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「英才教育」編
127話 「ロリ子『三十路前の女性って、ちょっとおかしいですよね』」
しおりを挟むハピ・ヤックに向かい、ちょうど半分の道程、二週間が経った頃である。
所々にあるロードキャンプに寄りながら、旅は順調に進む。
しかしながら、その日の夜営中に異変が起きた。
「はぁはぁ……はぁはぁ」
ホロロの様子がおかしい。
抱っこしていたサナが寝付いたので、寝袋に戻して自分のスペースに戻ったまではよかったのだが、それからずっとソワソワしている。
こういった現象は旅の途中何度もあったのだが、強い精神力でずっと耐えてきた。
だが、ついに我慢も限界に達する。
「はぁああああああ! はぁはぁっ! あぁぁぁああっ!」
突然、ホロロが自身の身体を抱きしめながら床に転がる。
嗚咽を洩らし、シーツを引っ張って悶えているではないか。
その様子に驚き、慌ててアンシュラオンが駆け寄った。
「ホロロさん!? ど、どうしたの!?」
「はっはっはっ…ぁっぁああっ……あ、アンシュラオン様ぁ…ぁぁ!」
「オレはここだよ。え? 泣いてる?」
「はー、はーー! やだぁ…やですぅ……いやですぅ…」
「何が嫌なの?」
「アンシュラオン様ぁ…がばっ!」
「よしよし、大丈夫だよ。オレがいるからね」
ホロロが抱きついてきたので優しく受け止める。
だが、まだ涙は止まらない。
「はぁはぁ…ぅぅ…」
「落ち着いた?」
「…大変申し訳ございません。わ、私、アンシュラオン様になんという無様な姿を…」
「大丈夫だよ。こんなことで君のことを嫌いになったりしないからさ」
「本当…ですか? よかった…」
「何があったのか教えてくれる? ここ最近、ちょっと様子が変だったけど…」
「それは…その……実はあの日から…自分の感情を上手く制御できないのです」
「それってギャングと戦った日のこと?」
「はい。母が病気になってから、負けてはいけないとずっと心を強く保ってきました。だから…何でもできたのです。あらがうことも人を殺すこともできました。それがあの日、限界を迎えて…」
「いろいろあったからね。戸惑うのも仕方ないよ。あまり無理せず、ゆっくり…」
「アンシュラオン様の…せいなのです」
「オレ?」
「あなた様が私を許したから…包んでくださったから、あの瞬間に気丈で頑迷な心が粉々になってしまったのです。だから私は…どこに自分の『芯』を置いてよいのかわからないのです。毎日、毎時間、毎分、毎秒、いつでも心の中にあなた様がおられて…どうにか心を平静にしようとしても、もう二度と元の私には戻れないのです」
「ホロロさん…」
「アンシュラオン様…ぎゅっ」
ホロロがしがみついてくる。
その瞳は弱々しく、何かにすがるようでもある。
(なんか…妙に可愛いぞ。色っぽさと可愛さが交じったような…いつもとは違う表情だ)
ホロロの印象は、丁寧な物腰の中に気丈な面を持つ強い女性、といったところだろうか。
ギャングにさえあらがい、守るためならば人も殺せる強さを持つ。
だがそれは、今まで自分がやりたいことを我慢し続けてきたことで得たものだ。母親が病気になったこともあり、そうしなければならなかった。
「本当ならば、ずっとこのまま独りで生きていこうとしていたのに……ああ、アンシュラオン様。このままでは私……壊れてしまいます」
「そ、そんなこと言われても…どうすればいいんだろう?」
「あああああああああ!!! あはぁぁああああ! 駄目です、駄目ですぅうう!」
「ちょっと!? ホロロさん!?」
「なんだなんだ、どうした?」
「アンシュラオンさん、どうしました?」
大きな声を出してしまったせいか、ロリコン夫妻がやってきた。
幸いながらサナは一度寝ると簡単には起きないので、ぐっすり爆睡中である。
「ああ、ごめんね。実は…」
そして、アンシュラオンが説明を終えると、ロリ子が一言。
「三十路前の女性って、ちょっとおかしいですよね」
「ロリ子!! それは失礼だよ!?」
さすがにロリコンも、その言葉にはつっこむしかない。
「いえ、違うんです! 馬鹿にしているとかじゃないんですよ! ただ、結婚前に働いていた職場にも同じくらいの年齢の人が数人いたんですけど、なんかこう…日々追い詰められていて精神的に不安定というか、普段からも無理している人が多かったんです。突然奇声を上げたり、変な趣味にはまったり、いつもとは違う行動をしてしまうのです。特に独り身の女性にその傾向が強いみたいですね」
「女性が独りで生きるのは大変だもんね。情緒不安定にもなるよ」
「まあ、そうなんですけど…その…ちょっと失礼な言い方をすると、【結婚適齢期を過ぎている】ので、焦りや強迫観念が強いんです。自分だけ取り残される感じがしますからね」
「この地域の女性って、早いとロリ子ちゃんくらいの歳で結婚しちゃうんだよね?」
「はい。私は早いほうですけど、だいたい十八歳までには相手を決める人が多いようです。ですので、二十代になると焦りが強くなると聞いています」
「そっか。ホロロさんも二十九歳だもんね…」
(最近の日本だと三十代半ばくらいまでは、まだギリギリ適齢期扱いされるけど、この地域で三十路前ってことは、地球だと五十歳前くらいに思われちゃうんだろうな。まだまだ綺麗なんだけどね)
姉が理想のアンシュラオンからすれば、むしろ三十歳に到達していないと女性として熟していないとさえ思える。
その意味でいえば、ホロロはまさに女の絶頂期なのだが、時代や地域、そもそもの世界が違えば価値観は大きく変わる。
さらにホロロは母親が病気になって苦労してきた。だからこそ心が深く傷ついていても仕方がない。
「で、どうすれば解決できるの?」
「アンシュラオンさんって、自覚があるのに意外とそういうところは鈍いですよね」
「え? そういう話?」
「最初からずっと、そういう話ですよ」
ロリ子から妙な圧力を感じる。
こういう話題になると女性のほうが強いのは、全宇宙共通なのだろうか。
「いや…オレもさ、グラス・ギースを出るまでは気軽に考えていて、女性二人にプロポーズもしちゃった身なんだけど、サナを手に入れてから慎重になっててさ。あんまりその話題に触れないようにしていたんだよね」
「お前、そんなことをしていたのかよ。その女性二人はどうしたんだ?」
「二人とも定職に就いていたし、巻き込んだら悪いかなと思ってグラス・ギースに置いてきたけど…」
「それでよく刺されなかったな。女にとって結婚は命がけだ。女の恨みは怖いぞ」
「うーん、冷静に考えれば、ちゃんと責任は取らないとたしかに危ないよね。サナもいるんだし。ところで重婚はこの地域では問題ないんだよね?」
「特にルールはないな。ただ、その分だけ管理が大変になるから、実際に奥さんが複数人いるやつは、金持ち以外では少ないんじゃないのか? というか、お前は金があるじゃないか」
「金はあるけど、サナがいるからさ…。それで、ホロロさんはどうしたいの?」
「もう一度私が私になるためには、どうしてもあなた様が必要なのです。どうか…ずっとお傍に置いてください。メイドの身でかまいません。どうか…どうか! その確信があれば、今まで通りに強く生きられる気がするのです」
「オレのせいで心と身体のバランスが崩れちゃったんだね」
「何でも致します。私はあなた様のためならば…なんでも…」
(他の女性がいるとサナに悪いと思っていたけど、それはオレの独りよがりだったのかもしれないな。サナもホロロさんに懐いているし、ホロロさんもサナを敬ってくれている。教育のことを考えても、これ以上の人材はいないか)
自分の言うことを何でも聞く女性が欲しいと願い、その結果としてサナという最高の女性を手に入れた。
あまりに可愛くて従順なので夢中になってしまっているが、彼女はまだ子供だ。子育て経験がない自分にとって周りのサポートは必須だろう。
子供には戦い以外にもさまざまな経験が必要なのだ。それはこの二週間を見ていてよくわかった。
だから―――決断
「うん、いいよ。ずっとオレの傍にいるといい」
「あ、アンシュラオン様…! 本当ですか!?」
「オレもホロロさんを気に入ったし、オレ一人じゃどうしてもサナを育てるのは難しい。この子にはいろいろな関わりが必要なんだと思う。男のオレだけじゃなくて、女性の視点からも世話ができる人が必要なんだ。その点、ホロロさんなら安心してサナを任せられるよ。でも、オレって普通の人は愛せないんだよね。どうしても【スレイブ】しか愛せないんだ」
「おいおい、またスレイブか!? そこまでいけば病気だな」
「ロリコンだって同じでしょ? これは性分だから仕方ない。スレイブでないと心の底から信用することができないのさ。だから、それが絶対条件になる」
「スレイブになれば、あなた様の傍に置いてくださいますか?」
「うん、約束するよ」
「では、喜んでスレイブになります。この身、心のすべてをあなた様に捧げます」
「本当にいいの? 一生のことだよ?」
「ええ、もちろんでございます。私の…神よ」
恍惚な表情でアンシュラオンにひざまずき、すがるように抱きつく姿は、まさに神に対する礼拝と同じであった。
「あなた様とサナ様を女神様と同じように崇めます。あなた様の声は神のもの。神からの言葉は私のすべてです。命令に背くことなどありえません」
「オレとしては普通に接してくれていいんだけど…」
「そういうわけにはまいりません。これよりは誰よりも忠実な『専属メイド』としてご奉仕させていただきます」
「うん、まあ…ホロロさんがいいなら、こっちもかまわないんだけど…ロリ子ちゃんもこれでいいかな?」
「愛の形はそれぞれですもの。いいと思いますよ! 女性をその気にさせた責任を取るのも男性の務めですからね!」
「責任か…好きな言葉じゃないけど全部サナのためだ。受け入れよう。じゃあ、ホロロさんのギアスはハピ・クジュネで付けるってことでいいかな?」
「はい。待ち遠しいです」
―――――――――――――――――――――――
名前 :ホロロ・マクーン
レベル:15/50
HP :90/90
BP :60/60
統率:D 体力: F
知力:C 精神: E
魔力:E 攻撃: F
魅力:D 防御: F
工作:E 命中: F
隠密:F 回避: F
【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0
☆総合:評価外
異名:白き魔人を崇拝するメイド
種族:人間
属性:
異能:絶対忠誠心、信仰心、冷静、中級メイド、下級料理人
―――――――――――――――――――――――
(戦闘向けじゃないから小百合さんと似たようなタイプだよな。精神は『E』だから普通のジュエルでもギアス契約は可能なのか。どの原石を使うかはハピ・クジュネに着いてから考えればいいかな)
ファテロナの事例から考えると、精神がDまでならば一般ジュエルでも効果がある。
そのままスレイブ館のものを使うか、あるいはロードキャンプで手に入れた原石の中にも候補があるので、それを使ってみるか。
どちらにせよクレイジーホッパーは、イメージに合わないので論外だろう。目が良いという共通点はあっても、さすがにこれは違う用途に使うべきだ。
「なあ、これでお前も既婚者ってことでいいのか?」
「どうだろう? でも、責任を取るんだから似たようなものじゃないのかな。オレはスレイブになった女性は全員等しく愛するからね」
「そうかそうか。お前も同じ苦しみを背負うんだな」
「仲間みたいに言うなよな」
「どうせ眠気も覚めたし、一杯やろうぜ。お祝いだ」
その晩はロリコンと酒を酌み交わすのであった。
アンシュラオンは酒を飲んでも酔わないが(酒は毒素なので『毒無効』があると酔わない)、ロリコンがいろいろと結婚のつらさを語るので、思わず『二人』のことも思い出す。
(ホロロさんは成り行きで連れてきたし、こうなるのも必然だったけど…マキさんと小百合さんには申し訳ないことをしたな。二人とも元気かな?)
「聞いてるか? だからな、結婚っていうのはな…人生の墓場なんだが、同時に男にとってはな…」
「あー、はいはい。聞いてる聞いてる」
という感じで夜は過ぎていった。
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