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「海賊たちの凱歌」編
147話 「マキ VS ハプリマン その2『烈火の意思』」
しおりを挟むマキはハプリマンの剣硬気を破壊。
手数に加えて相手を上回る攻撃力によって圧していく。
しかし、この時のマキは冷や汗が止まらなかった。
(煙は吹き飛ばしたのに、いつ消えたの!? 今のは危なかったわ。一瞬でも反応が遅れていたら刺されていたわね)
姿を隠すのが得意なのは知っているが、当人が全力と謳っているだけあって本当に姿が見えなくなった。
気配もなく移動の際も音がしない。気づけば死角から攻撃されているのだ。これほど厄介で怖ろしいことはないだろう。
そしてこれ以後、ハプリマンは姿を消した攻撃を執拗に続けてきた。
黒煙や煙麻酔といった小道具が打破されても、何度も気にせずばら撒き、その隙に乗じて姿を消す。
マキはかろうじて回避するが、いきなり出現されたうえ、自由に間合いを変化させられる剣硬気を使われると完全に防ぐのは難しい。少しずつ小さな傷が増えていく。
相手は徹底的に削る戦いにシフトしたようだ。サナが教わった相手の長所を削る戦い方である。
(この花のパワーとスピードはかなりのものだ。正直、シダラでも苦戦するレベルだろう。だが【精神的にムラ】がある。すぐにカッとして殴りかかってくるから面白いほど釣れるし、消耗も激しくなる。その分を練気で補っているんだろうが、無限に戦い続けられるわけじゃない。さぁ、『悪戯猫』の本領発揮といくか)
ハプリマンはフェイントと消える動きを多用し、マキを翻弄していった。
彼女は直線のパワーに長けている反面、真正面から戦わない相手には苦労する傾向にある。
ムキになって追いかけると相手はするっとかわし、ますます距離を取られて遠距離から剣衝が放たれる。
威力が小さいので完全防御は可能だが、数が膨大であるために全身を防御しなくてはいけない。それで消耗させられてイライラしてくる。
「腰の防御がお留守だぞぉ。花には大事な部分だから気をつけろよ」
後ろに出現したハプリマンの剣衝が、マキの腰に命中。
ざっくりと切られる。
「ちぃっ!」
「はははは、こっちこっち」
振り向いた時には、ハプリマンはすでに闇に消えていた。
こうやって精神的にムラが生じれば戦気にも揺らぎが生じ、そこを狙われると弱い攻撃でも通ってしまう。
今度はそこをカバーしようとすると余計な戦気を使うことになり、また消耗が増えていく。
マキは完全に敵の術中にはまってしまっていた。
(こいつ、陰気臭い戦い方をして!! 本当に苛立つわ! でも、最初からこうなることはわかっていたはずよ! この戦いは一対一じゃない!)
マキは今、敵陣の中にいる。
直接参戦こそしないものの、こうしている間も周囲からは敵意の視線が向けられていた。傭兵を倒したハプリマン直属の実行部隊だ。
もしハプリマンを倒しても、今度は彼らが敵になるだろう。あるいは幹部クラスが出てきて強者との連戦にもなれば、さすがのマキでも勝ち目がない。
そのうえ援軍を待っていることも見透かされ、予定を早められて追い込まれている。
こうした心理的なプレッシャーが、じわりじわりとマキを圧迫しているのだ。
敵はそうした焦りを知っているため、こちらの短気を上手く利用し、なぶるように削ってくる。
(…いえ、そんなことは言い訳ね。あいつが消える手段がわからないからイライラしてしまうだけよ。とても嫌だけど、これだけは認めないといけないわね。あの変態は―――強い!)
やはり一番の問題は相手が消えることだ。そこを打開しないと勝機が見えない。
単なるスピードで消えているだけならば、達人レベルの武人であるマキにも対応できているはずだ。
であれば、この劣勢は違う要素によってもたらされている。
それは―――【道具の差】
ハプリマンが装備している帽子やメガネ、コートや靴、それと爪付きグローブの一式すべてが『悪戯猫シリーズ』と呼ばれる術式武具であった。
効果は、帽子には聴力強化、メガネには視力強化、爪には剣気強化、靴には消音効果と反動軽減効果、そしてコートには『透明化』と隠密強化の効果が付与されている。
これ一式を装備するだけで、まるで野生の獣のような能力が付与されるのである。
そして一番厄介な『透明化』は、装備者の周囲に術式による膜を張り、光の屈折を利用することで透明になったように見せるものだ。
ハプリマンが秀逸である点は、これを発煙筒といった道具と併用することで、あたかも煙の効果だけで隠れているように見せていることだろう。
実際は術具単体でも『それなりの透明化』は可能なのだが、相手に意図的に小道具を見せることで本質を隠すことができる。また、それによってライトを使った影もより効果的になる。
ハプリマンの才能は【道具の能力を最大限発揮できる】ことなのだ。
これもまた武人の才覚である。
「どうした? 棘が鈍ってきたんじゃないのかぁ?」
「このっ!!」
マキは『焔華爆裂掌』を放ち、周囲一帯を焼き尽くそうとする。
見えないのならばこれしか対応策はないからだ。
「いいのか? そんなに広域破壊技ばかり使ったら、そろそろ建物が壊れるぞ? 床だってもうボロボロで抜けそうじゃないか」
「っ…」
マキが迷った瞬間、ハプリマンが建物の中央にあった大きな柱に向かい、そこに大納魔射津を設置。
「花はもう諦めた。お前ごと潰してやるよ」
「なっ―――」
ハプリマンが建物から出て行くと同時に―――爆発
幾多の爆発が起こり、柱が破壊されてグラグラと天井が揺れている。建物全体が動いているのだ。
これだけ激しく戦っているのだから、ここが頑丈な収容施設でなければとっくに壊れていたのだが、大黒柱を失ったことでついに倒壊を始める。
(このままだと階段が埋まって突入路が確保できない。もし床も抜けたら、下にいる子たちへの被害も免れないわ。私が守るって決めたもの! ここで逃げるわけにはいかない!!)
「はぁあああああああ!!」
マキが爆発集気。莫大な戦気が右手に集中する。
そして、その拳を落ちてきた天井に向かって放つ。
拳の衝撃で、建物の二階から三階部分を粉々に砕きつつ宙に圧し上げ、その後に発生した凄まじい炎によって完全に溶解させる。
覇王技、『赤覇・烈火塵拳』。
一点破壊攻撃としては、因子レベル3の中でも火系最強レベルの一撃であり、現状でマキが使える最強の技だ。
因子レベル3の技といっても侮ってはいけない。威力だけならば因子レベル5以上にも匹敵するため、建物程度ならば一撃で吹き飛ばすことができる。
が、その代償は大きい。
(息が…できない!)
何度かの休息を挟んだとはいえ、もうずっと戦い続けているのだ。最後に取っておいた必殺技すら使ってしまったのだから、彼女の身体は悲鳴を上げていた。
当然、練気が疎かになれば、その間は防御の戦気が弱まり―――突き刺さる
「っ…槍!?」
マキの太ももに刺さったのは、返しが付いている『銛』のような小さな槍だった。
「本当に逃げないとは感心したなぁ。これは俺からのプレゼントさ」
上部がなくなってすっきりした建物の瓦礫の上に、ハプリマンが立っていた。
マキが建物から逃げてくるところを待ち構えていたのだが、彼女が建物を破壊する選択を取ったため、動きが止まる技の打ち終わりを待つことにしたのだ。
これも普通の槍ではない。雷が迸る。
「ぐうっ!!」
マキは足が感電。動けない。
さらに槍には紐が付いており、先端を持っていたハプリマンがジュエルを使って点火。
じじじと導火線のように紐が燃え進み、火が後部に接触すると爆発。
マキは咄嗟に戦気を集中させて防御。足が吹き飛ばされることだけは防いだが、太ももの肉が大きく抉られてしまった。
だが、間髪入れずに背後に現れたハプリマンが、剣硬気で襲ってくる。
マキはのけぞって回避するも、この状態での迎撃は難しい。背中がばっさりと切られて血が噴き出す。
「対魔獣用の爆破槍なんだが…さすがに頑丈だな。これだけ攻撃しているのに致命傷を受けていないのも見事だ。お前、本当に強いなぁ。でも、それ以上に馬鹿だ。あんな大技を使わなければ、こんな手傷を負うこともなかっただろうに。いや、下にいる連中を庇ったのか? なら、それこそ大馬鹿だよなぁ」
「はぁはぁ……大きな…お世話よ! かかってきなさい! 今度こそぶっ飛ばしてやるから!」
「はは、その生意気な態度がいつまで続くか楽しみだよ。だが、挑発に乗って安易に近寄るほど馬鹿じゃないんでなぁ。じっくり削ってやるよ」
再びハプリマンは距離を取り、こちらのダメージをじっと確認。
ここまで有利であるのにけっして油断しない。
(この男の強さの秘訣は肉体能力に頼らないことだわ。道具を使わずとも戦えるのに、あえてそうしないのは現実を知っているからよ。たぶん格上との戦闘経験が豊富なんだわ)
ハプリマンは、分類としてはテクニック型の戦士に該当する。
身軽さやスピードも目立つが、それだけではマキやファテロナといった本職の武人には勝てない。かといってパワーがないので、一撃で勝負を決めることもできない。
一方で道具を扱う能力に長けているため、器用さと戦術眼、行動予測を駆使して相手をやり込めることで今まで生き抜いてきた。
そこには彼なりの矜持がある。だから強いのだ。
(たしかにこいつの言う通りだわ。私は大馬鹿よ。小百合さんと逃げていればこんな状況にもなっていないし、そもそも私が派手に動かなければ狙われることもなかったかもしれない。全部私のせいね。…でも、自分がやったことに後悔なんてない。グラス・ギースを出てきたことも、今こうしていることも!!)
劣勢に陥っているはずなのに、なぜか闘争心が萎えない。むしろ心に熱い感情が満ちていく。
それと同時に戦気が溢れ出し、身体を動かすためのエネルギーを供給してくれる。
武人は精神で戦う生き物だ。心が強ければ強いほど戦気の質も向上していく。
(消える仕組みがわからない以上、あいつを倒すには紙一重でかわしてカウンターを叩き込むしかないわ。もっと波動円を凝縮させて集中させないと…波動円で感じた瞬間に身体も動かすのよ。そう、先生がやっているように全方位に意識を集中させて―――)
マキがハプリマンの動きに対応できるのは、雇った傭兵たちとは違って波動円を高いレベルで扱えるからだ。
ただし範囲は八十メートルが限界で、正直精度もそこまで高いとはいえない。探知系の技はもともと得意ではないが、それでもやるしかない。
(次でもう一つの足を潰して完全に動けなくさせる。それで終わりだ。だが、油断はしない。こいつは本当に強い。まともにやり合ったら一撃でやられちまうからな)
足が負傷しているからといって相手は猛獣のような武人だ。焦っているのはマキだけではない。この男も常にやられる危険性に怯えながら戦っているのだ。
ハプリマンは宣言通り簡単には近寄らず、今までと同じようにフェイントや消える動きを使い、マキに小さな傷を与えていく。
皮膚が切れ、肉が抉れ、至る所から血が流れていく。
だがしかし、ハプリマンという高レベルの武人との戦いで、マキの武人としての力がさらに引き出される。
必死にしがみつくようにギリギリのタイミングでよけ続け、致命傷を避けていく。
およそ三十分という長い間、彼女は耐え続けた。
それで次第に焦っていくのは、攻撃しているハプリマンのほうだ。
(くそがっ!! なんだこいつは! どうして隙を見せない! ふざけやがって! 花を管理するのは俺だ! 花に踊らされてたまるか! これで終わりにしてやるよ!)
マキに精神的なムラがあるように、ハプリマンにも精神的な歪みがある。常に女性より優位に立とうという邪念が勝負を急がせるのだ。
ハプリマンが黒煙を撒き散らしながら消える。
しかし、マキはすでに目を瞑っているので関係ない。
(相手の焦りが伝わってくる。勝負にくる!!)
意識がどんどん加速していくと同時に、展開した波動円が圧縮を始め、周囲五メートルに粘度の高い膜を生み出していった。
ハプリマンが右手の方向に姿を現し、槍を投げつける。
が、マキは目を瞑ったままわずかに身体を動かして、ギリギリで槍を回避。
続いて襲ってきた剣硬気も、肌を掠めたものの回避に成功する。
「なにっ…!」
これが今までの回避でないことは、攻撃したハプリマン当人が一番理解していた。
場当たり的に対応したのではなく、完全に見切られたからだ。
これはアンシュラオンが使った『無限抱擁』と同じものだが、彼が清流のような美しい輝きに満ちていたのと違い、彼女のものは―――焔!
熱く燃え盛った戦気の粒子が精密なレーダーとなり、高速の奇襲をすべて見切った。
(意思を燃やすのよ―――烈火の如く!!)
この技は回避だけにもちいるものではない。
伸びてきた剣硬気が触れた瞬間には、マキは動いていた。
まさに紙一重の間合いで反転すると、力を振り絞って一直線に突進。
今ははっきりと姿が見える。驚き、完全に無防備な敵が目の前にいる。
そこに強烈な拳を叩き込む!
カウンター攻撃なのでハプリマンは回避できず、左肩が吹き飛ぶ。
「はぁああああああ!」
そのまま連撃。
攻撃をくらって硬直しているハプリマンに何百という拳を叩き込む。
帽子が飛び、メガネが割れ、コートがちぎれ飛ぶほどの衝撃の中、身体中の骨という骨が砕かれていく。
それでも攻撃は止まらない。
火を―――噴く!
まさにエンジンに火が入ったように、攻撃の質が変わった。
高速の拳撃までは一緒だが、当たってからが違う。
拳が当たった箇所が―――爆発
目の前で大納魔射津が大量に爆発したような激しい衝撃と炎が発生。
覇王技、『紅蓮裂火拳』。
拳に宿した火気を打撃と一緒に爆発させる因子レベル3の技である。打撃は防御力に影響されるものの、爆破ダメージは防御を貫通するのも大きな特徴だ。
以前パミエルキが使った『赤覇・焔業六核塵明拳』の三段階下の劣化版だと思えばいいだろうか。こう聞くと弱い印象を受けるが、一般の武人でこれを扱える人間は極めて稀である。
「あたたたたた!! うららららららあああ!!」
マキが回転を上げていく。自分の想いを拳に乗せて叩きつけていく。
連打と爆発が同時に起こり、視界が完全に赤に染まっていく。
殴り、殴り、殴り、タコ殴りにして、すべての拳の力が体内に集中したと同時に―――爆ぜる!
ハプリマンが吹っ飛び、隣の建物の壁を破壊しても足りず、さらに二軒ほどの家を貫いて壁にぶち当たり、血反吐を撒き散らす。
「あなたたちが何をやってきても、私はけっして負けない!! それ以上の気持ちで打ち勝ってやるわ!! 結婚にかける女の情熱を―――なめるんじゃないわよ!!」
若干私情が入っているものの、どんな手を使われてもマキは屈しない。
叩かれれば叩かれるほど、彼女は真っ赤に燃え盛る。
それが烈火の意思、彼女の誇り高き精神である。
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