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「海賊たちの凱歌」編
140話 「マキと小百合の旅路 その3『姉御の性分』」
しおりを挟む二人はハビナ・ザマを出立して、ハピナ・ラッソにも四日で到着。
こちらもアンシュラオンたちが周辺の根絶級魔獣を倒していたので、危険らしい危険も起こらずに平穏な旅路だった。
そしてこの一週間前には、すでにアンシュラオンはギャングを壊滅させてハピナ・ラッソから出ていたため、街は微妙に騒がしい気配に包まれていた。
「金を借りたのに返さないつもりか!」
「どこにそんな証拠があるんだよ! 権利書は燃えちまっただろうに!」
「帳簿に名前があるだろうが!」
「へっ、知らねえな。俺がサインしたわけじゃない。勝手に捏造すんな」
「ふざけるな、こいつ! 踏み倒すつもりか! どうなるかわかっているんだろうな!」
「もうお前たちなんかに従うかよ! 知ってるぜ! お前らのボスと武闘派の連中がほとんど殺されたってな!」
「だったらどうした!」
「終わりだって言ってんだよ! この街も借金もな! 全部燃えて終わりだ!」
さすがに表通りでは気を遣っているが、裏路地のほうからは常に争う声が響いてくる。
これでは落ち着いて歩くどころではない。
「あのー、何かあったんですか?」
小百合が近くの露店の中年女性に訊ねる。
「あんたたち、旅人さんかい? しかも女性二人とは危ないねぇ。すぐに出て行ったほうがいいよ。街を仕切っていたボスが死んで荒れてるからね」
「この街は、裏の世界の人たちが支配しているんですよね?」
「もともとあくどい連中だったから、いつかこうなるとは思っていたけど、終わる時はあっけないもんさね。この調子だともう取りまとめるのは無理だね。残っているのは頭の悪いチンピラばかりだよ」
金を稼ぐ才能があったボスは死亡。拠り所であったクロップハップやその他の武闘派の武人も死んだので、残っているのは末端のチンピラだけである。
裏側の世界においても頭が良くないとやってはいけない。特に金を稼いで街を維持するためには、外部から客を引き寄せる必要があるからだ。
金と武力という二つの大きな力を失えば、団結はあっという間に崩れ去る。
現に今も、こうして街中で起こっている諍いを止められていないどころか、加速すらさせていた。
「ほかにまとめられそうな人はいないんですか?」
「無理だろうね。治安の悪化を怖れて人も離れていっているし、チンピラに至っては金を持ち出して逃げるやつもいるくらいさ。たぶんだけど、今後はハピ・クジュネに管理してもらうことになるんじゃないかね。さっきハピ・クジュネの調査団もやってきたみたいだしね」
「街がこうなったのはいつからですか?」
「そうだねぇ、騒ぎがあったのは一週間くらい前かしら? 門も壊されていたし、何かあったのは間違いないよ」
「そのわりには随分とハピ・クジュネの対応が早いんですね」
「誰かが連絡したのかもしれないね。前々から管理能力に関しては疑われていたから、衛星都市としては頼りなかった面はあったのさ。たびたび『伝書鳩』が飛んでいくのも見えたし、裏ではやり取りしていたんだろうねぇ」
ハピナ・ラッソはロードキャンプから街に進化した場所で、治安も悪かったために荒くれ者たちが集まる傾向にあった。
そこに指導力のあるボスがやってきてCOGを設立。武力によって街を支配したことで、住人たちも定住を始めて少しずつ栄えてきた。
この前アンシュラオンが倒したボスは五代目であり、彼らにもそれなりの歴史があったが、疫病神の登場で街は一気に衰退の道をたどっていた。
「なかなか大変なことになっているのね。ずっと安全なグラス・ギースにいたせいか、すっかり侮っていたわ。こうやって街がいきなり壊れちゃうこともあるのよね」
「私もです。グラス・ギースが特別なだけで、下手をすると数年で潰れる街もあったりしますから、やっぱり外は危険ですね。特にここから先は人も増えますし、アンシュラオン様と合流するまではトラブルは避けていきましょう」
「そうね…。あら、あの子…大丈夫かしら?」
「マキさん?」
マキが突然、歩き出す。
その視線の先には、強面の男と一人の女の子がいた。
女の子のほうはまだ十代後半といった若さで、何やら男の前で縮こまっている。
「ちょっとそこのあなた、何をしているの」
「ああ?」
「その子、困っているじゃない。まさか、いやらしいことを考えていたわけじゃないでしょうね?」
「何を言ってやがる。こいつが取引を持ちかけてきたから応じてやってんだ」
「取引? 何の?」
「お前には関係ないだろうが。ああ?」
「何の取引?」
マキが胸倉を掴んで、壁に押しつける。
それだけで男は呼吸ができずに足をばたつかせる。
「ぐぇっ…ごほっ! な、なんて力だ! 暴力はやめろって!」
「やましいことがないのなら言いなさい」
「な、なんてことはねぇ。単に物々交換だ。金がないっていうから布地と食糧を交換してやってるだけだ」
「こいつの言っていることは本当なの?」
「っ…あ、はい。お金が…なくて。いくつか布地は持っていたので…それで交換できればと…」
「ほら、聞いただろう! 俺はやましいことなんてしてねぇ!」
「そうかしら? 顔に邪念があるのよね」
「顔に!? 言いがかりはやめろよ!」
「そもそもあなたは何? 職業は?」
「しょ、商人だ。商人が取引して悪いのかよ」
「名前と住所は? 商会証はあるの? 見せなさい」
「な、なんだてめぇ。そんなことはどうだっていいだろうが!」
「商人なら商会証くらい持っているでしょう。どこの街の商人なの?」
「ぎょ、行商人だから特定の街に登録なんてしてねぇよ。こちとら転々と移動しながら暮らしてんだ」
「住所不定ね。街に頼らずに個人でやっている商人もいるから、それはいいわ。なら、その食糧はどこで手に入れたの?」
「問屋から仕入れたんだ。当たり前だろう」
「仕入れ…ね。この食糧パック、ハピ・クジュネのブランドラベルが付いているわね。これはたしか正規の商会でしか輸入できない品じゃなかったかしら? どうして商会証のないあなたが持っているの?」
「なっ……え? そうなのか?」
「そんなことも知らないの? 本当に行商人? 闇市場で仕入れたの? それとも、どこかで盗んだもの? 今、この街はかなり混乱しているようだから、倉庫に盗みに入るのも難しいことじゃないわよね?」
「うっ…な、何を証拠に…」
「証拠を提示するのはあなたのほうでしょう? どうして持っているの? ほら、早く説明しなさい」
「ぐっ…なんなんだよ、お前は! 関係ないだろう! あっちに行っていろ!」
「私は衛士よ。グラス・ギースのだけどね」
「衛士!? なんでこんなところに!? 違う街なんだから関係…ぐぇっ!!」
「ここの街のチンピラに突き出してあげましょうか? 苛立っているから、あなたみたいな小物にも丁寧に対応してくれるでしょうね。それが嫌なら、さっさと失せなさい」
「ふ、ふざけやがって…ちくしょう!」
マキが手を離してやると、男は一目散に逃げていった。
やはり盗品だったようだ。
「なさけない男ね。小心者なら盗みなんてやらなければいいのに。でも、困ったわね。商品をそのまま置いていくなんて、どうしましょう」
「あ、あの……私はどうすれば…? その…食糧は?」
これに困ったのが取引していた女の子だ。
すがるような目でマキを見てくる。
「盗品だから元に戻しておくのがいいんでしょうけど、どこから盗んだのかもわからないし、ここに置いておくしかないのかしら? しょうがないわね。その布地だけ置いて、値段分だけ食糧と交換するしかなさそうだわ」
「じゃ、じゃあ…これくらいでしょうか?」
「遠慮することはないわ。もう少し持っていきなさい。お金がないのでしょう?」
「え? い、いいんでしょうか?」
「その恰好、見るからに生活に困っている感じね。いったいどうしたの?」
「あの…親が借金をしていたんですけど…なぜか権利書がなくなってしまったようで…今なら逃げられると聞いて…。本当なら私…夜のお店で働かされるところで…覚悟していたんですけど……やっぱり嫌で…」
「権利書が? 不思議な話もあるものね。借金は褒められたことじゃないけど、この街はあまり風紀がよくないみたいだわ。もっといい街で暮らしたほうがいいわね。どこか当てがあるの?」
「ハピ・クジュネに行けば…仕事もあるかも…」
「そう。がんばってね。これからはしっかり相手を見てから取引しなさいな。あなたみたいなおとなしい子は狙われるからね。それじゃ、私はこれで」
「………」
「………」
マキが歩き出すと、少女もついてくる。
最初はたまたま一緒の方向かと思っていたが、角を曲がってもついてくるので、これは偶然ではない。
「…どうしてついてくるの?」
「その……お姉様と一緒に…行きたいです」
「お姉様って、私のこと?」
「はい。お姉様…素敵です」
「えぇええええ!?」
「マキさん、何をやっているんですか。その子はどうしたのですか?」
そこで小百合が合流。
冷ややかな視線をマキと女の子に向ける。
「ええと…たまたま助けただけなんだけど…はは、この子、何か勘違いしているみたいね」
「『勘違いさせた』のほうが正しそうですけど…。トラブルは避けようって言ったばかりですよね?」
「だ、大丈夫。大丈夫よ。ちゃんと街を出るまでには話をつけるから」
「本当ですか? 頼みますよ」
三時間後。
「マキさん、私が言ったことは覚えていますよね?」
「…え、ええ」
「それならば、どうして【増えている】んですか?」
最初に助けた女の子だけならばまだしも、マキの背後には新たに五人を加えた六人の女性が一緒に歩いている。
その光景は、RPGで後ろに付き従う仲間のようである。
「お、おかしいわね? どうしてこうなったのかしら?」
「マキさんが助けたからですよね?」
「助けたつもりはなくて、単に悪いやつらを取り締まっただけなのよ。この街って怪しいやつが多くてね。ついつい衛士の頃の癖で話を訊いていたら、なぜかついてくるのよ」
治安が悪化すれば、まず最初に被害に遭うのは弱い者だ。気弱そうな女性に難癖をつける輩が増えるのは当然のことだろう。
それに対してマキがいちいち反応した結果―――
「お姉様! 待ってください!」
「姉御! ついていきます!」
「お姉ちゃん、見捨てないでくださいぃ~」
こうなった。
その誰もがマキを憧れの視線で見つめている。
年齢的には全員がマキや小百合より年下のようで、この街で行き場をなくしたという共通点があるようだ。
「ああ、その…なんていうか……私たちは目的があって旅をしているから一緒に連れてはいけないのよ。ね? わかって?」
「私たち、もうお金がなくて…このままだと身体を売るしか道がないんです…」
「駄目よ、それは絶対に駄目! 好きでもない男の人と関係を持つなんていけないことだわ!」
「お姉様…助けて! ハピ・クジュネに行くまででいいんです。どうか…どうか!」
「さ、小百合さん…どうしましょう!? 一緒に連れていったら駄目かしら?」
「困りましたね。ただでさえ私がお荷物になっているのに、さらに増えてしまうと移動がさらに困難になりますよ。生活費も私たち二人なら十分にありますけど、この人数だとすぐに底をついてしまいます」
「でも、見捨てておくなんてできないわ。この街は荒れているから何をされるかわからないもの。このままアンシュラオン君に会っても胸を張って告白できない…これじゃ意味がないわ」
今度はマキが小百合に泣きつく。
彼女の良さは正義感と責任感の強さだが、それと同時に後先を考えないという最大の欠点がある。
「もう、しょうがないですね。それもマキさんの人望ですから、ここは私が一肌脱ぐとします」
「だ、駄目よ! そんないやらしいこと!」
「そういう意味じゃないですって。ちょっと待っててくださいね。マキさんは先に宿を取っておいてください。さすがに表通りの宿ならば、そこまで危険ではないはずです。少し値段が高めの宿でも大丈夫です。しっかりとセキュリティの高いところを選んでくださいね」
「小百合さんはどうするの? 危険なことはしないでね」
「大丈夫です。私を信じてください。早くしないと日が暮れてしまいますよ」
「…わかったわ」
マキは言われるがまま、表通りの宿を取りにいく。
アンシュラオンが泊まったホテルほどではないが、最低限の施設がある宿を見つけることができた。
そして、ホテルの入り口で待っていると小百合が戻ってきた。その手には大きな袋を持っている。
「これは彼女たちの服と旅道具一式です。あとで渡してください。それと馬車の手筈もつけておきました。御者は私がやりますが、護衛はマキさんがいるので今のところ頼んでいません。大丈夫ですよね?」
「ええ、この人数なら護衛は私一人でも大丈夫だけど…御者を小百合さんがやるの? もしかして買ったの?」
「はい。馬車屋に頼むのもいいんですけど、今後の安全を考慮した結果です。女だけだと騙そうとする人たちがいるかもしれませんからね」
「馬車ってそれなりに高いわよね?」
「屋根付きの大型サイズだと百万はしますね。安心してください。バイクがいい値段で売れましたので、路銀も十分確保できました」
「ええええ!? 売ってしまったの!? あれって西側製の良いものよね? このあたりじゃほとんど売っていないって聞いたわ!」
「だからこそ高く売れます。バイクはまた買えますけど、彼女たちの女性としての尊厳は一度失ったら終わりですからね」
「ごめんなさい…私のせいで…」
「いいんですよ。アンシュラオン様ならば褒めてくださるはずです。私も後ろめたい気持ちで会いたくないですからね。それに同じ男性を愛した妻同士なのです。謝るのはやめてください。どうせなら『ありがとう』のほうが嬉しいですよ」
「…ありがとう、小百合さん。本当にあなたは頼りになるわ」
「どういたしまして!」
翌日、ホテルを出た一行は旅の準備を進める。
人数が増えたため食材も多く買い込み、ハピ・ヤックまでの詳細地図も購入。
「ハピ・ヤックまではかなりの距離がありますね。山道を抜けるまでが勝負でしょうか」
「アンシュラオン君は馬車で移動しているのかしら?」
「たぶんそうでしょうね。アンシュラオン様が泊まっていたホテルの情報では、ほかにも同行者がいるようなので、ゆっくり進んでいると思います」
「同行者がいるの?」
「はい。綺麗な妙齢の女性も一緒に出て行ったそうですよ」
「ええええ! ど、どうしましょう! やっぱり彼はモテるから…」
「大丈夫ですって。もしそうなっても、みんなでアンシュラオン様の子供を産めば万事解決ですから! 妻は多いほうがいいですからね」
「さ、小百合さんって…すごいわね」
「レマールでは家制度が確立していますからね。良家の男性は家の保全のために側室を設けるのが当たり前の世界です。アンシュラオン様の血を遺すことこそ私たちの責務であり、女である最大の喜びと考えております!」
「その心意気、見習いたいわ」
「では、さっそく追いかけましょう! 少し急げば、ハピ・ヤックで合流できるはずですよ!」
アンシュラオンは、もう目と鼻の先である。
だがしかし、旅はそう上手くいかない。
ここから二人に災難が訪れるのだ。
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