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「海賊たちの凱歌」編
146話 「マキ VS ハプリマン その1『真紅の華』」
しおりを挟む「なんだその面は?」
アンシュラオンたちがアジトへの突入を準備している頃。
廃墟の街、その中央の建物に幹部が集まっていた。
ここはもともと街の議事堂として使われていた施設なので、そのま会議に使うには便利な場所であった。
この台詞は、そこでハプリマンを見たシダラの一言である。
顔には大きな痣が残っており、頬骨も砕けた形跡がある。コートに隠れてはいるが、身体にもいくつもの青痣が出来ていた。
「ああ、これ? 少し棘が刺さったんだ。すごく美しい花がいてね。ちょっと触れようとすると情熱的に刺してくるから、楽しくて楽しくてしょうがないんだよ」
「トラブルかよ。そういや、さっき派手に何か光ってやがったな。てめぇのところの不始末はこっちとは関係ねぇからな。そっちで片をつけろよ」
「当たり前さ。こんな楽しいことを他人に任せるわけがない。で、わざわざ集めた理由は何?」
「首筋がチリつきやがる。誰かに見られているような…妙な感覚だ。やばい感じがするぜ」
「そこ、首ちょんぱされそうになった跡だっけ?」
「あ!? 今はそんな話は関係ねぇだろうが!」
「怒るなって。そっちが振ったくせに。見張りからの連絡は? 異常はあった?」
「何もないが、あんな馬鹿どもを信用できるか。俺は俺自身を信用する。長年、戦場で磨いてきた勘をな。すぐにアジトを放棄するぞ」
「ちょっと待ってよ。面白いところだって言っただろう。まだ厳選も終わっていないんだ。決断が早すぎるんじゃないか?」
「んなこたぁ知るか。遊びすぎて死ぬやつなんて山ほどいる。てめぇも油断してると首を掻っ切られて死んじまうぞ。いや、その様子だと殴り殺されて死んじまうだろうよ。てめぇが死ぬのはいいが、こっちは巻き込まれたくないぞ。明け方には移動する」
「次のアジトの目処は立ったの?」
「移動するのが先だ。適当な岩場でも見つければいいさ。魔獣が多い場所なら人間は滅多に近寄らないだろうぜ」
「相変わらずシダラは無計画だな。わかったよ。クラッカーは了承だ。今晩中に片をつける」
「サープの旦那はどうだ?」
シダラが部屋の隅に立っている仮面の男に話しかける。
のっぺりとした仮面も気になるが、妙に細い男で、胴体が小さく手足が異様に長い。もし山の中で出会ったら人間ではなく猿かと見間違えるほどだ。
その男の腕には、『鎖がちぎれたデザインの刺青』が入っていた。
これは『ア・バンド〈非罪者〉』の王に能力を認められ、なおかつ忠誠を誓った者だけに入れられる証だ。
特に強要ではなく、入れたい人間が勝手に入れているだけであるが、王の「非罪者のための国を作る」という意思に共感した者であることを示している。(シダラたちには入っていない)
「『ブレイカー』に異議はない。獲物がいなくて飽きていたところだ」
「チャッピリトはどうした? 『トラッカー』の連中はどこだ?」
「一週間くらい見てないな。また魔獣を捕縛しに行っているんじゃないのか? 北部には珍しい魔獣がたくさんいるって言ってたしね」
「まったくもって協調性がねぇ連中だ。移動もままならんかよ」
「ははは、それを俺らに言う? 何物にも囚われず自由に、がうちらのモットーだろう? ねぇ、サープ」
「同意だ。だが、面倒なことは嫌いだ。移動の判断は任せる」
「あいつらの勝手で出て行ったんだ。自分たちでどうにかするだろう。戻ってこなければ置いていく」
「じゃあ、もういい? 俺は行くよ」
「ハプリマン、俺はてめぇが嫌いだからはっきり言っておくがよ、死相が出ているぜ。その花、毒でも持っているんじゃないのか?」
「へぇ、シダラが心配するなんてね。でも、俺の体質は知っているだろう? 毒を盛られるほど能力が強化される。毒は効かないさ」
マキに対して麻酔を使った時も、彼はマスクも何もしていなかった。危険な薬物を使う際に手袋もしない。
その理由が、彼のユニークスキルにある。
当人の言葉を信じるならば、『毒殺のファテロナ』の天敵のような武人だ。世の中には相性の悪い相手がいるものである。
「どうせ散らすなら一気にやってもいい。手を貸すぞ」
「柄にもないことを言うなぁ。こっちには関わらないんだろう? シダラのほうにこそ死相が出ているんじゃないの?」
「俺は死なねぇ。死んでも死なん。てめぇに死なれると戦力が落ちるのが困るだけだ」
「はは、その悪運が続けばいいね。でも、あれは俺の獲物だ。折るにせよ枯らすにせよ、俺自身がやるさ」
笑みを残してハプリマンが消える。
部屋にはシダラとサープだけが残された。
「ふん、足元をすくわれても知らねぇぞ」
「シダラ、まだその武具を使っているのだな」
「…悪いか?」
「気持ちはわかる。お前の国を滅ぼした『悪魔』は我らの敵でもある。さぞや悔しかろう。我もいまだに忘れぬ。わが部族を蹂躙したやつらのおぞましさをな」
「………」
シダラの鎧の胸の部分は、意図的に削ったであろう大きな傷跡がある。
そこにはかつて祖国の国章が刻まれていた。
「だが、時代は変わろうとしている。我々には『国』が必要だ。より大きな力がな。国には国で対抗するしかあるまい」
「国…か。ハプリマンも信じていたようだが、あいつにそれができるってのか?」
「できる。王は普通の人間ではない。どこか遠くから来たような…我々とは異質な存在に感じられる。あれは器が違う。今も幾多の監獄を破壊しながら同志を増やしているだろう。お前の祖国への未練は消えぬだろうが癒すことはできる」
「へっ、どいつもこいつも夢ばかり見やがって。どんな夢を語ろうが死んだら終わりだ。俺は生きて生きて…生き延びてやる! 何をしても生き延びてやるんだよ! それでもし、あいつが国を本当に作れるってんなら、その時はまた考えてやるさ」
シダラも部屋を出ていく。
ア・バンドは専門とする分野が異なっており、各々の特性をもった形態で動きつつ、それでも一つの存在として成り立っている。
その姿は、まるで生物のようだ。
それぞれが各臓器となり、最終的に脳であり心臓でもある『王』に繋がっている。
「力無きは罪。我らが罪あらざる者ならば、誰にも負けるわけにはいかぬ。負けた時、それが我らが罪を背負う時か」
サープも窓から飛び降りていった。
∞†∞†∞
(…来たわね)
マキは瞑っていた目を開く。
彼女がいるのは、あの時に仁王立ちをした場所。地下牢に繋がる階段の前だ。
彼女の身体にはいくつもの傷跡があったが、この数時間の練気によって十分な回復を果たしていた。
そこにハプリマンがやってくる。
「よぉ、来たぞ」
「べつに来なくてもいいわよ」
「もう回復しているのか。こっちはまだ痣だらけなのに、とんでもない耐久力だな」
「どういうつもり? どうして独りでやってくるの? 仲間がいるなら連れてくればいいじゃない。私を休ませないように攻撃を続けることもできるはずだわ」
当然敵のアジト内なので、マキがすでに倒した者以外のクラッカーの戦闘員も存在している。
現にこうしている間も監視は続いており、外に逃げ出さないか見張ってはいる。が、それ以上の手出しはしない。
「こっちは人手不足なんだ。無駄に消耗できるか。それにこんな面白い戦いは初めてだ。他の誰にも渡すかよ。宣言通り、お前は俺が屈服させる」
「性格は歪みまくっているのに、やっていることは武人なのよね。正直、あんたたちのことがよくわからないわ」
「俺は自由だ。好きに生きるだけさ。だが、今回で決着をつけないといけないらしい。今晩中に勝負を決めるぞ」
「っ…」
「はは、わかりやすいやつだな。お前がそこから動かないのは何かしらの狙いがあるからだろう? おおかた援軍を待っているってところか。最初からそういう打ち合わせなのか、あるいは単なる儚い希望か。それ以外に居座る理由はないからなぁ。シダラの勘も馬鹿にはできないもんだ」
「…単にあなたたちが許せないだけよ。私は彼女たちを守るわ。それが責任だもの」
「責任ねぇ。お前にとって下の花を守る理由があるのか?」
「人の心の隙間に入り込んで、亀裂を生み出すあなたたちにはわからないわ」
「そりゃそうだ。だからクラッカーだからな。とても残念だが、そろそろ全力でいかせてもらうぞ。なに、安心しろ。お前を屈服させて綺麗な花にしたら、しっかり愛でてやるよ」
「気持ち悪いことを言わないでちょうだい。私はもう妻なのよ。ほかの男に好きにされるなんて彼が許さないわ」
「はっ、ほんとムカつくな。お前に選択権なんてないってことを教えてやるさ!」
「やれるものならやってみなさい!」
すでにマキとハプリマンは何度も戦っている。
最初の戦いの時は、六時間もひたすら戦い続けていたものだ。だが、ある程度戦うとハプリマンはここから出ていく。
仲間を呼びに行くのだと思って焦ったが、なぜかまた独りで戻ってきて戦いを再開するのだ。
もちろんマキに部下をけしかける手もあるが、このレベル帯の武人になると対応できないし、まさに損害のほうが上回る。ならばハプリマンが独りで戦ったほうが割に合う。
また、彼らがそれぞれ違う命令系統で動いていることが奏功し、監視されながらも奇妙な一対一の戦いが実現していた。
だが、それもこれで終わり。最後の戦いとなるだろう。
(殺さねばやられる。覚悟を決めるのよ。こいつを―――殺す。それからのことは終わったあとで考えればいい)
ガツンと両手の手甲をぶつけて気合一発。
マキから激しい真紅の炎が噴き上がる。
戦気の基本色は闘争心を形にしたような赤なのだが、オーラでもあるので人によって色合いは異なる。
マキの場合は―――真っ赤!
ただの赤ではなく、鮮やな【真紅】の色合いを帯びたもので、まさに彼女の気高さがそのまま形になったような美しい戦気である。
練気の質も悪くない。高純度の戦気を短時間で練り上げている。よく鍛練している証だ。
「あははは! いいねぇ! それだよ、それ! それがお前を極上の花にしているんだ!! たまんないねぇ!!」
ハプリマンからも激しい戦気が噴き上がる。
マキとはまったく違う赤黒いオーラだが、そこに不純物が少ない。彼は自らが謳っているように罪の意識がないからだ。
最初に仕掛けるのはマキ。
階段を守るからといって、そのまま棒立ちでいるわけがない。むしろ彼女の長所は『攻撃』にこそある。
床を強く蹴り、足を大きく踏み出して一直線に向かっていく。
そこから繰り出される一撃は、まさに剛砲!
大気を力ずくで吹き飛ばす強烈な一撃が顔面を狙う。
ハプリマンはギリギリで回避するが、彼の俊敏性をもってしても完全にはかわしきれない。
当たってもいないのに防御の戦気を貫いて小さなダメージが通り、ビリビリと頬が赤くなる。
本来ならばハプリマンは攻撃の合間に反撃をしなくてはならないのだが、マキの怖ろしさはここから始まる。
「はいぃい! ほぁた!! うらららら!!」
攻撃が―――止まらない
一撃一撃が即死級の打撃が次々と繰り出され、受ける側は回避で手一杯になる。
拳の衝撃波だけで壁に穴があき、蹴りが触れた柱が吹き飛ぶ。
そのせいで、すでにこの建物の一階部分はズタボロ。いつ倒壊してもおかしくないレベルにまで破壊されていた。
(捕獲した時の五倍以上の速度だ。威力もやばいよなぁ。一発直撃した時は意識が飛びそうになったぜ。だが、これだけの棘を持つ花は見たことがない! はははは! ほんと最高だぁあ!)
頬の傷が証明しているように、一発だけいい拳をもらった時がハプリマンの最大のピンチだっただろう。そこから連撃に繋がるので、危うく死ぬところであった。
しかしながら、今回は全力での勝負だ。
これだけ戦えばスピードにも慣れるし、マキの攻撃は直線の動きが多いので対応はしやすい。
素早く距離を取ると、まずはいつもの手。発煙筒をばら撒く。
この発煙筒にはいくつか種類があり、時間帯に合わせて色を使い分けている。今は自分が一番得意とする夜なので黒い煙を選択。
黒煙に身を隠すことで、この男の脅威はさらに高まるのだ。
が、マキもそれは何度か見ている。
(こいつを隠れさせると厄介なのは体験済み。建物が傷むのは怖いけど、容赦なくあぶり出す!!)
マキが掌に真っ赤な火の塊を生み出して放出。
ハプリマンは回避するが、着弾地点の壁が爆散するとともに爆炎が広がり、床を溶解させながら大気中の黒煙が一気に炎に飲み込まれる。
それだけならばアンシュラオンが使った『炎龍掌』に似ているが、爆裂した炎は華のように広がり舞い散り、火の花びらが付着したものに絡み付いて燃やし尽くす。
覇王技、『焔華爆裂掌』。
因子レベル3で使える技で、爆発のダメージと同時に、その後に発生する焔の華による追加ダメージを与える広域破壊技だ。
火属性の技の特徴は広域殲滅にこそある。マキは単体攻撃のほうが得意だが、こうした技も身に付けているのだ。
黒煙は消し飛ばした。
しかし、ハプリマンの姿が見えない。
次の瞬間、すぐ近くに出現したハプリマンが両手から十本の剣硬気を生み出し、串刺しを狙う。
「はいぃい!」
マキは蹴りを放って剣硬気を破壊。
十本すべてを粉々に吹き飛ばす。
(どこの討滅級魔獣だ、こいつは! いくら戦硬気を使っているとはいえ、剣気の刃を全部ぶち壊すか? 馬鹿力め!)
ハプリマンの剣硬気は傭兵のリーダーを串刺しにしたように、鎧ごと貫く威力を持っている。
それを一撃で粉砕するのだから、マキの打撃の破壊力は桁違いである。
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