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『翠清山の激闘』編

229話 「グランハムとの対話 その3『狐と狐』」

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「まとめると、ハングラスの狙いは良質な採掘場の確保。そのためには、ディムレガンの中にいるライザックの内通者から情報を訊き出し、相手より先に現場を押さえる必要がある。それに加えてイタ嬢が勝負で勝つことで論功行賞で権利を主張する。…ってことでいい?」

「おおまかな内容はその通りだ。当然ながら、この情報は我々だけの秘密にとどめる。制圧も我々の隊だけで行う」

「イタ嬢が勝負に負けた場合は?」

「もともとあの勝負はディングラスが勝手に始めたことだ。負けたら我々には関係ないと言い張り、勝てば功績を主張すればいい」

「あざといな。だが、それくらいがいいか」

「ただし、倒した獲物が大きければ大きいほど分け前も増える。大物は積極的に狙いにいく。目的地が奥地ならば、どのみち大物と遭遇する確率も高まるだろう。嫌でも戦いになる」

「そこでのサポートは必要?」

「できればな。お前と一緒に行動するのならば、必然的に共闘することになる。不自然ではないだろう。それに強い魔獣をこちらが引きつければ、スザク側の傭兵も得をすることになるはずだ。相手も文句はあるまい」

「もし情報が得られなかったり、現場を確保できない場合は?」

「こちらも対策は練っているが、そうなったら仕方ない。独自に調査を行い、目ぼしいところを押さえる。しかし、それすらも困難な際は、損害を防ぐために撤退も視野に入っている」

「ファテロナさんが納得するかな?」

「傭兵団の中で最大戦力である我々の決定だ。納得するしかないだろう。さすがにベルロアナ嬢を危険に晒すことはしないはずだ」

「ここが一番大事なんだけど、オレへの報酬は?」

「お前が満足するような女を用意するのは難しい。好きに金額を決めてほしい」

「すべてが上手くいった場合、ハングラスが得る利益はどれくらい?」

「資源の質次第だが、我々の予測では軽く千億は超えるはずだ。ハピ・クジュネがさらに発展した場合は、もっと増える可能性もある。新都市の建造や軍隊の増設、武器の新調といった要素も絡まるからだ」

「もともと翠清山には良質の武器を作るための鉱物があった。そこの中心部を上手く押さえることができれば、術式武具の素材を独占できるわけか」

「ライザックは武器の質を落とすことで数を増やしているが、それが飽和状態に至れば、今度は質を上げる政策にシフトするだろう。その時に一気に稼ぐことができる」

「じゃあ、そうだな…前提条件なしの前金で五億。情報入手の成功報酬で二十億、実際に現場を確保できたら追加で二十五億。全部で五十億くらいでどう?」

「了承した。前金は明日には振り込む」

「即答していいの? 高額だけど上に確認しなくて大丈夫?」

「現場での判断は私に一任されている。それくらいの値段は問題ない」

「それだけ信頼されているんだね。すごいな」

「金額を提示したということは、我々と組むと考えてよいな? ハピ・クジュネ側との契約には違反しないのか?」

「問題ないよ。ライザックからもすべてを教えてもらっているわけじゃない。そっちからの情報提供で全体像の補完もできたし、それを含めて今回は力を貸すよ」

「今回が成功したら次も頼む」

「気が向いたらね。もし本格的に組むならゼイシルって人とも会わないといけないだろうし、今は先のことは考えないでおくよ。まずは上手くいくことを祈ろう」

「わかった。十分な答えだ」

「じゃあ、そろそろ帰るよ。今日はおごってくれてありがとう」

「また何かあったら連絡する」


 アンシュラオンは軽く頷き、サナを連れて出て行った。

 こうしてハピ・クジュネとハングラスという、相反する二つの勢力と契約を交わすことになった。これも第三勢力という立場があってこそできることだ。

 その後マスターも戻ってきて、グランハムは独りで酒を楽しんでいた。

 しかし一時間後、新たに店に入ってきた者がいた。

 男はグランハムの隣に座ると、酒を注文する。


「お勧めの火酒をお願いします。私は水割りで」

「………」

「グランハムさんは、本当に酒がお好きなんですねぇ。いったい何本空けたのですか?」

「こんな場所に来ていいのか? 監視されているぞ」

「この都市では、どこにいても監視されていますよ。それならば堂々としていたほうが好まれます」


 その男、ソブカ・キブカランは酒を受け取ると、軽く口をつける。

 水割りなのでライザックのところで飲んだものよりは軽いが、それでもしっかりと喉に焼ける感覚が残る。


「ハピ・クジュネの火酒は、やはり度数が高いですね。何度飲んでも慣れません」

「酒は、そこに暮らす人々の性質を如実に映す鏡だ。ウォッカを好む海の人間は、基本的に表裏がないのだろう。ライザックのような男のほうが珍しいのかもしれぬな」

「海には多様な側面があるからこそ面白いのです。まあ、私は水中は苦手ですがね。『彼』はどうでした?」

「私とは正反対の性格だが、相性は悪くなさそうだ。知能も教養も高い。話もすぐに呑み込むから話していて軽快だ。多少欲望に忠実すぎるのが気になるくらいだ」

「ハンターですからね。それくらいは当然の欲求でしょう。金や女性で満足していただけるのならば安いものです」

「たしかにな。その一方で、力を無駄にひけらかすことはしない。あの落ち着き具合は、まるで老人のようだ。それだけ武に自信があるのだろうが…なかなか真似はできない。キブカラン、遠慮するな。もっとぐいぐい飲め。マスター、ボトルごとくれ」

「あいよ」

「…いえ、そんなに注がないで結構ですよ」

「酒くらい楽しめ。つまらない男だ」

「あなたもライザックも、酒で人を判断するのはよくないと思いますがねぇ」

「で、心配になってわざわざ確認にでも来たのか? そんなに気になるのならば、当人に直接訊けばいいだろう」

「あまり節操なく会おうとすると秘書がうるさいのですよ。彼女は彼のことをとても警戒していますからねぇ」

「気持ちはわかる。あの男は大きすぎる。人は自分よりも巨大なものを見ると畏怖するものだ。女ならば特にな」

「で、百億くらいでしたか?」

「五十億。それも成功報酬でだ」

「欲がない人ですねぇ。彼には美徳と呼べるような不思議な謙虚さがあります。生まれ持ってのものなのか、あるいはどこかで学んだのか。興味が尽きませんねぇ」

「お前のほうはいいのか? ライザックとは付き合いがあるのだろう?」

「それを含めての付き合いです。互いに駆け引きを行い、知略を巡らし、より強い者が主導権を握っていく。そうした闘争が我々を高めていくのです。私も彼もすべてを語ることはしません。時には虚偽をもっともらしく語り、真実を虚偽のように粗末に扱う。互いにそれを見抜けるか試すのです」

「チェスのようだな。傭兵とは違う意味での闘争のやり方か」

「その通りです。今回の作戦においても、どちらがより多くのパイを得るか勝負しているのですよ。当然、私はグラス・ギース側を支援しています」

「不思議なものだ。グラス・ギース内ではのけ者にされているお前が、ハピ・クジュネという大都市を牛耳るライザックと対等に渡り合っている。この現状をどう考えればよいのだろうな」

「長い時間で生まれた慣例や習慣が多すぎれば、おのずと新しいことはできなくなります。特にあのような城塞都市では個人の能力も十全には発揮されないものです。違う都市に行けばもっと才能が輝く者は、私以外にもたくさんいます」

「では、グラス・ギースから出るという選択肢はないのか?」

「ライザックにも言われていますが、それはありえません。私はグラス・ギースをより良くしたいのであって、違う都市に吸収させるつもりはないのです。郷土愛と思ってくださって結構です」

「あくまでラングラスの中でやるか。それならばラングラス派閥のお前が、あえて我々に情報を提供するメリットはないはずだ」

「現状でハピ・クジュネに対抗できるとすれば、ハングラスだけでしょう。結果的にグラス・ギースの利益になればよいのです」

「そこまで我々を買っているとはな。三位と四位が組めば二位には勝てるという算段か?」

「いえ、これは私の独断で行っていることです。残念ながら、今のラングラスでは情勢についていくことは不可能でしょう。現状を理解しているかも怪しいところです」

「お前がこうやって外で命を張っていることも知らぬとは、怠惰なものだ。それでも尽くす価値があるとは思えぬが…」

「私がただ尽くすような人間に見えますか?」

「狐は狐…か。内部にお前のような者がいたら、普通は気が気ではないのだがな。それでも動けぬラングラスならば、食い破られるのも時間の問題だ」

「この場を設けたということは、ゼイシルさんは前向きに検討していると思ってよろしいでしょうか?」

「まだお前が信用できるかはわからない。今回の一件がどう転ぶかを見てからだ。結果を出せば、わが主もお前に一目置くだろう」

「ぜひ試してみてください。この酒ほどではありませんが、それなりに強い刺激と満足感を得られると思いますよ」

「アンシュラオンにも言われたが、一番の難関は情報の取得だ。標的の特定はできたのか?」

「おおよそは。問題は救出部隊ですねぇ。おそらくはライザックの親衛隊から編成されるはずですので、接触後にあまり時間の猶予はありません。多少の足止めが必要になるでしょう。山には私も赤鳳隊とともに行きますから、なんとか妨害してみます」

「あの危険な場所に自ら赴くか。さすがは父親をクーデターで追放し、組を乗っ取った男は肝が据わっている。そんなに血が見たいか?」

「どうやら誤解されているようですねぇ。必要だからそうしたまでです」

「必要ならば放火も厭わないのだろう?」

「否定はしません。ラーバンサーも連れていきますので捕縛後の拷問も可能です。多少危険ではありますが自白剤の投与も考えています。どんな手段を使っても情報は絶対に入手します」

「ラングラスは過小評価されているな。薬物の力は怖ろしいものだ」

「私とて手荒な真似はしたくはありません。しかし、情よりも結果が重要でしょう」

「その前にアンシュラオンが、なんとかしてしまうかもしれぬ。金がかかっているからな。私はあの男の欲望に期待するとしよう」

「あなたも随分と気に入ったようですねぇ」

「お前は優秀な男だ。切れすぎて怖いほどに鋭いナイフだ。ただ、相手を脅す分にはよいが、殺す際には必要以上に相手を傷つけてしまう。だから他人から警戒される。しかし、アンシュラオンは『刀』だ。普段は滅多に刃を見せないが、やる時は一撃で決める」

「武人らしい表現ですね。それで何が言いたいのですか?」

「ナイフはナイフ。刀は刀。武器にはそれぞれに求められる役割がある。今回の相手は魔獣だ。刀のほうが相性はいい。ナイフはほどほどにしておいたほうが無難だろう」

「では、さしずめあなたは、魔獣をしつける『鞭』、といったところですか?」

「そうかもしれぬ」

「所詮人間は、争うことしかできない生き物です。騙し合い、殺し合い、奪い合う。その点では、団結している魔獣のほうが優れた生物なのかもしれませんねぇ」

「我々はそういった欲深い人の社会に慣れすぎた。しかし、だからこそあの男が気になるのではないか? お前も昼間の光を見たはずだ」

「ええ、ひっそりと影からですがねぇ」

「お前は日陰にいることに納得していない。だが、すっかりとマフィアの性根が染み付いてしまった。そんなお前には、さぞや眩しかったことだろう」

「それはあなたもでは?」

「私の器では、これくらいの傭兵団で十分だ。お前ほど満たされていないわけではない。才能がありすぎるのも不幸なことだな」

「…私は私のできることをします。ハングラスも抜かりなくお願いしますよ」

「当然だ。ゼイシル様はここで終わるような御方ではない。もしこの作戦で力を得ることができれば、我々は『例の計画』を進める。異論はないな?」

「もとより反対する権利はありません。では、私はこれで失礼いたします」


 ソブカは静かに席を立ち、店から出て行った。

 グランハムはグラスを傾けながら、濃厚だった一日を振り返る。


(アンシュラオンにソブカ・キブカラン…か。この二人だけにさせると危険だな。突き進む力と火が合わさって理性が利かなくなってしまう。だが、そこに私の規範が加われば、あるいは制御が可能になるのかもしれぬ。皮肉なものだが、私のような凡才もそれなりに役立つということか)


「マスター、酒を大量に用意してくれ。しばらくは山で魔獣相手に宴会だ」



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