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『翠清山の激闘』編
227話 「グランハムとの対話 その1」
しおりを挟む午後は家に戻り、会場であったことを皆に報告。
いろいろと検討した結果、作戦には小百合とホロロも参加させることになった。
二人ともだいぶ魔石の力を引き出せるようになったこともあり、力を試すにはこれ以上ない場所である。常にアンシュラオンと一緒にいれば安全も保たれるだろう。
一方のアロロとロリコン夫妻は、引き続き留守番が決定。こちらはもはや、ついていけるレベルではないため、素直に家で過ごしてもらうのが一番だ。
また、第三海軍が出動している留守中はガイゾックの第一海軍が家の警備を担当してくれるそうなので、安全面に関しても問題ないはずだ。もちろん万一の際のモグマウスも護衛として残しておく。
(オレの力も万能には程遠い。守れるのは身内だけかな。長い戦いになるし、常に余力は残しておかないと厳しそうだ)
作戦期間は未定だが、最低三ヶ月から半年といった長丁場が想定されているようだ。
長く感じるが、翠清山の規模とこれまで敗戦が続いてきた歴史を考えると、かなりの短期決戦といえる。
実際に資源採掘にとりかかるためには数年はかかるため、これは『敵のボスを撃破』するための期間だと思えばいい。
戦闘に限定してもこれだけ長いのだから、できるだけ素人は連れていきたくないのが本音だ。
そんなことを思っていると、ロリコンから報告が入る。
「そうそう、お前がいない間にアイラちゃんが来たぞ」
「そういえばあいつ、ここ数日は来てなかったな。何かあったの?」
「なんかユキネさんと座長が喧嘩しているみたいな話だったかな? 抜けるには、もう少し時間がかかりそうだってさ」
「あー、揉めちゃったか。まあ、人気の踊り子がいなくなったら一座としては困るよね」
「お前は口添えに行かなくていいのか?」
「うーん、本当にやばかったら行くけど、ユキネさんが自分でなんとかするって言っていたから、もう少し待とうかな。今オレが行ったら逆効果になりそうだし」
「そうだな。長く一緒にいたなら金だけの問題でもないだろうしな。ただ、作戦には一緒に参加すると思うからよろしく、だってよ」
「ユキネさんはいいけど、アイラも?」
「そうみたいだな。やる気満々だったぞ」
「また素人が増えたか。遊びに行くわけじゃないんだよなぁ…。ホロロさん、食料は多めに持っていくから、ポケット倉庫を買い足しておいて。たぶん術具屋たちも在庫をたくさん抱えているはずだ。何十個か余分に買っておこう」
「かしこまりました。ですが、食料は軍から配布されるでは?」
「何が起きるかわからないから万一のためさ。水はオレがいればなんとかなるけど、食料は自力で三ヶ月以上はもつようにしておきたい。はぐれた場合のことも考えて、各人もそれぞれしっかり準備しておいてね」
「では、さっそく行ってまいります」
「マキさんも一緒に行ってもらえる? 今は傭兵たちが多いから、外で揉め事もあるかもしれないし」
「わかったわ。任せておいて」
「ロリコンも暇なら一緒に行けよ。しばらく出番はないからさ、こういうときにアピールしておいたほうがいいぞ。最悪はもう二度とないかもしれないし」
「そんなこと言うなよ! 見捨てないでくれよおおおお!」
ということで、さっそく今日から準備を開始。
この準備段階で差が大きく出ることになるだろう。状況を正しく理解している上級者ほど、入念に準備をするものである。
そして、家に残ったアンシュラオンは夜の準備に入る。
「ロリ子ちゃん、ハングラスに関して知っていることを教えてもらえるかな?」
「私でよければ喜んで。といっても、一般的な知識しかありませんけどね」
「なんでもいいよ。ちょっとした噂話でもいいからさ」
「ラングラスに続いてハングラスとは、アンシュラオンさんも忙しいですよね」
「まったくだ。まあ、これもみんなを養うための仕事みたいなもんだからね。がんばってくるよ」
「毎日本当にお疲れ様です」
「いえいえ、どういたしまして。作戦が始まったら外にはあまり出ないほうがいいかもね。長くなるけど、家のことをよろしく頼むよ」
「はい、お任せください! 私たちもどうせ商売はできませんから、おとなしくしていますよ」
∞†∞†∞
夜になり、指定された店に行く。
店はハピ・クジュネの観光区にある、小さく落ち着いた雰囲気のバーだ。店内は薄暗く、ギリギリ人の顔が見えるかどうかの明るさである。
アンシュラオンとサナが入ると、一番奥の席に案内された。
そこではすでにグランハムが一杯やっていた。ウィスキーのボトルが三本空いていたので、かなりの酒好きらしい。
とはいえ酔った様子もなく、アンシュラオンがやってくると静かに出迎える。
「よく来たな」
「いつからいたの?」
「三時間前からだ」
「早いね。開店直後じゃない?」
「呼んだのはこちらだ。遅れては非礼だろう」
「真面目なんだな。マスター、この子に何かジュースをちょうだい。オレは普通に酒ね。ウォッカでいいや。一番高いのをロックで」
「…じー、きょろきょろ」
サナを座らせると、店の雰囲気が珍しいのかきょろきょろしていた。
カジノを除けば、こうした大人の店に連れてくるのは初めてかもしれない。これもよい経験になるだろう。
店名物のガイゾックお勧めウォッカと果実ジュースが注がれ、ゆっくりする準備ができたところで対話が始まる。
「えーと、グランハム…でいいのかな?」
「そうだ。ハングラス所属、ザ・ハン警備商隊の総隊長をやっているグランハムだ」
「B級傭兵団でしょ? 噂で聞いたけど、かなり強いらしいじゃないか」
「それなりの自負はある。そうでなければ主の期待に沿うことはできないからな。おそらく我々が北部で最大の傭兵団だろう」
「たいした自信だね。それだけの力はありそうだけど」
「お前ほどではないさ、ホワイトハンターのアンシュラオン。今までは情報を聞いても信じられなかったが、会場での一件を見て真実だと理解した。あれだけの力があれば、たしかに魔剣士や悪獣も敵ではないな」
「全部筒抜けみたいだね。都市にいる時、オレを探っていたのもあんたらかな?」
「我々だけではあるまい。お前の存在は目を引きすぎる。もう少し自覚すべきだ」
「変装でもしたほうがいいかも。仮面を被って暮らすとか」
「その身長ではあまり意味がない。すぐにバレる変装に意味があるのか?」
「周りが楽しんでくれるなら、それもいいかなって。人生にとって娯楽は大事だよ。だからこの都市には旅芸人がたくさん集まってくる。みんな、楽しいことが大好きだからだ」
「娯楽は、ほどほどがいい。他の街もそうだが浮かれすぎだ。だから有事に対応できない」
「それは同感だね。あっ、イチゴのタルトもちょうだい。ジュースもおかわりで」
「ここはマンゴータルトもお勧めだ。マスターが甘党だから果物はどれも良いものを使っている」
「じゃあ、それももらおうかな。店の常連みたいだね。ハピ・クジュネにはよく来るの?」
「仕事でグラス・ギースとの間を往復することも珍しくはない。我々は輸送警備が主な仕事だ。積荷が到着するまでは暇も多いさ」
「で、今回の荷物はイタ嬢ってことだね。人も運ぶとは大変な仕事だ」
「正直、迷惑している面はある。警備に自信がないわけではないが、子供が遊びに来るところではない。お前やファテロナが弄ぶように、彼女はあまりに幼すぎる」
「領主の娘にそういう態度でいいの? 怒られない?」
「私が仕えているのはハングラス家であり、当主のゼイシル様が雇い主だ。いくら領主であっても媚びる理由はない。グラス・ギースはそれだけ特殊な都市だということだ」
「ゼイシル・ハングラスか。かなりやり手の商人って聞いたよ」
「調べたのか?」
「そりゃお誘いがあれば、少しはね。物流を牛耳るハングラスのトップで、四十代半ばくらいの男だっけ? 能力は高いけど神経質で生真面目だから、いまだ独身らしいね」
「俗的な評価だな」
「そりゃ世俗に生きる子から聞いたからね。ただ、これが一般的なゼイシルの印象ってことだ。表面的だけど、事実が含まれている側面もあるんじゃないかな」
「…世間では過小評価する者もいるが、あの御方がいなければ都市は一週間も経たずに物不足に陥るだろう。物がなければ生活自体が回らなくなる。それだけハングラスの力は大きい。それを取りまとめるのだから、優秀でなくては務まらない」
「神経質の部分は?」
「もともと経理が得意な御方だ。そういう側面はたしかにある」
「まあ、金にずぼらな商人じゃ困るからね。ある意味長所かもしれないなぁ。ただ、ハングラスは実質的に三位って聞いたけど? 一位はマングラス、二位がジングラス、三位がハングラスで、最下位がラングラスだ」
「一位は飛び抜けているので文句はないが、ジングラスとの差は扱っている商材の問題にすぎない。どうしても人口が少ない都市では物の消費が少なくなる。だが、この大きな都市を見れば、生活物資の拡充がいかに大切かを知るだろう。人が増えるだけ需要も要求も増えるものだ」
「それは食料品も同じではあるけどね。このタルトと同じさ」
「…ぱくぱく、もぐもぐ。ごっくん」
サナにマンゴータルトを切り分けると、夢中で食べ始める。
生活が厳しい社会では、最低限の衣食住に重きを置くが、余裕が出てくれば美味しい食べ物や甘いお菓子が欲しくなり、生活必需品ではない贅沢品も欲しくなるものだ。
物欲の程度を見れば、その都市がどれだけ発展しているかがわかる。
「ハングラスを侮っているわけじゃないよ。あんな都市でよくやっているなと感心しているくらいだ。それで、どういう経緯でイタ嬢を運んできたの?」
「ディングラス家からの正式な依頼だ。護衛と輸送。それだけだ」
「じゃあ、オレを捕まえに来たわけじゃないんだね」
「そのような命令は受けていない。お前たちの因縁は、ハングラスにとってはあずかり知らぬことだ。関わるつもりはない」
「もしゼイシルの命令があれば捕まえる?」
「当然だ」
「それは楽しみだ。でも、あまりお勧めはしないな。死んだらそこで終わりだしね。それともオレに勝つ自信がある?」
「傭兵には傭兵の流儀がある。私は自分を拾ってくれた主を裏切ることはしない。どんな命令でも善処はする」
「命を失っても、か。傭兵もいろいろだね。金で釣られるやつもいれば、あんたみたいに義理人情を大事にするやつもいる。それだけ傭兵は自由ってことかな」
「だが、これは無意味な仮定だ。ゼイシル様がお前を敵にする理由がない。そもそも今回は、あまり気が進まない仕事だった。すでに気づいていると思うが、我々は戦いに来たのではない。あくまで護衛のためにやってきたのだ。戦う準備は万全とはいえない」
「ファテロナさんの一件は、そっちに知らされてなかったの?」
「あの女の独断だ。やつは信用できない。あんな者を自分の娘の護衛にする領主たちも理解に苦しむ」
「でも、ファテロナさんだってすべて独断であんなことはしないよね。となれば、ハングラスの知らないところで、ある程度は計画されていたことっぽいよね」
「そうなるな。随分と無謀なことをするものだ」
「グランハムは、作戦参加には反対なんだね」
「今のグラス・ギースに無駄な戦力を出す余裕はない。自衛だけで精一杯だ。おそらく衛士隊も積極的には参加しないだろう。お前もグラス・ギースにいたのならばわかるだろう。ハピ・クジュネとは軍備の質そのものが違う」
「まあね。単純な数も違うし、グラス・ギースの衛士じゃ海兵とは練度が違いすぎる。実質的に二十倍の差はあるよね。でも、その現状を由としない者がいるってことでしょ?」
「都市間での攻防があるのは事実だ。いまだに旧態依然とした考え方をしている者もいる。しかし、これだけハピ・クジュネと差があるのだ。いまさらどうやっても対等にはなれないだろう。プライドは捨てて、この都市とは別の付き合い方をすべきだ」
「現実を見ろってことか。商人や傭兵らしい考え方だね」
「仕方がないことだ。嫌でも対応するしかない」
「グラス・ギースに衛士隊以外で、警備商隊以上の戦力はいる?」
「表向きにはいない。強いて挙げるとすればジングラスの姫君だが…現在は南部に行っていて作戦には間に合わないだろう」
「プライリーラ・ジングラスって人だよね? 美人なの? 胸は大きい?」
「その質問に意味があるのか?」
「大いにあるよ。男からの意見を聞きたかったんだ」
「…美人だ。彼女より美しい女性は見たことがない。胸は大きいようだな」
「ファテロナさんよりも?」
「あいつよりもだ。ファテロナへの個人的な悪感情を抜きにしても、プライリーラのほうが上だろう」
「そいつはすごい。興味が出てきたなぁ」
「そんなに女に飢えているのか? キシィルナのほかにも妻がいるのだろう?」
「上等な酒をたくさんコレクションしたいと思うのは、男として当然の欲求じゃないかな? そこに優劣はないんだ。深い味わいを楽しむ紳士としての嗜みがあるだけさ」
「…もっともらしく言っているが、ただの女好きだろうに。だが、酒に関しては異論はない。さまざまな酒を味わいたくなる気持ちはわかるし、お前にとっては女がそうなのだろう。それもまた個人の嗜好の差にすぎない」
「なんだ、案外話せるじゃないか」
「では、金と女、どっちが重要だ?」
「女性だね。金も大切だけど、女性を楽しませるための道具にすぎない。あくまで主体は女性だよ。オレは女性を心の底から尊敬し、崇拝しているんだ。でも、誰でもいいわけじゃない。まずは内面が重要だ。そして、内面が溢れ出て美しい外見が作られる。戦気と一緒さ。だから両方の要素を大事にする」
「なるほど。なかなか奥が深いな。お前が出会った中で一番良い女は誰だ?」
「みんなには申し訳ないけど、闇の女神様かな。あれはずるいよ。あれには勝てない」
「ふっ、女神と比べられたら世の女は諦めるしかないな」
「次は姉ちゃんで、次はサナかな。これもしょうがないよなぁ。身内が一番可愛く思えるからね。その次は当然妻たちだけどね」
「ふむ…」
グランハムはグラスを傾けながら、静かにアンシュラオンを観察していた。
特に隠す様子もないため、会話をしながらこちらの傾向性を探っているのは明白である。
「さっきは作戦に反対と言っていたけど、結局はザ・ハン警備商隊も参加するんでしょ? 申請手続きをしていたよね?」
「ここまできたら仕方あるまい。領主の娘に何かあれば、それこそ我々の名誉に傷がつく。請け負った仕事は最後までやり遂げるものだ」
「そろそろ本題を訊いてもいいかな? 今日オレを呼んだ理由は何?」
「………」
「思ったより素直に参加申請していたよね。イタ嬢たちに抗議した様子もなかった。そのあたりが気になっているんだけどね」
「…もう少し人となりを確認してからにしたかったが、あまり長引かせるのも悪手だろう。マスター、いつものを頼む」
「あいよ」
ここでグランハムが酒を注文すると、マスターが奥の扉に入っていった。
どうやらマスターも慣れているらしく、重要な会話の時は下がるようだ。そのほうが店にも被害が及ばないことを知っているからである。
周囲に客がいないことを確認し、以前白詩宮の地下室でやったように、盗聴妨害用の術式を展開してから本題に入る。
その内容は、すでに予想されていた通り―――
「アンシュラオン、我々と手を組まないか?」
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