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「英才教育」編
115話 「悪党はどっち? カジノでフィーバー!」
しおりを挟む「今晩中に準備は整えておいてね」
「ああ、任せておけ。馬車はもう新調して預けてあるし、いつでも出発できるぞ」
「馬車を変えたの?」
「俺たちみたいな行商人は、かなりの距離を移動するからな。馬も疲れて傷むし、そのまま連続して働かせるより、都市に着いたら売り払って専門業者に管理を任せたほうが楽なんだ。で、差分を支払って新しい馬車を買う。すでに休ませて万全の体調になっている馬を買うのさ」
「へー、そういう世界なんだね。クルマは買わないの?」
「旅ってのは馬車でやるもんだ。それがロマンってもんだろ?」
「金がないだけじゃないの?」
「うっ…仕方ないだろう。高いんだからさ」
「普通のサイズでも五百万くらいだっけ?」
「南ならそれくらいだろうが、この北部じゃもっと高いぞ。用意するだけでも大変だし、維持費だってかかる。盗難の心配もあるなら今のほうが気楽だな」
「そりゃそうか。置いておくのも大変だしね。さて、オレは今晩だけで軽く一億くらいは稼いでくるとするか。状況次第でもっといくかも」
「それが言いたかっただけだろうが! 嫌味なやつだな」
「無料で護衛をしてやるんだから、それくらいは我慢しなよ。じゃ、またあとで」
「ちゃんと明日までには帰ってくるんだぞ」
「任せておいて。大儲けしてくるからさ!」
アンシュラオンは満面の笑顔でカジノに向かう。
いつもの裏路地を通って、煌びやかな建物の前に立つが、たった二週間でカジノの様子もだいぶ変わってしまった。
まず、入り口の男二人がピリピリしており、常に周囲に目を光らせている。
中に入れば受付の男も機嫌が悪く、態度にこそ出さないが愛想笑いを浮かべる余裕すらない。
三階のフロアでは、異様な状況に客がこぞって殺到し、どこぞの同人誌即売会のように熱気に満ち溢れている。汗で湯気が生まれ、天井から水滴が落ちてくるレベルである。
そんな汚いものをサナに触れさせるわけにはいかないので、彼女の体表を命気でガードしなければいけないほどだった。
当然、店側も金がない者は入れさせたくないのだが、もう止めても聞かないので制御を諦めてしまっているようだ。
「はいはい、邪魔だから貧乏人はどいてね」
明らかに金を持っていない連中も集まっているため、強制的に排除して道を開く。
文句を言ってくる者がいたので、そいつの尻の穴に隣にいた太った男の手を突っ込んでやった。貧乏人にはお似合いの制裁である。
(どうしようかな。最後はやっぱりカードでいくか)
すでにやることは決まっている。
他に見向きもせず、アンシュラオンがカード台の前に立つと、ディーラーに一つの提案をする。
「ねぇ、今日は『青天井』でいかない? 賭けるコインに制限がない勝負だよ」
「それは…さすがに厳しいかと」
「ルールでは双方が承諾すればできるんだよね? そっちも取り戻すチャンスじゃないの? これだけ人がいて盛り上がっているんだから、かなりの額が集まるかもよ」
「ですが…」
「ねぇ、みんなもそう思うよね? せっかくのギャンブルだ。全部かけようよ!」
「おお、いいこと言うじゃないか! 俺は賛成だね!」
「そうだそうだ! もう思いきってやっちまおうぜ!」
「俺は全財産かけるぞ! 今まで貯めた分を全部だ!」
「私も金コイン百枚かけますわ」
「わしも五十枚いくかのぉ」
「ほら、みんなもこう言っていることだしさ。どうする? 普通に遊んでもいいけど、このままだとそっちも大変なんじゃないの? 遊びでやっているわけじゃないだろうし、この混乱が長く続くと面倒になると思うよ」
「………」
カジノは組織にとって最大の資金源であり、それを目当てに誰もがハピナ・ラッソにやってくる。それ以外でこの街を訪れる意味があまりないからだ。
なればこそ、カジノでのトラブルが長く続くことは容認できないはず。
それを見越して粘り強く圧力をかけていると、ついに折れる。
「…少々お待ちください。相談してきます」
ディーラーは一度奥の扉に消えると、しばらくしてから数人の男たちを連れて戻ってきた。
その中にはもうアシスタントの女性はいなかった。
(彼女にはかわいそうなことをしたけど仕方ない。イカサマをしたのはそっちが先だからね。当然の報いだよ)
「これより青天井での勝負を行います。ただし勝負は三回。それで全部を賭け終えてください。皆様が所有しているコインをすべて賭けることが条件です」
「おおおおお! 燃えてきた!」
「これこそカジノの醍醐味だ!!」
「おっしゃぁああああ! やったるでえええええ!」
周囲の熱気が最高潮に達し、男女問わず雄たけびが至る所から上がる。
それとは正反対に、ディーラーは連れてきた男たちに目配せをしていた。
(あいつらは武人かな? 不正がないように見張っているみたいだけど、隙だらけなんだよなぁ。今日で終わりだ。もう遠慮することはない。一気に畳みかけよう)
一回目の勝負では、アンシュラオンは三百枚をプレイヤー側に賭ける。
結果は、当然ながら勝利。これで計六百枚、六千万円。
二回目の勝負もプレイヤー側に六百枚を賭けて勝利。計千二百枚、一億二千万円。
アンシュラオンだけが勝っているように見えるが、周りでは勝ったり負けたりした者たちの怒号も響いているので、そこまで目立っているわけではない。
そもそもイカサマを見破る手段がない以上、彼らに勝ち目はないのだ。
「おいっ!! どうなっている!!」
「わ、わかりません! 不正はありません!」
「ふざけるな! こんなことが認められると思っているのか!! このまま終わったら、どうなるかわかっているだろうな! お前たちも、あの女のようになるんだぞ!」
「そ、それは…! か、勘弁してください」
「次で負けたら俺も終わりだ! 一蓮托生だぞ! 死ぬ気でやれ!」
「は、はい!!」
ディーラーたちの苛立ちも隠しきれないほど大きくなっていった。
だが、一度動き出したエネルギーは、落としどころを見つけるまで止まらない。
ギャンブルとは、どちらかが勝って、どちらかが負けるゲームなのだ。
「最後の勝負だね。オレはもちろん全額賭けるよ。千二百枚だから、倍になれば二千四百枚。二億四千万か。悪くないかな?」
「あ、当たればでしょう。今度はこちらが勝つかもしれません」
「そうかもしれないね。はい、プレイヤー側に千二百枚」
「俺もプレイヤーに五十だ!」
「お、おれも! 二枚だけど…」
「あの子供が賭けるほうに流れが来ているぞ! 俺もその子と一緒のやつに三十枚!」
「こんな大きな勝負は初めてですわ。その子と一緒で、五百枚お願いします」
「私もプレイヤーに二千枚を賭けますよ。いえいえ、負けたとしても多少損益が出るくらい。これも一興です」
「くっ…!!」
アンシュラオンは単純に高いレートに賭けているだけだが、ギャンブラーとしての本能が『流れ』を感じ取るのだろう。他の客がアンシュラオンを中心にまとまっていく。
この男は意図せずとも人を惹き付ける。器が違いすぎて、やること為すことがすべて大きくなってしまう。
人間にとっては軽いイタズラでも、掻き混ぜられた水槽の中の魚はたまったものではない。
(待て。これは一気に取り戻すチャンスだ。何をしても勝てばいいんだ。あらゆるイカサマをして勝つ。これしかない。勝ってしまえば、あとはどうとでもなる。そうだ…勝てばいい! 勝てば!!)
ディーラーも後がない。ここで負けたらアシスタントの女性同様に始末されるだろう。
男たちに目配せをして、不正をする気満々だ。今はプレイヤー側もグルなので直接カードをいじることも可能である。
どんなことをしても勝てばいい。結果だけがすべてだ。
それは事実だろう。そうしたものが、まかり通ってしまうから現実は人生の壁として存在しうる。
がしかし、その壁すら超越する存在がいれば前提は狂う。
「ばか……な」
カードを配り終えた瞬間、ディーラーが崩れ落ちた。
なぜならば最初から入れていないカードが、当たり前のように出てきたからだ。
カードを用意しているのはこちらだ。何度も確認した。事前にチェックもした。
だが、結果だけが違った。
もう訳がわからない。頭の中が真っ白だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うひぃいいいいっ! おほおほおほっ!」
「勝ったぁあああああああああああ!」
「祭りだ! 今日は祭りだぁああああ!」
誰もが絶叫する中、アンシュラオンだけは冷静にコインを集めて言い放つ。
「二千四百枚、たしかに受け取ったよ。今晩中に全部換金するから、すぐに用意してね」
「ま、待ってくれ…! こんなことはおかしい! ありえない! い、イカサマだ! 誰かがイカサマをしたんだ! そうだろう!?」
「そんなイカサマ、誰がやれるっていうの? むしろイカサマがやれるとしたら、カジノを運営しているそっちのほうじゃない? そっちが用意したカードで、そっちが決めたルールでやっているんだ。オレたちが何かをしたわけじゃない」
「そうだそうだ! 厳正なルールに則ってやっているんだ! 金は払えよ!」
「早く換金してくれ!」
「私は千枚、一億ですわね。よろしくお願いしますわよ」
「こっちは四千枚だから、四億か。まあ、そこそこの儲けですね」
「うううっ…うううっ―――がくっ」
「兄貴ぃいいい!」
ディーラーが床に倒れ、白目を剥いて痙攣を始めた。
自分の未来に絶望して現実を直視できなかったのだろう。敗者はいつも哀れなものである。
「そろそろ帰ろうか、サナ」
「…こくり」
「今日はいいものが見れてよかったな。ギャンブルは程々にしないと身を滅ぼす。実際に見せてくれるなんてありがたいよ」
アンシュラオンは一階に戻ると換金を要求。
他の客も殺到したので受付はパニック状態だ。
「お待ちください! これほどの額を急には用意できません!」
「それなら大口から先に精算してよ。えーと、一番はあの商人のおっさんで、次はオレかな? その次が、あっちのマダムだと思うよ。これだけの規模の賭場だ。十億くらいなら常備しているでしょう?」
「し、しかし、それは運転資金でして……すべて出すわけには…」
「ここで信頼を失えば、もう二度と商売はできないよ。そうだよね、みんな? ギャンブルは信用が命だもんね」
「いつも俺たちから搾り取っているんだから、勝ったときくらいはさっさと払えよ!」
「そうだそうだ!」
「俺たちの分も全部払ってもらうぞ!」
「うううっ…」
(どこかで見たことがあると思ったら、銀行が潰れる時の光景だな。懐かしいもんだ)
最近ではメガバンクが出来たので滅多に見かけないが、一時期のバブル崩壊後の日本では、銀行や証券会社の破綻が大ニュースになったものだ。
日本の場合は保証される預金額は一千万だが、このカジノは裏の組織が経営しているものなので、そんな言い訳は通用しない。
もしここで逃げてしまえば、誰もカジノにやってこなくなる。どんな馬鹿でも支払いがないギャンブルはしないからだ。
それすなわち『組織の崩壊』に繋がる。
「恥は一時のもの。さっさと終わらそう。また出直せばいいじゃないか。君たちならやれるよ。がんばれ!」
イカサマの張本人に慰められるとは、真相を知っている人間が見たら苦笑いしてしまいそうだ。
「わ…わかりました。すぐにご用意いたします。少々お待ちください」
「ありがとう。素晴らしい決断だ」
こうしてアンシュラオンは、二億四千万もの大金をゲットするのであった。
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