122 / 386
「英才教育」編
122話 「ホロロの神 その2『肯定する者』」
しおりを挟むホロロに案内され、金貸し業者の建物に到着。
事務所にも何人かいたので軽く尋問すると、あっさりと隠し部屋を教えてくれた。そのお礼に実験台にはせず、さくっと蒸発させてあげる。
隠し部屋には金属製の金庫があったが、当然そんなものは意味がないので、簡単に破って中身を頂戴する。
中には札束と借用書の山があった。
「現金は…えーと、三十億くらいかな? 思っていたより少ないかも」
「この街には、いくつか金融業を行っている業者があるようです。資産を分散して管理しているのかもしれません。あとはハローワークがないので紙幣が刷れないのも影響しているのでしょう」
「ああ、そっか。あくまで街に集まってくる金を管理しているだけなのか。他に流れる金も多そうだね」
ハローワークがすごいところは、その地域における通貨の流通量を調整管理していることだ。それによって物価の大幅な変動を抑止できる。
ハピナ・ラッソにはハローワークがないので、その分だけ金融業を自由に行うことができる反面、巨大組織の後ろ盾もないため、他の国や都市からやってくる金を集めることしかできない。
資金の大半は都市の運営に回され、ギャング団が実際に使える金はそう多くないのだろう。そう思うとあまり旨みがあるとは思えないが、人間は他者を支配する欲求を持つものだ。
自分の街を持つだけでも彼らは満足だったのかもしれない。少なくとも搾取される側からは脱することができる。
「今から他の事務所に行くのは面倒だし、これくらいで我慢しておくかな。あまりやると街そのものが機能しなくなりそうだしね。そういえば、ホロロさんも金を借りていたんだっけ?」
「恥ずかしながら…」
「借用書もたくさんあるね。ホロロ・マクーンは…これかな? はい、ぼんっと燃やして終わり。どうせ取り立てる連中もいなくなったし、あくまで書類上のことだけど、これで借金はなくなったね。すっきりだ」
「しかし、借りたのは事実です。それも私の弱さゆえなのです」
「理由があったんでしょ? 気にすることはないよ。人間って余裕がないと普段とは違う考え方をしちゃうもんだしね。べつに君が悪いわけじゃない」
「ですが…私は私欲のために人を殺めました」
「それがどうしたの?」
「…え?」
「人殺しが悪いなんて誰が決めたの? 人を殺すことは手段の一つにすぎない。売買交渉や取引における最上位の強硬手段であり、人が最後に拠り所にする最高の手段でもある。脅迫や示威行為、戦争もすべて利益を得るための手段さ。人類史上、今まで正義や思想で行われた紛争は一つもないからね」
実際のところイデオロギーで発生した戦争は一つもない。それは建前であって、人間は必ず裏側の本音で動いている。
人と物を奪い、支配する。上位に立つ。あるいは侵略から守る。
それ以外の目的で争いは起こらないのだ。それが人間である。
「もし人を殺す行為自体が悪ならば、自然災害での事故も星の過失、それを管理している女神様の犯罪行為になっちゃうよ。でも、違うでしょ? 女神様はオレたちを愛している。それは無限の愛だ。死を超えたものだ。人の本質がもっと大きいことを女神様自身が示してくれている」
「そうかも…しれませんが…」
「ホロロさん、地上世界は歪んでいるんだよ。どこの星も同じさ。人間が暮らす以上、善だけが存在するわけじゃない。闇があって悪があって不完全さがある。それがあまりに大きく理不尽だから、どうしても抵抗できないことが起きる。君はきっと、そんな状況だったんだろうね」
「私は…そこまで物事を考えて動いていたわけではないのです。ただ…世界が憎かった。壊したかったのです」
「武力、権力、金。この三つが世界を牛耳っている。そのどれかを持っていないと人生は厳しいものになるよね。特にこんな場所で女性が暮らすのは大変だ。そんな世界に失望するのも仕方がないことだよ。誰もが自分のことで精一杯だからね」
「その…通りです。誰も助けてはくれない。助けることを請う自分さえ…嫌いでした。だから私は…」
「よくやった!!」
「…っ」
「君はあらがおうとした。大嫌いなものに対して戦いを挑もうとした。何もしないで倒れることをよしとしなかった。無責任なやつはその不条理に耐えろって言うけど、オレはそうは思わない。力だよ。力が必要なんだ。力がなければ何も成し得ないんだ。守ることもできない」
―――「だから、君は正しい」
「もし、その結果として人を殺したことを悔やんでいるのならば、【オレが許す】よ。さっきも言ったけど、オレが殺した数に比べれば些細なものさ。たいしたことはない」
「………」
「でも、オレはべつに人が嫌いなわけじゃない。馬鹿だし愚かだし、くだらない連中だとも思うけど、それ自体は気に入っているんだ。世界がどんなに不条理でも力を持てば見え方も変わってくる。君は戦ったことで、その世界の一端を垣間見たはずだ。どうだい、『綺麗』だっただろう?」
「綺麗…?」
「そうだ。闇を知ったからこそ、その先が見える。本気で戦った者にしか見えない世界があるんだ。それこそ世界の真なる姿、闘争の先にある『無限の可能性の世界』だよ」
ホロロは、目を見開いてアンシュラオンを見る。
初めて見た時から眩いばかりの光を放っていたが、その光はさらに強まって、視神経から自分の魂にまで直接届いた気がした。
はっきりと見える。くっきりと見える。ぼやけていた世界の輪郭が見えていく。
それと同時に身体が熱くなり、熱病に侵されたように頭がふらふらしてくる。
「君が借金をしたのは何のため?」
「病気の…母のためです」
「なるほどね。お母さんは近くにいるの?」
「はい、この街の病院にいます」
「うん、わかった。そこに連れていってもらえるかな? どこまでやれるかわからないけど、君に『力』とは何かを見せてあげよう」
「は、はい」
ホロロは高鳴る心を必死に抑えながら、アンシュラオンたちを病院にまで連れていく。
(そんなこと…あるわけがない。助けてもらっただけでも偶然が過ぎるのに)
たまたま出会った。偶然助けてもらった。こんなことは一生に一度あるかどうかの奇跡だ。
それが何度も起きるわけがない。今こうしていることも夢か幻にさえ感じる。
しかし、どうしてだろうか。なぜか期待してしまう。
病院に戻ると、病室の壁は壊れたままで、これが幻ではなかったことがよくわかる。
その病室のベッドでは母親が寝ていた。取り巻きの男が適当に乗せただけなので布団がずれているが、それ以上の変化はない。
だから、病気であることも変わらない現実である。
「この人がお母さんだね」
「…はい」
「見た感じ、五十歳ちょっとかな? まだまだ若そうだ。寝ているところ悪いけど、ちょっと診せてね」
白い少年がゆっくり近づき、恭しく母親に触れる。
あれだけの殺生をしたにもかかわらず、女性に対しては菩薩のような柔和な表情で優しく触れるから不思議だ。
そして、呟く。
「ああ、これなら楽勝だ」
「はぁ…はぁ……はあ」
その言葉でまたホロロの血圧が上がっていく。
嘘だ。ありえない。ありえるわけがない。
どんな医者でも治せないと言われた。無理だと言われた。かろうじて延命させるために麻薬で痛みを消すことしかできなかった。
それが、それが、それが―――
「……ぁあ、なんだか……長く寝ていた気がするね。うーーーん! はぁっ…ふぅうう!」
母が起きる。
ゆっくりではなく、がばっと。
それから伸びをして、上半身のストレッチを始めるではないか。
「どう? 腫瘍は全部治したけど、痛みはない? まあ、いわゆるガンだね。オレは素人だからよくわからないけど、たぶん末期だったから危なかったよ。でも、もう大丈夫。治ったはずさ」
以前、領主城で女の子たちを癒した行為と同じである。
命気は特に細胞系に強く、ガン細胞に関しては一瞬で癒すことができる。自分自身の場合は肉体の再生も容易なので、この程度は宣言通り楽勝だ。
「…ああ、わかるよ。わかる。あなた様が治してくださったんだねぇ。ありがたや、ありがたや」
「いやいや、拝まなくていいよ。たいしたことじゃない。ほら、立ってみて。足は大丈夫?」
「あらま、なんてこと。前より元気になったみたいだわ! ほら、ほら!! ジャンプもできるわ!!」
「あはは、元気だね。まだまだ寝込む歳じゃない。これからもがんばってね。もちろん治療費なんていらないよ。オレは医者じゃないしね」
「ああ…あなた様は…まさに【神様】のような御人だねぇ」
「っ―――!!!!」
その瞬間、ホロロの中で凄まじい電流が走った。
アジトで出会ってから感じていた想いの源泉が、ここで何か明確にわかったのだ。
―――神
自分が求め、求め続けて、結局見限ってしまったもの。
だが、強く否定すること自体、それを信じている証拠なのだ。信じていたからこそ、強く否定しなければ否定しきれないからだ。
脳が弾けたような、心臓が爆発したような、強烈で絶句するほどの衝撃。
ジィイイイインッと身体が痺れ、じんわりとしたアツアツの熱量が心を満たし、ついに決壊。
「………」
「ホロロさん、泣いているの? やっぱり痛かったんだね」
「痛みは…無くて…」
「いいや、痛かったんだよ。よくがんばったね。ほら、もう大丈夫。オレがいるから大丈夫だよ」
アンシュラオンが、そっと抱きしめる。
「わ、わた…し……」
「身体の力を抜いて。身体を預けて。そう、もっと。もっと。心を預けて。女性一人でギャングに立ち向かうなんて簡単にできることじゃない。ずっとがんばっていたんだね。よしよし」
「ぁっ……っ……ぁぁ……」
自分よりも小さな体躯なのに、すごく大きくて。
どんなにあらがっても壊せなかった現実の壁を一瞬で壊して。
今も自分の中にあった気丈さや頑固さ、怒りや憎しみすらも受け止めて。
全部を溶かして吸い取ってしまう。
(神は…いた。神はいる。そう、この御方こそ―――神なのだ)
ホロロはこの瞬間、自分だけの神を見つけた。
(すごっ! なにこの弾力と重さ。マキさん以上は確定だな。胸だけなら姉ちゃんに近い感触だ。ううむ…88点を付けざるを得ない。このおっぱい博士を唸らせるとは…やるな!)
ただし、神は神でも、おっぱいの神かもしれないが。
0
お気に入りに追加
388
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界無宿
ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。
アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。
映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。
訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。
一目惚れで購入した車の納車日。
エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた…
神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。
アクション有り!
ロマンス控えめ!
ご都合主義展開あり!
ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。
不定期投稿になります。
投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

異世界転生漫遊記
しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は
体を壊し亡くなってしまった。
それを哀れんだ神の手によって
主人公は異世界に転生することに
前世の失敗を繰り返さないように
今度は自由に楽しく生きていこうと
決める
主人公が転生した世界は
魔物が闊歩する世界!
それを知った主人公は幼い頃から
努力し続け、剣と魔法を習得する!
初めての作品です!
よろしくお願いします!
感想よろしくお願いします!
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる