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「海賊たちの凱歌」編
153話 「ア・バンド殲滅戦 その6『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』」
しおりを挟むスザクの声によって海兵たちが復活。
彼らの足音が大地を踏み鳴らし、雄叫びが歌となり、戦場を席巻していく。
新兵がテイカーを突き飛ばし、迫ってきたブレイカーに叩きつける。
そこに走ってきた別の新兵が謎のドロップキックをかまし、吹っ飛んだところに爆炎弾を叩き込む。
向こう側では手当たり次第に武器を投げつけて、たまたまその中に交じっていた大納魔射津が爆発して、敵と一緒に吹っ飛ぶ馬鹿もいる。
こんなものはまだましな部類で、銃を持っているのになぜか殴りかかっている者もいるし、羽交い絞めにして寝技に持ち込む者さえいた。
「こんなに滅茶苦茶な戦い方なのに、なぜ強い!」
「乱戦が得意だって? それはこっちも同じなんだよ!」
「こちとら毎日命がけの喧嘩やってんだ! こんなもん屁でもねぇ!」
「身体が重くても訓練でやらされた海中戦よりはましだぜ! まだまだいくぞおおお!」
もともと海兵は荒くれ者の集まりである。
多少乱暴な言い方ではあるが、平和的な才能がまったくない街のゴロツキ連中が金のために仕方なく入隊することも多く、そこで徹底的に海賊根性を叩き込まれてから軍に配属される。
最初からチンピラや賊のようなものなのだから、賊を相手にするのは得意なのだ。
「どけどけどけえええ!! だらっしゃぁあ!!」
バンテツもラリアットで敵を吹き飛ばし、戦槌で叩き潰す。
彼も山賊上がりの海兵なので荒々しい戦いは望むところである。次々と敵を粉砕していく。
そして『若き英雄』もまた、生まれながらに海賊を統べる者として教育されてきた。
その資質が今、開花する。
「おおおおおおおおお!」
スザクが凄まじい気迫でサープに突っ込む。
サープは右の九節刃で迎撃。最初からバラバラにして不規則な動きで回避を難しくしてくる。
スザクは怖れることなく走り、向かってきた刃を無刃剣で力ずくで弾き飛ばす。
だが、刃はもう一本ある。
左の九節刃がタイミングをずらして襲いかかってきた。
それに対しても怖れることなく突き進み、無弾銃で撃ち落とす。
剣で切り払うのとは違い、銃で撃ち落とすためには『点』を狙う必要がある。それだけ九節刃の動きに慣れた証拠だろう。
今のスザクは右手に無刃剣、左手に無弾銃を持っている。それを同時に使いながら襲いかかる九節刃をすべて紙一重で回避。
一気に剣の間合いにまで入り込み、無刃剣を一閃。
サープはバックステップでかわす。
スザクは追撃。ぴったりと張り付いて連撃を繰り出す。
サープは腕を引いて九節刃を戻そうとするが、それに合わせてスザクの剣が邪魔してくるので上手く制御できない。
九節刃は長いので中距離では有利だが、こうして接近してしまえば利点は失われる。
サープはスザクの変貌ぶりに感嘆。
(見違えるような動きだ。身体能力はもともと高かったが、今までとは違い、こちらの攻撃をまったく怖れない豪胆な意思がある)
意思の強さは戦気にも表れる。
スザクは知的で穏やかな『水』の性質を持っているが、今は濁流のような荒々しい嵐の大波を彷彿とさせる。
かといって完全に頭に血が上っているわけではない。放出された戦気が渦となり、外に散らないでしっかりと循環する力として顕現していた。
迷いのない踏み込みの一撃が、サープの仮面にかすって傷をつける。
そこにすかさず銃の追撃。
至近距離から放たれた魔力弾をサープは回避するが、すでにスザクは次の行動に移っている。
近距離で力を溜めてからの回転斬り。
これによってサープの両腕が弾かれて、またもや九節刃が扱えない。
そこにまたスザクが猛攻を仕掛けてくる。
攻撃が―――止まらない
まるでマキのような攻撃型の武人と同じく、ひたすら攻撃することでサープの動きを封じていた。
(初めて見た時に感じた通り、恐るべき才能だな。だが、そういう相手を何度も屠ってきた。まだ小さな獅子。今ならば倒せる)
サープは仮面の口から剣気をまとった針を飛ばして、スザクを牽制。
針は篭手で防がれたが、目を狙ったために一瞬だけ攻撃が止まる。
ここで九節刃の動きに変化が起こった。
今まではしっかりと重力や慣性の働きの影響を受けていたため、腕を振らないと軌道を制御できなかったが、突然何もない宙で弾かれたように曲がり、スザクの真上から襲いかかる。
気配を感じたスザクは剣でガード。
刃は弾かれながらも甲冑を削りつつ方向転換。再び背後から襲ってきた。
スザクは身を屈めてかわすも、回避したと思った瞬間に軌道が変化し、肩から背中をざっくり切られる。
(この動きは…『遠隔操作』か)
スザクは状況を冷静に分析。
サープはアンシュラオンと同じく遠隔操作が可能な武人であった。
とはいっても放出系には対応しておらず、空点衝を曲げるような芸当はできないものの、剣気を自在に操るくらいはできる。
続いて肩に仕込んであった刃から剣硬気を放出。遠隔操作でスザクの肩に突き刺して動きを止める。
(九節刃の間合いが弱点になることは承知の上。遠隔操作では威力が軽減するが、これまでに与えたダメージがある。これで十分仕留められるはずよ)
再び九節刃が迫る。
しかも今度は上下から二本同時の強力な攻撃だ。受ければただでは済まないだろう。
その時だ。
スザクが剣を持った右手を振り上げる。
(無駄だ。この間合いでは剣は振れぬ。せいぜい根元で押し込む程度よ。それならば耐えられ―――)
サープもそう思って次の行動を予測するが―――メキィイイッ!
柄を持ったまま真っ直ぐに突き出された正拳が、サープの顔面にぶち当たった。
「っ…殴った……だと」
サープが飛ばされて刺さっていた剣気も抜け、九節刃もスザクを素通り。
直後、腹に衝撃。
見れば、追撃してきたスザクの膝蹴りが入っていた。
サープの呼吸が止まり、防御の戦気が弱まる。
そこにスザクのラッシュ。
「うおおおおおお!!」
殴る、蹴る、殴る―――からの頭突き!
ビシビシとサープの仮面に大きなヒビが入る。
スザクのほうも額から血を流しているが、気にせずにどんどん身体をぶつけてくる。
当然サープは優れた武人であり、普通の拳ではダメージを与えられない。これも戦気をまとった攻撃である。
しかしながら、その一撃一撃が―――重い
防御しても骨に亀裂が入り、筋肉が断裂するレベルだ。
サープはたまらず距離を取る。
が、そこに無弾銃の攻撃。
今回は完全に逃げただけの安直な動きのため、そこを銃が狙い撃つ。
銃弾が―――貫通
白い魔力弾が胸を撃ち貫き、穴があく。
サープはすぐさま肉体操作で出血を止めるが、ぎりぎり心臓への直撃は避けたものの、内部にはダメージを負ってしまった。
(打撃による超接近戦と剣での近接戦。それに加えて銃での追撃。間合いの取り方が抜群に上手い。これは天性の才覚だ)
さまざまな攻撃を繰り出すことから戦闘タイプを分類するのは難しいが、彼は身体能力に優れた『戦士』である。
そうにもかかわらず、剣と銃を同時に使う戦闘スタイルを選択していたのは、指揮官としてできるだけリスクを負わないことを重視していたからだろう。
だが、漲る闘志を得たことで、それらがついに融合を果たしたのだ。
今のスザクには、あらゆる選択肢がある。
接近戦で分が悪いサープは上に跳躍。間合いを生み出そうとする。
しかし、スザクは銃を撃ちつつ接近。九節刃をしっかり見極めながら自分に有利な絶妙の距離で挑んでくる。
次第にサープに傷が増え、出血も増えていく。
(本当に獅子を目覚めさせたのかもしれぬ。これが本物のハピ・クジュネの海賊の力か。さすがは都市の頂点に立つ器よ)
今のスザクは、サープが畏怖するほどの圧力を醸し出していた。
闘志が燃え、戦う意思に満ち、海賊としての誇りを強く抱いている。
その意思が全体に伝播し、他の海兵たちも痛みすら感じず猛攻を仕掛けている。
だが、才気溢れるスザクはともかく、他の海兵まで強化されているのは道理が通らない。
ならば、これは違う要素によってもたらされた結果であろう。
それこそクジュネ家の血統遺伝、ユニークスキル『バイキング・ヴォーグ〈海王賊の流儀〉』。
『統率』三段階上昇、自身を含めた指揮する部隊全体に『不屈』『根性』『火耐性』『水耐性』『物理耐性』『即死耐性』『自己修復』『自動充填』を与え、『精神』『攻撃』『防御』が一段階上昇するというチート級の能力である。
『不屈』や『根性』は、ダメージを受ければ受けるほど能力が強化されていくので、長期戦においても有利になるスキルだ。『自己修復』もあるので自然治癒力が劇的に向上することもありがたい。
傷ついた海兵たちがなぜ戦えているのか、その理由がまさにこれである。多くの船乗りを指揮する『海の王者』に相応しい力だ。
ただし、強すぎる能力のため発動時間には制限がある。こうしている間にも発動者のBPは減り続け、精神には強い負荷がかかっている。
覚醒したてのスザクの場合、もってあと数分といったところだろう。強い技を繰り出せばさらに消耗は激しくなる。
(激情は長くは続かない。一気に決める!)
スザクはサープを追い詰めていく。
しかし、相手は一人ではない。
「サープの旦那! 使え!」
「シダラか。素直に礼を言っておこう」
戦線に復帰したシダラが鎖を放出して足場を作る。
サープが鎖を利用して跳躍。自在に動き回って翻弄するつもりだ。
だが、鎖は敵にだけ使えるものではない。
スザクも鎖を使って跳躍して、サープを追いかけ―――ない
彼が鎖を蹴って向かった先は、その大本のシダラである。
「なっ…俺かよ!」
シダラは大剣で迎撃するも、予想外の対応のためにスザクは軽々回避。
そのまま鋭い動きで背中に回り込み、強烈な一撃を見舞った。
無刃剣は鎧を貫通。ばっさりと背中が切られる。
盾技の制御のために剣気を使っていたこともあり、防御が弱くなったところを狙ったのだ。
この戦いで初めてシダラに与えた大ダメージであった。彼は真正面から崩すのが極めて難しい相手なので、これはファインプレーといえる。
「この…やろう!」
シダラは棘飛盾でスザクを追い払おうとするも、まとわりつくように剣が疾って鎧を切り刻んでいく。
「こいつ、さっきよりも速ぇ! こういうタイプは苦手なんだよ!」
「シダラ! 我が落とす!」
サープが九節刃で援護。
遠隔操作された刃がスザクを追うが、シダラを間に挟んでいるために軌道は丸見え。
「初めて攻撃が甘くなったな! 今が勝機だ!!」
これはシダラへの攻撃ではなく、サープを誘うためのものだった。
シダラを踏み台にしてスザクが跳躍。
一気に接近して無刃剣を振る。
「若獅子が! そう何度も好きにできると思うな!」
サープは九節刃の根元で防御の態勢。
このあたりは彼も優れた武人だ。剣の間合いを完全に見切っている。
すでに反撃用の九節刃が動き出しており、ガードしたと同時にスザクの背中を切り裂く予定でいた。
が―――スカッ
「きえっ―――た!」
当たる瞬間、刀身が消える。
無刃剣の特徴は、刀身の出し入れが自在にできることだ。
されど一度起動してから刃は出したままだったので、このことをサープは知らない。
そして、柄を胸に押し当てて再起動。
新たに生まれた刀身が―――心臓を貫く!!
「ぐふっ…ぬかった…!!」
「逃がさない!」
心臓を貫いた刀身を消し、素早く柄だけを振り上げると、また再起動をして斬撃!!
貫いたまま引き上げれば切り裂くこともできたが、相手が逃げる動きをしたので、あえて柄だけにすることで感覚を狂わし、必殺の一撃を入れる間合いを作った。
振り下ろされた一撃がサープの肩口に入り込み、右腕を切断。
「はっ!!」
そのままの勢いで顔面に蹴りを入れると、バキンと仮面の一部が吹き飛び、彼の口元が露わになる。
そこには皮膚がなく、唇もない。剥き出しの歯と乾燥した顎骨だけがあった。
「これは…!」
「ぬぐうううっ!! 忌まわしい! わが怒りはいまだ消えぬ!! この世界の罪を問うまでは、我は負けぬ! 勝つのだ! 勝たねば意味はない!!」
サープはスザクを蹴って距離を取ると、急速回転。
自身を中心に竜巻を発生させる。
剣王技、『風雲刃』。
因子レベル3で使える技で、風をまとわせた剣圧を螺旋上に発生させて周囲を切り刻む技である。
そこに九節刃の回転も加えると『螺旋刃』という因子レベル4の技になる。
本来ならば両手を使って二重の竜巻を生み出す、『二重螺旋刃』という因子レベル5の上位技を使うのだが、片手を失っているため通常の螺旋刃を使うしかない。
「サープの旦那! キレたのかよ! ちっ、こっちまで巻き添えになる!」
広域技でもあるので技の影響は周囲にも及ぶ。
近寄れば刃で切り刻まれ、離れていても竜巻で切り裂かれる。
海兵だけにとどまらず、テイカーやブレイカーもこの被害を受けてダメージを負う。
だが、そこに突っ込む者がいた。
「お前は僕が切り刻むと言ったはずだ!」
凄まじい風圧の螺旋に無弾銃を撃ち込み、わずかながら穴を生み出したところに強引に割り込む。
中はやはり暴風の刃。
スザクの鎧はボロボロになり、ほぼ完全に破壊されるが、サープへの殺意のほうが上回る。
しかし、気迫で接近するものの風圧のせいでわずかに剣が届かない。
「先に切り刻むのは我よ! ここで死ね!」
スザクの身体に深い傷が生まれて大量出血。血が飛ばされて霧となって舞い散る。
それでもスザクの目から強い意思を奪うことはできない。
彼は『無刃剣』の柄に【無弾銃をはめ込む】と、剣先をサープに向けたまま発気!
柄がスザクの膨大な戦気を吸収し、その刀身を―――放出!!
この二つの武具はハピ・クジュネの海底遺跡から「セットで見つかった」もので、剣と銃の両方の特性をもった武具として設計されていた。
通常は剣として使い、それを発射することで遠距離にも対応するのが本来の使い方だ。魔力弾としての使い方は、あくまで補助的なものなのだ。
飛んでいった光の刀身が風を切り裂き―――サープの眉間を貫く!
仮面が割れ、鼻も削がれたミイラのような相貌が露わになる。
その目は、怒りと憎しみと恐怖に染まっていた。
「馬鹿…な……我はまた負けて…罪を背負う……のか」
彼が怖いのは死ぬことではない。罪を背負わされることだ。
だが、断罪の執行人であるスザクを止めるものは、もはや何もない。
「うおおおおおおお!!」
剣撃のラッシュ!
宣言通り、サープの身体を切り刻む。
「シダラ…すまぬ! 王を…! お前は王のもとに馳せ参じ、大業を―――」
「仲間を殺したやつは許さない! 死んで詫びろ!! これが海賊の流儀だぁあああああああ!」
とどめの一刀両断。
サープが縦に真っ二つに切り裂かれ、血を撒き散らしながら、どちゃっと地面に落ちて絶命。
「サープ! あんたほどの男が、まさかこんなところで! 嘘だろう!」
シダラが本気で驚いた眼差しで、かつての戦友の死体を見つめる。
正直に言えば、現状での能力はサープのほうが上だった。
だが、時として勝負は思わぬ方向に転がるものだ。才能と若さと勢いだけで熟練の武将を打ち倒してしまうこともある。
「はぁはぁ!! 残るはお前だけだ!」
「ちぃっ…」
周囲を見れば、テイカーもブレイカーも数が激減している。
海兵にも力尽きた者はいるが、今ではア・バンドのほうが数が少ない。生き残っているのは数人程度になっていた。
「ちくしょう、撹乱役のハプリマンがいれば…てめぇらなんぞに好きにやられなかったのによ。だが、俺は死なねぇ! 絶対に死ぬものかよ!!」
「うっ!」
シダラの盾から強烈な光が発せられて、スザクたちの目が一瞬潰れる。
「てめぇら、逃げるぞ! 生き残っているやつは続け!」
「う、うす!」
その間にシダラたちが逃げ出した。
「えっ…!? に、逃げる! 逃げるのか!!」
「たりめぇだ! 付き合ってられるか!」
「ま、待て!」
「待てと言われて止まる馬鹿がいるかよ!」
ここでまさかの逃亡。
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「はぁはぁ…僕は大丈夫だ。早く追撃を」
「逃げた方向は奥のほうです。シンテツたちが詰めていますから、どうせ鉢合わせるでしょう」
「そうだね。向こうにはアンシュラオンさんもいるし…大丈夫だと思うけど…うぐっ……」
「出血が多い。このままでは危険です。こちらの損害もかなりのものです。少し態勢を立て直しましょう」
「ああ…。僕は…リンウートたちの仇を取れただろうか?」
「ええ、スザク様は立派なおかしらですよ。俺たちは死んでもついていきますからね」
「…ありがとう、バンさん」
海賊は死を怖れない。
なぜならば、それを受け継ぐ者がいるからだ。
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