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『翠清山の激闘』編
203話 「海でブギウギ その2『魔石との同調率』」
しおりを挟む(こんなに穏やかに海に入れる日が来るなんてな。前世でも味わったことがないから、とても楽しいよ)
前の人生でも海辺には住んでいたが、大人になってからは悠長に海で遊ぶ暇はなかった。
常に不満と憎しみの闇の中におり、人生を怒りが支配していたものだ。
それが今は、こうもゆったりとした時間を味わえる。ロリコンが羨むように、まさに極楽生活である。
サナは小百合たちと浜辺で遊んでいるので、海の様子も観察してみた。
(思ったより透き通っているな。綺麗な海だ。都市の近くには森もあるみたいだし、養分はそれなりにあるのかな? 魚もそこそこいるみたいだ)
我々は南国のような綺麗な海に憧れるが、それは同時に山川から流れる養分が少ないことも意味する。
生物は養分が多い場所でこそ数を増やし、養分があるからこそ綺麗な海にはならない。
たまのバカンスならば綺麗なほうが気持ちいいが、商業として成功するのならば養分が多い海のほうが有利である。
ハピ・クジュネの海は、半透明の海かつ魚や貝類も取れる平均的な水質といえるだろう。
(工場排水が少ないことも綺麗な要因かな。生活排水も港湾区の一番東側から流しているから、こっちには来ないみたいだ。まあ、ビーチに流れ込んだら嫌すぎるけどね)
ここは海であっても地図で見れば『湾』なので、海流の出入り口は遥か西にしかない。
そのため西から入り込んだ潮は、一度東に向かってから湾に沿って南に行き、時計回りに再び西の大海原に戻っていく流れになっている。
こうした海沿いの都市は当然ながら海を最大限に利用するもので、グラス・ギースでは処理が大変だった排泄物も、ここならば海に直接流すことが可能だ。
ハピ・クジュネが優れている点は、そういったものを一度回収してから、できるだけ濾過してから流すことだろうか。
さすがに垂れ流しでは海が汚れてしまう可能性があるので、細かいところにも気を配っていることがわかる。
(とはいえ、まだ技術が完全に発達しているわけじゃない。水質管理には四苦八苦といったところか。武器以外の鉄鋼技術も発展途上だし、まだまだこれからの都市かな)
相変わらずこの世界では、武器以外の技術に遅れが見られる。
アズ・アクスでは普通に鉄鋼武器を作ってはいるものの、生活用品に関して鉄はあまり使われていない。
鍛冶師以外に鉄の加工が難しいことも大きな理由だが、鉄の産出量が少ないことも要因の一つだろう。
山や森といった場所には必ず強い魔獣がいて、採掘作業も命がけとなる。
多大な犠牲を払って手に入れた数少ない金属は、ほぼすべてが武器あるいは軍船といった兵器に使用されるため、一般に出回る分が後回しになってしまうのだ。それによって技術も発展しない。
今のところは南部とも交流があり、鉄資源やクルマ、輸送船等は輸入で仕入れているようだが、情勢次第では今後どうなるかはわからない。
(唯一のメリットは海による自給自足が可能なことと、最悪の場合は海を封鎖して南部との接触を絶てることか。沖のほうは海流も激しいみたいだし、ア・バンドみたいに強引に突破してくる連中の大半は、勝手に海の藻屑になるらしいからな)
もう少し沖に行けば大渦を巻いている場所も多々あり、ハピ・クジュネから海を渡って南部の大地に移動するには、潮の流れを熟知した船乗りが必要だろう。
その船頭を領主たち海賊連中が担っているのだ。彼らの協力なしではまともに船を動かせないうえ、海軍および都市公認のパトロール船も常時見回っているので、許可がないと近寄ることもできない。
これがハピ・クジュネのもう一つの強みであり、南部からの侵攻を防ぐ最大の自然の防波堤なのである。
もし船以外で南部から来るとすれば、東をぐるっと回って移動しなければならない。ただし、そこは火怨山の麓にも近い場所かつ、強力な魔獣たちが出没するポイントであるため、まともな人間ならば陸路は諦めるだろう。
だが逆に、それだけ重要なハピ・クジュネが南部の手に落ちれば、もはや北部は終わりともいえる。
(まさに北部の要衝か。ライザックがああいう無謀なやり方をしていたことも頷ける。ここでは強くなくては上に立てないんだよな。一年中閉じこもっていればいいグラス・ギースとは大きな違いだ。そして、だからこそ『翠清山が欲しい』んだ)
南部が鉄資源やジュエル媒体の輸入を禁止、あるいは妨害してくるようになれば、一気にハピ・クジュネの生産力は落ちる。観光客も減って経済はガタガタになるだろう。
それを見越して自前で資源を調達できるようにしたい、という目論見こそ今回の『翠清山制圧作戦』である。
(翠清山への軍事行動は、かなり熾烈なものになるだろうな。なにせ双方の生存がかかっているんだ。まさに戦争が始まろうとしている。こうなれば発端が何かはどうでもいい。勝った者がすべてを手に入れ、負けた者がすべてを失うんだ。…何度も見てきた光景だ。それが世の現実だな)
アンシュラオンがいたかつての地球でも、戦争は日常的に起きていた。自分自身も十年間以上続いた激しい戦争を経験している。
その中で多くの知り合いが戦死したものだ。その時の無念は忘れていない。
(とはいえオレは当事者じゃない。人の世で暮らす以上、ライザックたちの勝利を願ってはいるが、かといって巻き込まれるわけにはいかない。最低限の関わりで最大限の利益を得られるように立ち回ればいいさ。人間の欲望に果てはない。付き合うだけ馬鹿らしいからな。何よりもオレの家族を守ることが最優先だ)
若干陰鬱な気分になったが、海辺で女性陣がボール遊びをしている姿を見て心が和む。
アンシュラオンも一度浜辺に戻り、それを観戦することにした。
「いくわよー! はいぃ!」
マキがビーチボールを叩いた瞬間、ボンッと破裂する。
「あら、ごめんなさい」
「マキさん、これで三個目ですよー!」
「ビーチボールって脆いのね。今度はちゃんと気をつけるわ。…そうだわ。割れないように周囲をコーティングすればいいのよね。薄い戦気で覆って―――はいい!」
マキが微弱の戦気で耐久性を高めてからボールを打つ。
この場合、たしかにボールの外側は強固になるわけだが、マキが押し出す力もしっかりと受け止めてしまうため―――剛速球
凄まじい速度でボールが飛んでくるので、一瞬見ただけで小百合は受けることを諦めて、横に跳躍して回避。
次にホロロもすっと横にずれて、そのままスルー。
突き進んでいったボールは浜辺に激突して砂を抉りながら、さらに直進。
いくつかのカップルを吹き飛ばし、最終的には渦から命からがら脱出したロリコンに直撃。
「ぎゃあああああああああ! ごぼぼぼっ」
ボールの回転そのままに身体も回転し、再び海に叩きつけられて海底に沈んでいった。
「あらやだ! ごめんなさい! 怪我はなかった!?」
「当たらなかったので大丈夫ですよ」
「今のは良い訓練になりますね。さすがマキ様です」
「あ、あらそう? それはよかったわ」
誰もロリコンの心配はしない。もはや暗黙の了解である。
「それにしても、今のをよく避けたわね。打った瞬間、しまったと思ったくらいだったのに」
「言われてみると、そうですね。でも、軽く避けられましたよ」
「私も来るのがなんとなくわかりました」
「たしかに二人とも私たちと一緒に鍛錬しているけれど…今の反応はかなりすごかったわ。もう一回やってみましょうか」
マキがもう一度ボールを叩く。
今度も剛速球が飛んでいくが、小百合が足に力を入れると、ぴょんと跳ねて軽々と避ける。
ホロロもコースを読んでいるのか、事前に体重移動を済ませているので余裕をもってかわした。
「やっぱりそうよ。二人とも常人の身体能力を超えているわ。長年門番として、いろいろな人を見てきたからわかるわ。下級の武人くらいの反応速度はあるはずよ」
「こ、これはもしや…愛の力ではないでしょうか!」
「小百合様のおっしゃる通り、ジュエルの力かもしれません」
さりげなくホロロが小百合の言葉を訳してくれたが、彼女たちに他人と違う点があるとすれば、まさにそこだろう。
「なんだか面白い話をしているね」
「アンシュラオン様、見てください! 小百合はついに愛の力に目覚めましたよ!」
「うん、見てたよ。二人とも毎日ジュエルに同調する訓練をしていたからね。少しずつ力を引き出せるようになってきたのかもしれない。ちょっと強く跳んでみようか。ジュエルに意識を集中させながらやってみてね」
「はい! やってみます!」
小百合が以前やった反復横飛びをする。
ギアスを付けた瞬間は何も起きなかったが、今は一足で五メートルほど跳躍した。反対側の足で蹴った時も、同じ距離を軽々跳んで戻ってきた。
彼女が蹴った場所は砂が大きく弾けており、かなり強い力が働いたことがわかる。
「ほわー! びっくりしました! 全然力を入れていないのに、こんなに跳ぶんですね!?」
「たぶんそれが『兎足』の能力だね。短距離の跳躍を強化する能力なのかな? まだわからないことが多い魔石だから、少しずつ試していってみよう」
「はい、お任せください! 夫の足手まといにならないように努力しますよー!」
「ホロロさんは、どう?」
「さきほどはマキ様が動く前に、なんとなく次の流れが見えた気がいたします」
「ホロロさんの魔石の能力は、『感覚強化』と『精神探知』だったね。原石の魔獣の特性を考えると、相手の思考や意識の流れを読み取る能力かな? じゃあ、オレがどこを狙っているかわかる?」
「…あっ……ぽっ。ご主人様、ここではちょっと…」
「うん、ちゃんと感じ取れたみたいだね」
アンシュラオンがどこを狙ったかは公言しないでおくが、狙った箇所がわかったようでホロロが顔を赤らめる。
生物が動く際には、必ず『動かそう』という意識が働く。
ホロロのジュエルは、その微弱な電気信号を感じ取り、相手の行動を先読みする能力の一つだと思われた。
これはサナが覚えた武人の行動予測能力を、より純粋な形で強化したものといえるだろう。
だから今こうしている間にも、自分に注がれる視線がどこから向けられているかも感じ取ることができるのだ。
(この能力は、ホロロさんとは最高の組み合わせだな。目の良さが加われば、索敵に関してかなりの能力を得ることになる。もう少し鍛えれば十分戦場にも連れていけるな。あとはサナか…)
「サナ、ジュエルの力は感じるか?」
「…? …コンコン」
「うーん、まだ微妙な反応だな。ちょっと試しに意識を向けてみようか。ほんの少しでいいからね」
「…こくり」
(アル先生から出された課題は毎日こなしてはいるが…サナは意識を向けるのが苦手だからな)
魔石の力を引き出すには意識の同調が必要だ。簡単にいえば感覚や感情を『シンクロ』させるのだ。
だからこそ『魔石の発動率=シンクロ率』であるともいえる。
この点、サナは意思がないので若干苦手としている分野だ。
しかしながら、彼女のジュエルは特別製のテラジュエルなので―――バチンッ
一瞬だけ静電気のように迸った髪の毛程度の雷が、海に突き刺さる。
「ぎゃぁああああ! あばばばばばばっ」
「ひぃいいいいい!」
本当に小さな雷ではあったが、海水を通じて観光客たちが感電。
大量の魚もぷかーと浮き上がってきて、一気に場は大混乱だ。
その中にはロリコンも交じっていたが、もう気にしないことにしよう。
「ああ、そうだった。ここじゃ駄目だな。魔石関係は秘密にしておけって言われていたんだった。家に帰ってからやろうな」
「…こくり」
わかっているのならば、最初からそうしてほしいものである。
この光景を見てしまうとファレアスティの意見にも納得だ。この男はいつも周囲に災いを呼ぶのだ。
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