203 / 386
『翠清山の激闘』編
203話 「海でブギウギ その2『魔石との同調率』」
しおりを挟む(こんなに穏やかに海に入れる日が来るなんてな。前世でも味わったことがないから、とても楽しいよ)
前の人生でも海辺には住んでいたが、大人になってからは悠長に海で遊ぶ暇はなかった。
常に不満と憎しみの闇の中におり、人生を怒りが支配していたものだ。
それが今は、こうもゆったりとした時間を味わえる。ロリコンが羨むように、まさに極楽生活である。
サナは小百合たちと浜辺で遊んでいるので、海の様子も観察してみた。
(思ったより透き通っているな。綺麗な海だ。都市の近くには森もあるみたいだし、養分はそれなりにあるのかな? 魚もそこそこいるみたいだ)
我々は南国のような綺麗な海に憧れるが、それは同時に山川から流れる養分が少ないことも意味する。
生物は養分が多い場所でこそ数を増やし、養分があるからこそ綺麗な海にはならない。
たまのバカンスならば綺麗なほうが気持ちいいが、商業として成功するのならば養分が多い海のほうが有利である。
ハピ・クジュネの海は、半透明の海かつ魚や貝類も取れる平均的な水質といえるだろう。
(工場排水が少ないことも綺麗な要因かな。生活排水も港湾区の一番東側から流しているから、こっちには来ないみたいだ。まあ、ビーチに流れ込んだら嫌すぎるけどね)
ここは海であっても地図で見れば『湾』なので、海流の出入り口は遥か西にしかない。
そのため西から入り込んだ潮は、一度東に向かってから湾に沿って南に行き、時計回りに再び西の大海原に戻っていく流れになっている。
こうした海沿いの都市は当然ながら海を最大限に利用するもので、グラス・ギースでは処理が大変だった排泄物も、ここならば海に直接流すことが可能だ。
ハピ・クジュネが優れている点は、そういったものを一度回収してから、できるだけ濾過してから流すことだろうか。
さすがに垂れ流しでは海が汚れてしまう可能性があるので、細かいところにも気を配っていることがわかる。
(とはいえ、まだ技術が完全に発達しているわけじゃない。水質管理には四苦八苦といったところか。武器以外の鉄鋼技術も発展途上だし、まだまだこれからの都市かな)
相変わらずこの世界では、武器以外の技術に遅れが見られる。
アズ・アクスでは普通に鉄鋼武器を作ってはいるものの、生活用品に関して鉄はあまり使われていない。
鍛冶師以外に鉄の加工が難しいことも大きな理由だが、鉄の産出量が少ないことも要因の一つだろう。
山や森といった場所には必ず強い魔獣がいて、採掘作業も命がけとなる。
多大な犠牲を払って手に入れた数少ない金属は、ほぼすべてが武器あるいは軍船といった兵器に使用されるため、一般に出回る分が後回しになってしまうのだ。それによって技術も発展しない。
今のところは南部とも交流があり、鉄資源やクルマ、輸送船等は輸入で仕入れているようだが、情勢次第では今後どうなるかはわからない。
(唯一のメリットは海による自給自足が可能なことと、最悪の場合は海を封鎖して南部との接触を絶てることか。沖のほうは海流も激しいみたいだし、ア・バンドみたいに強引に突破してくる連中の大半は、勝手に海の藻屑になるらしいからな)
もう少し沖に行けば大渦を巻いている場所も多々あり、ハピ・クジュネから海を渡って南部の大地に移動するには、潮の流れを熟知した船乗りが必要だろう。
その船頭を領主たち海賊連中が担っているのだ。彼らの協力なしではまともに船を動かせないうえ、海軍および都市公認のパトロール船も常時見回っているので、許可がないと近寄ることもできない。
これがハピ・クジュネのもう一つの強みであり、南部からの侵攻を防ぐ最大の自然の防波堤なのである。
もし船以外で南部から来るとすれば、東をぐるっと回って移動しなければならない。ただし、そこは火怨山の麓にも近い場所かつ、強力な魔獣たちが出没するポイントであるため、まともな人間ならば陸路は諦めるだろう。
だが逆に、それだけ重要なハピ・クジュネが南部の手に落ちれば、もはや北部は終わりともいえる。
(まさに北部の要衝か。ライザックがああいう無謀なやり方をしていたことも頷ける。ここでは強くなくては上に立てないんだよな。一年中閉じこもっていればいいグラス・ギースとは大きな違いだ。そして、だからこそ『翠清山が欲しい』んだ)
南部が鉄資源やジュエル媒体の輸入を禁止、あるいは妨害してくるようになれば、一気にハピ・クジュネの生産力は落ちる。観光客も減って経済はガタガタになるだろう。
それを見越して自前で資源を調達できるようにしたい、という目論見こそ今回の『翠清山制圧作戦』である。
(翠清山への軍事行動は、かなり熾烈なものになるだろうな。なにせ双方の生存がかかっているんだ。まさに戦争が始まろうとしている。こうなれば発端が何かはどうでもいい。勝った者がすべてを手に入れ、負けた者がすべてを失うんだ。…何度も見てきた光景だ。それが世の現実だな)
アンシュラオンがいたかつての地球でも、戦争は日常的に起きていた。自分自身も十年間以上続いた激しい戦争を経験している。
その中で多くの知り合いが戦死したものだ。その時の無念は忘れていない。
(とはいえオレは当事者じゃない。人の世で暮らす以上、ライザックたちの勝利を願ってはいるが、かといって巻き込まれるわけにはいかない。最低限の関わりで最大限の利益を得られるように立ち回ればいいさ。人間の欲望に果てはない。付き合うだけ馬鹿らしいからな。何よりもオレの家族を守ることが最優先だ)
若干陰鬱な気分になったが、海辺で女性陣がボール遊びをしている姿を見て心が和む。
アンシュラオンも一度浜辺に戻り、それを観戦することにした。
「いくわよー! はいぃ!」
マキがビーチボールを叩いた瞬間、ボンッと破裂する。
「あら、ごめんなさい」
「マキさん、これで三個目ですよー!」
「ビーチボールって脆いのね。今度はちゃんと気をつけるわ。…そうだわ。割れないように周囲をコーティングすればいいのよね。薄い戦気で覆って―――はいい!」
マキが微弱の戦気で耐久性を高めてからボールを打つ。
この場合、たしかにボールの外側は強固になるわけだが、マキが押し出す力もしっかりと受け止めてしまうため―――剛速球
凄まじい速度でボールが飛んでくるので、一瞬見ただけで小百合は受けることを諦めて、横に跳躍して回避。
次にホロロもすっと横にずれて、そのままスルー。
突き進んでいったボールは浜辺に激突して砂を抉りながら、さらに直進。
いくつかのカップルを吹き飛ばし、最終的には渦から命からがら脱出したロリコンに直撃。
「ぎゃあああああああああ! ごぼぼぼっ」
ボールの回転そのままに身体も回転し、再び海に叩きつけられて海底に沈んでいった。
「あらやだ! ごめんなさい! 怪我はなかった!?」
「当たらなかったので大丈夫ですよ」
「今のは良い訓練になりますね。さすがマキ様です」
「あ、あらそう? それはよかったわ」
誰もロリコンの心配はしない。もはや暗黙の了解である。
「それにしても、今のをよく避けたわね。打った瞬間、しまったと思ったくらいだったのに」
「言われてみると、そうですね。でも、軽く避けられましたよ」
「私も来るのがなんとなくわかりました」
「たしかに二人とも私たちと一緒に鍛錬しているけれど…今の反応はかなりすごかったわ。もう一回やってみましょうか」
マキがもう一度ボールを叩く。
今度も剛速球が飛んでいくが、小百合が足に力を入れると、ぴょんと跳ねて軽々と避ける。
ホロロもコースを読んでいるのか、事前に体重移動を済ませているので余裕をもってかわした。
「やっぱりそうよ。二人とも常人の身体能力を超えているわ。長年門番として、いろいろな人を見てきたからわかるわ。下級の武人くらいの反応速度はあるはずよ」
「こ、これはもしや…愛の力ではないでしょうか!」
「小百合様のおっしゃる通り、ジュエルの力かもしれません」
さりげなくホロロが小百合の言葉を訳してくれたが、彼女たちに他人と違う点があるとすれば、まさにそこだろう。
「なんだか面白い話をしているね」
「アンシュラオン様、見てください! 小百合はついに愛の力に目覚めましたよ!」
「うん、見てたよ。二人とも毎日ジュエルに同調する訓練をしていたからね。少しずつ力を引き出せるようになってきたのかもしれない。ちょっと強く跳んでみようか。ジュエルに意識を集中させながらやってみてね」
「はい! やってみます!」
小百合が以前やった反復横飛びをする。
ギアスを付けた瞬間は何も起きなかったが、今は一足で五メートルほど跳躍した。反対側の足で蹴った時も、同じ距離を軽々跳んで戻ってきた。
彼女が蹴った場所は砂が大きく弾けており、かなり強い力が働いたことがわかる。
「ほわー! びっくりしました! 全然力を入れていないのに、こんなに跳ぶんですね!?」
「たぶんそれが『兎足』の能力だね。短距離の跳躍を強化する能力なのかな? まだわからないことが多い魔石だから、少しずつ試していってみよう」
「はい、お任せください! 夫の足手まといにならないように努力しますよー!」
「ホロロさんは、どう?」
「さきほどはマキ様が動く前に、なんとなく次の流れが見えた気がいたします」
「ホロロさんの魔石の能力は、『感覚強化』と『精神探知』だったね。原石の魔獣の特性を考えると、相手の思考や意識の流れを読み取る能力かな? じゃあ、オレがどこを狙っているかわかる?」
「…あっ……ぽっ。ご主人様、ここではちょっと…」
「うん、ちゃんと感じ取れたみたいだね」
アンシュラオンがどこを狙ったかは公言しないでおくが、狙った箇所がわかったようでホロロが顔を赤らめる。
生物が動く際には、必ず『動かそう』という意識が働く。
ホロロのジュエルは、その微弱な電気信号を感じ取り、相手の行動を先読みする能力の一つだと思われた。
これはサナが覚えた武人の行動予測能力を、より純粋な形で強化したものといえるだろう。
だから今こうしている間にも、自分に注がれる視線がどこから向けられているかも感じ取ることができるのだ。
(この能力は、ホロロさんとは最高の組み合わせだな。目の良さが加われば、索敵に関してかなりの能力を得ることになる。もう少し鍛えれば十分戦場にも連れていけるな。あとはサナか…)
「サナ、ジュエルの力は感じるか?」
「…? …コンコン」
「うーん、まだ微妙な反応だな。ちょっと試しに意識を向けてみようか。ほんの少しでいいからね」
「…こくり」
(アル先生から出された課題は毎日こなしてはいるが…サナは意識を向けるのが苦手だからな)
魔石の力を引き出すには意識の同調が必要だ。簡単にいえば感覚や感情を『シンクロ』させるのだ。
だからこそ『魔石の発動率=シンクロ率』であるともいえる。
この点、サナは意思がないので若干苦手としている分野だ。
しかしながら、彼女のジュエルは特別製のテラジュエルなので―――バチンッ
一瞬だけ静電気のように迸った髪の毛程度の雷が、海に突き刺さる。
「ぎゃぁああああ! あばばばばばばっ」
「ひぃいいいいい!」
本当に小さな雷ではあったが、海水を通じて観光客たちが感電。
大量の魚もぷかーと浮き上がってきて、一気に場は大混乱だ。
その中にはロリコンも交じっていたが、もう気にしないことにしよう。
「ああ、そうだった。ここじゃ駄目だな。魔石関係は秘密にしておけって言われていたんだった。家に帰ってからやろうな」
「…こくり」
わかっているのならば、最初からそうしてほしいものである。
この光景を見てしまうとファレアスティの意見にも納得だ。この男はいつも周囲に災いを呼ぶのだ。
0
お気に入りに追加
386
あなたにおすすめの小説
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する
平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。
しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。
だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。
そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる