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「海賊たちの凱歌 後編」
198話 「ライザックの武 その2『雷聯』」
しおりを挟むライザックは暴風の壁を作ってアルを寄せつけない。
接近戦の技量では相手のほうが上だと理解しているからだ。
しかしアルは、風をまとった掌打を暴風の壁に連続して叩きつける。
覇王技、『空圧掌』。
掌に風気を集めて、掌打と一緒に叩きつける因子レベル2の技である。
これを相手の体内に向けて発剄とともに放つと、同じく因子レベル2の『風神掌』になる。以前アンシュラオンが使った雷神掌の対になる技だ。
同じ属性同士が激突すると強いほうが勝つ。
今回は風聯が生み出した暴風の威力のほうが上だが、風と風が激突しながら絡み合うことで、わずかな隙間が生まれた。
アルはそこに素早く入り込むと、ライザックの剣撃をかわしながら高速の蹴りを見舞う。
覇王技、『点轟三穴』。
因子レベル2で扱うことができる蹴り技で、相手の身体の下から上に向かって三発の前蹴りを当てる技だ。
蹴りは下腹部、鳩尾、喉と人体の急所を狙うものであり、この三つを的確に打ち抜くことにより、内部に放出した戦気が暴れ回って人体を破壊する。
蹴りは見事に命中。
あまりの華麗な動きにライザックもまともに受けてしまった。
本来ならば、最低でもショックで動けなくなるはずなのだが、ライザックは一切後ろには下がらずに、前に出る。
腰に差していたもう一本の剣を振り、強引に鞘ごと叩きつける!
技を放ったばかりのアルは身動きが取れないため、上段の一撃を避けられない。
しかし、アルは空中で発気。戦気の放出を利用して回転しながら、まさに一ミリ単位で剣を回避した。
剣はアルを素通りし、リングに叩きつけられ―――ビシシッ!
鞘で叩いたにもかかわらず、鋼鉄のリングに大きな亀裂が入り、衝撃で船が一瞬揺れた気さえする。
その間にアルは、すすっと後退して間合いを取った。
「相変わらず老師は妙な動きをする。それが大陸直伝の技なのか?」
「これくらいは普通アル。というか、ミーは本当は老師じゃないネ。本物の十二老師はもっともっと強いヨ。出来損ないのミーは候補にも挙がらないアル」
「この強さでか。さすがに三皇天子礼国は人材が豊富だな…ぺっ」
ライザックが血を吐き出す。さきほど喉を蹴られた時に少し潰れたのだ。
アルの蹴りは軽そうに見えて、マキの拳とそう威力が変わらない。
唯一異なるのは、マキが外的な破壊を目的とするのに対して、アルは常に相手の体内に戦気を送り込んで内部破壊を目論む点だろう。
このあたりが普通の戦士と『殺し屋』の違いである。戦車といった兵器相手ではなく、徹底的に対人戦闘に特化しているのだ。
ただし、気になるのはライザックのほうだ。
(アル先生の攻撃は、実はかなりえげつない。ここにいる海兵レベルならば、今の技を受けたら死んでいただろうな。この耐久力を考えると、ライザックは『戦士』か。剣を持っているからわかりにくいけど、肉体能力は戦士のものだ。そういえばスザクも同じタイプだったかな)
スザクもライザックも武器を持って戦う、剣士型の戦士である。
このタイプの武人は、剣士同様に優れた武器を持つことで真価を発揮する傾向にある。
スザクの戦いを見ていればわかるが、攻撃力は武器の性能に任せ、技を使わない代わりにすべての戦士因子を肉体強化にのみ割り振っている。
だからこそ格上のサープにも勝てたし、ライザックもアルの攻撃に耐えることができるのだ。
「老師、今回は誰に依頼された?」
「誰にも依頼されてないヨ」
「では、あんたも俺のやり方に不満か?」
「不満はあるアル。優れた者を優遇しないと世が乱れるヨ」
「すでに乱世よ! ならば、まずは誰もが戦える戦士であれ! 女子供でさえな!」
ライザックが、叩きつけたほうの鞘を抜く。
その刀身は黄色く輝いており、バチバチと雷が帯電していた。
準魔剣、『雷聯』。
こちらも侯聯シリーズの一本であり、風聯と対になっている業物である。
ガンプドルフが使っていた雷の剣に近いが、たいした労力なしで勝手に武器が雷をまとってくれるのだから、これほど便利なものはないだろう。
「ここからが本番だ!」
ライザックは右手に風聯、左手に雷聯を持ち、攻撃を開始。
風聯を振れば風が切りかかり、雷聯を振れば雷が迸る。
両方から繰り出される風と雷によって、場には嵐が生まれた。
そして、ここでもう一つの要素が加わる。
風と雷が反発し―――爆裂!
アルが回避しても、その激しい衝突の余波によって肌が裂かれ、肉が焼けていく。
通常の属性反発は大きな衝撃が一度起きて終わりになるが、風聯と雷聯は同等の威力を持つため、場に嵐が維持され続ける。
こうなるとライザック自身も簡単には近寄れないものの、暗殺を仕掛けられている彼が焦る必要はない。
嵐を維持しつつ、待ちの姿勢。
ここでスザクとの違いが如実に出た。
スザクはサープ戦の荒々しい戦いが目を引いたが、本来は戦況を見定めて、あらゆる状況に対応できるバランス型だ。それが攻撃に偏ると、あれくらいできるというだけのことである。
一方のライザックは、豪快な性格に反して防御型の武人だった。
その理由は明白。
「見てみなさい、ファレアスティ。彼は自分の命の重要性を知っているのです。だから自ら仕掛けることはしない。ああやってじっくり相手を待ち構えて誘い込み、最終的に勝ってしまうのです。すべて考えて動いているのですよ」
「ライザック様が強いことは知っております。しかし、時にその苛烈なまでの行動力が、大きな波紋を生み出す危険性を指摘しているのです」
「それはその通りですねぇ。彼がアズ・アクスと揉めなければ、我々も火聯と水聯が手に入ったかもしれないのです。その意味では危うさはあります。それでもライザックは杷地火さんが認めたほどの武人です。戦闘面で我々より上にいるのは間違いありません」
アズ・アクス本店では強い武器を売る際、それを使いこなせる相手にしか売らない。
普通の業物の卍蛍程度ならばよいが、準魔剣クラスとなると悪用される可能性があるからだ。
そのテストに合格したのが、ほかならぬライザックである。しかも二本同時に与えられるほどの逸材だ。
「どうした、老師! もうへばったか! それともさっさと負けを認めて帰るか! 金にもならないことをしても仕方あるまい!」
「いつもならミーも無理しないアルが、今回はちょっと強引に攻めさせてもらうネ」
アルが両手を広げると、二つの掌に戦気の球体が生まれ―――急速回転!
周囲の嵐を巻き込みながら大きな渦が生まれていく。
「くっ、なんて風圧だ!」
「身体が浮くぞ!」
余波は離れて見ている海兵たちにすら及び、足が浮くほどである。それだけ戦気の威力と回転が強いのだ。
「お前たちは下がっていろ! 今日の老師は本気だぞ! 何があったかは知らぬが、面白いではないか! そうだ、それでこそ命をかける価値がある! 受けて立つぞ!」
ライザックの怒号に海兵が急いで離れる。
次の瞬間、技が完成。
アルが両腕を前に向けると、二つの渦が合体して放出された。
回転して竜巻状になった戦気が、鋼鉄のリングを抉りながら突き進む。
覇王技、『赤覇・竜旋掌』。
因子レベル3の技で、掌から発した戦気を回転させて、そのまま相手を破砕する技である。
これだけだとアンシュラオンがやった修殺・旋に似ているが、規模とパワーが違ううえに、放出された戦気はそのまま消えずに残って攻撃し続ける。
イメージとしては、フードプロセッサーやミキサーの回転する刃を想像するとわかりやすい。高速で回転する戦気の刃に巻き込まれれば、そこらの魔獣など簡単に細切れである。
これを両手で行うと『赤覇・双竜旋掌』という因子レベル4の技に昇華する。アルが使っているのはこちらだ。
当然二つの手で発すれば、威力は倍増。
巨大な戦気の激流が、ライザックに襲いかかる。
「うおおおおおおおおお!」
ライザックも全力の戦気を放出。
両手の剣を交差させ、十字に切り裂く!
剣王技、『風雷十文閃』。
風と雷を使った属性反発の技で、通常は単独で繰り出すのが難しい合体戦技の一つであるが、二つの準魔剣を使うことでライザック一人でも使用が可能になる。
彼は戦士なので剣王技の威力は落ちるが、準魔剣の力を借りることによってハンデを克服。
戦気の竜巻を風雷の剣圧が切り裂き、力ずくで叩き伏せる!!
床に押しつけられたアルの技の衝撃が、甲板を切り刻み、離れている海兵たちの鎧にも次々と傷や亀裂が入っていった。
もちろんアンシュラオンは、サナともども水泥壁でガード。無傷である。
されど、これで終わらないのが武人の戦いだ。
まだ両手で竜旋掌を維持してライザックの動きを封じつつ、一気に間合いを詰めると、足の裏を押し当てるように蹴りを放った。
蹴りはライザックの膝にヒット。
同時にボシュンと、気の抜けた炭酸ボトルを開けたような音がする。
「…ぐっ」
軽く当てただけなのにライザックがよろめき、数歩後退。
膝ががくんと落ちて動きが止まる。
最初にアルの攻撃を受けても動じなかった彼が、たった一撃で動けなくなるのはおかしい。
覇王技、『蹴透圧』。
発勁の内当ての一種で、アルが得意とする人体内部に直接ダメージを与える因子レベル4の技である。
最大の特徴は―――『戦気貫通』
自分の戦気を押し当てるように発して振動させ、相手の戦気と中和させることで、一瞬だけ防御の戦気を無効化させる妙技だ。
戦気がなければ防御力は激減するため、防御の戦気が強い相手には非常に有効な技である。
そして、勝機を得たアルが加速。
ライザックの背後を取った。
「もらったアル」
アルの貫手が頚椎を狙う。人間の神経が集まる急所だ。
ここはさすが殺し屋。
背後に回ってもまったく油断せずに、最速の攻撃である覇王技『羅刹』を選択。完全に殺しにいった一撃だ。
対するライザックは死に体。
体勢からしても、この一撃をかわすのは至難だ。
「俺は死なぬ!! それを天に見せつける!!」
だが、ライザックは体勢そのままに右手首だけを動かし、風聯を回転させる。
風の力で加速した刀身がギリギリ間に合い―――ズバッ!
切断されたアルの右手が宙に舞う。
さらに左手首でも雷聯を動かしており、直後アルがいた場所に雷が走った。
アルは背後に跳躍して雷を回避しながら、飛ばされた右手を回収。
切られると思った瞬間に戦気で作った糸、『戦糸』を貼り付けることで手繰り寄せ、右手の喪失を防いだのだ。
「綺麗に斬ってくれてありがとうアル。くっつけるのが楽でいいネ」
アルの右手首から血は出ていない。肉体操作で瞬時に止血していた。
そこに飛ばされた右手をはめ込んで練気で修復を開始。肉と肉、血管と血管が結合を始める。
命気ではないので治るのに時間はかかるが、止血の速度と退いた判断は、間違いなく一級品の武人であることを証明していた。
ただし、それはライザックも同じだ。
いくら優れた武器を使っているとはいえ、肉体能力でまったく引けを取っていないどころか、技のキレも十分であった。
「今の必殺の間合いをかわすとは、以前より強くなっているアル。『心眼』の技ネ?」
「俺とて成長しないわけではない。老師とやりあっていれば嫌でもこうなる。命の削り合いが俺を高めるのだ」
『心眼』は、アンシュラオンやマキが使った『無限抱擁』と同じく、自身の周囲に結界を張る防御技であり、カウンター技でもある。
ライザックは狙われることも多い立場のため、常にこうした防御技を磨いている。それがアル等の強い武人との対戦を重ねたことで、かなりのレベルにまで到達しているようだ。
アルもすぐに退避しなければ、そのまま身体を斬られていたに違いない。
一瞬で勝負が決まるギリギリの勝負。これが強い武人同士の闘争である。
がしかし、突然アルがリングを降りた。
「アンシュラオン、選手交代アル」
「え? オレ?」
「歳を取ると、こういう戦いは疲れるアル。若いやつがやるのが道理ネ」
「全力じゃないだろう? あんただって、まだ余裕があるはずだ」
「場は作ってやったアル。あとは自分でやるネ」
そう言うと、すっかり見物モードに入って座ってしまった。
最初からこれが目的だったようだ。
(まあ、たしかに場は作ってくれたか。オレが単身会いに行くより、こっちのほうが話しやすい。サナの一件でもボロボロになっていたし、アル先生には感謝しかないな)
こうしてついに、アンシュラオンとライザックが対峙する。
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