『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「海賊たちの凱歌」編

139話 「マキと小百合の旅路 その2『ストーキング』」

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 マキが衛士を辞めてから、さらに二週間が経過。

 さまざまな事後処理や引き継ぎで手間取ったものの、ようやく出立の目処が立った。


「小百合さん、忘れ物はない?」

「大丈夫です。家族からもらったものはポケット倉庫に入れていますし、あとは私物のバイクくらいなものです。休職届けも出したので、これで気兼ねなく行くことができます!」


 小百合はアンシュラオンとの約束があるので、仕事を辞めることはしない。が、無期限の休職を申請したので半分は辞めることと同じだ。

 本来ならば通らないものも課長の弱みを握った今、押し通すだけの力がある。(勝手にデスクに置いてきただけ)


「マキさんは忘れ物は大丈夫ですか?」

「私は独り身だから何もないのよ。私物なんて服くらいだし、リュック一つで納まってしまうものね。なんだかわびしいわ」


 小百合に続いてマキも荷物は少ない。

 互いに持ち家ではないので、さっぱりしたものだ。


「年金はもらいそびれたけど、キャロアニーセ様のお力で退職金は出たし、もらうものはもらったかな。まあ、術具を買ったせいで全部なくなってしまったけれどね。私の十六年がまさか一日でなくなるなんて…」

「私たちの仕事なんて、そんなものなのかもしれませんね。安定はしていますけど、結局それ以上でも以下でもないんですよね。公務なのでやりがいはありますけど…代わりはいますもんね」

「そうね。誰かのためだけに戦うこととは正反対だわ。私たちがこれから行く道は、自分たちだけのものだもの。こっちのほうが楽しそうね」


 マキの顔はすっきりしていた。やはりキャロアニーセと話せたことがよかったらしい。

 ちなみに退職金は二千万で、同年代の衛士と比べると圧倒的に高かったが、旅道具一式とコッペパンでの買い物ですべて使ってしまった。

 旅をするのだから準備は不可欠とはいえ、十六年勤務したことを思えば、アンシュラオンの言うようにハンターのほうが収入的にも割に合うだろう。


「では、いざ出発です!」

「ええ、行きましょう」

「キシィルナ門番長ぉおおおおお! 行かないでくださいいいいい!」

「ミナミノさん!! 実は俺、あなたのことがずっと!!」

「いやぁああああ! この都市は死んだ!!! 何の希望もない!」

「まだアイドルのプライリーラ様がいるじゃないですか。それでは皆さん、元気で暮らしてくださいね!」


 と、密かに二人に恋心を抱いていた男たちが泣き叫ぶ中、マキと小百合はあっさりと南門を出て、グラス・ギースを旅立つ。


(さよなら、私が育った街。またいつか戻ってくるわ。キャロアニーセ様、行ってきます!)


 都市を出た二人は、今後の予定について話し合う。


「最後に見た記録では、刀を買った五日後にはハビナ・ザマを出ていますね。今後はデータが見られないので現地での情報収集が頼りです」

「十六日前か。それならば、もうハピナ・ラッソは出ている頃ね。ハピ・ヤックまでは長いから、その間で合流するのは難しいかもしれないわ」

「私の予想ですけど、ハピナ・ラッソにはしばらく滞在するような気がします。あそこにはカジノがありますからね」

「カジノ? たしかにカジノはあるけれど…寄る必要があるかしら?」

「かなり良い刀を購入したみたいなんですよね。お金はまだまだあるでしょうがアンシュラオン様の性格上、少し不安に感じる頃だと思います。急ぐ旅でもないようですし、資金集めをする可能性は高いです」

「彼なら魔獣の素材を売れるんじゃないかしら? 懸賞金だけでも十分やっていけるわよね」

「あの街にはハローワークがないのです。非公式の商人経由での売買は可能ですけど、正規ルートでは魔獣の素材を売ることができません」

「そういえば、そうだったわね。統治体系も特殊だったはずだわ。もともとロードキャンプから街になった場所だったものね」

「アンシュラオン様は超一流のハンターですが、器が大きいゆえに小銭には興味がなく、細かい取引は面倒に感じるはずです。そうでなければ、一億円なんて大金を見知らぬ人々に提供したりはしませんよね。であれば、わざわざリスクのありそうな商人との取引を行うとも思えませんので、素材の売買はハローワークがあるハピ・ヤックまで待つはずです。素材の量もハンターポイントに影響しますからね」

「す、すごいわね。彼のことをよくわかっているわ」

「そりゃもう! アンシュラオン様専用の窓口でしたからね! 熟知しております!」

「でも、そこでカジノに繋がるのかしら? カジノなんてやったことないけど簡単に稼げるものなの?」

「たぶんアンシュラオン様ならば、イカサマも普通にやるような気がします」

「え? それって悪いことじゃないの?」

「マキさん、悪人相手にやる悪いことは正当な手段なんですよ? 領主城に押し入るほどの人ですから、悪いものに対してはあまり罪の意識は感じないはずです。カジノ経営の裏側には裏社会が関わっていますので、躊躇する理由はないでしょう」

「あっ…そ、そうね。私ったらついつい衛士の癖が出てしまって…。もう衛士じゃないものね。世の中の汚いものも少しは受け入れないといけないわ」

「でも、それがマキさんの素敵なところですよ! 大丈夫です。そういった裏側のことは私が少しは知っていますから任せてください! 細かい計算も私がやりますので、マキさんは旅の護衛をよろしくお願いいたします!」

「ありがとう、小百合さん。頼りにさせてもらうわ。じゃあ、まずはハビナ・ザマに向かいましょう」

「はい! 飛ばしますよおおお!」


 小百合がバイクで走り、それと併走する形でマキが走るが、時速百キロで飛ばしても普通についてきた。


「この速度でも大丈夫ですか?」

「これくらいは軽いわ。門番をやっていると動くことが少ないから、走っているのは気持ちいいわね」

「さすが武人ですね。すごいです! これなら魔獣が出ても安心ですね!」

「そうね…先生との修行時代は魔獣退治もよくやっていたから大丈夫でしょうけど、かなりブランクがあるから心配だわ。あまり私のことを過信しないで、自分の身の安全を第一に考えてね」

「私も一応護身用の銃は手に入れておきました。ハローワークでも最低限の護身術は学んだので、本当に多少のことならば自分で対応できると思います。ただ、やはり普通の人間なので限界はありますが…」

「二人旅だから責任重大ね。お互いに慣れるまでは慎重に行きましょう」

「はい!」


 二人は平地をさくさく移動したが、山道に入ってからは速度が落ちた。

 浮上タイプのバイクは、障害物が多い山道では減速する必要がある。険しい道では押していくこともしばしばだ。さらに崖もあるのでスピードは出せない。

 どうしても時間がかかるときは、マキにバイクごと持ち上げてもらって飛び越えることもあった。強力な武人が仲間にいるのは便利なものだ。

 また、アンシュラオンのように他人が交じった馬車の一団ではないため、場合によっては夜中も移動できるのが強みだ。

 ただし、焦ることはない。

 アンシュラオンがハピ・クジュネに行くことはわかっているので、夜は小百合のために休み、ゆっくり二人旅を楽しんだりもしていた。


「わー、小百合さんって料理が上手なのね。私は苦手だから羨ましいわ」

「ありがとうございます。残念ながら独り暮らしが長かったので、自然と上手くなりました」

「いいのよ、そんなに箸を折るほど握り締めなくても! もう私たちは独りじゃないもの。ね?」

「…そうですね! 今はとても充実しております。逃げた旦那様を、こうして追いかけるのも楽しいですからね」

「まさか私たちが追っているなんて、彼は夢にも思っていないでしょうね」

「そこなんですよね。アンシュラオン様は、もっと私たちに目を向けるべきです! 置いていくなんてあんまりですよ」

「それも彼なりの優しさだったのかもしれないと今では思えるわ。彼には【祖国再興】という重大な使命があるもの。半端な覚悟では足手まといになってしまうものね」

「マキさんが聞いた話ですね。やっぱり次元が違いますよね。自由に生きていながらも、そういった重い宿命を背負っているなんて憧れます」

「本当ね。でも、今の私たちには本気の覚悟があるわ。何があっても絶対についていくんだから」

「はいはーい! 私は子供をたくさん産みます! いっぱい産めば、それだけ再興も早まりますよね!」

「そ、そう…ね。恥ずかしいけれど、その通りね。えと、その…が、がんばらないと」

「マキさんは第一夫人なんですから、しっかりと男の子を産んでくださいね! アンシュラオン様似の健康な男児を希望します!」

「もう、小百合さんったら」


 何の話をしているのか理解するのに時間がかかったが、アンシュラオンがマキに話した嘘はどんどん広がっているようだ。

 自分が蒔いた種は自分が刈り取る。世の中はよくできているものである。

 このように昼間は移動、夜は恋バナを楽しみつつ、一週間でハビナ・ザマに到着。

 しかも観光を挟まないため、ホテルで二泊だけしてすぐに出立した。

 二泊したのは小百合の体調を整えるためだが、もちろんただ休んでいたわけではない。


「ハローワークに寄って情報を集めてきました。かなり小さな支店だったので、グラス・ギース支店の圧力だけで上手くいきました!」

「ありがとう、小百合さん。さすがハローワーク職員ね」

「休職中ですけどね。森にハンターたちがいたのは、アンシュラオン様が人を襲った凶暴な魔獣を倒したからだそうです。その事後処理と調査のために人員を派遣したらしいのです。私たちが簡単に森を抜けられたのもアンシュラオン様のおかげですね!」

「人助けをしながら動いているなんて、アンシュラオン君らしいわ。だから移動速度が遅かったのね。…どうしよう。ますます好きになっちゃう」

「マキさんったら、乙女の顔になっていますよ! 顔が真っ赤です」

「やめて! 見ちゃ駄目よ!」

「買い物をしたアズ・アクス直営店の店員さんにも話を訊いてきました。やはり刀を買っていますね。それと露店ではムニャロペのジュースも購入していました。泊まったホテルも突き止めましたよ!」

「そ、そこまでわかるのね。なにか私たち、彼のストーカーになっていないかしら?」

「情報は足取りを掴むために大切なのです。それにアンシュラオン様は、ご自分がどれだけ目立つかを全然理解していないんです。ちょっと訊いただけで誰もが覚えているんですから、目立つにも程があります」


 姉魅了なしでもアンシュラオンの魅力はAであり、なおかつ見た目は愛らしい美少年である。さらにサナという美少女も連れていれば目立たないわけがない。

 そのうえ聞き込みにおいても、小百合自身が明るく誰からも好かれるため、ちょっとした世間話のついでに簡単に話を訊きだせるから怖ろしい。

 「そういえば、こないだ真っ白な美少年を見たんですけど、すごいタイプで~」と話題を切り出せば、相手も「それ、私も見ました!」となる。

 相手が男ならば「黒い小さな美少女が~」とでもいえば、二代目ロリコンがあっさりと熱弁してくれるので助かっている。

 まさか彼女がアンシュラオンのストーキングをしているとは誰も思わないので、べらべらと何でも話してくれるのだ。


「人はみんな噂話が好きですからね。他人のことなら無警戒で話してくれるのです」

「すごいわ…小百合さんって探偵になれそうね。私はそういうのは苦手で…」

「相手から情報を訊いて適切に処理するのが窓口業務ですからね。そこはお任せください。でも、マキさんだって元衛士なんですから、やっぱりすごいですよ。少し話せば相手の嘘を見分けられますよね。さっきも高く売りつけようとした露店を一喝していたじゃないですか」

「さすがに十六年もやっていれば、それくらいはね。騙す人は必ず裏側に後ろめたい感情を隠しているから、それを感じ取るの。挙動も重要で、目線や仕草にサインが出ることも多いわ。まあ、後ろめたい気持ちがない人間は見抜くのが難しいのだけれどね」


 長年、衛士として活動していたおかげで、悪人を見分ける能力が身に付いたらしい。

 警察官がパトカーに乗りながらでも路上で歩いている人を見るだけで、これは怪しいと一瞬で見破るのと一緒だ。ちょっとした逃げる動きや目を逸らす仕草がサインとなる。

 ということはアンシュラオンが嘘をつくときには、まったく後ろめたい気持ちがないことになるが、実際に何も悪いと思っていないのだろう。

 シンテツにも言われたが、やっていることはペテン師である。いや、結婚詐欺師だろうか。(もうすぐ制裁されるが)

 こうしてマキたちは徐々にアンシュラオンに近づいていた。


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