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「海賊たちの凱歌 後編」

182話 「アズ・アクスの事情 その2『ライザックの政策』」

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「火乃呼さんなら、この原石を解呪できるの?」

「あの子は『焔紅せんく』という特殊な炎が扱える唯一の鍛冶師で、その火ならどんな石でも浄化できるはずよ。ディムレガンの中でも姉妹で生まれた子は、他とは違う力を持つ特別な存在なの」

「それはすごい! ハビナ・ザマ支店のお姉さんも、アズ・アクスの創始者は姉妹だって言ってたね。血統遺伝なのかな?」

「何百年かに一組は必ず生まれるらしいから、たぶんそうなのでしょうね」

「でも、火乃呼さんはいないんだよね? 二年も前から? 修行にでも出てるの?」

「それは…いろいろあって…」

「大丈夫。他言はしないよ。優秀な鍛冶師がいるアズ・アクスとは仲良くしたいしね」

「アンシュラオン様は優秀なホワイトハンターなのです。グラス・ギースではもう英雄なんですよ。どうか信じてください」

「オレってそんなに目立ってた?」

「もちのロンです!」

「もう死語だよそれ! って、どうしてその言葉を知っているの?」

「お父さんがよく使ってました!」 


 昭和の言葉が異世界に生きているとは不思議なものである。


「…そうね。こんな原石を持ってくるほどの人だものね。この人ならばもしかしたら…」


 里火子も覚悟を決めたようで、少しずつ複雑な事情を教えてくれる。


「火乃呼だけじゃないわ。実は今、この工房にはまともな鍛冶師はいないのよ」

「え!? だって、アズ・アクス工房の本店だよね? 優秀な鍛冶師が多くいるって聞いたよ」

「ええ、そうよ。もう少しちゃんと言うなら『ディムレガンの鍛冶師』がいないのよ。普通の人間の鍛冶師ならいるんだけど…二年前に多くの職人さんが辞めちゃってね。特にこういう特殊な素材を扱える鍛冶師が一気にいなくなってしまったの」

「どうしてそんなことになったの? …待てよ。二年前…か。そういえばハビナ・ザマの支店でも、一年半前から品質が悪いものしか来ないって嘆いてたな。それと関係している?」

「耳が痛い話ね。そうよ。そのことが影響しているの。最初の半年くらいは在庫で間に合わせていたけど、新しいものが出来ないと支店に送ることもできなくて…直営店には本当に悪いと思っているわ。でも、こんなこと言えないものね…」

「じゃあ、支店にあったのは人間の鍛冶師が作ったものだったんだね」

「彼らの腕が悪いとは言わないわ。同じ道を志す仲間で同僚だもの。ただ…ね。正直、旦那たちに比べると一流とは呼べないわね」

「そりゃ卍蛍を見れば一目瞭然だよね。次元が違うよ」


 立場的に支店は本店に文句を言えず、本店は本店で支店に本当のことが言えない。

 そんなすれ違いとジレンマによって、品質の悪い商品が並ぶことになってしまったようだ。


「もしよかったら、鍛冶師が辞めた事情を訊いてもいいかな? オレとしてもせっかく来たんだから、何か武器は作ってほしいんだよね。このままじゃ本当に、ただの粗大ゴミだし」

「そうよね…納得できないわよね。いいわ。身内の恥だけど全部教えるわ。アズ・アクスのことはどれくらい知っているのかしら?」

「優れた武器を作る有名な工房だよね。オレもアズ・アクス製の包丁を買ってから知ったんだ。はい、これ」

「へぇ、いい包丁ね。誰が打ったのかしら?」

「V・Fって人らしいんだけど知ってる? ハビナ・ザマ支店のお姉さんは知らないって言ってたけど」

「V・F…私も知らないわね。誰かしら? うちにイニシャルで打つ人はいないはずよ」

「偽名の可能性もあるって聞いたよ」

「…偽名ね。それだともう誰が打ったかはわからないわね。でも、これだけのものなのですもの。旦那はこういうのは打たないから、それ以外のディムレガンの誰かだと思うわ」

「そっか。里火子さんも知らないか。まあ、包丁が欲しいわけじゃないからいいんだけどね」

「そもそもうちは包丁なんて作っていなかったのよ。せいぜい見習いの職人が慣れるために練習で作るくらいかしら。できるだけ良いものを作ろうと切磋琢磨して、実際に優れた出来のものしか並べないのがアズ・アクスの誇りだったもの」

「オレも卍蛍には満足しているよ。でも、過去形で言うってことは今は違うんだね。その根本の理由は何?」

「…事の始まりは、この都市の一つの【政策】だったわ」

「政策?」

「三年くらい前かしら。突然ライザック様が『都市の強化政策』を打ち出したの。今後の時代を生き残っていくために、ハピ・クジュネ全体で経済の活性化と軍事的な強化を成し遂げる、という趣旨のものね。海兵以外の民間人の戦闘訓練も始めたし、傭兵も多く受け入れているみたいね。今じゃうちの店にも多くの傭兵やハンターがやってくるようになったわ」

「それ自体は問題ないよね。自衛は大切だから、もっともな意見だ」

「ただ、やり方がちょっと問題だったのよ。分野によってそれぞれなのだけれど、うちに直接関わる内容としては【強い武器よりも誰もが扱える武器を大量に作れ】というものだったわ」

「アズ・アクスにも通達が来たの?」

「ええ。この都市にはうち以外にも武器屋はあって、そういう鍛冶場にだけならまだわかるのだけれど…。都市の方針を無視するわけにもいかないから、職人たちは何度も試行錯誤したわ。でも、うちのコンセプトとは合わなくてね。当たり前だけど、コストを抑えると質も落ちるから納得いくものが出来ないのよ。それで何度かライザック様と交渉したんだけど…」

「その様子だと決裂したんだね」

「怒った火乃呼がライザック様をぶん殴っちゃってね。大喧嘩して物別れになったのよ。それに怒ったうちの旦那も娘と一緒に出て行ったわ。職人も大勢連れてね。それが二年前のことよ」

「それは…随分と揉めたね。さすがに領主の息子を殴ったらまずいよね」

「火乃呼とライザック様は昔から付き合いがあったから、なおさら怒りが強かったのね。もともとあの子は激しい気性で、よくお客さんともトラブルを起こしていたから、こうなることは薄々わかってはいたけど…」

「それなら違う人が交渉すれば…と思ったけど、どうせ意見が違うんだから衝突するのは時間の問題か。でもさ、ライザックはどうしてそんな政策を打ち出したのかな? アズ・アクスの長所は優れた武器にあるんだから、こうなることくらいはわかるでしょ?」

「さぁ、そこまではよくわからないわ。急いで大量の武器を用意する必要性があったのかしら? ただ、多くの人や物を受け入れたおかげで経済面は大幅に上向いているし、都市全体としては確実に成長しているの。それを支持する人のほうが圧倒的に多いわね」

「たしかに観光区のお店の人とかは、ライザックを強く支持していたね。観光客も多かったし、これだけ賑わっているのはすごいよ」

「単に私たちとは合わなかっただけで、彼の手腕は見事よ。それだけは間違いないわ。でも、叶うことならば早く旦那たちには戻ってきてほしいわ。切り盛りするのも大変だもの」

「旦那さんが出て行ったのに、里火子さんは一緒に行かなかったんだね。どうして?」

「私まで出て行ったら完全に破綻してしまうわ。誰かが残らないとね」

「帰る場所を守っているんだね。いい奥さんだ」

「ふふ、職人の女房なんて我慢強くなくちゃ、とてもやっていけないわ」

「鍛冶師がいなくなったのは仕方ないにしても、卍蛍みたいな良い武器が倉庫とかに残ってない? あるなら見たいんだけど」

「それがね、旦那が出て行った時に、そういうものは全部持って行っちゃったのよね」

「全部?」

「そう、目ぼしいものは全部よ。どうせ政策に合わないなら必要ないだろう!ってね。今はうちの経営も違う人がやっていて、都市の方針に合わせて武器を作っているから、その刀に匹敵するような武器は残ってないわ。ごめんなさいね」

「改善の見通しってあるの?」

「今のところは見えないわね。どっちかが謝ればいいんでしょうけど、どっちも頑固だもの。それに、方針が変わらない限りはまた揉めちゃうわ」

「そうなんだ…」


(思っていたより酷い状況だなぁ。ライザックとの間でかなり軋轢がある。こういうのは時間が経てば経つほど修復は難しくなるぞ)


 店に並んでいる武具類は、さすが本店というだけあって悪くない品質だ。人間の鍛冶師もがんばっているのだろう。

 が、悪くないというだけであり、アンシュラオンが買った卍蛍と比べるとナマクラでしかない。

 一方で逆の見方をすれば、卍蛍がずっと売れ残っていたことからも、強い武器を扱うには高い能力値が必要になり、結局使われないまま終わることも多いのだ。それでは宝の持ち腐れである。

 それならば多くの人間が手に取れる『それなりに使える武器』がたくさんあるほうが、全体としてはメリットがあるだろう。

 実際にライザックの発案は、全世界的な時代の流れに合致したものだ。

 アンシュラオンのように圧倒的な力を持つ武人は、全体のごくごくわずかであり、一般の戦力に組み込むのは極めて難しい。どこも人材不足で苦しんでいるのが実情だ。

 ならば誰もが扱える銃火器や戦車を大量に用意し、安定した火力と物量で攻めるほうがコストが安くて実用的なのだ。クロップハップが武人の力を諦めて機関砲を使ったことも記憶に新しい。

 おそらくアズ・アクスもそういう流れの中で苦しんでいたのだろう。が、高い品質を求める職人としては受け入れることはできない。どこの世界でも起きる軋轢が、ここでも起きているわけだ。


「そういえば、火乃呼さんには妹がいるんじゃないの? 『炬乃未このみ』さんだっけ?」

「あらあら、そこまで知っているのね」

「卍蛍と一緒に黒千代も買ったんだ。な、サナ?」

「…こくり。ぐっ」


 サナが満足げに黒い刀を取り出す。

 もうすっかりお気に入りで、普段はホロロと一緒に作った可愛い柄の鞘袋に大切に入れている。


「これもいい刀だよね。この子はまだ完全に使いこなせないけど、その切れ味に何度も助けられているよ」

「あの子が聞いたらきっと喜ぶわ! 呼んできたほうがいいかしら?」

「鍛冶師は全員出て行ったんじゃないの?」

「あの子は鍛冶を少し休業していてね。ここに残ったのよ」

「呼んできて! ぜひ会いたいよ! いやー、嬉しいなぁ」

「わかったわ。ちょっと待っててね」


 里火子が奥に消えて数分後、すみれ色の着物を来た若い女性が一緒にやってきた。

 髪の毛は艶やかな茜色。顔つきは少しほっそりした清楚なイメージで、しとやかな美人といったところだろうか。

 ただし、着物から出ている尻尾で彼女もディムレガンであることがわかる。


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