『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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『翠清山の激闘』編

235話 「作戦会議 その1『ターゲット情報』」

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「まずはこちらを見てほしい」


 グランハムとハローワークのスタッフが、大きな地図を広げて黒板に貼り付ける。





「これが翠清山脈の全貌だ。とはいっても、標高一万メートルに迫る巨大な山脈のすべてを把握はできない。あくまで過去の文献から得た情報と外部から観測したデータが大半であり、実際には入ってみないと細かい状況はわからないことを留意したうえで見てほしい」


 この地図を見る限りでは、翠清山脈はおよそ三つの大きな山から成り立っている。

 一番東のものを『銀鈴峰ぎんれいほう』。中央のものを『三袁峰さんえんほう』。西のものを『灸瞑峰きゅうめいほう』という。

 アンシュラオンがハビナ・ザマで見た『桃幻廊とうげんろう』は、灸瞑峰と三袁峰から見える光の橋のことである。


(火乃呼さんたちがいる『琴礼泉きんれいせん』は、あのあたりかな?)


 アンシュラオンも事前に見せてもらった地図をもとに、ディムレガンがいるであろう地点を頭に思い描く。(この地図には載っているが、傭兵たちに見せている地図には描かれていない)

 琴礼泉は山の中腹程度にあり、一見すれば簡単に行けそうであるものの、この山全体が魔獣のテリトリーであることを忘れてはいけない。

 この騒動以前も、あの場所に行くためには猿神の許可を受けねばならないほど奥深いエリアだ。警戒も厳重だろう。


(あの場所くらいならオレ単体でも行けるが、まだディムレガンの状況が不鮮明な中で無理はしたくないな。いろいろと面倒なミッションがあるからな…)


「翠清山脈を制圧するには、最低でもこの三つの山を攻略する必要がある。しかし、すべての魔獣を排除することは物理的に不可能であるし、資源の意味合いからも適切ではない。人間に敵対する危険性の高い魔獣を討伐し、できるだけ安全な山にすることが目的だ」


 翠清山脈自体は、都市や街はもちろんのこと、ロードキャンプのような小さな集落にとっても必要不可欠な存在である。

 荒野と比べて雨が多く降る山からは綺麗な水が流れ、さまざまな山の恵みを与えてくれる。

 魔獣自体も麓の森までは弱いものしかおらず、狩りで生計を立てている村人やハンターにとってはありがたい存在である。

 アンシュラオンがロードキャンプで購入し、ホロロの魔石となった原石も、こうしたところから入手したものだ。

 地図にも載らない集落で生きる者たちには貴重な収入源になっているため、すべての魔獣を排除することは人間にとって自殺行為といえる。

 だが、人間に敵対的な行動を示す魔獣は排除するしかない。特に街を襲った魔獣は最優先駆除対象である。


「この三つの峰に今回の『ターゲット』がいる。街を襲った魔獣も、この三つの山を支配する勢力が主力になっていたようだ。我々の最優先目標は、その三種の魔獣たちである」

「ターゲットについて何か情報はないの? さすがに少しくらいはあるよね?」


 ここでアンシュラオンが質問。

 この場でもっとも発言力があるのは、ほかならぬホワイトハンターの自分であり、グランハムとも対等以上に話せる立場だ。

 この行動によって、若干緊張していた会議に柔軟性がもたらされた。活発に意見を交わす空気が生まれたのだ。


「まず、この山でもっとも強い勢力を誇っているのは、『三袁峰』を支配する『猿神』と呼ばれる猿の魔獣だ。『グラヌマ〈剣舞猿〉』という種族で武器を使うことが最大の特徴となっている」

「魔獣が武器を? マジかよ」


 その情報に周囲から驚きの声が上がる。

 特に魔獣に慣れていない傭兵にとっては驚愕の事実に違いない。


「驚くのは当然だろう。私も話を聞いた時は疑ったくらいだ。だが、事実だ。アンシュラオンが実際に遭遇し、右腕猿将という猿神のナンバー3の群れを撃破している」

「ナンバー3ってことは、まだ上の魔獣がいるってことか?」

「そうだ。過去の文献によれば、猿神のボスは『グラヌマーロン〈剣舞猿王将〉』というグラヌマの最上位種らしい。右腕猿将は名前通り、ボスの右腕だったようだ」

「なんだ。あと二つの群れだけか。けっこう楽勝なんじゃねえか?」

「ホワイトハンターが別格だとしても、群れを撃破できたんだろう? そんなに戦力が残っていないってことだよな」

「ちなみにだが、右腕猿将は『グラヌマーハ〈剣舞猿将〉』という上位種で、王の親衛隊は剣舞猿将だけで構成されているそうだ。右腕猿将はたしかに特殊個体のボス格だったかもしれないが、それと同種の存在が最低でも三十匹はいるということだ」

「………」


 緩んだ空気をグランハムが一刀両断。

 即座に緊張感が戻ってきた。


(このあたりはさすがだな。まとめ役はあいつに任せるのがよさそうだ)


 それを見ていたアンシュラオンも、グランハムの手腕に感嘆していた。

 こうやって説明役を買って出るところも含めて、もともとリーダーに向いている性格なのだろう。

 感情と気分で好き勝手動くアンシュラオンとは正反対である。


「猿の群れの総数は不明だ。予測ではグラヌマ自体は千から二千程度だと思われるが、他の猿の種族を支配している場合、その数は劇的に膨れ上がる。アンシュラオンが遭遇した群れも八千に近い数だったようだ」

「大半は雑魚なんだろうが、その中に強い魔獣が交じると厄介だな」

「敵が組織立って動いているって話は本当なのか?」

「この事例と他の二つの街を襲った魔獣の編成を考えると間違いない」

「そっちの魔獣はどんなやつだったんだ?」

「ハピナ・ラッソを襲った魔獣の中心的存在は、熊型の魔獣だったそうだ。この熊だが、おそらくは銀鈴峰を支配する『ローム・グレイズリー〈銀盾錦熊〉』という種族だと思われる。名前を見てもわかるが非常に強固な魔獣のようだ」

「単純な疑問だが、三袁峰のほうがハピナ・ラッソには近いはずだ。どうして猿はハピ・ヤックを狙ったのだ?」

「そこは我々も疑問に感じているところだが、今のところ理由は不明だ。ただし、もし意図的にそう配置したのならば、街の特性を知ってのことだろう。ハピ・ヤックはグラス・ギースほどではないが、最低限の防壁をそなえていた。普段から高い場所で生活している猿ならば攻略しやすい。一方、ハピナ・ラッソは鉄柵しかなく、熊の体当たりで一撃で破壊できる」


 余談だが、ハピナ・ラッソの入り口はホロロが破壊しており、修復も完全ではなかったため、ほとんど魔獣は素通りしていったようだ。

 しかしながら、もともと魔獣対策はしていなかったので、仮に万全であってもグランハムの言う通り、一撃で破壊されていただろう。

 こちらに関しても、アンシュラオンが街に立ち寄った際に危惧していたことが現実になっている。


「そして、ハビナ・ザマを襲った魔獣には鳥型も確認されている。グラス・ギース寄りの北西にある灸瞑峰は、鳥型の『ヒポタングル〈飛咬河馬〉』が支配していることから、おそらくはやつらだろう。こちらも文献によれば、『マスカリオン・タングル〈覇鷹爪河馬〉』という上位希少種がボスのようだ」

「鳥型か…空の相手は厄介だな。というか、鳥なのにカバなのか?」

「風を操る能力があると聞いている。それだけの重量を持ち上げるのだから、かなり強い風を扱うのだろう」

「銃弾が通じればいいが…そっちもやばそうだな」

「グラス・ギースにやってきた魔獣は、この三つの混成軍だった。特にボス格はいなかったようなので牽制として派遣した可能性が高い。動きから見て本命はハピ・ヤックだったと思われる」

「魔獣にそんな知恵があるのか?」

「ここまでくれば、もはや疑いの余地はない。魔獣だからと侮らず、十分に気を引き締めてもらいたい」


 こうしてグランハムのターゲット講義は続く。

 これらの情報は現在確認されているものも含まれるが、多くが『過去の文献』によるものだ。

 そこが気になったので、アンシュラオンが質問。


「ねぇ、その文献はいつの頃のものなの?」

「文献の多くは大災厄時に失われてしまったため、災厄当時とその後に書かれたものが大半だな」

「ちょっと話が逸れるかもしれないけど、今言った翠清山の魔獣たちって大災厄時にもいたんだよね?」

「専門家ではないから断定はできぬが、可能性は高い。ハングラスの書庫でもさまざまな希少な文献を保管しており、大災厄前のかつての『グラス・タウン』が山脈に赴いた際にも、この三種の魔獣と遭遇している記述があった」

「その魔獣たちも災厄時は人間と敵対してたの?」

「…? どういう意味だ?」

「デアンカ・ギースとかは、しっかりと名前と惨状が残っているんだから、もし猿どもが災厄当時に敵になって人間を殺し回っていたら、もっと情報があってもいいんじゃないかなと思っただけさ」

「…ふむ、たしかにな。こちらでそういった情報は把握していないが、ハローワークとしてはどうなのだ?」

「こちらにもそのような記録はありません」


 グランハムがアシスタントのハローワーク職員に訊ねるが、やはり知らないようだ。


「何か気になるのか?」

「災厄時に暴れた魔獣とそうでない魔獣がいることが気になったんだ。その差は何なのかなって」

「魔獣についてはわからないことが多い。そこまではわからぬな。だが、お前がそう言う以上は、何かしらの考えがあるのではないか?」

「考えってほどじゃないけど、オレたちの目的は魔獣の殲滅じゃないんだよね? それなら今後のことも考えて、敵対していない魔獣と戦う必要はないと思うんだ」

「それは私も最初に述べたが、徹底しろと言いたいのか?」

「そういうこと。単純に敵意がない魔獣は放置でいいと思う。怖がって逃げる相手まで追っていたら時間の無駄だよ。長引けば長引くほど金と物資を消費するからね。ただ、強制はできないから各人に任せることにはなるだろうけど、それで被った損害は自己負担でいいよね?」

「それも当然の意見だな。我々の目的は、この三つの山の制圧だ。そして、交通ルートを整備するための『道』を確保することにある。全体的な方針の一つとして、無駄な戦闘は避けることも明記しておこう。他の者も異論はないな?」

「そりゃな。弾薬だって無限にあるわけじゃねえ。できるだけ出費は抑えたいぜ」

「それだけの価値があるならいいけどな…。赤字ならやる意味はない」

「では、決まりだ」


 アンシュラオンの提案は、ごくごく当たり前のものであった。

 傭兵は金で仕事を請け負うので、余計な経費がかかることを嫌がる。周囲からも特に異論は出ない。

 がしかし、こうした他人から見れば些細な問いかけにも、アンシュラオンたちだけしか知らない情報を加えると大きな意味を持つに至る。


(確定ではないけど、翠清山の魔獣は災厄時に『凶暴化』しなかった。一方の暴れた魔獣である悪獣たちは『何者かに造られた魔獣』だった。つまりは同種の存在ではないということだ。災厄が何なのかはともかくとして、ある程度の理性と知能がある魔獣ならば『交渉も可能』かもしれないな。猿だってかなり頭の良い魔獣だったんだ。直接交渉は無理でも、仲介役がいれば不可能ではない。ディムレガンだって猿と何かしら交渉をしているはずだ。問題は、その手段だな。ディムレガンは猿の言葉がわかるのかな?)


 どのみち魔獣たちを全滅させるわけではないため、今後の開発や資源採掘を考えると、魔獣と全面対決状態であることは避けたい。

 工事中や採掘中に魔獣が頻繁に攻撃を仕掛けてくると、大きく工期が遅れてしまうからだ。

 それゆえに本当に凶暴化しない相手ならば、そうした交渉も可能であると考えていた。これも火怨山で多様な魔獣と接したアンシュラオンだからこそ思いつくことである。

 そして、ディムレガンが猿に武器を提供していたことから、何かしら意思疎通の手段があると思われる。それを利用すれば戦後処理にも役立つに違いない。


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