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『翠清山の激闘』編
213話 「緊急招集 その3『スザクの演説』」
しおりを挟む「まずは自己紹介をさせてください。僕はハピ・クジュネ領主、ガイゾック・クジュネの三男、スザク・クジュネと申します。このたびは急な招集で誠に申し訳ありません。ですが、これだけ多くの優秀な方々が集まってくださったことに本当に感動しております。少しばかりでかまいません。どうか僕の話を聞いていただけませんか」
十五歳とは思えない柔らかい物腰でスザクは話し始める。
その声は父親とは正反対に、不思議と人々の心を落ち着かせ、爽やかな海風が通り過ぎたような清涼感を与えてくれた。
それによって場が少しずつ静まり、話を聞く姿勢が生まれていく。
(これがスザクの魅力だよな。あいつを見ると妙に気になるし、一見すると頼りないように思えるから、ついつい助けてやりたくなる。ライザックがあえてここに来なかった理由があれだ)
ライザックも、どちらかといえばガイゾック寄りの人間だ。そんな激しいエネルギーが二つも生まれたら、もう場は大混乱だろう。
だが、スザクがいることで冷静に話し合うことができる。なまじ愛らしい顔をしているので、この場にいるひねくれ者たちも毒気を抜かれてしまうのだ。
「本日お集まりいただいたのは、今しがた父が述べた『翠清山制圧作戦』の参加者を募るためなのです。翠清山一帯はハローワークが定める警戒区域に該当しますが、これまで猟師や鍛冶師といった山の資源が必要な方々への立ち入りは自己責任で認めていました。しかし近年、翠清山において不穏な動きがあることを察知したため、我々海軍がハローワークと協議して一時的に立ち入りを禁止しました。まずはこの経緯に関しまして皆様にお伝えしたいと思います」
これらの話は、すでに炬乃未から聞いていたので知っていることだが、普通のハンターや傭兵の中には事情に明るくない者も多いはずだ。
多少重複する内容にはなるが、こうした情報が一般に公開されるのは、これが初めてのこととなる。
ライザックは、この重要な演説をスザクに一任したのだ。
(もし今までの僕だったならば、兄さんが任せてくれたかはわからない。あの戦いが僕の人生のターニングポイントだったんだ)
ア・バンドでの戦い、猿神たちとの戦いが評価されたからこそ、スザクはここにいる。
だが、敵を撃退できたのも、すべては『彼』がいたからだ。
スザクはアンシュラオンが後ろにいることを確認し、そっと強い決意と情熱を胸に宿す。
穏やかな声に力がこもり、若き英雄は人々に訴える。
「順を追ってお話しいたします。皆様方もご存知の通り、南部において西側勢力の入植拡大が目立っています。今現在は問題なくとも、いずれ何かしらの騒動が発生することが予想されています。ハピ・クジュネとしても、このまま何もしないでいるわけにはいきません。当然ながら今まで以上の防衛力が必要になり、それに伴って経済力の拡大が必要になります」
「しかし、南部を気にする前に、まずは北部全体がまとまらねばなりません。北部は南部から見れば寂れた大地に見えるでしょう。人口も経済規模も明らかに劣っています。彼らの言い分にも一理はあるでしょう。されど、それはあくまで現状でのことなのです。一部の表面的な物の見方にすぎません」
「北部は可能性の塊です。これから発展していく地域と考えてください。千年以上も前から存在する古都グラス・ギースを筆頭に、我々ハピ・クジュネと多くの衛星都市が力を合わせれば、南部にも負けない豊かな大地になることは確定している事実なのです」
「では、そのために何が必要なのか」
―――「それは【道】です!」
「人や物を運ぶには、安全な【交通ルート】が必要なのです。それがしっかりしていれば経済は発展し、人々の生活も豊かになります。僕はこの五年間、日々都市間を移動して調査を行い、東西の交通ルートや各都市の状況を観察していました」
「その結果、やはり【翠清山】が一番の障害となっていることがわかりました。交通ルートが東西に分かれているのは、あの山脈があるからにほかなりません。むろん、これは昔からのことであり、今になって顕在化した問題ではありませんが、最初に述べたように移動ルートの整備および翠清山の【資源確保】が十全に行えないことは、この北部にとって極めて重大な損失だと考えています」
「しかしながらご存知の通り、翠清山一帯は危険な魔獣が支配する地域でもあります。我々は彼らを刺激しないように長年の間、最低限の干渉にとどめていました。彼らもまた必要以上にこちらに干渉することはありませんでした。日々調査をしてはいましたが、資源欲しさに彼らの生活を無視して侵攻しようとは考えておりませんでした。なぜならば、被害が大きすぎるからです。過去の記録でも、侵攻のたびに山神たちに敗北したとあります」
「ですが近年になり、魔獣の凶暴化が確認され始めました。ただ一般人が移動するだけでも彼らは襲いかかり、安全なはずの交通ルートでも魔獣被害が多発するようになりました。我々はそれを危惧して山を封鎖し、その後もずっと警戒を強めていたのです」
「そしてついに二ヶ月前、ハビナ・ザマとハピナ・ラッソが魔獣に襲撃される悲惨な事件が発生しました。もはや軍勢と呼ぶに相応しい魔獣の大侵攻によって街は多大な被害を受け、現在はライフラインの復旧もままならない状況です。ハピ・クジュネの衛星都市である両都市の市民の方々の無念を思うと、強い憤りの気持ちが湧いてきます。そして同時に、このような悲劇を二度と起こさないために、今こそ立ち上がる時がやってきたのだと確信しました」
「もはや怖れるだけでは駄目なのです。立ち止まっていては何も変わりません。このまま守りに徹していても一度生まれた憎しみは消えず、互いの関係が良くなることは永遠にありません。それどころかまた都市が襲われ、人命と労力と物資を削られるだけの劣勢に陥ります。ならば今こそ勇気を持って『大戦力』を投入し、翠清山そのものを制圧することが後顧の憂いを断つことに繋がるはずです。南部にまだ動きがない今こそ最大のチャンスなのです!」
(おおむね予想していた通りだな。ただ、スザクは海軍の立場で物を語っている。都合の悪い事実は隠しているな)
スザク自体は正義感に溢れる好青年であるが、立場的に領主の息子であり、この作戦の司令官でもある。
よって、資源欲しさに翠清山に安易に近寄り、魔獣とトラブルを起こした一年前の一件は伏せられていた。
逆の魔獣側から見れば、いきなり人間が野心を持って近づいてきたのだから反撃するのは当然、と考えているだろう。やられる前にやっちまえ、という今回の大侵攻も十分に納得できる。
これは立場の違いであり、今スザクが述べているのはハピ・クジュネ側の正義でしかない。戦争の大義名分などそんなものである。
だがしかし、ライザックはこの『大義名分』がずっと欲しかったのだ。
翠清山制圧はかなりの被害が想定される以上、ハピ・クジュネも簡単に決断できる作戦ではなかった。
それが今回は『他の都市を巻き込む』ことができるようになったのが大きい。
「ご紹介が遅れてしまいました。グラス・ギースより派遣された【大使】をご紹介いたします。グラス・ギース領主のご息女であり、『第一継承権』を持つベルロアナ・ディングラス様です!」
スザクが目配せをすると、見覚えのある少女が舞台に上がった。
金髪ツインテールの美少女、ベルロアナ・ディングラスである。その隣にはファテロナがしっかりと護衛についている。
「初めまして。わ、わたくしはベルロアナ・ディングラスと申します。お父様の名代として、ハピ・クジュネに参りました。よ、よろしくお願いいたしますわ」
パレード同様にベルロアナが恥ずかしそうに手を振ると、拍手と歓声が上がる。
「おー! パンツのお嬢ちゃんか!!」
「見てたぞ! パンツだ!」
「あー、パンツの? あの子がパンツかー」
「ベルロアナ! ベルロアナ! ベルロアナパンツ!!」
「また見せてくれよおおおおおおおお! 頼むよおおおおおお!」
「今日のパンツは何色だ!?」
「あ、あの…その……し、白です」
「しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! うおおおおおお!」
やはりというべきか、傭兵たちにとって「ベルロアナ=パンツ」になってしまったようで、パンツの大合唱が起きてしまう。
一部にはパンツの色まで聞いた変態がいるようだが、それにはベルロアナも困惑して、はにかむしかない。
(あいつ、生まれながらに痴態ばかり晒してるな。見るに耐えないぞ)
あまりの哀れさにアンシュラオンも思わず視線を外す。見ているこっちが恥ずかしくなるレベルだ。
場の乱れた空気を誤魔化すように、慌ててスザクがフォローに入る。
「えっと、その! 今回の作戦でもっとも重要なことは、グラス・ギースを含めた【各都市との連携】にあります! ハピ・クジュネだけで戦うのではありません! すべての都市が協力して戦うのです!」
そのスザクの言葉に会場がざわつく。
頭が切れる人間は、ベルロアナがパレードに参加していた段階で予測していただろうが、結婚の二文字の印象が強すぎて、この大事な事実に気づいていない者も大勢いたのだ。
「グラス・ギースからも兵を出すように要請した結果、領主のアニル様も喜んで了承してくださいました。ベルロアナ様を大使にしてくださったことこそ、ハピ・クジュネとの絆がいまだ健在であり、今後さらなる協力関係を築く意思の表れだと確信いたしました。安心してください! 我々は一人ではないのです! そして、B級傭兵団であるザ・ハン警備商隊の皆様が来てくださったことも、彼らの誠意だと感じております」
スザクの視線が、壇上の下にいるグランハムに向けられる。
「B級傭兵団…あれがグラス・ギース最大の傭兵団か?」
「じゃあ、あいつがグランハムか。かなりの凄腕だと聞いたぞ」
「B級は一人が強くてもなれないランクだ。他の連中もすごいんだろうな」
傭兵たちもB級という言葉に興味を惹かれて、グランハムに注目が集まる。
B級は『街の軍と同等以上の戦力を保有、または実績ある傭兵が百人以上』という厳しい条件をクリアしなければ認定されない。
これだけの傭兵が集まってもB級傭兵団は一つもおらず、ゲイルでさえ最下層のE級であることを考えると圧倒的な実績差があると思っていいだろう。
それに対してグランハムは、軽くスザクに一礼しただけで、他の視線には特に反応しなかった。最初から眼中にないといった様子だ。
鼻持ちならない態度に見えるが、そこには実力に裏打ちされた強者の自負が見て取れる。
「グラス・ギース以外にも復興中のハビナ・ザマとハピナ・ラッソを除く、ハピ・ヤック、クラス・レッツ、グラ・ガマンを含めた計五都市による合同作戦を予定しています。翠清山は各都市の内側にあり、すべての都市と協力することによって【全面包囲】することが可能なのです! これによって一気に制圧作戦を敢行します!」
徐々に計画の全容が明らかになるにつれて、集まった者たちも事の大きさに気づき始める。
「この話、相当大きくないか?」
「だな。こんな大作戦は聞いたことがない」
「もし翠清山の資源が手に入ったら、ものすごいことになるんじゃないのか?」
「あれだけの巨大な山脈だ。莫大な資源が眠っているだろうな。経済が活性化するどころじゃない。バブルが来るぞ!」
「発掘に大量の人手が必要になるだろうし、雇用も給料も爆上がりするに違いない。そうなったら女房たちを連れて移住する手もあるな」
「おいおい、皮算用してどうする。成功したらだろう? 各都市の連携なんてできるのか? やったことないだろう?」
「失敗した場合は、誰が責任を取るかって話だよな」
「そりゃハピ・クジュネの領主が取るんだろうが、そもそもの相手がな。翠清山の魔獣ってかなりやばいって聞いたが…」
「ああ、とんでもない化け物ばかりなんだろう? 勝てるのか?」
「でもよ、これだけの大人数で行くなら、俺たちでもやれるんじゃないか?」
「そうかもしれないが、どのみち報酬次第だろう。命をかけるんだ。割に合う額じゃないとな」
「参加する傭兵やハンターの皆様には、ランクに関係なく準備費用として『二百万円』をお渡しいたします。成功報酬として、さらに『一千万』を支給します。そして、魔獣討伐の報酬もそれぞれ別に出ます。つまりは通常のハローワークの討伐依頼に加えて、我々が特別報酬を出すと思ってください。別途、死傷された際の保険費用も出しますので、ご家族がいる方もご安心ください」
その話題が出るのを待っていたスザクは、すかさず報酬について提示。
この内容に、さらに場はざわつく。
仮に成功すれば、一人あたり1200万。十人で1億2000万。百人で12億。千人で120億。この場にいる一万人で合計1200億円の配当だ。
それに加えてハローワークが指定する報奨金と素材の金は別途支払われる。ランクアップ査定も通常と同じだ。
これらは倒した者の利益になるが、参加する人数が多ければ安定して討伐できるため、リスクはぐっと減るだろう。おこぼれだってあるに違いない。
準備費用の二百万だけでも下位の者たちからすれば大金だ。
具体的な報酬が提示されたことで、傭兵とハンターたちの目の色が明らかに変わっていく。
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