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『翠清山の激闘』編

288話 「北部、制圧! 地獄の死闘鍛練!」

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 金玉剣蘭隊が蟻の掃討を行い、警備商隊が猿に突撃を仕掛けている頃。

 アンシュラオン隊も最終局面に差し掛かっていた。


「どうした! もうへばったのか! 走れ走れ!」


 相変わらずアンシュラオンの叱咤の声が響き渡り、隊が魔獣とぶつかる。

 だが、警備商隊とは違い、彼らはほとんど休んでいない。

 昼も夜も戦い続けた結果、呼吸は荒れに荒れ、満足に走るどころか歩くこともやっとだ。


「はぁはぁ! はーーはーー!」

「サリータ! 誰が休んでいいと言った! 戦え!」

「は、はい…はい! やります…がんばります…七十二時間戦います…」

「口はいいから身体を動かせ!」


 サリータは半ば朦朧としながらも声に従って前に出るが、いとも簡単に魔獣に弾き飛ばされる。

 ただし、彼女を吹き飛ばしたのはオグロンビス〈弩弓牛〉ではなく、第二階層攻略戦で戦ったアーブグリフィ〈串刺不飛扇鳥〉だった。

 それだけではない。カールジャガー〈山森狩猫虎〉もいれば、以前サナも戦ったベビモア〈踏巨猪〉もいるではないか。

 ここは第三階層の深部であり弩弓牛のテリトリーだ。他の魔獣がいること自体がおかしい。

 その異常な光景にアイラも困惑。


「おかしいよ…はぁはぁ…。どうしてこんなに魔獣がいるの…? 牛だけだって言ってたじゃん-!」

「アイラ! 無駄口を叩くな! 突っ立っているとやられるぞ!」

「え…? ひーー! なにこの熊!?」


 アイラに向かって大きな熊が突っ込んできた。

 人喰い熊の近縁種である『グスマータ・デビル〈岩掘悪熊〉』という岩場に住むタイプの熊型魔獣だ。

 特に人を好んで食べるわけではないが、自分たち以外は敵とみなし、たとえ同じ熊型であってもかまわず攻撃を仕掛けてくる狂暴な種族である。

 執拗にアイラを狙うのでたまらず逃げるが、彼女もこの三日間休まずに戦っているので動きが鈍い。もうすぐ追いつかれそうだ。

 このように今や戦場にはさまざまな魔獣が集まっており、バトルロイヤルに似た状況が生まれていた。

 それによって弩弓牛も刺激され、今まで以上に闘争心を剝き出しにして襲いかかってくる。

 が、当然ながらこの状況は普通ではない。


(うむ、モグマウスたちに縄張りを荒らさせた甲斐があったか。上手く魔獣を誘導できたようだな)


 先生! 犯人はこいつです!

 アンシュラオンは牛だけでは飽き足らず、森にまだ残っていた戦闘タイプの魔獣を追い立てて、この場所まで誘導したのだ。

 モグマウスが常に背後で威圧しているため、彼らは怖くて怖くて仕方なく、生存本能が極限まで刺激されている状態だ。

 その目的は弩弓牛への対策などではなく、単純にサリータたちに圧力をかけるためである。


「ベ・ヴェル! 後ろにもいるぞ!」

「ちっ…何匹いるんだい…ぜーーぜーーー!」

「体力自慢はどうした! もっと剣を振れ!」

「限界があるさね! はぁはぁ…これはおかしいよ! ありえないって!」

「頭を使う暇があったら身体を動かせ! 動かないと死ぬぞ! 考えるな! 感じろ!」


 グランハムとは真逆のことを言っているが、それはサナと彼女たちとでは学ぶものが違うからだ。

 もともと頭が良くない三人にとって、今必要なのは徹底的な『しごき』。常人から武人に至るために行われる常軌を逸した肉体改造なのである。

 そのためには地獄を味わってもらう必要があった。

 サリータの盾を搔い潜ってカールジャガーが噛みつく。

 体力が残っていないので簡単に押し倒されてしまう。


「ぐっ…このっ…うぁああああ!」

「首に噛みついているぞ! 引き離せなければ死ぬからな!」


 相手は魔獣なので遠慮なく喉笛を狙ってきた。

 肉が抉れ、ミシミシと骨が軋む音が聴こえる。このままでは本当に窒息して噛み殺されてしまう。


「はーーーはーーー! しんで…たまるか! こ…このおおお! この! このっ!! ごのおおお!」


 倒れたサリータが、無我夢中で石を拾ってジャガーの顔面に叩きつける。

 石は牙に当たって割れてしまったので、今度は割れた石を強引に目に突き刺し、左手で掴んだ泥を耳の中にぶち入れる!


「ギャウッ!?」

「はな…れろ!!」


 驚いたジャガーが離れた隙に、腰のダガーを引き抜いて喉に突き刺す。

 だが、それで死ぬ程度のやわな魔獣ではない。何度も何度も突き刺し、死に物狂いで突き刺し、自身が魔獣になったかのように突き刺す!

 顔が返り血で赤黒く染まり、手が滑っても相手を殺すために刺し続ける。

 躊躇っている暇はない。余裕はない。やらねばやられる。

 その決死の覚悟が実り、ジャガーは絶命。ばたんと倒れた。


「はーーーはーーー! はーーーはーーーー!」


 肺が限界まで稼働し、酸素を貪る。

 大気から吸収したエネルギーを塵の一つさえ無駄にしない。してはいけない。したら動けない。

 頭で考える必要はない。身体は知っている。今必要なものは生き残るための燃料なのだと。戦うための力なのだと。

 そして、極限の状態の中で必死に呼吸を繰り返した結果、サリータの体表にうっすらと白いモヤのようなものが生まれる。


「サリータ、立て! お前の覚悟はそんなものか! 男になめられていいのか! 役立たずのままでいいのか! 一生傷を舐め合って生きていくつもりかああああああ!」

「っ…! 自分は…!! 負けましぇんっ!!」

「ならばもう一度行ってこい! ほら、武器だ!」

「はい…はい!! 負けない! まけない…まけない! 自分に…負けない!!」


 サリータに渡したのは両手斧だ。もう盾を使うだけの余裕はないだろう。

 しかしながら、疲れているはずの彼女が重い斧を振り上げて―――


「うう…おおおおお!」


 力一杯、弩弓牛に叩きつけると刃が背中に食い込み、そのまま半分ほどまで切断。

 骨に当たった際に火花が散ったのか、ガスが爆発して吹き飛ばされるが、彼女はまたもや立ち上がる。


「ぜーーぜーーー! ううううっ、ああああああ!」


 その目には、もはや正気の色は見られない。

 ただただ生き残るために、目の前の敵を屠ることしか考えていない。

 まさに闘争本能そのものであり、人間が持つもっとも強いエネルギーが爆発している。

 それが【戦気の火種】を生み出していき、サリータに力を与えるのだ。


「そうだ、いいぞ! その調子だ! やっぱり師匠の修行法は効くなぁ!」


 アンシュラオンがやっているのは、サナにも行っている『陽禅流鍛練法』である。

 戦うしかない状況に放り投げ、ひたすら追い詰めることで肉体を強制的に活性化させる荒々しい手法だ。

 限界を超えるためには一番手っ取り早く、なおかつ死亡率が高い危険な方法であるが、スタートラインの段階で遅れている彼女たちには必要な修練なのだ。

 これこそ陽禅流鍛練法、『死闘鍛練』である。


「死ねって言ってんだよおおおお―――がはっ!」


 ベ・ヴェルも疲れから短気を起こし、大振りの一撃を繰り出したものの、剣に振り回されてバランスを崩す。もう武器を持つのさえやっとなのだから、気迫でどうこうできる段階ではない。

 そこにアーブグリフィ〈串刺不飛扇鳥〉の一撃が炸裂。

 心臓を狙ったドリル状のクチバシが、胸に突き刺さった。


「ぐううっ…ぐぶっ…!」


 痛みと疲労で意識が飛びそうになる。このまま倒れたくなる。

 心はそれを望んでいる。甘い誘惑がたまらなく愛おしい。

 だが、アンシュラオンがそれを許さない。


「ベ・ヴェル! お前の誇りはそんなものか! 結局、お前は甘ったれなんだよ! 弱いから相手に依存しようとする! 身を委ねたくなる! ドレスでも着て街でナヨナヨ暮らしているほうがお似合いだぞ!」

「っ…! あたしは…! そんなことの…ために!! いきるもんか…いきるもんか……命を燃やしてでも…くらいついてやるんだ! 弱い女になんて…なるもんかああああ!」


 両手でクチバシを掴み、強引に身体を捻って心臓から逸らす。

 が、そんなことをすれば胸はもちろん、他の箇所もボロボロになってしまう。それすらも気にしないほど、彼女は考える力を失っていた。

 ただただ生き残るために。ただただ勝ち残るために。

 身体を動かす!


「こんちくしょう!! ちくしょうがああ!!」


 ベ・ヴェルもダガーで、魔獣の顔を滅多刺し。

 相手が怯むまで、自分を少しでも強く見せるためにあがき続ける。

 胸が熱い。手の平が熱い。流れる血が熱い。

 そうして極限まで力を使い果たす時、身体はさらなるエネルギーを求める。

 探して探して探して、力になるのならば水の一滴すら逃さないほどに一生懸命に探し、ふと気づく。

 力は外にあるものではない、と。

 中にあるのだ、と。

 脳が命令を出して急速に生体磁気を活性化させていく。

 それによって体表から白いモヤが生まれ、短気が―――野生の本能に変わる!


「ウォオオオオオオオオオ!!」


 激しく燃え上がった闘争本能が、アーブグリフィのどたまをかち割る!!

 魔獣は脳漿のうしょうをぶち撒けながら倒れるが、ベ・ヴェルはその上にのしかかり、何度も何度も殴り続ける。

 もはやダガーを持っていることも忘れて、拳の皮が破れても、骨にヒビが入っても関係なく殴りまくる。


「ベ・ヴェルもいい感じじゃないか。戦気の火種が見えているよ」

「たがが外れてやがるぜ。こりゃ終わったあとに反動が来るな。しばらく燃え尽きるんじゃねえか?」

「そんな暇も与えないくらい、また戦わせるさ」

「ははは、さすがに兄弟は厳しいな」

「ゲイルはどうやって戦気を学んだの?」

「俺は傭兵になる前に漁をやっていた時だな。魔獣に水の中に引きずり込まれて夢中で抵抗していたら、気づいたら出せるようになっていたぜ」

「それと同じだよ。ゲイルはまだ才能があったからよかったけど、彼女たちは『落ちこぼれ』だからね。あれくらいの危機感を与えないと駄目なのさ」

「理屈はその通りだな。だが、あっちはやばそうだぜ」

「ぎゃーーー! 私の腕えぇぇえええ! 返してぇえええ!」


 熊に腕を食いちぎられたアイラが、必死に取り戻そうと追いかけている。

 さきほどまで逃げていたのに今度は追いかけるとは、なんともシュールな光景であるも当人は必死だ。


「アイラ! 取り戻さないと治してやらないぞ! 戦え、戦え!」

「そんなぁー! あーもう! かえしてよーー!」

「がじがじ」

「噛むなーー!」


 アイラは片腕で必死に熊に斬りかかるが、そのどれもが頑強な肉体に弾かれる。

 直後、熊の反撃。体当たりから強引にのしかかってきた。


「ぎゃーー! 重っ!? 本当に死ぬ!」

「強くならないといつまでも熊に狙われるぞ! ゴンタもお前を狙ってるからな!」

「はぁはぁ! 熊になんて食べられて―――たまるかああああ!」


 アイラの身体がわずかに光輝くと、剣を熊の脇に押し当てて突っ張り棒代わりにして、隙間からするりと抜け出す。

 頭が緩いだけで、身のこなし自体は軽いのだ。


「はぁはぁ…! はーーはーー! もううんざり! なんでこんな目に遭うのよー! 私だってね、怒る時は怒るんだからねー!!」

「ユキネさんとの訓練を思い出せ! お前も『陽気』は出せるだろう!」

「陽気…お姉ちゃんがいつもやっているみたいに…」


 アイラが朦朧とした頭で、ユキネとの修練を思い出す。

 疲れているからこそ余計なことは考えずに身体が勝手に動き出す。

 立ち上がった熊に剣を叩き込むと、流れるように回転して再び剣を突き入れる。

 熊が煩わしそうに爪を振ると、それに合わせて軽く剣を当てて下がりながら間合いを測り、爪が戻る前に腕に剣を突き刺す。


「ふーー、ふーーー!」


 呼吸が苦しい中、相手から一瞬たりとも目を離さない。離したら死ぬ。

 その緊張感がアイラの心を引き締め、片腕しかないことも影響し、すべての意識を剣と敵だけに向ける。

 相手が攻撃を仕掛けているときは無理に攻めず、相手が引いたら追撃する形を繰り返す。

 それはまるで―――剣舞

 相手と呼吸を合わせて舞う踊り子の戦い方だ。

 そして、なよなよしていた戦気も、湧き出した『陽気』によって張りが出て彼女の動きを強化する。ユキネも使っていた命中と回避が上昇する『敏力陽放びんりょくようほう』という技である。

 このままだとユキネの真似事にしかならないが、剣舞は複数人で役割を決めて行われる舞台である。

 ある程度、相手との呼吸が合わさった時、アイラの動きが変化。

 前に出て高速の三連突きを見舞う。

 相手が反撃してくると一旦下がるものの、次の瞬間には思いきりよく前に出る。

 その動きは勇壮で男らしくもあり、ある種の荒々しさを伴ったものだった。

 なぜならば、ユキネが女性らしい優雅な剣を演じるのに対して、アイラは『激しい剣』を演じるのが舞台での役割だからだ。

 敵の攻撃が届くギリギリの位置に陣取り、呼吸を読み取って強いカウンターを何度も入れていく。

 これはクラマがやっていることと同じだが、彼が完全に回避してからのカウンターだけを狙うのに対して、アイラは敵の攻撃に対しても剣を叩きつけて受け流し、軌道を変化させることで予測しづらいカウンターを入れていく。

 不安定だった剣気も、生命の危機の前に強化されて攻撃力がアップ。それによって熊の身体がボロボロになっていった。

 鬼気迫るアイラの『鬼の形相』に、熊のほうが威圧されて思わず下がるほどだ。その拍子に咥えていたアイラの腕を落とす。

 流れはアイラに来ていた。これならば勝てる。


「はーーはーーー! あっ!?」


 だが、ここで凡ミスが発生。

 泥で足を滑らせて転倒。無防備になってしまう。

 そこに熊が襲いかかるが、すかさずアンシュラオンが飛び出して熊の上半身を吹き飛ばす。


「アイラ、悪くなかったぞ。腕は取り戻したんだから、とりあえず合格にしてやる」

「はーーはーー! もう訳がわからないよ…はぁはぁ…私、なにしてんだろう…」

「マキさん、この場は任せるよ。オレが標的を制圧してくるから、ここにいる魔獣たちの掃討をお願いね。サリータたちも回収していいよ。十分がんばったからね」

「わかったわ」

「お前ら! あともうひと踏ん張りだ! ボスはオレが仕留めてくる!」

「おせーよ! 最初からそうしろ!」

「いちいち口答えをするな! 黙って戦え! ここの魔獣を全部殺すまで終わらせないぞ!」


 この場はマキたちに任せ、アンシュラオンは単独で奥に進む。


(もうすぐ一ヶ月だし、そろそろオレが戦ってもいいよな。これ以上時間をかけるのも嫌だしさ)


 奥はさすがに弩弓牛のテリトリーなので、『フロッガ・オグロンビス〈弩火弓牛〉』という、爆発する火矢を飛ばす上位種もいたが、あっさりと排除しながら通り過ぎる。

 新たにモグマウスを放ったので、この周辺の牛たちは掃討してくれるはずだ。

 そして、深部の一番奥には吸命豊樹があった。

 他は沼なのに、樹が生えている場所だけ美しい清水が湧き出ており、そこに群れのボスである『ミテッラ・オグロンビス〈弩火弓母牛〉』がいた。

 両肩にそれぞれ六基の噴出孔を持った非常に大きな牛の魔獣だが、膨らんだ乳も目立ち、彼女がメスであることはすぐにわかった。

 近くには仔牛もいて、ここが彼女たちにとって子育ての拠点であることもわかる。


「サナがいたら、またペットにしたくなっちゃうかな。あの子は優しいからね。でも、うちはもう熊を飼っているから無理なんだ。一気に決めるから許してくれよ」


 ミテッラ・オグロンビスが、侵入者のアンシュラオンに矢を放つ。

 通常種の二倍はある大きな矢は、まるでミサイルで、当たった瞬間に大爆発する危険なものだった。

 だが、アンシュラオンは軽々と矢を回避すると、間合いに入り込み、低出力モードのまま高速爆発集気から技を発動。

 両手に集まった膨大な凍気が周囲に放たれると、粉状の霧となって牛たちを包み込む。

 それは吹雪のように、あたり一面が覆われるブリザード。

 覇王技、『水覇・氷霧凍血潔砕波ひょうむとうけつけっさいは』。

 因子レベル7の技で、霧状にした大量の細かい凍気で敵を覆い、一瞬で体力を奪いつつ、そのまま凍結させて倒す範囲技である。

 普通に発動すると使用者を中心に周り一帯を攻撃してしまうが、アンシュラオンが遠隔操作で牛だけを狙うことで、吸命豊樹を残してすべてが凍りつく。

 高出力モードで戦うと威力が強すぎるために、あえて抑えた形で制御しやすくしているのだ。

 技が終わった頃には牛たちは全頭が絶命。

 氷山の中に囚われたマンモスのように静かな眠りに入っていた。

 彼らが寒いと感じた瞬間には感覚を奪っていたので、ほぼ痛みはなかっただろう。

 最後に凍った牛たちを破壊して終了。粉々にしてから水気で包み、肉片一つ残さず溶かしてしまった。

 唯一、ミテッラ・オグロンビスの心臓とガスを溜める袋(臓器)だけが残ったので、これが素材なのだろう。ありがたくもらうことにする。

 その後、マキやユキネ、アラキタたちが中心となって魔獣を掃討。北部も制圧完了である。

 これでようやく森林部分の侵攻が終わることになった。


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