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『翠清山の激闘』編
234話 「ハイザク出立」
しおりを挟むあっという間に時は流れ、戦いの準備が整っていく。
武器をもらってから三日後、作戦開始二日前、まずはスザクの兄であるハイザクたちが出立する。
「兄さん、武運を祈ります」
「…ん」
「忘れ物はないですか? 山に行くとはいえ、ちゃんと毎日身体は拭いてくださいね」
「…ん」
「できる限り、伝書鳩を送ってください。連絡は密にしましょう。兄さんなら大丈夫だと思いますけど、無理はしないでくださいね」
「…ん」
ハイザクはガイゾックとは正反対に、口数の少ない寡黙な男であった。
兄弟が相手でも自分から話題を振ることはなく、今も軽く頷くだけだ。
そのため他者からは理解されにくいが、野良猫と一緒に寝転んだり、海辺でじっとしているとカモメが集まったりと、心優しい穏やかな性格をしている人畜無害な男である。
そんな次兄が大好きなスザクは、ニコニコと笑顔で世話を焼いていた。
(うーん、兄弟仲がいいのは良いことだけど、会話が成立しているのか他人からはよくわからないな…。でもまあ、オレとサナも外から見たらこんな感じなのかも)
それを見ているアンシュラオンは首を傾げるが、これが彼らなりのスキンシップなのだろう。
そうした兄弟の慎ましい会話が続いている間にも、何百というトラクターに補給物資や武器が積み込まれていった。
第二海軍の大部分がすでに街に駐留しているので、ハピ・クジュネに出向いていたハイザクが戻る形となり、そのついでに物資を送り届けることになっていた。
武器は通常の剣や銃から機関砲や砲筒、スザクたちが使っていた砲台車両といった大型の重火器までそろっており、まさにこれから戦争が始まることを予感させる大規模なものであった。
また、その中には『武装商船』や軍用の『駆逐艇』も含まれている。
武装商船は商用の大型輸送船を武装させたもので、戦艦には遠く及ばないが、砲台を積んでいるため最低限の砲撃が可能な船だ。
駆逐艇は小さいものの、突破力があるため一気に敵陣に突入することができ、西側の艦隊戦ではこれに歩兵が乗って敵艦に乗り込むシーンがよく見られるだろう。
ハピ・クジュネ軍が強い理由が、こうした兵装や艦を南部の入植地から購入することができる点だ。
直接入植地から買わずとも、ライザックの軍船の主砲のように、ジャンク品として流れてきたものを改修して再利用することもある。
「思った以上の武装だね」
「はい、砲台に関しては、そのまま街に配備する予定でいます」
「さすがに山に持っていくのは難しいか。障害物も多そうだしね」
「そうですね。迎え撃つのならばまだ楽なのですが、あの険しい山に入らねばなりません。当然ながら車両の類は入れませんし、武器や弾薬、食料その他も人力で持ち込む必要があります。それだけで専用の兵站部隊が必要になるくらいです」
「食料は大丈夫なの?」
「ハピ・ヤックに大量の輸送船を常駐させる予定です。武装商船もすべて使って補給路は維持してみせます。一時的にハピ・ヤックでは食料不足になりますが、南部からも続々と援助物資が届くはずです」
これらの大きな武装商船はそのまま使うのではなく、各ポイントに配置することで、兵の休息所や武器庫といった『拠点の一つ』として利用される予定である。
また、食料は予定通り、ハピ・ヤックが台所となって次々と食料を運ぶ手筈になっている。
「まあ、最悪は魔獣を食料にすることもできるし、そこはなんとかなるかな」
「やはり食べないといけませんか…」
「慣れだよ、慣れ。山で過ごしているとすぐに慣れるさ。海で魚を食べるのと一緒だ」
「はい…努力してみます」
「南部の動きは? ハピ・クジュネがこの作戦を決行することは、もう伝わっているよね? 攻撃されたりしない?」
「父さんたちがいますし、海もありますので簡単には来られないはずです。向こうは向こうで忙しいでしょうからね」
「なるほどね」
スザクが含みのある笑みを浮かべたので、事情を察する。
(ライザックのことだ。ただ敵が来ないことを祈るような性格じゃない。何かしら手は打っていそうだな。そのあたりはあいつの仕事だから任せておけばいいか)
そして、スザクと会話していると、ハイザクがじっとアンシュラオンを見つめてきた。
「………」
「………」
アンシュラオンも、しばしハイザクと見つめ合い―――拳を繰り出す
ハイザクもそれを受けるように右拳を前に出し、両者の拳が激突。
ドスンッという鈍い音と同時に、周囲に凄まじい風圧が発生。その余波で近くにあった荷車が浮き上がる。
何事かと周囲の者たちがこちらに振り向くが、アンシュラオンは笑っていた。
「強いね。さすがガイゾックに次ぐハピ・クジュネの豪傑だ。これなら安心して見送れるよ」
「…ん」
「兄さんもアンシュラオンさんが気に入ったようです」
「さすがに身体をぶつけての挨拶はノーサンキューだけどね。せいぜい拳までだよ」
どうやら今のはアンシュラオンなりの挨拶だったようだ。
そもそも会話がほぼ不可能なので、こうして拳で語り合うしかないのだが、これはこれで簡潔でわかりやすいものである。
「…じー」
「………」
「…じー」
「………」
ついでに、なぜかサナもハイザクと睨めっこをしている。
アンシュラオンと違って何も起こらないので、ただただ静かな時間が過ぎていく謎空間が生まれていた。
「…こくり」
「…ん」
だが、しばらくすると両者が頷き合う。
無口な者同士、何かしら通じるものがあったのかもしれない。
そして準備が整い、ハイザクがついに旅立つ。
「ハイザク様、ご出陣!!」
都市の入り口に整列した第三海軍が、ハイザク率いる二千五百人の出立を見送る。
ハイザクの第二海軍は二千の兵を増員し、およそ一万の軍として動くことになっている。約八割がマッチョなので、その迫力もかなりのものだろう。
見物に来たハピ・クジュネの市民たちも、熱狂的な拍手で彼らを見送っていた。
「行ってしまいましたね…。ついに作戦が始まります」
「緊張しているの?」
「僕にとっては初めての大きな戦です。しかも総司令官ともなれば、さらに大きな重圧を感じています。誰かが死ねば、それは僕のせいでもあるのです。家族に報告するのがあまりにつらいです」
「君は相変わらず優しいね。でも、ここまで大きな戦はハピ・クジュネも初めてのはずだ。もともと混成軍なんだし、ライザックが指揮を執っても結果はあまり変わらないと思うよ。それならば君が司令官のほうがやりやすい。自分の死を踏み台にする将より、嘆いてくれる将のために兵は奮起してくれるはずさ」
「そう言っていただけると助かります。あなたがいると思うだけで安心しますよ」
「その代わり突入ルートは別々だ。最終的には合流するけど、途中でつまずかないでくれよ。さすがに反対側までは助けに行けないからね」
「がんばってみます。総司令官がいきなり戦死では笑えませんからね。僕もこれから出立の準備を整え、明日にはグラ・ガマンに到着しているでしょう。かなり場当たり的な作戦内容となりますが、タイミングだけなんとか合わせてください。そうすれば包囲は可能なはずです」
「大まかな内容は聞いているよ。まあ、やれるだけやってみるしかないね」
「…アンシュラオンさんは成功すると思いますか?」
「失敗が全滅という意味なら、それはありえないけど、成功のラインはどのへんに設定しているの?」
「翠清山【中央山頂の確保】です」
「猿神たちの本拠地だよね。担当はハイザクか」
「ハイザク兄さんなら大丈夫だと思いますが、敵の主力がいる場所でもありますので少し心配です」
「猿たちがおとなしいことが気になっているのかな?」
「…はい。あれ以来、彼らは積極的に動いておりません。その理由がわからないのが怖いところです」
「どのみちこっちが攻める側なんだ。強引にでも切り崩していくしかないよ。ところで、イタ嬢との勝負はどうするつもりなの?」
「正直、そこまで考えている余裕はありません。まずは勝たねばすべてを失います。兄たちが考えている利権の独占や分配なんて僕には興味がありませんから、今やれることをやるだけです。作戦を成功させ、なおかつできるだけ多くの兵士を都市に帰還させるのが自分の役割だと思っています」
「君たちは三人とも、面白いほどに性格や特性が違うね」
「三人とも別々であるからこそ、それぞれの分野で父を超えられると思っています。三人が力を合わせれば何でもできます」
「まさに三本の矢だ。都市はガイゾックたちが守ってくれるだろうから、オレたちは作戦に集中しよう。大丈夫。成功するさ」
「では、僕は自分の軍の準備がありますので、今度会うのは作戦中となりますね。それまでどうかお元気で!」
そう言うと、スザクは慌しく第三海軍のほうに行ってしまった。
(スザクを司令官にしたライザックは正しい。この作戦には若さと勢いが何よりも必要だろう。それに高校野球みたいに青少年ががんばっていると、こっちも応援したくなるからね)
若さと勢いでサープすら撃破した彼ならば、今回も必ず皆に力を与えることができるはずだ。
そして、スザクを見送ったら次は自分の番である。
「ご主人様、ハローワークの会議場でグランハム様がお待ちです」
「ああ、今行くよ」
アンシュラオンとサナは、ホロロと一緒にハローワークへの道を歩く。
住人たちは完全に戦勝気分で、道端を見れば前祝いで酒を飲んでいる者たちが大勢いた。
街は何も変わらない。いつもの日常があるだけだ。
「彼らは気楽なものですね」
「ハピ・クジュネが戦火に包まれているわけじゃないから、実感は皆無だろうね。気づいたら戦争が終わっている。そんなこともざらにあるよ」
「お詳しいのですね」
「実際に戦争を体験しているからね。でも、それでいいんだ。民間人が戦争に巻き込まれるよりはね。ただ、安寧のために命をかけた者たちを忘れた国は必ず滅ぶ。この都市がそうならないことを祈るだけさ。まあ、海賊たちが支配している間は大丈夫だろうけどね」
「あっ、アンシュラオン様が来ましたよ! こっちですー!」
ハローワーク前でマキと小百合と合流。
笑顔で両手を振っているので、遠くからでもすぐにわかった。
「小百合さんは楽しそうだね」
「いつも送り出す側でしたからね。今回は自分がやると思うとドキドキが止まりません!」
「十分に楽しむといい。これも闘争の醍醐味さ。ユキネさんたちは?」
「参加申請はしているみたいだけど、まだ来ていないみたいね。『作戦会議』にも出ないつもりなのかしら?」
「今回出席するのはリーダー格だけだ。あとで知らせればいいし、もし来れなくなっても問題はないよ。アイラにとっては、そのほうがいいかもしれないからね」
「…そうね。実力不足なのは明らかだもの。痛い目に遭うよりはいいかもしれないわ」
「オレたちも周りを気遣っている余裕はない。さっそく行こう」
そのまま五人で会議室に赴く。
こちらは普通にハローワークの二階にある大きな会議場である。大学の講義で使う大きめの教室を思い浮かべてくれるとわかりやすいだろう。
扉を開けて中に入るとグランハムが待っていた。
「アンシュラオン、よく来てくれた」
「ごめんごめん。オレたちが最後みたいだね。遅れちゃったよ」
「かまわん。見送りの話は聞いている。空いているところに座ってくれ」
会議場にはグランハムのほかに、各傭兵団から選出された五十名の代表者が集まっていた。
傭兵団を作っていない者や、ブルーハンター以下の単独で狩りを行っているハンター等は、ここで話を聞いた者から情報を伝達してもらう手筈になっている。
アンシュラオンは堂々と条件に該当しない女性を引き連れているが、それにとやかく言う者はいない。強い者は無条件で許されるのが世の常であった。
「よぉ、兄弟。こっちが空いてるぜ」
ゲイルも傭兵団を率いるリーダーなので、会議に呼ばれていたようだ。
アンシュラオンたちが近くの椅子に座ると、グランハムの声が響く。
「では、これより『翠清山脈制圧作戦』の詳細を説明する」
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