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「海賊たちの凱歌 後編」
200話 「決着、ライザック戦」
しおりを挟むここからライザックは防御を捨て、猛攻を仕掛けてきた。
アンシュラオンの刀を弾き、強引に間合いに割り込んで拳や蹴りを放つ。
それはもはや拳だけにとどまらない。身体であればどこでもいいからぶつけてくる、乱雑で苛烈なものだった。
肘をぶつけ、膝をぶつけ、額を叩きつけてくる。
間合いができれば躊躇なく二つの準魔剣で攻撃。
圧す、圧す、圧す!!
風聯と雷聯による属性反発もあり、まさに船に襲いかかる嵐のような猛撃であった。
「おおおおおお! おかしら! やっちまえええ!」
「見たか、これが海賊の力だ!!」
ライザックの勇姿に周囲も湧き上がる。
もはや完全にプロレス会場にいる気分である。
だが、アンシュラオンは極めて冷静だった。
無理に刀で反撃せず、一つ一つの攻撃を的確に防御し、回避する。
剣で斬るには近すぎ、殴るには遠い。
そんな絶妙な間合いを維持し、ライザックの攻撃をすべて中途半端なものにしてしまう。属性反発の波動も、常に周囲に水泥壁を展開して流す。
それによって、いまだ無傷である。
これにはライザックも舌を巻く。
(なんだこの技量の高さは! 攻めているのに、まったく当たる気配がない! これがデアンカ・ギースを倒し、猿の大軍を排除した者なのか! 魔剣士を圧倒したという話も信じるしかないようだな)
ライザックはユニークスキルを使用して、通常時のガンプドルフと同レベルといったところなので、普通にやって攻撃が当たるわけがない。
そして、ついにアンシュラオンが動き出す。
刀で押し込みながら、ライザックの軸足を足で払った。
ライザックもそれを読んで踏ん張っていたものの、なぜか身体が宙に浮いた。
(なんだ今のは!? 何をされた!)
達人に投げられた時、素人は何をされたかわからない。それと同じことがライザックに起こったのだ。
されどパニックを起こしている余裕はない。
即座に高速の三連撃が、バランスを崩したライザックに叩き込まれる。
覇王技、『三震孟圧』。
因子レベル2の技で、拳による高速の三連打を浴びせる技だ。当たった瞬間に戦気を爆発させているので、高威力の衝撃波も一緒にお見舞いする猛打である。
筋肉が破壊され、骨が砕け、爆散するほどの力が炸裂。
だが、ライザックもスキルで強化されている。
なんとか耐え抜き、即座に反撃の剣撃を放つ。
しかしながら、アンシュラオンはあっさりと切り払い、さらに間合いを変化させて『剣撃』と『拳撃』を交互に繰り出してきた。
少しでも離れれば鋭い斬撃が襲いかかり、近寄れば圧倒的な技量とスピードによる打撃が飛んでくる。
ライザックはその攻撃に圧されて下がるしかない。
なぜならば自分がやりたかったことを、すべて相手側が完璧に仕掛けてきたからだ。
(馬鹿な! この打撃の質は間違いなく戦士のものだ! だが、剣の技量も強力な剣士そのものだ! この男も俺と同じ能力を持っているのか!)
たしかに『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』は強い。特に集団戦においてチート級の能力といえるだろう。
だが、相手が悪い。悪すぎた。
この世で『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』に勝る複合スキルは存在しないのだ。
磨かれていない原石だったならば、バイキング・ヴォーグのほうが一時的には強い効果を発揮したかもしれないが、すでにアンシュラオンは超人の域まで鍛えられている。
しかも最大の長所は、【因子制限がない】ところだ。
ライザックが戦士と剣士の因子を覚醒値限界まで強化したとて、合計で10までしか使えない制限がある。こればかりは武人全員に当てはまる基本原則なので仕方がない。
しかし、アンシュラオンは戦士と剣士の因子を、限界を超えて14までフルに使うことができた。
何のリスクもなく、最初からすべての因子を無制限に使えるメリットは非常に大きい。
才能が―――止まらない!!
溢れ出る輝きの前では、海賊の流儀でさえかすんでしまう。
次第にライザックに傷が増えていく。肉が切られ、打撲で血が滲む。痣の数も増えてダメージが蓄積していく。
それでもライザックは笑う。
「なんという才能だ! 素晴らしい、素晴らしいぞ!! お前は海そのものだ! 無限の資源を秘めた宝の山だ! ならば、俺は挑み続ける!! そこに海があるのならば、けっして諦めはしない!! なぜならば、俺は海賊だからだあああああああ!」
ライザックが完全に防御態勢に入った。
すでに『心眼』を発動しており、全方位に隙がない。
「俺は両親ともに海賊だ!! その誇りは兄弟随一という自負がある! 絶対に退かぬ!! 返り討ちにしてくれる!」
ライザックから凄まじい闘志と気迫が溢れ出る。
弟たちとは違い、生粋の海賊としての誇りが彼を突き動かすのだ。
(いい気迫と判断力だ。激しく燃えながらも冷静さを失っていない。ライザック・クジュネ、あんたは優秀な男だよ。世間の評判なんて意味がなかった。実際に会ってこそわかることもあるよな)
ここでスザクのように激情に任せて突っ込んでくれば、それまでの男と一撃で決める予定だった。
しかし、ライザックは彼我の戦力差を冷静に分析し、自己の勝機がカウンターにしかないことを見抜いた。
熱い闘争心を胸に抱きつつも頭は冷静。
どんな逆境でも諦めず、最善を尽くす。
むしろピンチになればなるほど闘志を燃やす、生来の負けず嫌い。
それがライザック・クジュネという男だ。
「いくぞ、ライザック! もしお前が死んだら、その無念をオレが晴らしてやる! 未練なく海の藻屑になれ!」
アンシュラオンが、剣気をまとった鋭い刀の一撃で首を狙う。
特に手加減はしていない。首を落とすつもりで放った本気の一撃だ。
今は卍蛍を使っているため、デアンカ・ギースの触手を切り落とした時以上の威力を秘めているだろう。
「津波を前に目は逸らさぬ!! 舵取りは俺の仕事だ!!」
それをライザックは紙一重で見切り、両手の剣で切り払う。
その際、強い『属性反発』が発生。
風と雷が弾け、散弾のように噴射してアンシュラオンの視界を覆う。
そうして目を塞いでおいて、必殺のカウンター。
交差させた二本の剣で、鋏の形を作ってアンシュラオンの首を狙う。
剣王技、『斬両鋏刃』。
因子レベル3の技で、剣気を変化させて鋏状にして斬る技だが、風と雷の属性反発が加わることで、因子レベル5の『風斬雷鋏刃』に昇華する。
ただでさえ危険な技なのに、準魔剣の力が加わればガンプドルフの『雷王・麒戎剣』にすら匹敵する強烈な一撃である。
だが、刃が捉えたのは―――刀だけ
すでにアンシュラオンはその場にはいなかった。
刀を手放して、さらに深く屈んで攻撃を回避しつつ、ライザックの腹に両手を押し当てる。
覇王技、『水覇・双檄波紋掌』。
水覇・波紋掌を両手で放つことで、二つの波紋が体内で激突し、さらに何倍ものダメージを与える因子レベル5の技だ。
激しい衝撃が身体の中で荒れ狂い、ライザックが大量の血を吐き出す。
「ごばっ…! この程度で……俺は…負けぬ!!」
いくらユニークスキルが発動中とはいえ、今の一撃で内臓がボロボロになったはずだ。
だが、ライザックは驚異的な精神力で踏みとどまると、アルにも使った『風雷十文閃』を放つ。
使うには間合いが近いが、強引に叩き潰すつもりだ。
しかしながら、目の前の男はそれすらも超える。
風よりも疾く、雷よりも鋭く、アンシュラオンは動いていた。
素早く拳撃を叩き込み、左の肋骨をへし折った。
それによって、わずかにライザックの左腕に遅れが生じる。
二刀流は強力な技が多いが、属性反発を使う技の場合はタイミングがもっとも大切だ。同時に力を叩きつけねば意味がない。
その一瞬の遅れで技は完成せず、アンシュラオンは攻撃をギリギリ回避する。
同時に蹴りでライザックの左手の甲を砕き、雷聯を弾き飛ばした。
ライザックは残った風聯で攻撃を仕掛けるが、すでに死んだ間合い。
こちらも難なく回避し、顔面にカウンターの蹴り。
頬が砕け、歯が吹き飛ぶが―――
「まだだああああああああ!」
左手でアンシュラオンの足を掴むと、リングに叩きつける。
バギンッと衝撃でリングが破壊されるが、アンシュラオンは身体を丸めて受身を取っていたのでダメージはない。
すでに左手が砕けているので、握力が弱かったせいもあるが、素早く身体を回転させると、あっさりと拘束から抜け出してしまう。
「逃がさん! 飛べ、風聯!!」
だが、そこでライザックは風聯を『投擲』。
風の力で加速した剣は、まるで投槍のように一直線にアンシュラオンに向かっていく。
離脱の直後かつ、突然の攻撃にアンシュラオンはガードを選択。
いつも通りの見事な防御を見せるが、風聯も準魔剣と呼ばれるほどの業物だ。
ライザックの剣気で強化された風聯の一撃は、アンシュラオンの防御の戦気を切り裂き、左腕に突き刺さる。
白い道着に赤い血が滲んだ。
(これで三回目か)
アンシュラオンが、ふと笑う。
下界に来てから自身を傷つけた存在は、人外のデアンカ・ギースを含めて、ガンプドルフとライザックで三人目となった。(マキとの勝負は、わざとなのでカウントしない)
まさに海賊の意地。文字通り、一矢報いた形になる。
それだけでも偉業ではあるが、ライザックはまだ勝負を諦めてはいない。
(はぁはぁ!! これだけやって刺し傷一つか! 冗談ではない! 素手では勝ち目がないぞ! 何か…なにか得物は!!)
ピンチに陥ったライザックの視線の先に見えたのは、床に突き刺さっていた白い刀身。
反射的にライザックが『卍蛍』を拾う。
それを見たアンシュラオンは、引き抜いた風聯を手に取った。
互いに得物を交換した状態となる。
「うおおおおおおお!」
ライザックが使う卍蛍と、アンシュラオンが使う風聯が激突!
両者ともに業物であり、打ち合うたびに美しい火花が散る。
(あの馬鹿女め、いい刀を打つではないか)
ライザックは刹那の攻防を繰り広げながら、手に馴染む刀の感触を味わっていた。
本当は火乃呼が打った刀を持ちたかった。彼女の才能と実力をもっとも認めているのは、ほかならぬ自分だからだ。
そして、一人の戦友として共に戦えるのならば、これほど素晴らしいことはないだろう。
ただ互いに距離感を見失っただけ。ちょっとしたすれ違い。だが、それが大きな欠落を招くこともあるのだと知った。
その証拠に、さきほど蹴られた時に負傷した左目では、アンシュラオンが仕掛けた攻撃を見切ることはできなかった。
アンシュラオンは斬り合いの中で雷聯を蹴り上げていた。
相手がすでに心眼を使えていないこと、視界が完全でないことを見抜き、死角をついて小細工をしていたのだ。
そして宙に浮いた雷聯を掴み、両手で―――切り裂く!
ライザックがやったものと同じ、『風雷十文閃』を叩き込む。
一度見た攻撃をコピーできるのはサナだけではない。『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』を持つアンシュラオンにも可能なのだ。
その圧力には耐えきれず、卍蛍が弾かれ、腕が裂け、衝撃は胸にまで到達。
激しく血を噴き出しながら、ライザックがついに膝をつく。
「ごぼっ…ごはっ……これまで…か」
「終わりだ、ライザック」
その首に刃をあてがう。
さすがにもう抵抗する力は残っていなかった。
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