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「海賊たちの凱歌 後編」
201話 「ソブカという男」
しおりを挟む「…ふふ、はははは! 強いな…想像以上に強い! いいぞ、殺せ! そして、お前が都市を動かせ! その力でオールを漕ぐのだ! より強い者が民を導け!」
「勝手に盛り上がるなよ。どうしてオレが馬鹿な群集を導かないといけないんだ。オレは他人の言葉に流されて、自分の生き方を曲げるような連中に興味なんてない」
「数は力だ…。人の数だけ…大きく物を動かせる。それは楽しいぞ、アンシュラオン」
「そう思うんだったら、引き続きお前が都市を動かせ。オレは御免だよ」
「それだけの力を持っていながら…欲がないな」
「お前は一つだけ勘違いをしている。優れた指導者が強い武人である必要はないんだ。そりゃ、こんな荒くれ者たちをまとめあげるには武力が必要だが、ここまで発展した都市で無理に二つの役割を演じることはない。これに懲りたら指導者に専念しろ。お前にはスザクがいるだろう。あいつがお前の手足になってくれるはずだ」
「ふ…ふふふ、この俺を捻じ伏せて説教…か。強き者の言葉は、熱く胸に突き刺さるものだな」
ライザックは自分より強い者の言葉しか聞かない。
おそらく普通に会ったとしても戦う宿命にあったのだろう。
そして、敗北を悟ったライザックにソブカが近寄る。
「ライザック、満足しましたか?」
「ソブカ、惨めな姿を見せたな」
「ファレアスティの言った通りです。このあたりが潮時でしょう」
「そうだな…その通りだ。俺も区切りがついた」
「酷い怪我です。治療しなければ」
「これくらいで慌てるな」
ライザックは筋肉を収縮させて止血。大量出血が水滴程度には収まる。
だが、身体はボロボロなので、まだ立つことはできないようだ。
「頑丈ですねぇ。羨ましいですよ。しかし、本格的に治療すべきでしょう。担架をお願いします」
ソブカは苦笑しながら海兵たちに指示を出し、ライザックの治療を進めていた。
(なんだこいつは? 服もスーツだし、船上にいると完全に場違いだな。見た感じ海兵じゃなさそうだけど…周囲の連中を従えている? どういうことだ? そういえば、ライザックたちは三人兄弟だったな。こいつがハイザク……じゃないか。たしかハイザクは『巨漢』という話だったしな。では、誰だ?)
アンシュラオンは、ソブカから目を離せない。
なぜならば彼から出ている気配が、明らかに他人とは違うからだ。
どう見ても堅気ではないし、端整な顔付きにもかかわらず猛禽類のような鋭い目からは、常に危険な香りが漂っている。
こんなやつがいたら危なくて目を離せない。そういう意味で視線を外せないのだ。
それに気づいたのか、ソブカのほうから近寄ってきた。
「初めまして、アンシュラオンさん。私はソブカ・キブカランと申します。あなたのことは存じておりますよ」
「どこかで会ったか?」
「いいえ、初対面です。しかし、四大悪獣のデアンカ・ギースを倒し、領主城に単独で乗り込むほどの御方です。グラス・ギースに籍を置く者として知らぬわけがありませんねぇ」
「グラス・ギース? 領主の手下か?」
「まったく縁がないわけではありませんが、領主とは派閥が違いますから無関係ですねぇ。私は『ラングラス派閥』でキブカ商会の会長をしている者です」
「ラングラス…前に武器屋のおっさんから聞いたな。なるほど、お前は【マフィア】か。ハピナ・ラッソを牛耳っていたやつらと雰囲気が似ているのも納得だ」
「ご存知でしたか。ええ、そうです。商会という形式を取っていますが、それぞれがマフィアの『組』を構成しています。キブカ商会もその一つです」
「会長ってことは、その若さで組長か? すごいな」
「いえいえ、先代が早めに引退したので、ただ跡を継いだボンボンにすぎません」
「ラングラスは、たしか医療事業を担当している派閥だったな」
「医療といっても幅広く担当しておりますよ。あなたが仕入れた女性用品も我々ラングラスの管轄ですからねぇ。そして、ハピナ・ラッソであなたが保護した女性が使っていた『コシノシン』も、我々の派閥が取り扱っております」
「…お前もオレを見張っていたくちか?」
「そう警戒しないでください。情報を仕入れるのは商人の仕事のようなものですよ。あれだけの偉業を成したのです。あなたに注目しないほうがおかしいでしょう」
「まあ、グラス・ギースのことなんてどうでもいいさ。もう戻るかどうかもわからない都市だ。べつにお前が誰だって関係ない」
「おや、グラス・ギースはお気に召しませんでしたか? 領主にスレイブを横取りされたら仕方ないですかねぇ」
「それだけじゃない。あそこは奇妙な都市だ。言葉にはできない異様さがある。それはハピ・クジュネに来てからよくわかったよ」
「さすがですねぇ。それに気づける人間がいかに少ないことか。哀しいことに、実際に住んでいると本質が見えなくなる者が多いものです」
「つまりお前は、自分は俗物とは違うと言いたいわけだな」
「そうなりますねぇ。しかし、あなたも同じです。今しがた述べていたではありませんか。愚かな群集を導くつもりはない、と。そう思うのは、あなたが優れているからです。ライザックが言ったように、優れた者には上に立つ資格があります。凡人とは違うものが見えるからです」
「お前もオレにハピ・クジュネを導けとか言いたいのか?」
「そんなことを言う権利は私にはありません。ただ、こうして出会えたことが嬉しいのです。あなたの噂を耳にしてから、ずっと会ってみたかったのです。まさかこんなところで出会えるとは、運命という言葉を信じたくなりますねぇ」
「そう思うのは自由だけど、オレはべつに嬉しくないぞ」
「でも、私に親しみを感じているのでは?」
「男で、しかも初対面のやつに? 冗談でも嫌だな」
「私は同種の気配を感じますがねぇ」
ソブカは、笑いながらアンシュラオンを見つめる。
その目の奥には不気味に光る何か、なぜか見ている者を不安にさせる炎が揺らめいていた。
(『狐』みたいなやつだな。それも鋭い牙を持った【狩る側の存在】だ。この危険な感じは、たしかに同類かもしれない)
目の前の狐は野生のものであり、けっして人が飼い慣らせるような存在ではない。
家畜を食い荒らし、場合によっては人間すら喰い殺す危ない獣。
この男の中には―――【闇】がある
その瞳の奥底に眠るのは、とても昏いものだ。
アンシュラオンもまた闇を持つ人間であるから、正直に言えば親しみを感じないわけではない。ただ、なんとなく認めるのが嫌だったにすぎない。
「で、そのマフィアの組長がどうしてここにいる? なぜライザックとそんなに親しいんだ?」
「商売上の取引で親しくしているのです。歳も近いですからねぇ」
「お前はライザックの部下である海兵たちにも命令していた。それだけでは説明がつかないな」
「我々はグラス・ギースとハピ・クジュネという違う都市で生きる者ですが、志を同じくしている仲間なのです。それだけのことですよ」
「お前もグラス・ギースで政策を実行しているのか?」
「ゆくゆくはそうしたいと思います」
「なんだ、まだたいした力を持っていないのか」
「そう苛めないでください。しかし、私はあなたに出会った。この幸運を逃したくないと考えています」
「オレを部下にしたいのか?」
「いえ、それが無理なことはライザックが証明してくれましたからねぇ。私が望むのは、いつだって対等な取引ですよ。対等である、それこそが各個人を尊重することにつながります」
「それで、お前はオレに何を望むんだ?」
「アンシュラオンさん、グラス・ギースの改革に力を貸してくれませんか?」
「改革? 何をするつもりだ? 領主を追い出すとかなら考えなくもないけどね」
「奇遇ですね。それも選択肢の一つとして考えています」
「本気か? オレが言うのもおかしいが、領主を追放して大丈夫なのか?」
「血は遺します。偉大なる『五英雄』の血は絶対に必要です。しかしながら、その器にない人物が都市を治めることは危険です。各都市は常にさまざまな脅威に晒されていますからねぇ。このハピ・クジュネでさえ、いつどうなるかわからないのです」
「いろいろと事情がありそうだな。だが、オレはそういう面倒くさいことは御免だ。あくまで自分の目的のためだけに動く」
「それは当然のことです。今回のように、その目的が合致すればよいのでしょう? 今はまだあなたの目的とは合わないでしょうが、必ず近いうちに私たちは手を組むと思いますよ」
「そうかな?」
「ええ、きっとそうなります」
二人の視線が交錯する。
突き放すようであり、それでいて関心を手放さない微妙な距離感。
『同種の存在』が出会うと、まずは警戒から始まり、少しずつ興味に移り、どれくらい近しいのか距離を測る行動に出る。
この二人がやっているのは、まさにそうした『縄張りの確認』なのだ。
「ソブカ様、お下がりください。それ以上は危険です!」
そこに突然、護衛のファレアスティが二人の間に割って入る。
「ファレアスティ、大丈夫ですよ。この人は意味なく暴れたりはしません」
「それはどうでしょう。領主城であれだけ暴れた男です。信用はできません。人攫いくらいは平然とやってのけます。お気をつけください」
「イタ嬢のこと? やられたんだから、やり返すのは当然じゃん。正当防衛の範疇だよ」
「いきなりそうした手段を取ることが危険だと言っているのだ。お前は危険な存在だ」
「酷い言われようだなぁ。お姉さんも初対面だよね?」
「馴れ馴れしく話しかけるな! ソブカ様にも近寄るな!」
「ええええ!? やたら嫌われているような気がするけど、なんで? というか、話しかけてきたのはそいつからだよ」
「ファレアスティ、失礼ですよ」
「………」
ソブカに窘められながらも、ファレアスティはこちらを睨んだままだ。
なぜこんなに敵意を向けられるのかわからず、さすがに困惑してしまう。同時に少しだけ興味を抱く。
(年上っぽいのに『魅了』が効かないなんて珍しいな。全員に効くわけじゃないんだな)
今まで年上女性に好かれなかったことは無いので、これはこれで新鮮な感じもする。
そこに応急処置を終えたライザックがやってきた。
「ソブカ、勝手に話を進めるな。そいつは俺の客だぞ」
「無理をしないほうがいいですよ。まだふらついているではありませんか」
「こんなもので死にはしない。それより、まだ俺たちの話は終わっていないはずだ」
「そうそう、もともと交渉のためにやってきたんだ。で、オレは力を示したんだから、翠清山に入る許可はもらえるんだよね?」
「アンシュラオン、スザクは気に入ったか?」
「…? まあ、気に入っていないわけじゃないよ。お母さんの家も譲ってもらったし、あいつはいいやつだ。同時に危なっかしいやつだよ」
「…そうか。いいだろう、入山許可を与えてやろう」
「やれやれ、たかだか山に入るくらいで随分と苦労したもんだよ。これでディムレガンの人たちを救助できる」
「だが、今はまだ駄目だ。我々は近いうちに翠清山に対して大きな軍事行動を開始する。その前にお前が山に入ってしまえば、相手の警戒がさらに高まるだろう」
「街を攻撃された報復?」
「それもあるが、これはもともと計画されていたことだ。いまさら変更はできん」
「それが一年前の出来事に関係するのか。でも、それなら逆に、ディムレガンの人たちを早めに助けたほうがいいんじゃないのか? 放っておいたら敵の戦力が増すぞ」
「救助する準備はできているのか? 鍛冶師は助手を含めて四十人はいるぞ。その全員を安全かつ迅速に運べるのか?」
「え? そんなにいるの? …ああ、そうか。杷地火さんと火乃呼さんだけじゃないんだ。うっかりしてたな」
「頭が良さそうなのに意外と間が抜けているな。どちらにせよ事が事だ。ハピ・クジュネを統治する者として失敗は許されん。だから俺に協力しろ。部下ではなく、スザクの協力者としてな」
「どうしてスザク? あんたじゃないのか?」
「俺は都市から離れるわけにはいかん。今回の作戦の総司令官は、あいつに任せる予定だ」
「才覚は認めるけど、あいつはまだ若いぞ。そんな大事な作戦を任せて大丈夫なのか? 次男のハイザクはどうした?」
「ハイザクは司令官には向いていない筋肉馬鹿だ。前線で使ってこそ価値がある。スザクが発展途上なのは間違いないが、お前がいれば大丈夫だ。スザクのことを気に入っているのだろう?」
「いやいや、そこまで押し付けるのは汚いだろう」
「スザクの軍事行動に合わせて、お前はお前で行動しろということだ。ディムレガンたちは山神にとって重要な存在になっている。かなり厳重に警備されているだろう。だが、大規模な作戦が開始されれば、無視することもできまい」
「あの山には猿だけじゃなくて、相当数の魔獣が生息しているんだよな。しかもそいつらは協力し合って人間に敵対している。だとすると、オレだけで行くよりはそのほうが楽か。移送手段はどうする?」
「険しい山だからな。護衛しながら下山するしかあるまい。その人材も物資も俺が用意する。お前は連中の周辺にいる魔獣を排除すればいい」
「面倒なことは丸投げできるのか。それならばメリットはあるな。だが、一つだけ気になっていたんだが、救出後の処遇はどうなる? 状況によっては情状酌量の余地はありそうだが、普通に考えて処罰を受けるはずだ」
「………」
「まあ、そうなるか。しょうがないな…。よし、お前たちの作戦に協力する対価として、ディムレガンの人たちの身柄はオレが預かる」
「どういうつもりだ?」
「オレが保護する形にするって話さ。うちの家はかなり広いからな。そこに一時退避させる。あんたらの干渉は受け付けない。あくまでオレの客人として迎えるつもりだ」
「ふむ…」
「ライザック、悪い案ではないと思いますよ。現在のハピ・クジュネであそこほど安全な場所はありませんし、都市外への移動を制限すれば外部に情報が漏れることもないでしょう。互いに距離もできますので冷静になる機会も得られます」
「…ふん、べつにあそこは治外法権ではないぞ。だが、いいだろう。一時的な措置としては良い案だ。いきなり俺と接触するよりはましだろう」
「これで交渉成立ってことでいいか?」
「ひとまずはな。それ以外の細かいことは追って知らせる。その代わり、こちらの準備が整うまで待ってもらうぞ。最低でも半月以上はかかると思え」
「半月か。待つには長いけど、いまさら焦っても仕方ない。ちょうど炬乃未さんに頼んだ武具もそれくらいはかかりそうだし、こっちも準備を整えたほうがよさそうだな。じゃあ、オレたちは帰るよ。妹も眠そうだしね。サナ、帰るよ」
「…こくり」
そう言って、アンシュラオンはサナを連れて行ってしまった。
海兵たちもライザックに勝った男に対して熱い視線を向け、足踏みで見送る。
会話の内容から自分たちの味方になるとわかったのだから、気分が盛り上がるのも当然だろう。
「老師、とんでもない男を連れてきたな」
「世の中、いろいろあるものネ。じゃ、ミーも帰るアル」
アルはぴょんと甲板から飛び降り、水面を走っていった。
なぜ普通に降りないのか謎だが、あれほどの達人になるとあまり関係ないのだろう。
夜の海を走っている老人がいたら都市伝説になりそうだが、「ああ、老師か」で終わりそうでもある。慣れとは怖いものだ。
「運が向いてきましたねぇ」
「この時期だからな。まさに天運だ」
「しかし、スザク君に任せてよいのですか?」
「あの人たらしのほうが適任だろう。守ってやりたくなるはずだ」
「ふっ、万の海兵より、彼一人のほうが重要ですか」
「お前こそ、随分と気に入ったようだな。目つきが違う」
「ええ、ようやく見つけたのです。彼こそグラス・ギースを変えるための力…業火の力を持つ者です。彼がいれば私の理想が叶うかもしれません」
「だが、まずはこちらが先だ。今は翠清山のほうに全力を尽くしてもらうぞ」
「わかっています。私があなたの代わりに彼をサポートします。ふふ…ふふふふふっ。ああ、愉快ですねぇ。こんなに楽しい日はありませんよ。あははははは!!」
ソブカは月に向かって笑う。
それを隣にいたファレアスティが、不安そうに見つめていた。
(ソブカ様がこんなに楽しそうに笑うなんて…今まで見たことがない。やはりあの男は危険だ。必ず災いを呼ぶ)
火と火が出会えば、大炎になるのは致し方がないことだ。
常にソブカという火を見続けたファレアスティだからこそ、アンシュラオンが持つ危険性が理解できるのだろう。
だが、もう出会ってしまった。
ならば、いつか燃え上がるしかないのだ。
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