そうだな、これなんてどうだろう?」
「これは何ですの?」
「先日、倒した魔獣から手に入れたんだ。これなら『金玉祭』にちょうどいいと思ってね。君にあげるよ」
「なんだか金色で綺麗ですわね。でも、ちょっと不思議な形ですわ」
渡したものは、若干歪な形をした二つの玉のようなものである。
それをベルロアナが手にした時、アンシュラオンがニヤリと笑ったのをクイナは見逃さない。
「お嬢様、駄目、駄目なのです! これは罠なのです!」
「へ? 罠ってどういう…?」
「それは…ここじゃ言えない、言えないです…。でも、罠、罠なのです…」
「おやおや、心外だなぁ。クイナちゃんは誤解しているよ。世界の文化には、こういうものをお守りにする習慣もあるんだよ。でも、せっかくのプレゼントだけど、そんなに嫌なら仕方ないよね。これはどこかに捨ててくるよ」
「っ! い、いえ! そんなことはございません! お友達からのプレゼントを捨てるなどとおおおお! そのようなことは絶対に許されないことですわ! いただきます! 頂戴いたしますわ!」
「ありがとう。嬉しいよ。イヤリングにしても幸運が訪れるそうだよ」
「あら、そうなのですね。今度試してみますわ」
こうして見事ベルロアナに『アレ』を渡すことに成功。
完全な嫌がらせに見えるが、地球でもアレをモチーフにしたお守りや、動物のアレを土産として売っている地域や国もある。
オーストラリアなどではカンガルーのアレが普通に売っているので、けっして変なものではない。変ではない。たぶん変ではない。これは文化だ!
「お礼をせがむわけじゃないけど、君の腰の剣を見せてもらえないかな?」
「これですの?」
「そうそう。なんだかすごい武器らしいね。少し触ってみたくてさ。駄目かな?」
「べつにかまいませんわよ。どうぞ」
アンシュラオンが『金獅子十星天具』を握る。
持った感じは普通の剣と変わらないが、これこそディングラスの秘宝である。
「ありがとう。返すよ」
「もういいんですの?」
「ああ、十分理解したからね。それじゃ、またどこかで。死なないように気をつけてね。君が死ぬと悲しむ人もいるからさ」
「は、はい。あ、あなたもお気をつけて…」
アンシュラオンはベルロアナからそっと離れる。
相変わらず彼女に対しては好意や好感を抱けないものの、一つはっきりしたことがある。
(なるほど、あれが噂の武器か。そこらの魔獣程度じゃ相手にならないわけだ)
アンシュラオンの掌には『柄の跡』がはっきりと残っていた。まるで重度の火傷を負ったかのように皮膚が焼けただれ、肉まで黒ずんでいる。
傷は即座に治せるが、この男の手を焼くこと自体が異常だ。
資格無き者が秘宝を持つことは許されない。それはアンシュラオンでも例外ではないのだ。
―――――――――――――――――――――――
名前 :ベルロアナ・ディングラス
レベル:35/140
HP :2800/2800
BP :720/720
統率:E 体力:C
知力:F 精神:B
魔力:E 攻撃:D
魅力:AA 防御:D
工作:F 命中:E
隠密:F 回避:E
【覚醒値】
戦士:2/8 剣士:2/8 術士:0/4
☆総合:第七階級 達験級 戦士
異名:ディングラスの後継者、お馬鹿なイタイお嬢様
種族:人間
属性:光、時、星、夢、実、王
異能:オルワンフェス・ゴールド〈金獅子の咆哮〉、全武器種完全習熟(未完)、根性、無垢、上級スレイブ使役術、物理耐性、術耐性、毒無効、即死無効、お嬢様、知力低下、意識混濁、記憶障害、馬鹿、お友達症候群
―――――――――――――――――――――――
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