『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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『翠清山の激闘』編

217話 「ファテロナの策 その3『鹿馬鹿馬鹿馬』」

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「お嬢様、二年前のことは覚えておられますね?」

「え、ええ…たしかスザク様が挨拶に来られた時だったわよね? わたくしもその時に初めて会ったと思うわ」

「その通りでございます。しかしその裏では、すでにお嬢様とスザク様の縁談話が持ち上がっていたのです」

「スザク様とわたくしが? 縁談? 初耳ですわよ?」

「その際は領主様が握り潰しましたので、お嬢様には伝わりませんでした。それが今回も再度持ち上がりまして、出発前にかなり揉めておりました」

「そうだったのね。でも、スザク様は断ったのでしょう? …あれ? わたくしは今回も何も訊かれていないけど、どうしてなの?」

「鹿馬鹿馬鹿だからです」

「カバカバカ?」

「いえ、お嬢様に心配をおかけしたくないという領主様のお優しいご配慮からです。実際はお嬢様が子供の頃、『お父様と結婚するー』と言ったことをまだ信じているキモデブオヤジの妄言ですが、そんなことはどうでもよいのです。彼らの本当の目的は【グラス・ギースを奪うこと】だったのです」

「結婚は仲良くなるのが目的でしょう? どうして奪うことになるのかしら?」

「次期領主のお嬢様とスザク様がご結婚なされる場合、通常はスザク様がグラス・ギースに『婿入り』することになります。当然ながらお嬢様が領主の地位を継承し、婿のスザク様に実権はございません。これが慣例です」

「そうなるわね。ディングラスの血筋は、わたくししかいないもの」

「しかしながら、彼らは『スザク様をグラス・ギースの領主にする計画』を画策しておりました。いわゆる【都市の乗っ取り】を計画したのです」

「そんなことができるの?」

「世間知らずのお嬢様を上手く操って、言うことを聞かせることは可能です。また、もし籠絡に失敗した場合は、暗殺や誘拐、拉致その他、お嬢様がいなくなれば、残されるのは夫のスザク様だけとなります。残念ながらディングラスの跡取りはお嬢様だけですので、代理とはいえ領主になることができるのです。この書類によれば、お子が出来てからの傀儡を優先していたようですが、どちらにしても同じことです」

「うーん…でも、領主になってどうするのかしら? お父様はいつも大変そうだし、そんなに楽しそうじゃないわよ? 毛が薄くなるし、臭いもキツくなるわよね。いいことはないわ」

「たしかにグラス・ギースは特殊な統治体系ですので、領主だけが全権限を握っているわけではありません。しかし、ここで重要なことは、グラス・ギースを穢すことそれ自体です。かつての盟主であった尊い血筋を奪うことで、自分たちが上であることを確立したかったのです」

「そんなことをして意味があるの?」

「ディングラスであられるお嬢様にはご理解できずとも、ハピ・クジュネには十分な理由です。それに当時のスザク様は、後ろ盾がない非常に弱い立場でした。ライザック様もまだ完全には信用しておらず、そこで両陣営の思惑が合致したのです」

「…えー、うん。なる…ほど? そんなにハゲたいのかしら? 殿方が考えることはよくわかりませんわ」


 当時のハピ・クジュネがグラス・ギースの乗っ取りを画策していたのは事実である。

 ライザックもスザクの扱いを決めかねていたこともあり、どうせならグラス・ギース対策として利用することを思いついた。

 スザクはスザクで、その時はまだ第三海軍の司令官ではなく、独自の戦力がなかったため、グラス・ギース軍(衛士隊)を手に入れることができれば相応の影響力を持つことができる。

 仮にスザクが野心を持っていたとしても、あくまで争いはハピ・クジュネ同士のものであり、グラス・ギースを排斥することには変わらない。

 どう転んでもグラス・ギースを潰すことができる良案として採用されたものだが、逆にグラス・ギースに知られてしまえば、友好関係に決定的な亀裂を与える大問題であろう。

 それが北部全体での協調を求めているこのタイミングで暴露されたのだ。その意味は大きい。


「シンテツ様、申し開きはございますか?」

「ない」


 シンテツはすでに覚悟を決めているので命乞いすらしない。

 この男はアンシュラオンにもそうしていたように、汚い手段を使うことも厭わないが、その結果として訪れる報いに関してもすべて受け入れている。

 忠誠を誓ったスザクのために、まさに命を捧げるつもりなのだ。


「さぁ、お嬢様。グラス・ギース領主代行として、この愚か者に相応しい処罰をお与えください」

「えーと…どうすればいいのかしら?」

「都市の乗っ取りは重大な罪。それが外部の都市からのものならば極刑は当然のことです。お命じくだされば、即座に首を撥ねてごらんにいれます」

「首を撥ねる? この方の?」


 ファテロナがいつものナイフとは違う、長さ六十センチ程度の小剣を取り出す。

 鞘から抜くと、怖ろしくも美しいギラリと光る刀身が現れた。見た瞬間に業物とわかる逸品だ。


「アズ・アクスの剣でハピ・クジュネに引導を渡すとは、なかなか乙なものですね」


 そう、この剣はファテロナ専用に火乃呼が打った刀、『血恕御前ちじょごぜん』である。

 いわば卍蛍の兄弟であり、その性能は折り紙つきだ。

 つまりファテロナは、アズ・アクスが認めるだけの凄腕の武人なのだ。以前にアンシュラオンに敗北したのは、相手が悪すぎたからにほかならない。

 ファテロナの剣が、シンテツの首筋に当てられる。

 だが、当のスザクがそれを黙って見ているわけがない。


「お、お待ちください! このような場で血を流すべきではありません! 今は全員が一致団結しなければならない時のはずです!」

「だからこそです。我々グラス・ギースもこの合同作戦の一員であるのならば、この問題を早めに処理すべきかと存じます。それとも最初からグラス・ギースなどいなくてもかまわない、と思っておられるのですか?」

「そのようなことは断じてありません!」

「本心をおっしゃってくださってもよろしいのですよ。あなた様がはっきりと明言してくだされば、我々は即座にハピ・クジュネより撤退いたします。どうぞあなた方だけで作戦を敢行してくださいませ。邪魔はいたしません」

「待ってください。落ち着いて冷静に話し合いましょう」

「私は極めて冷静ですよ」

「失礼な物言いとなりますが、お付きの護衛でしかないあなたに、そのような権限があるのでしょうか? ベルロアナ様のご意見をお聞かせください」

「ふふふ、あなたの目論見はわかっておりますよ。このありえないくらい頭が悪いお嬢様を上手く親元から切り離すことができたので、これからゆっくり懐柔できるとお考えだったのでしょう? しかし、そうはまいりません。私は領主様より『印籠』を与えられております」

「印籠? あっ…そ、その家紋は…」

「ディングラス家、当主のみが持つ『金獅子こんじしの印籠』でございます! さぁ、この紋所が目に入らぬか! さぁさぁ、頭が高い、控えおろう!」


 ファテロナが、どこかで聞いた台詞とともに印籠をかざす。

 その様子にスザクも身動きが取れない。

 これはべつにグラス・ギースを怖れているからではなく、いまさらそれを持ち出してどうするつもりなのか、といった疑念のほうが強い。

 ただし、領主のアニルがファテロナに託したことは事実だ。より正確に述べれば、アニルから奪ったキャロアニーセがファテロナに渡したのだ。


「私の言葉は領主様の言葉でもあります。それでもまだご不満がおありですか? 何よりもあなた方が加害者であることを忘れないでください。これ以上のグラス・ギースへの無礼は、この印籠が許しませんよ!」

「っ…このたびは大変申し訳ありません! 部下の無礼は僕の無礼。どのような理由があれ、このようなことは許されるべきではありません。ですが、彼は僕にとって大切な者なのです。彼だけに責を負わせるわけにはまいりません。僕も処分してください」

「スザク様、なりませぬ! ここは私の首だけで十分です!」

「そうはいかないよ。ここまで被害が広がった以上は、シンさんだけじゃ収まらない。この作戦だけは絶対に成功させないといけないんだ。こんなことで台無しにしたくない」

「スザク様…ぐっ」

「ファテロナさん、どうすれば謝罪したと認めてくださいますか? 僕ができることならば、なんでもいたします!」

「その態度は殊勝ですね。さすがはスザク様です。お嬢様、いかがでございましょう?」

「ほえ? いかが? あー、えー、はい。わたくしは元気よ?」

「ありがとうございます。なんとお優しいお言葉。このファテロナ、感動で胸がいっぱいです」


 どう見ても成立していない会話内容に、誰もが「?」を浮かべる。


「い、今のはどういう…やり取りだったのですか?」

「お嬢様は、あなた方を許すとおっしゃいました」

「へ? そ、そのようには聞こえなかったのですが…」

「今のはお嬢様独自の言い回しでございます。周囲は私とお嬢様の会話が成立していないと思っているかもしれませんが、たった一言の中に大きな意味が宿っているものです。なぜそのような回りくどいやり方をするのかといえば、あなた方のような敵を油断させて欺くためです!」

「なっ…! まさかそんな!?」

「お嬢様、そうでございますよね?」

「何か変なことを言ったかしら? 今のは機嫌を伺ったのよね?」

「なるほど、さすがお嬢様でございます。すべてお見通しとは」

「あの…どうしてスザク様は床に座っているのかしら? あまり衛生的ではないように見えるけど?」

「下から抉るようにお嬢様のパンツを見たいそうです」

「ぱ、パンツ!? そ、その…なんと言えばよいのかしら。さすがにそれはちょっと…どうかと思いますわ。ああ、だから首がどうたら言っていたのね。そんな恰好じゃ首が痛くなるのも当然ですわ。おやめになったほうがよろしいですわよ。それにしても、殿方は本当に不思議な趣味をお持ちなのね。お父様が男に近寄ってはいけないと言っていた理由がわかりましたわ」

「かしこまりました。スザク様、どうぞお立ちください」

「そ、それで会話を…しているのですか?」

「当然でございます。お嬢様はすべてを理解し、あらゆる状況を把握してから、あえてこのような言葉を放っておられます。その表面だけを見て馬鹿と思い込む者こそ、まさに真の愚か者といえるでしょう。ハピ・クジュネの悪意など、お嬢様はとっくにお見通しなのです!!」

「っ…!」

「お嬢様、終わりでよろしいのですね?」

「いいんじゃないかしら? それよりもちょっと喉が渇いてきましたわ。ここは暑いですもの。お茶にしませんこと?」

「これこそ王者の振舞い! あなた方、海賊との間にある絶対に埋められない差なのです。お立場をわきまえたのならば、それでかまいません。さぁ、この紋所の前にひれ伏すのです!」

「それでお許しいただけるのならば。ベルロアナ様の深き温情に感謝いたします」


(僕はべつに彼女を馬鹿とは思っていなかったが…すべてを知りながらここまで自然に『無能』を装えるとしたら、まさに天才としかいいようがない。そもそも彼女に縁談の話が伝わっていないなどありえないじゃないか。兄さんたちが勝手に仕掛けた計略とはいえ、それをこのタイミングで反撃に使うことも、より少ない労力で最大の効果を発揮している。これが古都グラス・ギース! これが本当のベルロアナ様! まるで古狸のようじゃないか! 浅はかだったのは僕たちのほうだ)


 スザクもまた、心のどこかではベルロアナを侮っていた。

 しかし、自分の演説が成功して最高に心地よかったところに、いとも簡単に冷や水を浴びせられてしまった。

 タイミングも反撃の手段も文句のつけようもない。過剰に攻撃しすぎず、相手の反感を買わないギリギリのレベルで抑えている。

 これでもしシンテツの首を斬ることになっていたら、本当に同盟関係に亀裂が入っていただろう。

 この世でもっとも怖ろしい人間は、才能をひけらかす者ではなく、自己の才能を隠す者だ。そのほうが敵を作りにくく、なおかつ裏から力を行使しやすい。

 そして、ここまで完全に実力を隠し通すベルロアナに、戦慄に近い恐怖すら覚える。


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