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「海賊たちの凱歌 後編」
195話 「海鷲と不死鳥 その2『ハピ・クジュネを取り巻く世界』」
しおりを挟む「俺を超える者がいれば、いつでも代わってやるつもりだ。だが、今のところそんな逸材はいない。お前以外にはな」
「買いかぶりすぎです。私はただの商人にすぎません」
「だが、野心がある。のし上がってやろうという意思がある。そして、野心は解き放たねば意味はない」
「あまり焚き付けないでください。私にあなたと同じことはできませんよ」
「そうかな? お前は俺以上のことができる男だ。ただ、力がないだけだ。力を得れば、きっとお前も本心で物を言うようになるだろう」
「その力を得るのが大変なんですけどねぇ。そんな日がいつか来ればよいのですが」
「そんなに悠長でどうする。時代は待ってはくれんぞ。やりたくなくとも、やらねばならぬこともある。お前がグラス・ギースにこだわる理由は、こうして八年以上付き合っていても理解できんが、周囲の状況は俺たちの事情など関係なく動いていくものだ」
「あなたも随分と『改革』には苦戦しているようですね」
「お前にはお見通しか」
「都市の様子を見ればわかりますよ。ライザック、急ぐ気持ちはわかりますが、少しやりすぎましたねぇ。商人以外の評判はあまり芳しくないようです」
「利益が偏っているのは理解しているが、うちの経済の肝は流通と観光業だ。重要な分野から潤うのは仕方がない。もう少し経てば循環していくはずだ」
「それは道理ですがねぇ。それこそ悠長に待っていられない問題もあるのでは?」
「何が言いたい?」
「アズ・アクスと揉めましたね。しかも最悪なことに、ディムレガンの鍛冶師が全員出て行ったそうではありませんか」
その話題が出ると、あからさまにライザックの表情が変わる。
感情が表に出やすい男だが、それを隠そうとしないのが彼という男でもある。
「困りますねぇ。『火聯』と『水聯』を買いに行ったら、もう無いと言うではありませんか。何度交渉したと思っているのですか? この三年間の必死の努力を返してください」
「もう二年も前の話だ。蒸し返すな」
「あなたがひた隠しにしていたせいで、私が知ったのはつい半年前でしたけどね。あなたは『風聯』と『雷聯』を持っているのに、これでは不公平というものです。領主の息子とは羨ましいものです。こんな大きなミスをしても許されるのですから」
「お前の悪い癖は、そうやってネチネチと人を煽るところだ。男ならスカっと気持ちよく言えばよかろう」
「では、なんとかしてください」
「………」
「そうやって都合が悪いときに黙るのが、あなたの悪い癖ですよ。まあ、私も人のことは言えませんがね」
「いまさらどうしろというのだ。火乃呼たちは出て行った。それだけだ」
「追いかけなかったのですか? あなたらしくもない」
「あいつは昔から人の話を聞かない女なのだ。いきなり怒って突撃してきて、喚き散らしながら殴りかかってきた。だから殴り返しただけだ。最初から交渉とは呼べない代物だったのだぞ。あんなやつは勝手にさせておけばいい」
「ライザック…相手は女性ですよ。殴るのはどうかと思いますがねぇ」
「戦闘タイプのディムレガンの腕力を知らぬから言えるのだ。やらねばやられるところだった。昔はよく殴り合っていたものだが…まさか都市を出て行くとは思わなかった。まったくもって変なこじらせ方をしたものだ」
「幼馴染とはいえ、いつまでも仲良くとはいかないものです。原因は、やはりあなたの婚姻ですかねぇ」
「勘違いするな。火乃呼とはそういう関係ではない。それ以前に、俺に結婚相手を選ぶ権利はない。婚姻もハピ・クジュネの未来を考えてのことにすぎん」
「あなたの妻は、自由貿易郡のレイファーゼン上級評議員の娘さんでしたか。叔父は巨大企業のゴゴート商会の会長ですし、隠す気もないくらいに『政略結婚』ですね」
「当然だ。利益がなければ互いに結婚などしなかろう」
「そのあたりもあなたらしいですがね。ですが、それによってハピ・クジュネはさらなる発展を遂げられます。見ましたよ。冷凍庫でしたか? なかなかよい術具ですね。もしかしてゴゴート商会との繋がりのほうが本命では?」
「両方大事だ。自由貿易郡は、我々と立場が似ている独立勢力だからな。できれば友好関係を超えて軍事同盟関係にまでもっていきたい。そのために義父殿の力が必要だ」
「レイファーゼン議員は保守派ですが、軍事的な後ろ盾がない状態でした。それをあなたがバックアップすれば、評議会の革新派を抑えることができるかもしれません。さすがに絶妙な相手を選んだものです」
「お前のところはどうなのだ? 幼馴染といえば、あの『戦獣乙女』がいるだろう。あの女も、そろそろ年頃ではないのか?」
「年頃を超えて、とっくに成人していますよ。当然ながら彼女とは何もありません。至って平和です。会うことも滅多にありませんからね」
「それはお前が避けているからだろう」
「お互いに忙しい身ですし、彼女はすでに総裁の身の上です。ジングラスのトップとラングラスの分家では立場が違います」
「立場…か。お互い、つまらんものに縛られているな」
「致し方ありません。その中でやりくりするのが我々の仕事です。まずは目の前の難事から処理すべきでしょう。翠清山はどうするのですか? 魔獣の軍勢が武器を所持していた理由は、すでに知っているのでしょう? 人間から奪った量を遥かに超えています」
「『アズ・アクスが魔獣に武具を提供している』と指摘したいのだろう。そんなことはわかっている。術式武具まで持ち出されれば、その可能性を考えないわけにはいかない。ハビナ・ザマとハピナ・ラッソを襲った軍勢でも、魔獣に合わせた武具が散見されたようだからな。そんなことができるのは連中しかいないだろう」
「つまりは、人間を見限って魔獣側についた、と。彼らもやはり亜人だったというわけですか」
「くだらぬことを言うな! そんな話は戯言だ!! 我々を惑わすための情報操作でしかない!」
「ふっ、その様子だと、あなたは信じてはいないようですね。いえ、ディムレガンを信頼しているというべきでしょうか」
「…ふん、これまで一緒に都市を盛り上げてきたのだ。やつらがいきなり裏切るわけもない」
「本当にそう思っているのならば、言葉にして伝えないと意味がありませんよ。あなたは自分の弱さを他人に見せることを極度に嫌う悪癖がありますねぇ」
「お前とてそうだろう」
「私は商人ですからね。要領よくやりますよ」
「そんなことをしても火乃呼は図に乗るだけだ。そう、あいつが一番の問題なのだ。杷地火はまだそれなりに考えて動ける男だが、あの女は感情だけで突っ走る。あいつだけは本気で嫌がらせしている姿が目に浮かぶものだ」
「火乃呼さんは、あなたの政策をまったく理解していないようですね」
「そうだ。俺とて性急に動きたくはなかった。そうするしかなかったから、そうしたのだ。現にハビナ・ザマは、アズ・アクス支店が武器を提供して耐え抜いた。もし従来の方法では武器が足りなくなっていただろう」
「たしかに人数だけでは戦えません。その数に合わせた武器が必要です。しかも必要なのは強すぎる武器ではなく、下級から中級が扱いやすい安価で丈夫な武器ですからねぇ」
「実際に戦う者の九割以上が、そうした者たちだ。数の力が必要な時勢であることをわかっていない」
「そのことはアズ・アクスにも説明したのでしょう?」
「当然だ。まずは五年間だけという譲歩もした。それが過ぎれば、今まで通りに強い武器を作ってもよいともな。しかし、俺も職人の誇りを甘く見ていたのかもしれんな。火乃呼はただの馬鹿だが、あいつらの多くもプライドを傷つけられたとでも思ったのだろう。決断と行動が早すぎる。悪いほうにな」
「ディムレガンは短気な人が多いですからねぇ。結局、処遇はどうするのですか?」
「こうなってはどうしようもない。『作戦』を早めるしかないだろう。その過程で連中を一時的に拘束する。そして、もし手を貸していれば処罰するしかない」
「素直に助けると言えばよいのに、あなたも頑固ですねぇ。魔獣に捕まって協力を強要されていたことにすればよいのです。実際に半分はその可能性もありますからね。処罰は悪手だと思いますよ」
「生温い対応では、殺された者たちに示しがつかない。すでに多くの血が流れているのだ。誰かには責任を取ってもらう。どちらにせよ公表するわけにはいかないからな。秘密裏に処理するだけだ」
「…今からだと冬になりますねぇ。分が悪い賭けですが、街を攻撃された以上は動かないわけにはいきませんか。弱腰の姿勢を見せれば求心力に影響しますからねぇ」
「先手を取られたことは俺のミスだ。一年前の衝突もアズ・アクスに関しても想定外だったことは認める。だが、どうしろというのだ。ハピ・クジュネは【常に危機的な状況に陥っている】のだぞ」
「【南部の様子】はどうなのですか?」
「かなり悪い。最南部では相当な動きがあるし、中部も北中部も表面上は動きがないように見えるが、あれは機をうかがっているだけだ。着実に裏では事が進んでいる。近場では、すでにキエン・チョウアズ主席補佐官が、『ヤトス』の地に訪れることが決定しているようだ」
「『ザ・シャグ人民共和国』のナンバー2ですか。随分と大物がやってきますね。たしか軍事委員会のトップでもありましたね」
「それだけ『侵略』に本腰を入れるということだ。シャグのやつらは、本国で失敗した経済政策のツケをこちらに押しつけるつもりらしい。才能が無い馬鹿に管理を任せるとこうなる。しかも最悪なことに『ヤトスの民』は、すでに連中に従っているらしい」
「山の民ですか。たしか強靭な肉体と山岳地帯での活動に長けた特殊な部族でしたね。抵抗運動を続けていたはずですが…彼らもついに屈しましたか。戦うよりも従ったほうが楽ですからねぇ。仕方ありません」
「西側に取り込まれるなど、なさけない連中だ。やつらに誇りはないのか、誇りは! やはり山賊など信用できぬ!」
「その誇りを見誤って、大惨事を引き起こしている人の台詞ですかねぇ。そのうえ南東には『草原の狗』オーテンノッツ、さらに南西には『金庫番』ルクニュート・バンク(RB)と、どれも厄介な相手が陣取っていますね」
「狗はまだいい。連中は陸路でしか動けないからな。海路を制してる我々に手出しはできん。東の魔獣の壁を突破してくるだけの余力はなかろう。来たら海上から砲撃をくらわせてやる」
「RBからはアクションはあったのですか?」
「アンジー・フィアナント議長の名で、友好関係継続の親書は毎年届いてはいるが…あの『鉄の女』め、堂々と嘘をつくものだ。友好を装って、南部の状況が変われば一気に圧力を強めてくるだろう」
「齢七十近いのに、いまだに精力的に動いている女議長さんですか。怖いですねぇ。あそこは経済国家とはいえ、軍事力にも力を入れていますから、相当な規模の騎士団を抱えていると聞きます。魔人機も相当数あるとか」
「唯一ありがたい点は、シャグとは敵対していることだろう。シャグの連中も背後に鉄の女がいるのに無理はしないはずだ。互いに潰し合ってくれている今がチャンスだ」
「この様子ならば三年くらいは均衡状態を保てそうですが…何かあったら暴発しそうですねぇ。実際はあまり猶予はありませんか」
「一つ一つが軍事力で我々を上回る危険な相手だ。そんなものが海を挟むとはいえ、ほとんど目の前にいる。早急に戦いの準備をしておく必要がある。より多くの命を救うためにだ」
なぜライザックが性急に事を進めているのかといえば、南側の入植が一気に加速しているからだ。
アルが言ったように、南部の軍と比べるとハピ・クジュネの戦力は充実しているとはいえない。
海が盾になっているだけであり、相手側が大量の戦艦を投入してくれば、その優位性も揺らぐだろう。
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