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「英才教育」編

116話 「修練の成果、サナの対人戦闘」

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(いい臨時収入を得たな。報奨金みたいに税金もかからないから、そのままもらえるのは大きいよ。これでしばらくは安心だ)


 デアンカ・ギースの特別報奨金に匹敵する額である。卍蛍の代金も簡単に出てしまうのだから、ギャンブルというのはすごいものだ。

 しかし、話はそう簡単に終わらない。

 札束が入ったケースを持って、帰り道を歩いていた時だ。

 後ろから二つの気配が、ぴったりと付いてくるのがわかった。


(やれやれ、素直に見逃したらよかったのにな。馬鹿なやつらだ)


 アンシュラオンが角を曲がり、二つの気配も少し遅れて曲がる。

 この先はちょうど袋小路になっている場所なので、相手にとっては好都合のはずだった。

 だが、そこに人影はない。


「なっ…」

「ど、どこだ!?」


 付いてきたのは、男が二人。

 一人は、さきほどの勝負の際にいた大柄の武人の男だ。

 もう一人の小柄な男は、足運びや動きからして素人なので付き添いといったところだろうか。


「ご苦労様。何か用かな?」

「どわっ!?」

「なんで驚くの? オレに用があったんじゃないの?」


 いきなり背後から現れたアンシュラオンに驚き、男たちが前につんのめる。

 追ってきたはずなのに、なぜか逆に追い詰められる形になったので動転したのだろう。


「ど、どこにいた?」

「壁をちょっと駆け上がっただけだよ。気配を感じなかった? いけないなぁ、修行をサボっちゃ。これくらい感じ取れない段階で、荒野ならすぐ死んじゃうよ?」

「う、うるせぇ! ちょっと見失っただけだ!」

「そのちょっとが生死を分けるんだけどね。で、何の用? あんたたち、カジノの関係者だよね? もしかして換金し忘れたコインが残っていたかな?」

「…悪いが、このまま帰すわけにはいかねぇ」


 武人の男が、刃が付いたナックルダスター(メリケンサックのようなもの)を取り出して装備する。

 それと同時に、もう一人の小柄な男はナイフを取り出した。

 見事に期待通りで、思わずにやけてしまうほどだ。


「オレは普通にカジノを楽しんでいただけなんだけどな。いくら大負けしたとはいえ客に手を出したら、もう商売ができなくなるんじゃないの?」

「俺たちの命がかかってんだ。そんなことを気にしてたまるか! お前だけじゃない。今日来た客には全員消えてもらう。今日は何もなかった。何も起こらなかったんだ。それで全部済む」

「ははは、自暴自棄の典型のような思考回路だなぁ。それで何もお咎めなしだったなら、この世の中はもう少し過ごしやすいんだけどね。でも、世界の法則をなめちゃいけない。あんたら、もう終わりだね」

「ガキだからって手加減はしねぇ!」


 武人の男が殴りかかってきた。

 武人が怖いのは、たかが拳一つが銃弾よりも速く、なおかつ強いことだ。

 アンシュラオンがサナを抱えて軽く横に避けると、拳は壁に炸裂。バゴンッと大きな穴があく。

 ナックルダスターも装備しているため、まともにくらえば肉も削げるだろう。

 しかし、二度三度繰り出された攻撃は、すべて易々とかわされる。


「まあ、こんなもんだろうね。剣士のおっさんみたいなやつはレアだって、もうわかってるしさ」

「おらっ!」

「いやいや、遅いって。モーション丸見えじゃん。デリッジホッパーのほうが数倍速いよ」


 アンシュラオンが相手の拳が繰り出される前に懐に潜り込むと、軽く押す。


「どわっ!?」

「ぎゃっ!」


 それだけで男がものすごい勢いで吹き飛び、小柄な男に激突。

 二人はもつれあって道路に転がる。


「ふむ、どっちも弱いな。ちょうどいい実験台になりそうだ。サナ、あの大きな男はオレがやるから、もう一人のほうは独りで倒してごらん。この二週間、格闘もみっちり鍛錬したからな。その成果を見せてくれ。あまり音を立てたくないから爆発矢と術符なしでやるんだよ」

「…こくり」

「くくく、お前たちには感謝しているよ。金までくれて、自らの身体まで差し出してくれる。こんな最高の街はなかなかない。本当は離れたくないけど今日でお別れだ。せいぜい派手にやろうぜ」

「ううっ…ふざけやがって」

「お前は邪魔だから、あっちに行こうな」

「ぐあっ!!」


 先に立ち上がった武人の男を再び奥の路地に投げ込み、サナと小柄な男を残す形にする。

 残った男のほうは困惑。


「あ、兄貴! な、なにがどうなってやがる! 兄貴は武人なんだぞ! どうしてあんなガキに!」

「…かちゃ」

「え?」


 小柄な男が戸惑っている間に、サナはすでに戦闘準備を終えていた。

 ポケット倉庫からクロスボウを取り出すと、迷わず発射。

 矢は一直線に男の腹に向かっていき、命中。

 ずっぷりと突き刺さる。


「がっ……んだと…? な…んで……矢?」


 普通ならば何かしら防具を装備してしかるべきだが、相手が子供だとなめていたのだろう。

 ただの服ではクロスボウは防げない。腹から血が垂れる。


「…かちゃ」

「ま、待て! おい、いきなり飛び道具なんて―――」


 新しいクロスボウを取り出し、再び迷わず発射。

 今度は矢がくるとわかっていたので、男も必死に飛び退くが、すでに矢が腹に刺さっているので動きは遅い。

 この男は武人ではなく、ただの一般人。多少荒事に慣れている程度のチンピラだ。

 こうして二射、三射、四射と繰り返すと、どうしても回避は難しい。七回撃ち終えた頃には、半分以上が男に命中していた。


「この…ガキが…! ぶっ殺す!」


 一応は武闘派なのだろう。これだけ刺さっても闘志が衰えないのは見事だ。

 ただし、最初から殺すつもりなのに、わざわざ宣言する時間がもったいない。

 そんな暇があれば、サナのように無言で準備すべきだった。


「…かちゃ」

「っ!! おい、やめ―――っ!」


 続いてサナが取り出したのは、改造していないほうの衛士の銃。

 すでに弾は装填されているので即座に撃つ―――ふりをして、男に向かって走った。

 男は撃たれると身構えてしまったせいで身体が硬直している。

 そこに至近距離まで接近したサナが、男の太ももにダガーを突き刺す。


「がぁっ! ちくしょう! やりやがったな!!」


 男は思わず手を伸ばし、サナを捕まえようとする。

 相手が背丈の低い子供だったので反射的な行動だったのだろう。

 がしかし、これも目的が明確ではない行動であり、無駄な動作だ。


「…すっ」


 すでにサナはもう一本のダガーを取り出しており、差し出された男の腕に真下から突き刺すと―――引き裂く

 相手が押し込んできたところに全体重を前にかけたため、手首から肘まで、骨に沿って肉を削ぎ切る!


「ぎゃあああ!! この! このっ!!」


 小柄な男は、残った腕を使ってナイフを振り回す。

 しかし、痛みとショックで完全に我を失っている行動だ。太ももにも力が入っていない。

 ここでサナがバックステップをして間合いを作り、銃を発砲。

 弾丸は男の二の腕に当たる。

 それで相手がおののいたところで、サナが姿勢を低くして懐に潜り込み、股間をぶん殴る。

 躊躇せず本気で放たれた一撃が、男のブツを―――破壊


「っ…がっ―――っ!!!?」


 顔を青ざめて、完全に硬直。

 やはり一般的な男にとって金的は凄まじい威力を持つ。見ているだけで痛みが伝わってくるようだ。

 この段階でもう戦闘不能なのだが、反射的に屈もうとしてしまった瞬間、勝負は終わっていた。


「…ぎろり」


 サナの目が、男の頭部を捉える。

 新たに取り出していたグラディウスを、真下から跳ね上がるように喉ごと顎に突き刺す。

 賦気で強化されたサナの腕力は、すでに常人の域を超えていた。

 下顎を貫通し、脳を貫いて頭の真上から刃が突き出る。


「……ごご……がっ……ごぼっ」


 男が口から吐き出したのは、断末魔ですらなく、血に染まった唾液だけ。

 ごぼごぼと血の泡を吹き出し、地面にどさっと倒れる。

 サナはまだ油断せず、引き抜いたダガーで倒れた男の心臓を突き刺した。

 一回、二回、三回と何度も突き刺す。

 相手が死んだふりをしている可能性もあるため、執拗なまでに刃を振り下ろす。

 そして、背中の肉が抉れて心臓がぐちゃぐちゃになった頃、サナが動きを止めた。


「…じー」


 男が死んだことを確認し、ダガーとグラディウスを回収。

 その間も『同心』を使って周囲には気を配っており、一切油断していない様子が見て取れる。

 文句のつけようもない圧勝だ。


「サナ、よくやったな」

「…こくり」


 そこにアンシュラオンが戻ってきた。

 手には武人の男の頭部があり、目を大きく見開いたまま絶命している。

 当たり前だが戦闘を描写する必要もないほど差があったので、サナが戦い終わるまで適当にいなして、最後に首をもぎ取って終わった。

 どのみち生き残っても組織に殺されるだけだ。彼の寿命は、アンシュラオンがこの街にやってきた時に潰えていたといえる。


「ほら、ハイタッチ!」

「…こくり。ぐっ!」

「素晴らしいぞ、期待通りだ」


(サナは人間相手でも問題なく殺せるみたいだな。もう一般人では相手にならないレベルだ。まあ、術具を使えば根絶級の魔獣すら倒せるからな。オレが倒した男はデリッジホッパーより弱かったし、これなら武人相手でもそれなりにやれるかもしれない)


 仮に小柄な男が警戒していたとしても、今のサナならば真正面から切り崩せていただろう。

 こうなると、そろそろ武人と戦わせてみたい衝動が生まれる。

 どうやらその機会はすぐに訪れそうだ。


「オレたちに手を出した以上、ただで済ますわけにはいかないな。それなりの落とし前をつけてもらわないとね。でも、カジノに行っても金はもうなさそうだよな。ああ、しまった。殺す前にボスの居場所を問いただせばよかった。何か持っているか?」


 二人の所持品を漁る。

 目ぼしいものは財布程度だったが、その中に身分証があった。


「『シティ・オブ・ゴールド〈金貨の都市〉』? こいつらの組織名かな? そういえば、こいつらは二人とも『金の指輪』をしているぞ。組織に所属している証かもしれない」


 シティ・オブ・ゴールドは、この街を牛耳っているギャングの名前である。

 名前通り、都市の資金をすべて管理しており、金融業にも彼らの手は回っている。この都市に【ハローワークが無い】のはそのためだ。

 街に来た当初アンシュラオンも探したが、結局ハローワークは見つけられなかった。ハローワークがない街もあるのだと、この時に初めて知ったものである。

 ハローワークがなければ信用は得られないし、銀行業務に関しても不安定で外部からの融資も望めない。がしかし、カジノを含めた違法なギャンブル店がたくさんあるため、それを目当てで『無法者』が集まってくる。

 今倒した武人の男も、ハローワークには登録できない脛に傷を持つ人間だ。そういった者たちを雇い入れることで暴力組織として大きくなっていく。

 それはそれで一つの地方都市の在り方だろう。魔獣の脅威も少ないため、あえてハローワークに依存する必要はないのである。

 しかし、だからこそ暴れても問題はない。


「サナ、やられたらやり返すことが大事なんだ。それが自分たちの安全を守るためになるし、世界の安寧を願う女神様の手助けにもなる。オレたちを狙ったやつには、しっかりとお礼参りをしような」

「…こくり」

「たしか他の客にも刺客を放ったらしいから、そいつらを適当に締め上げてボスの居場所を教えてもらおう。狩りだと思えば探す出す作業も楽しいもんさ」


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