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『翠清山の激闘』編

256話 「白い魔人の妻 その2『コンセプトの違い』」

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 体力とパワーで上のベ・ヴェルを、ホロロは精神感応を利用した行動予測で対処。

 アンシュラオンに教わった護身術も使い、ことごとく攻撃をいなして反撃のカウンターを繰り出す。

 これはサナが体得した一秒先の未来を読み取る技術と同じものだが、魔石の力を使用しているため、それよりも感度が高い。


(いくら相手の動きがわかったとしても、そこに自分の行動が伴わないと意味がない。あの圧力の中で冷静に適切な行動選択ができることがすごいんだ。ホロロさんがついこの前まで一般人だったことを考えれば、相当なレベルアップといえる。ただ、これは当人の意思の強さがあってこそだ)


 もともとホロロはギャング相手でも臆せず、逆に殺そうとするくらい気が強い女性だ。

 そこに自信と技術が加われば、こうなってしかるべきである。

 ただし、それだけでは満足にダメージを与えられないことに変わりはない。


「体力じゃこっちが上だよ! いつまで逃げられるかねぇ!」

「そのわりに余裕がありませんね。さきほどのことを怖れているのですか。また気を失ったら二度目の完全敗北です。怖いのも仕方ありません」

「怖いだって!!? なめるんじゃないよ!」

「では、もっと踏み込んでくればよろしいでしょう」

「ふんっ、その手には乗らないよ!」


(こいつの技は、こっちのパワーを利用するもんだ。強く攻撃すればするほど手痛い反撃を受ける。だったら速度を上げて対応すればいいのさ!)


 ベ・ヴェルの攻撃速度が最大にまで上がる。

 その分だけパワーは落ちるが、強いストレートよりもジャブのほうがカウンターは合わせにくい。

 ホロロの耐久力を考えればこれで十分だと判断したのだ。


「ただの無鉄砲ではないようですね。戦闘に関してはそれなりに頭が回るようで安心しました。ですが、こちらは殴り合いに付き合うつもりはありません」

「武器がないのに殴り合い以外で何をするのさ!」

「猛獣には昔から鎖をつけると決まっております」


 ベ・ヴェルが動いた瞬間、チリンという音が鳴り響く。

 戦場ではあまり聴かないタイプの音色だったので、音がした場所である自身の腹を見ると、そこには『鈴』があった。

 二センチ程度の一般的な黄色い鈴だが、なぜか腹に付着しているようだ。


「鈴…? なんだいこれは? んっ…あれ? 取れない?」

「お気に召しましたか? では、さらに増やしましょう」


 ベ・ヴェルが戸惑っている間に、ホロロが当身を繰り出す。

 相手を倒すための強い打撃ではなく、素早い攻撃に合わせて軽く触れる程度のものだ。

 それ自体はダメージを与えないが、触れた箇所に新しい鈴が生まれていく。

 ベ・ヴェルは慌てて引きちぎろうとするが、手がすり抜ける。


「取れない…いや、触れない!? いったいなんなんだい! くそっ、うるさい音だね!」


 ベ・ヴェルが動くたびに鈴から音が鳴る。

 それが数個程度ならばいいが、十個、二十個になっていくと耳障りだ。

 取ろうとしても指で触れることすらできず、さらにイライラが募る悪循環に陥る。


「妙な真似を! 妖術の一種かい!?」

「私を止めない限り無限に増えますよ」

「その余裕の顔がムカつくのさ!!」


 ベ・ヴェルが激しい勢いで攻撃に転じるが―――チリリン

 事前に鈴が鳴り、攻撃のタイミングを教えてくれる。

 しかも苛立って強引に動いたためモーションが丸見え。完全に隙だらけだ。

 そこにホロロが手刀を打ち抜く。

 鋭い貫手が鳩尾に突き刺さり、筋肉を破って内臓に達した。

 完全なカウンターが炸裂し、腹から出血。


「こいつぅうううううううう!」


 ベ・ヴェルが膝蹴りを放つも―――チリン

 こちらも事前に鈴の音が鳴るので、ホロロでなくても動きが簡単にわかるだろう。

 それに合わせて再び脇腹を手刀で貫く。

 皮膚が破れて肉が削げ、肋骨が剥き出しになった。


(攻撃力が増している!? 貫手だけ異様に威力があるじゃないか! くそっ! 何度もくらうとまずいね!)


 そして、ただ攻撃しているわけではない。

 チリンチリンと身体の内部からも音が聴こえ始める。


「まさか腹の中にも!? なんだいなんだい、なんだいこりゃあああ! うるさいったらありゃしないよおおお!!」

「ふふふ、いい音色です」

「さっさと外しな!」

「私を捕まえられたら消えるかもしれませんね。鬼さんこちら、鈴鳴るほうへ」


 ホロロはバックステップで、するすると木々の中に消えていく。

 まったく背後を見ていないので、魔石の力で物の場所も把握できるようだ。これも波動円とほぼ同じ能力である。

 だが、これは間違いなく罠だ。


(この鈴がある限り、あたしがまともに向かっていっても全部かわされる。たぶんこいつは普通の鈴じゃない。術式の一種かね? こんな術式は聞いたことがないけど、この状態だとサリータの援護に行くにも足手まといになる)


 誘いを無視して二人で小百合を囲むとしても、近づけばすぐに音でバレてしまう。

 それを逆手に取って注意を逸らす戦法もあるにはあるが、不器用なサリータの気が散るほうが問題かもしれない。

 ここでベ・ヴェルは、ようやくにしてホロロたちの【適性】に気づく。


(よくわかったよ。こいつらの戦い方は、あたしたち傭兵とは真逆なんだ。うちらは蹴る殴るみたいな物理的な戦いは得意だけど、こういった不可思議な戦いは苦手だ。まるで変な能力を持つ魔獣と戦っている気分になるねぇ)


 この森林に来てから何種類もの魔獣と交戦したが、魔獣固有の能力には手を焼いていたものだ。傭兵は対人戦闘には慣れているものの、こういった特殊なパターンには対応できない。

 それは傭兵ではなくハンターの領域だからだ。


(さすがホワイトハンターの妻ってわけかい。いいさ、付き合ってやるよ! そのうえでぶち破る! あたしにはこれしかできないからねぇ!)


 ベ・ヴェルは罠があるのを覚悟でホロロを追う。

 この鈴が鳴るだけとは限らないのだ。時間経過で何かが起こるものであれば、ホロロが時間を稼ぐ理由にもなる。

 彼女に残された道は、まぐれでもいいから一発当てることだ。可能性は低くともそうするしかない。


 その頃、サリータも小百合に苦戦していた。


「うおおおおおおおおお!」

「ぴょんっと」


 小百合がサリータの突進を軽々とかわす。

 すでに何十回と突っ込んでいるが、結果はいつも同じだ。

 一瞬で移動し、時には木の上にまで跳ねていってしまう。


(なんだあの足運びは! どんな体勢からでも跳躍されてしまう! こんな技があるのか!?)


 普通は体勢を崩せば、相手は大きく回避することができなくなる。

 いつもはそれを利用して、徐々に行動範囲を狭めて追い込むのだが、まるで野生動物のような身軽さでひょいひょいかわす。

 小百合はつま先一つでも地面に接していれば、変わらぬ跳躍力を発揮できるのだ。まったく当たる気配がない。

 しかも時折、こんなこともする。


「えい」

「っ…!」


 小百合が大きめの石を蹴り飛ばす。

 サリータは咄嗟に回避するが、石は背後にあった木の幹を破壊しながら貫通。石も衝撃に耐えきれずに粉々に砕け散った。

 幹は長さ二メートル以上はある。通常弾では到底貫通は無理であることを考えると、最低でも貫通弾並みの威力を誇っているはずだ。

 随所でこういうことをやってくるので、サリータがなかなか近づけないでいる。


「小百合さん、無手での勝負ではないのですか!?」

「ちっちっち。甘いですね、サリータさん。武器は使っていませんよ。手には何も持っていません」

「そ、それは屁理屈では!?」

「考えてもみてください。もし私を押さえつけた場合、そこには地面がありますよね? その場合は地面を道具に使っていることになります。それはルール違反ではないのですか?」

「へ? …い、言われてみるとそうかもしれませんが…あれ? でもそれは不可抗力で? でも、道具に使っているし…???」

「ふふ、サリータさんは可愛いですね。この環境下にあるものは、直接武器にしない限りは全部使っていいんですよ。それよりいいんですか? このまま時間をかけると、またやっちゃいますよ?」

「またさっきのがくるのですか!?」

「かもしれませんね」


 そう言って、小百合はまた石を蹴って牽制してくる。

 だが、そのわりにこれといった攻撃は仕掛けてこない。


(あの意識を失わせる攻撃をするためには、ほかに何か条件が必要なのだろうか? それが時間経過なのか? 本当に時間をかけると危険ならば、強引にでも突破するだけだ! もとより自分にはこれしかない!)


 サリータが両腕で頭と胸をガードしながら突っ込む。

 そこに小百合が蹴った石が激突。

 腕に強い衝撃が走り、骨にダメージが通るが―――止まらない!

 続けて放たれた石が額に激突して出血しても、前に出る勢いにかげりは見られなかった。

 当たる、当たる、当たる。

 だが、ひたすら耐え抜き、前に出る!


(なんて迷いのない突進だ。ダメージを受ける覚悟があるどころじゃない。これで死んでもいいと思っているくらい全身全霊で向かっていっている。あれが彼女の生きざまか。見ていて気持ちのいいもんだな)


 アンシュラオンもサリータの突進に思わず見惚れてしまう。

 それは彼女が語った傭兵になったきっかけ、何かを成すために命を燃やして立ち向かう決意が形になったものだった。

 だがしかし、想いだけでは強くなれないのも事実。

 石の弾幕を突破してきたサリータに、小百合の蹴り。

 体格的に圧倒しているはずのサリータの動きが完全に止まり、浮き上がるほどの衝撃が走る。

 続けて二撃目の蹴りが胸に直撃。

 木々にぶつかりながら何十メートルも吹き飛ばされて、大地に叩きつけられる。


「がはっ…! ごほっ!」


 サリータが吐血。

 骨と内臓にもダメージが入った強烈な一撃であった。


(…なんて…威力だ。魔獣の突進よりも強い…! あんな小柄な女性の蹴りとは思えない! だが、諦めてたまるか!)


「何度だって立ち向かう! それが自分の生き方だ!」


 痛みを我慢して立ち上がり、再び石をくらいながらも接近を試みる。

 その姿は愚直。

 馬鹿なほどに真っ直ぐ。

 ただし、馬鹿も貫けば信念に至る。

 血まみれになりながらも小百合に肉薄。


「サリータさん、本当にすごいです。私にそこまでの覚悟があるかと問われれば、即答できないくらいにあなたはすごい。でも、どうして私たちが職を捨ててでもアンシュラオン様についていったのか、その理由を身体で知ってください」


 サリータが足を強く地面に叩きつけて、さらに加速しようとした瞬間―――ぶわっ


「…へ?」


 視界が一気に上昇し、小百合を大きく見下ろす形になる。

 真下から強い衝撃が発生し、二十メートルほど宙に浮いたのだ。


「なにが!?」


 どんなに身体が強くても、それを支える『踏ん張り』がなくてはどうしようもない。

 落下地点で待ち構えていた小百合が、渾身の回し蹴り。

 ガードはしたものの、ほぼ無防備なサリータの腹を蹴り飛ばし、五十メートルほど吹き飛ばされて岩に激突して止まる。

 たった一発で開始地点にまで戻されてしまった。


(ぐうっ…いったい何が…起こったのだ。足元から急にすごい力が加えられて…気づいたら宙にいた。小百合さんとの距離はまだあったはずなのに…)


 それ自体はサリータを攻撃するものではなかったが、その分だけ押し出す力が強くて抵抗ができない。

 今の蹴りもそうだ。

 破壊するための蹴りではなく、相手を押し出すための攻撃である。もしすべての力が破壊のためだけに向かえば、今頃彼女の身体は粉々になっていただろう。

 これは手加減しているせいもあるが、小百合の『能力』と大きく関係している。


「やった、やった! 上手くいきました! ウサピョン作戦、成功です!」


 見事に引っかかったサリータには悪いが、小百合は大はしゃぎだ。


(小百合さんの『兎足』を利用した『跳躍移転』が上手くはまったな。あれは初見ではかわせないだろう)


 これは本来『兎足』で使う跳躍力を他に移し変える能力だ。

 他人に与えることまではできないが、物や場所に移転させることで、今のように強制トランポリンを設置することができる。

 なかなかトリッキーではあるものの、使い手の頭が良ければ意外と怖い技である。


「まだまだぁ!! うおおおっ―――うわっ!?」


 不屈の闘志で向かってくるサリータではあったが、何度もこれに引っかかる。

 相手からは『付与された地点が見えない』ので、ほぼ地雷と同じだ。勇気を持って突っ込むことはできるものの、結局小百合の周囲に配置していれば踏む確率が極めて高くなる。

 そして、この能力は他人には与えられないと言ったが、術者当人の身体ならばどこでも移転が可能だ。

 ようやく小百合の肩に手をかけることができたサリータだったが―――さようなら

 また遠くに吹っ飛ばされていく。

 正直言って小百合を相手にするには、サリータでは相性が悪い。愚直な突進だけでは絶対に勝つことができないのだ。


(ベ・ヴェルさんは鈴を見たから気づいたようだけど、もともとの『力の方向性』が違うんだ。二人が追求しているのは、拳のパワーでも蹴りの鋭さでもない。魔石を使った『特殊攻撃による搦め手』だ。これがはまると、どんなに強い身体を持っていても対抗することはできない)


 アンシュラオンが小百合とホロロに求めたのは、違う方向性の武。

 通常の武はマキやサナが担ってくれるので、それ以外の面を強化しようというチーム全体の方針であった。

 しかしながら、これはまだ序の口。

 アンシュラオンの身内になることがいかなる意味を持つのか、これから二人が嫌というほど見せつけてくれるだろう。


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