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「海賊たちの凱歌」編
166話 「サナとマキの組手訓練」
しおりを挟む「昨日伝えていたように、今回からサナには術符や道具の使用を認める。マキさんもそれでいいかな?」
「ええ、かまわないわ。遠慮なくやってちょうだい」
「もし怪我をしてもオレが治すから、二人とも本気でやっていいからね。サナもわかったかい?」
「…こくり」
この旅路では、マキとの『組手』が可能になったことが一番の収穫だろう。
彼女は単独での勝負ならば、ハプリマンにすら勝てる武人だ。サープやシダラ相手でも十分勝機はあるだろう。
それだけの武人と戦えるのは、サナにとって最高の経験となる。
「それでは、始め!」
両者が離れたところで組手開始。
ルールは簡単。アンシュラオンが止めるまで戦い続けること。極めてシンプルだ。
ただし、マキとの実力差は明白。
そのままやっては百パーセント、マキが勝つに決まっている。そのための道具の使用許可である。
「…ごそごそ」
サナはさっそく術符を取り出し、『雷貫惇』を発動。
太い雷が一直線にマキに向かっていく。
「はっ!!」
マキは回避せずに発気。
真紅の戦気が拳に集まると、雷貫惇を―――ぶっ叩く!
拳は雷を打ち破って霧散させてしまった。
(サナの魔力はE。間を取って150として、雷貫惇の攻撃補正が二倍で300。一方のマキさんの攻撃はB。最低値の500だとしても戦気による強化を行えば軽く倍にはなる。真正面から防ぐことは可能だ)
【対術三倍防御の法則】により、サナの術符を防ぐには「900」の戦気強化された防御数値が必要になる。
マキの防御はC、300以上なので、そのまま戦気で強化しても十分対応はできるが、ダメージを受ける可能性をあえて受け入れる必要はない。
今やったように攻撃によって迎撃すれば、圧倒的パワー差によって術式を破壊することができるわけだ。
しかしながら攻撃に使うエネルギーは防御よりも大きく、タイミングを間違えればマキのほうが大ダメージを負ってしまうリスクもある。
いつも正面から向かってくるとも限らないため、そうそう何度も使えるものではない。
「いくら私でも術符は怖いもの。簡単には使わせないわ」
マキは足に力を入れて、一気に加速。
彼女の持ち味は直線の強さ。踏み込みの鋭さにある。
身軽なハプリマンでさえ回避に命がけだったのだ。一瞬でサナの懐に入り込む。
が、捕まえようと伸ばしたマキの手が、すかっと空気を掴んだ。
サナはギリギリで回避に成功。
さらに回転しながらマキの軸足側に回り込む。
マキは再度手を伸ばすが、サナはすでに次の術符を取り出していた。
『風圧波』が、マキを弾き飛ばす。
こちらは圧力を全体に加えるものなので、拳で一部を破壊しても防げない。数十メートル飛ばされてしまう。
(動きが不規則で捉えにくいし、常に私の死角を狙って動いてくる。これで戦気を使っていないなんてね。彼女が成長したらどうなるのか、今から怖いわ)
この一週間の手合わせで、サナの特徴が見えてきた。
まず目を見張るのは、身軽さと攻撃に対する防御の態勢だ。攻撃をまったく怖れていないことも判断を的確にしている。
しかし、やはり戦気が使えない子供。身体能力ではまだまだマキには遠く及ばない。
マキが突っ込んで間合いを詰める。
サナは再び風圧波で行動を阻害してくるが、今回は全身に戦気をまとわせてタイミングよく発気。
「はっ!!」
凄まじい戦気の爆発が風圧波を完全に掻き消してしまう。
これはサナの魔力値が低いことも要因の一つであるが、マキの戦気が強いともいえる。
術符を防いで接近してしまえば、マキの独壇場。
左右の逃げ道を封じるようにフットワークと手数で牽制。こうなると上か後ろしか動けないため、サナは後ろを選択。跳躍して距離を取る。
しかし、それを追うだけの脚力がマキにはある。
さらに一歩前に出ると、拳撃を叩き込んだ!
マキなりに手加減をした一撃だったが、当たったサナが―――吹き飛ぶ
背後に何十メートルもぶっ飛び、ゴロゴロと地面に転がる。
(しまった。少し力を入れすぎた!?)
アンシュラオンからは遠慮せずやってよいとは言われているが、可愛い妹を殴れないのは兄同様である。相当手加減して挑んでしまう。
だが、その心配をよそにサナが立ち上がる。
どうやら自ら後ろに跳ぶことで、ギリギリ致命傷は避けたようだ。
(初日だったらこれで終わっていたわ。私の攻撃速度に慣れてきたのね。本当に覚えが早い子)
強力な武人と戦う意義が、ここにある。
クロップハップすら上回る達人と戦うことで、サナに新しい刺激が与えられていた。アンシュラオンとは違うタイプとの戦いは、インスピレーションを加速させる。
ここからが彼女の本領だ。
「…ごそごそ、かちゃ」
そして、続いてサナが取り出したのは『ジャークガンヘッド〈血溜まりの海鮫〉』。
サナが装備するとさらに大きく感じるが、腕さえ通してしまえば術式が起動してがっしりとはまる。
ただし、装着したのは左腕だけで、右手には脇差を持つハイブリッドスタイルであった。
サナが海鮫を使って魔力弾を発射。細かな粒子の弾が襲いかかる。
この術具は戦気を魔素に変換することもできるし、スザクの『インジャクスマグナム〈無弾銃〉』のようにジュエルを組み込むことでエネルギーにすることができる。
サナは戦気が使えないので、今はジュエルだけでエネルギーを賄っていた。そのためハプリマンが使っていた時よりも威力は低いが、牽制として使うには十分だ。
マキの踏み込みを阻止するために足を狙ってくる。
(ここであの術具を使うなんてね。私自身が試されているみたいだわ)
痛い目に遭わされた術具なので、若干嫌な思い出が甦ったが、道具は道具。使ってこそ価値あるものだ。
マキは回避運動を取りながらも、当たりそうなものは強引に跳ね除けて前に出る。
そして接近すると、サナに拳を突き出した。さきほどと同程度の威力のものだ。
サナはそれを海鮫を使って受け流しつつ、反撃の脇差で斬りかかるが、マキは簡単に篭手で受け止める。
そこにマキのカウンター。
前蹴りが腹にヒットしてサナに衝撃。
息が止まり、意識が―――飛ばない
事前に『無限盾』を展開していたのだ。
質量のある透明の盾が衝撃の何割かを吸収し、意識を保持する。
まだ仕掛けはあった。
『身体に貼り付けていた術符』が起動。
雷刺電の術符が至近距離で発動し、攻撃直後のマキの防御を貫いて肩に突き刺さる。
(わざとお腹への攻撃を誘ったのね。そうでなければ、最初に攻撃した時に使っていたはずだもの。だとすれば狙いは―――)
マキは優れた武人だ。サナの次の行動を予測できる。
サナは予想通り、海鮫を使って噛みついてきた。
(やっぱり。これにお腹を噛まれたのよね。嫌な思い出だわ)
遠近両用で使えるのが、この術具の利点だ。
マキは篭手でガード。
あえて噛ませることで、逆にサナの動きを封じる。
海鮫は両腕で使うことで真価を発揮する。サナの右手の攻撃が強ければ問題ないが、現状で左手の海鮫のほうが強いのならば、こちらを押さえてしまえば彼女に打つ手はない。
(サナちゃん、あなたの弱点はもうわかっているのよ。残念だけど『攻撃力が低い』。これは致命的ね。でも、子供だからしょうがないわよね)
グラヌマにも術符以外ではダメージを与えられなかった。以前にもアンシュラオンに指摘されていた『一撃必殺』の怖さがサナには無い。
怖いのはせいぜい大納魔射津くらいだろうか。だが、それがわかってしまえば、手の動きを注視することで対処できる。
これで詰み。
見ている者、誰もがそう思っただろう。
が、海鮫が―――抜ける
「えっ!?」
マキの篭手に噛みついたまますっぽりと抜けて、サナがフリーになった。
その左手には術符が握られている。
(最初から私の腕の邪魔をするためだけに使ったのね。でも、それでも結果は変わらないわよ。攻撃がくるとすれば術符のはず。それを防いでカウンターであなたを倒すわ)
マキは術符の攻撃にそなえる。
雷貫惇がくれば破壊し、火だったらこちらも炎系の技で相殺し、水だったら弾き、風だったら耐えて前に出る。
身内同士の戦いは、相手の手の内がわかるから難しい。一度対策を取られてしまうと不利になるのは、単純に攻撃力がないサナのほうだ。
武人として地力に勝るマキにすれば、あまりにも有利な組手である。
がしかし、そうした強敵との戦いがサナの養分となる。
サナは『風圧波』を起動。
想定内の行動だったため、マキは踏ん張ろうと力を込めるが、今までとは使い方が違った。
サナ自らを―――風で飛ばす!!
必要因子レベルが高い術式ほど展開には時間がかかり、使用者の魔力や精神の値、スキル等によって大きく差が出る。
サナの場合は、まだ術士因子が覚醒していないので、およそ一秒という長い時間を要してしまうが、その時間差を利用して前に出ることで、飛ぶ。
マキは優れた武人ゆえに、風圧波への対抗策を即座に取っていたので、逆に身動きが取れない。
弾丸のように飛び込んできたサナの目が、赤く光る。
「…ぎろり」
「っ!!」
サナの脇差の一撃がマキの首を狙う。
その殺気にマキが反応。
腕を上げて迎撃するが、海鮫が邪魔で刀の軌道が完全には見切れず、切っ先が頬を抉り、切られた髪の毛がはらりと何本か舞い散る。
サナは反対側に着地すると、再び風圧波を使って自身を飛ばすことで、通常の何倍もの速度での剣撃を可能としていた。
速度に伴って威力も向上。今見たようにマキを斬ることも可能だ。
(なんてすごい発想力なの。いくら道具を使っているとはいえ、こんなことは誰にでもできることじゃないわ。ごめんなさい。少し軽んじていたわね。あなたの成長のためにも力を出さないと!)
マキが真紅の戦気を放出。
今までは術式を防ぐ以外は最低限の戦気しか出していなかったが、サナへの非礼を恥じて通常の戦気を使う。
身体に力が満ち、マキが真っ赤に燃える。
そこにサナが風で突っ込んでくる。
風圧によってマキの動きは若干封じられるが、向きが一直線なので、真っ直ぐに突っ込んでくることが最大の欠点だ。
これくらいの速度ならば、マキはカウンターを入れられる。
拳を突き出して簡単に―――バリンッ!
脇差を破壊されたサナが素通り。
刀身にはわずかな生体磁気の膜は生まれているが、いまだ剣気に到達していない気質では刀は守れない。あっさりと壊れる。
これでもう終わりだと思い、自身の後方に飛んでいったサナにゆっくり振り向くと―――雷撃!
太い雷がマキの眼前に迫っていた。
見れば、サナが後ろ手に『雷貫惇』の術符を向けていた。あらかじめ追撃の手段として用意していたのだろう。
マキは慌ててガードするが、不意の一撃だったために完全には防げず、腕が一瞬感電してしまう。
その一瞬を利用して、サナは黒千代を取り出すと同時に、再度風に乗って突っ込んできた。
「…ぎろり」
サナの目がまたもや赤く輝く。
大好きなマキ相手でも、いざ戦闘になれば容赦なく殺す気でやってくる。
アンシュラオンが叩き込んだ闘争の極意が、彼女に刻まれつつある証拠であった。
サナが黒千代でマキの首を狙う。
今度は業物なので武器破壊は難しい。
(これは…かわす余裕がない! 武器だけ狙うことも難しい! ごめんなさい、サナちゃん!)
「はいぃいいいいいい!!」
突っ込んできたサナを蹴りで迎撃。
半ば本気で放った一撃がサナに命中。
バキバキと骨が砕ける音がして、直後に吹き飛んで地面に叩きつけられる。
が、置き土産の大納魔射津が―――爆発!
もくもくと土煙が上がる中、マキが腕で顔を押さえて立っていた。
少し焼け焦げたものの、なんとかガードが間に合ったようだ。
「それまで。勝負あり! マキさんの勝ちだね」
「ふぅ…」
アンシュラオンの判断で試合終了。
マキがほっと息を吐く。
「マキさん、どうだった?」
「どんどん強くなっているわね。もう私の通常速度に順応してきたから、あまり手加減する余裕がなかったわ。もし彼女の左腕が無事だったら、今頃私は術符で攻撃されていたでしょうね」
倒れたサナを見ると、足元に術符が落ちていた。
どのタイミングで使おうと思ったのかまでは不明だが、常に未来を見据えて動く。武人にとっては必要な資質である。
「サナ、傷を見せてごらん」
「…こくり。さわさわ」
「腕が折れているな。脇腹もやっちゃってるか。マキさんの蹴りを受けたんだ。これくらいで済んでよかったよ」
グラヌマの首すら叩き折る威力だ。
多少手加減しても一撃でサナを倒すだけのパワーはあるだろう。咄嗟に防御ができただけでも上出来といえるかもしれない。
「どうだ、マキさんは強いか?」
「…こくり」
「勝ちたいか?」
「…こくり」
「そうだよな。悔しいもんな。だけど、さすがにまだ勝機は見えない。根本的なレベルが違いすぎるし、仮に一回もミスをしないですべての戦術がはまれば、ギリギリ致命傷を一発ってところか。でも、強い武人はさらにそこから粘るからなぁ。どっちにしても攻撃はこれからの課題だな」
マキはシンプルに強いタイプの武人だ。
ハプリマンがいろいろやったものの結局は負けてしまったように、サナが勝つためにはどこかで攻撃力の補強は必須だろう。
(剣気がまだ使えないのなら単純に武器で補うのが一番か。そのためにアズ・アクスにも向かっているんだしね。ただ、黒千代以上の武具があるかどうかは難しいところだよな…)
「うーん、さすがにこれは使えないよね?」
アンシュラオンが赤い大剣を取り出す。
長さは刀身だけで三メートルはある大きなものだ。
「あの猿のボスが使っていた大剣ね。さすがに大きいわ」
「マキさんは剣は使えるの?」
「私は生粋の戦士で剣気が出せないから、ただ戦気で強化して力ずくで振り回すだけになっちゃうわね。それはそれで使える場面もありそうだけれど…防御が疎かになるのは怖いわ」
「そっか。拳と剣じゃ間合いが全然違うもんね。サナには素直に戦気を出すための訓練をさせるのが一番か。というか、だんだん使い道がないものが増えてきたな…」
猿の大剣もそうだが、九節刃も特殊なので扱える者が少ない。ほぼコレクターアイテムになりつつある。
こうなるとやはり各人に合わせて武具を調整できる鍛冶師が欲しいところだ。
「アンシュラオン君、一ついいかしら?」
「何?」
サナの治療を終えると、マキが真顔になり―――
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「オレと本気で?」
「自分自身をもっと見つめ直したいのよ。今、私がどのあたりにいて、今後どれくらいまで強くなれるのかを見極めたいの。あなたが強いことは知っているけれど、お手合わせ願えないかしら?」
「わかった。勝負しよう。でも、オレの本気を引き出せるかどうかはマキさん次第だよ」
「ええ、わかっているわ」
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