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「英才教育」編

113話 「カジノに行くよ その2『イカサマ返し』」

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 そこそこ夜が更けていたが、ホテルに戻るとロリコンはまだ起きていた。

 やはりカジノのことが気になっていたのだろう。しきりに訊いてくる。

 だが、結果を報告した瞬間―――


「マイナス二百五十万! ひぐるるるうるぶひぃいいいい!」

「なにそのリアクション? 気でも狂ったの?」

「気が狂ったのはお前だろう! 一晩でそんなに失ったのか! 馬鹿じゃないのか!」

「カジノはそういうものだろう? それくらい、べつにいいじゃん」

「そ、それはそうだが…お前の金銭感覚が怖いわ。これに懲りたらもうやめとけよ」

「え? 明日も行くけど。まだ七百五十万円分のコインがあるしね」

「どんだけブルジョワなんだよ!!」

「小さいこと言うなよ。小さいのが好きだからロリコンなんだろうけどさ、もうだいたいわかったから大丈夫さ」

「わかったとは?」


 自身がロリコンであることは、もう完全にスルーだ。

 人間、慣れとは怖いものである。


「普通に考えればわかるけど、賭け事は胴元が勝つように出来ているんだ。カードにしても、平等に見えてバンカーのほうが勝ちやすい確率になっているしね」

「まあ、商売でやるくらいだからな。それでも賭場がないと困るし、当たるかもしれないから通うやつらは減らないもんだ」

「そうだね。儲けが出なければ建物を維持することも人を雇うこともできない。だから【イカサマ】もする」

「イカサマがあったのか?」

「簡単なやり方だよ。たとえばダイスだと、手先が器用な人間ならばある程度は目を調整できる。オレが見ていた限りでも、賭け具合を見てから何度か目を変えていたしね」

「やつらはプロだからな。そういうこともできるだろうが、イカサマというほどじゃないだろう?」

「その程度ならね。じゃあ、ルーレットの場合、どうやってイカサマをすると思う?」

「うーん、投げ方によって多少は狙った位置にいくだろうが…人目があるからな。台自体に何か仕掛けがあるとかか?」

「その可能性もあるね。磁石とかを使えば可能かもしれない。ただ、今回は相手側に『遠隔操作』を使えるやつがいるんだ。それによって玉をコントロールしている」

「遠隔操作? なんだそりゃ?」

「こういうやつだよ」

「うわっ! なんだ? 枕が勝手に動いたぞ!?」

「戦気術の一つで、放った戦気を遠くから操作できる能力だよ。普通の戦気だと触れたら物が壊れちゃうから、波動円みたいに薄く伸ばして無害化したり、命気とかに性質変化させればイカサマにも使えるんだ」

「よくわからんが、つまりは外部から操作しているってことだよな?」

「信用問題になるから露骨にはやっていないけど、利益調整のためにやっているみたいだね。あとは面倒そうな客を排除するためにもやっているかな? 破産したやつがイカサマ被害に遭っていたよ。どっちにしろ店側に不利益が出そうになったら躊躇はしないだろうね。いざとなったら後ろにはギャングがいるから、実力行使でなんとでもなる」

「普段は普通に勝負して、不利になったらイカサマか。それじゃ大きな勝負では勝ち目がないな。イカサマを告発しても駄目なんだろう?」

「賭場なんて最初から真っ当な場所じゃない。どんなに証拠があっても認めるわけがないよね。でも、相手の力量がわかったから、今度からはこっちも仕掛けるつもりだよ。【イカサマにはイカサマで返せばいい】。それなら文句はないはずだ」

「それもどうかと思うが…うーん、どっちも悪いからな。なんともいえないな。小さな子がいるんだから、あまり無茶するなよ」

「それも人生経験さ。この子にはいろいろな体験が必要なんだ。相手が仕掛けてきたことを、それ以上の強さで返す方法も教えておきたいからね」

「やれやれ、豪胆なやつだ」


 ということで、この日からアンシュラオンのカジノ通いが始まる。

 昼間は外に出てサナの鍛錬をしつつ、夕食後はカジノに出向き、サナが眠くなったら帰るを繰り返す。

 一週間は普通に勝負したので合計額では負けているが、そこそこ勝ちも拾いながら傷を浅くしているので問題はない。

 大事なことは『常連』になることだ。

 そうして程よく金を落とす客として認知されると、カジノ側の対応も少しずつ良くなっていく。入り口もフリーパスだし、受付に向かっている間にコインを準備してくれるようになる。

 何も言わなくてもサナのジュースが用意された頃、本格的にアンシュラオンが動き出す。


(そろそろ頃合かな。では、いくか)


 最初の異変は、カード台で起きた。


「やったぁああああ! 勝ったぞ!!」


 遠くの台で、汚い服を着ていた男が叫ぶ。

 この男も人生をかけた大勝負に出ており、金コイン八枚をかけていた。

 八枚は少ないように思えるが、グラス・ギースの物価で計算すると日本では三百万円以上の価値がある。

 借金まみれの男にとっては、まさに一世一代の大勝負だったはずだ。


「おめでとうございます。配当です」


 ディーラーの男は何事もなかったように淡々と作業をこなすが、その目は今までよりも鋭いものになっていた。

 その視線の先には、アシスタントの女性。

 女性は焦った顔で首を横に振るが、ディーラーはまだ文句がありそうな目で物言わぬ圧力をかけていた。

 なぜならば、予定では『賭けた男は負けるはずだった』からだ。

 汚い身なりだし、貧乏人がいつまでもいるとフロアの品格にかかわる。そのために数日かけて全財産をかけた一発勝負をするように誘導していたのだ。

 だが、結果は真逆。男の勝利となった。


(悪いね、お姉さん。邪魔させてもらったよ)


 当然、これはアンシュラオンの仕業だ。

 初日の観察の段階で、遠隔操作の使い手はディーラーではなく、その近くにいたアシスタントの女性であることはわかっていた。

 特殊なスキルだったら対応は面倒だったが、彼女のものはアンシュラオンが指摘したように波動円を少しばかりカスタマイズしたもので、客の死角からカードをすり替えるくらいにしか使えない低レベルのものだった。

 それでも遠隔操作を使える者自体が、武人全体の一割しかいないので、そこそこ貴重な存在だといえるだろう。

 が、所詮は素人。アンシュラオンに敵うわけがない。

 彼女が動かそうとしたトランプを入れ替え、違う結果にしたのだ。

 その速度は優れた武人でも見破ることはできない。最低でもガンプドルフ級の達人でないと不可能だろう。

 彼女は武人としても相当未熟なため、逆操作されたことにすら気づかない有様だ。(戦闘タイプではなく、あくまで技術型の武人である)

 こうなればやりたい放題。それからも異変は続く。


「ぐあああああ! 負けたぁああああ!」

「おし! 勝ったぜえええ!」


 勝つはずの時に負け、負けるはずの時に勝つ。

 そんな普段とは違う状況に熱を帯びていき、フロア全体が奇妙な熱気と興奮に包まれていった。

 もともと賭け事が好きな連中が集まっているのだ。こうなると賭ける額も過熱していく。


「今度は十枚だ! やってやる!」

「今日はいける気がするぜ! 全部いくぞ!」

「ふふふ、いい感じね。倍で勝負しようかしら」


 おっさん、若者、マダム。さまざまな人間の欲望が渦巻く中、アンシュラオンがカードやダイスや玉を操作し、場をさらなる混乱へと導いていった。

 自分も怪しまれないように意図的に負けたりしながらも、最終的に二十三枚の勝ちを拾う。


(今日はこんなもんだろう。荒れる前に帰るか)


 サナがうつらうつらしていたので、今日はお開きだ。

 ただし、このまま帰っては元凶に気づくおそれがあるため、遠隔操作は引き続き実行。外に出てからも波動円を展開しつつ、アシスタントが動く気配がしたら妨害。

 無秩序にルーレットの玉を動かしたり、ダイスの目をいじったり、的を絞らせないように撹乱を続ける。

 アンシュラオンの遠隔操作の有効範囲は千メートル以上だ。これだけ離れれば犯人を見つけることは不可能である。

 そうしてカジノがパニックに陥っている中、アンシュラオンは意気揚々とホテルに戻る。


(いやー、儲けた儲けた。まだ負債があるから、明日以降に回収できればいいかな)


 今日の結果をロリコンに自慢してから就寝。サナと一緒に寝る。

 その翌日も夜になったらカジノに行くわけだが、一つ気になることがあった。


(あの人、また今日もいるな)


 ちょうどアンシュラオンがカジノに行く頃、ロビーではいつもあの『美女』と遭遇するのだ。

 彼女は今日も憂鬱そうな顔で外に出ると、静かに暗闇に消えていった。

 数日ならばまだいいが、これが一週間続いていれば訝しむのも当然だろう。


(たまに視線も合うし、なんか妙に気になるな。もしかしたら金を見せびらかしているのが不快なだけかもしれないし、あんまり関わるのも悪いかな? でも、やっぱり美人だよな。胸も大きいし。…くっ、せっかく姉ちゃんのいない生活に慣れてきたのに、オレにおっぱいへの情欲を思い出させるとは…やるな)


 べつに女性は普通に過ごしているだけなので、卑猥な目で見るほうが悪い。


(まあいいや。カジノも順調だし、今は金を増やすことを考えよう。金があればおっぱいはいくらでも手に入るからな)


 金は武力の次に使える道具だ。いくらあっても困らない。

 その日も適度に場を荒しながら元手を取り戻し、ついに黒字に転じる。

 他の者も黒字にしているので自分だけが怪しまれることはないはずだ。(その分、意図的に負けさせた相手は災難であるが)

 こうしてさらに一週間かけて、金コインを三百枚にまで増やす。二百枚増えたので二千万円の儲けだ。

 そんな楽しさが絶頂の時、ロリコンに呼び止められる。


「そろそろ移動しようと思うんだが、まだ続けるつもりなのか?」

「あれ? もうそんなに経った? 楽しいと時間が過ぎるのが早いよね」

「二週間だからな。さすがにこれ以上の滞在は金がかかる。やることもないし暇なんだよ」

「滞在費ならオレが出すけど、そういう問題じゃないか。一応、ロリコンも商人だもんね」

「一応って言うなよ。ちゃんとした行商人だぞ。お前は楽しいかもしれんが、こっちはもう限界だ。放っておくと毎日ロリ子が買い物に出かけるからな。出費が痛いんだ」

「ああ、そうか。普通の女の子だとそうなるんだなぁ。うちの子は全然物を欲しがらないからね。せいぜい甘いものくらい?」

「安上がりでいいよな。頼むから、そろそろ終わりにしてくれ」

「わかったよ。じゃあ、大きな勝負をして勝ち逃げするかな」

「大丈夫か? やりすぎて恨みを買うなよ」

「平気平気。任せておいてよ。明日の夜勝負するからさ。明後日の朝に街を出よう」


 こうして次の日を勝負と決めるのであった。


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