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「英才教育」編

105話 「サナの武人化計画」

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 店を出て、今しがた買った刀を見る。


「サナ、これはオレたちが兄妹である証だ。これからも何かあったらお揃いのを買おうな」

「…こくり。ぐいぐい」

「はいはい、わかったよ。自分で持ちたいんだよな?」

「…こくり」


(サナがこんなに興味を示すなんて初めてだ。これはすごいぞ! 千五百万の価値はある!)


 サナを喜ばせることだけが自分の願い。これくらいは安いものである。

 だが、サナが身に付けると地面に引きずってしまう。鞘は核剛金等で強化されているのかまったく傷つかないが、ずっとこのままでは駄目だろう。

 背中に巻く手もあるが普段邪魔であるし、どのみち扱えないのならば意味がない。


「これはポケット倉庫に入れておこうな。どうせ持てないし、また暇な時に取り出して触ればいい。そのうち背が伸びるか、腕力が強くなれば持てるようになるさ。それまではこっちで我慢しておいてくれ」

「…じー」

「これも刀だよ。脇差だけどね。これなら持てるかな?」

「…こくり」


 サナの小さな身体だと、脇差でも普通の刀以上に感じられるが、持つ分には大丈夫なようだ。少し長めのダガーと思えばいいだろう。

 最悪はガード用に使ってもらえればいいし、振っているうちに腕力も付くはずだ。


「オレの刀も普段は邪魔だな。ポケット倉庫に入れておこう。剣士の連中は、いつもこんなものを持ち歩いているのか。大変だなぁ。鑑定書も付属してたし、あとで見てみるかな」


 その後、昼間はサナに街をたっぷり堪能させ、美味しい物も食べさせる。

 ロリータ服ではない服もいくつか買い、ホテルで着せ替えて楽しんだりもした。サナは何を着ても可愛いから困る。




  ∞†∞†∞




 それから三日間、ゆっくり過ごし、いざ出発の時が来た。

 正直、五日も滞在すればハビナ・ザマではやることがなくなる。たしかに観光地としては悪くないが、そのどれもが『借り物』だからだ。


(紛い物とまでは言わないけど、本物と比べると味気ない感じはするな。アズ・アクスにも言えることだけどね)


 本物の刀の前では、他の武器は鈍い光しか放たない三流のものだ。

 この都市もハピ・クジュネを模倣したもの。反射した光にすぎなかった。

 アンシュラオンたちは、街の外に出る。

 本来ならばここで新しい馬車を雇うのだが、今回は駐車場を素通りして、どんどん南に移動していった。


「サナ、ここからは『歩き』だ。オレたちは徒歩でハピナ・ラッソにまで向かう。多少迂回したとしても距離はおよそ三百キロ弱かな? その間に少し強度の高い鍛錬を行うよ」


(馬車で行けば集団生活も味わわせることできて、サナの情操教育にはいいかもしれない。でも、素人がいると修行の邪魔になる。これも一長一短だな)


 デリッジホッパー戦を経て、本格的にサナを武人にしようと考えていた。

 やはり武人でないと強い相手には戦えない。最低でも戦気は必要であるし、できれば因子の覚醒も行いたい。

 ここで問題なのは、サナの因子の覚醒上限が「0」である点だ。つまりはただの人間、普通の女の子だ。


(オレや姉ちゃんは最初から最大値の10だったし、師匠もゼブ兄も出会った時から最大値まであった。みんな強すぎてまったく参考にならないよな。だが、師匠の話では理論的には限界値を上げることは可能なはずだ。もしそうでなければ、人間が修練する意味がなくなってしまう)


 人間は潜在的に『無限の因子』を持っている存在である。

 さまざまな過去の出来事で、従来の可能性の大半を失っているものの、あくまで眠っているだけだ。

 べつに人間の限界を超えろと言っているのではない。最低でも常人を超えた領域に入ってほしいだけだ。

 それくらいならば、厳しい鍛錬によって限界値を引き上げることはできる。

 しかし、常人が簡単に武人になれないのは、それなりの理由がある。もし容易になれるものならば、もっと多くの武人で溢れているだろう。


(下界に来て、人々の弱さに驚いたものだ。だが、それも仕方がない。グラス・ギースでは城壁に守られて外に出ない者も多い。ハビナ・ザマでも人々は娯楽に興じることしか考えていなかった。誰もが死地に赴いて鍛錬しようとはしていない。まあ、全員がゼブ兄みたいな修行馬鹿だったら嫌だけどさ、もう少し強くなろうとしないと駄目だよな)


 武人が少ないのは―――人々が求めていないから

 これも当たり前の話だが、多くの人間は平和で静かな生活を欲している。衣食住を満たし、それが可能になれば、さらなる欲を満たそうと考える。

 その際に厳しさを欲するのならばいいが、大半は楽をしようとする。そもそも人間の文化や文明の発展は、できるだけ少ない労力でより多くの実りを得ようとする試みなので、それ自体は間違いではない。

 が、武人にとっては最悪の環境だ。


「いいか、サナ。人間の可能性は厳しい環境でこそ育つ。生死がかかったギリギリの戦いを勝ち抜いてこそ、武人として力が目覚めるんだ。怠けた環境にいたら身体が太ってたるむのと一緒だね。お前が武人になるためには、とことん身体を追い込む必要がある」

「…こくり」

「お兄ちゃんは、お前を幸せにしたい。そして幸せになるためには、どうしても強さが必要だ。それは森での一件を見て理解したね? 弱者は弱者の世界でしか生きられない。強者にならねば、いつまでも最下層のままだ。搾取され、好き放題にされてしまう。ならば、自らが強者になればいい。自分が強くなって搾取する側になればいい。サナもケーキが二個より五個のほうがいいだろう?」

「…こくり!」

「これからかなり厳しいこともするけど、ついてこられるか? お兄ちゃんを信じられるか? ケーキをもっと食べたいだろう?」

「…こくり!!」


 ケーキで釣っている気がしないでもないが、欲望こそ行動力の源だ。

 望む未来を手に入れるために、人は今という一瞬を強く生きるのだ。


「では、これから武人になるための鍛錬を行うぞ。大丈夫。お兄ちゃんに任せておけ。まずはこれを使おう」


 アンシュラオンが取り出したのは、コッペパンで買った『韋駄天の術符』。

 符をサナに向けて起動の念を送ると、術符が粉々になり術式が展開。サナの足に組み込まれていく。


「真上にジャンプしてみな」

「…こくり」


 サナがジャンプ。

 思えばサナの垂直ジャンプを見るのは初めてだが、その高さはアンシュラオンの頭を軽々超えるほどであった。

 普通ならば数十センチが精一杯だろうから、かなりの効果といえる。

 さらに反復横跳びのようにステップを踏ませてみると、素早く機敏に動くことができた。


「おお、いいぞ! すごいパワーアップだ! さすが一枚十万円だな」


 これは『韋駄天速』という術士因子2で使える魔王技で、脚の筋力を一時的に強化するものだ。効果時間はおよそ三十分から一時間程度である。

 あくまで強化系の術式なので、当事者の限界を突破すれば筋肉の断裂が発生するものの、サナの素の身体能力を考えれば驚異的なパワーアップといえる。

 ちなみにアンシュラオンにこの術式を使っても、あまり意味がない。そもそも意識的に『筋力』を限界まで引き出せるので効果がないのだ。

 準備ができたところで、移動を開始。

 あまり人がいる場所だと目立つので、交通ルートから外れた荒れた道を選ぶ。


「この状態で、できるだけ速く走ってごらん」

「…こくり」


 サナが走り出し、徐々にスピードを上げる。

 十キロ、二十キロと上がり、時速二十五キロ程度にまで到達。

 これは一般の自転車で、そこそこの強度で走る速度くらいだ。百メートルを十四秒ちょいで走るといえばわかりやすいか。


「いいぞ、サナ。その調子だ。あんよは上手! あんよは上手!」


 「あんよは上手」は、赤ん坊がハイハイした時に励ます意味で使う言葉だが、そんな言葉が出てくること自体、アンシュラオンがサナを溺愛していることがわかる。


「…ふぅふぅ」


 そうして十キロほど走った時、サナの呼吸が乱れ始めた。


「疲れたか?」

「…ふるふる」


(足が震えているから疲れているだろうに。けっこう意地を張るよな。それもまた意思が生まれてきた証拠なのかな? ふむ、脚力を強化してこれくらいか。一般人の子供だと思えば十分だが…)


 この年齢にしては、これだけ走れれば十分である。

 ただし、それは常人での認識だ。


(悪くはない。悪くはないが、一般的な人間と同じでは意味がない。師匠、あんたのやり方を真似させてもらうよ)


 アンシュラオンが命気を展開し、サナを覆って肉体を癒していく。

 それと同時にアンシュラオンから赤白い光がサナに降り注ぐ。

 戦気術、『賦気ふき』。

 名前の通り【気】を与える術で、自分の生体磁気を分け与えることで相手の肉体を活性化させるものだ。


(賦気は、言ってしまえば【ドーピング】だな。オレの生体磁気を分け与えることで一時的に肉体を強化する。今のサナならばいけるはずだ。この一ヶ月半、ずっと触れ合っていたんだからな。馴染むはずだ)


 賦気にはレベルが何段階かあり、一番強いのが戦気などを直接送り込む方法である。

 だが、戦気は人それぞれ成分が違うので、合う合わないの相性もあるし、いきなり子供に強い力を与えるのは、それだけで死んでしまうリスクがある。

 それゆえに今やっているのは、一番弱いエネルギーである化合前の生体磁気を分け与える作業だ。

 それでもおよそ一ヶ月以上の時間をかけて慣らす必要があったことを考えると、アンシュラオンの生体磁気がいかに強いかがわかるだろう。

 そして、サナの身体の表面に白い膜のようなものが生まれる。

 活性化した生体磁気が溢れ出ているのだ。


(よし、いけたな。これによってサナは【強化状態】になって、普段以上の力が出るはずだ。腕力も体力も何倍にもなるだろうから、大人相手でも問題なく倒せるくらいにはなる。一番重要なのは、その状態に慣れれば、それが普通の力として出せるようになることだ。もちろん【デメリット】がないわけじゃないけど、一番手っ取り早い強化方法だろう)


 これは師匠の陽禅公もよくやっていた強化方法で、その効果はすでに実証されている。

 より強い者がより劣った者に力を分け与え、導いていく。まさに今、アンシュラオンとサナは本物の師弟関係になったのである。


「どうだ? 動けそうか?」

「…こくり」

「また全力で走るんだぞ。苦しいだろうけど我慢だ! その積み重ねで強くなるんだからな」

「…こくり。ぐっ」


 サナが拳を握り締めて、まだがんばるのポーズを決める。当人はやる気だ。

 最初はさっきと同じ速度で走り出し―――トットット

 徐々にスピードが上がっていき―――トトトトトッ

 もっともっと上がって―――ドドドドドッ!


 時速四十キロ程度になる。


 それから三十分。サナはこの速度で走り続けた。

 これは地球で言うところの百メートルを九秒台で走る速度である。

 ただしアスリートは常時その速度で走っているわけではないので、サナのほうが結果的には地球最速の男よりも速く走っていることになる。

 途中で韋駄天の符の効果が切れたが、サナはその速度を維持する。アンシュラオンの生体磁気を受けたので、まだ多少はがんばれるのだ。


 しかし、さらに三十分ほど走り続けると―――バタン


 突然エネルギーが切れたように倒れ込んだ。

 与えた生体磁気が切れ、体力の限界がやってきたのだ。足がガクガク痙攣している。


「サナ、大丈夫か!? すぐにお兄ちゃんが治してやるからな!!」


 慌ててアンシュラオンが駆け寄り、サナを抱きとめる。

 再び命気で身体を癒し、賦気でエネルギーを補充。サナの身体を思いやって数分の時間をかけて、ゆっくりと力を与えてあげる。

 そうして回復してやると、むくりと起き上がった。


「大丈夫か?」

「…こくり」


(賦気はやりすぎると危険だ。副作用もあるし、続行するかどうかの判断が難しいが…今は大丈夫そうだな。やはり毎日一緒にいたことが奏功しているようだ)


 当然ドーピングの一種なので賦気には副作用がある。加減を誤ると筋肉断裂などは良いほうで、場合によっては廃人になる可能性すらある。

 しかし戦気術の扱いが、達人を超えて仙人クラスの陽禅公に鍛えられたアンシュラオンならば、その加減を見誤ることはない。


「今日はあと三十キロは走ろうな。それが終わったら歩きでいい。休憩を挟みながら落ち着いて一歩ずつ進もう。いいね?」

「…こくり」


 そして、夕暮れになるまで移動を続けた。

 本日移動した距離は、およそ七十キロ。初めてにしては悪くない距離だ。

 夜は誰もいない荒野でお風呂に入り、焚き火をして食事を作って一緒に食べた。


「…ふらふら、かくん」


 サナは疲れたのか、食事が終わるとすぐに眠ってしまった。
 
 相変わらず「0か100」みたいな白黒はっきりした性格だ。加減を知らないので、限界まで力を出し切ってしまうのだろう。

 だが、これほど武人の鍛錬に向いている性格もない。筋肉も傷めば傷むほど、さらに強くなっていく。

 武人の因子も同じだ。刺激を与えれば与えるほど、遺伝子の奥底から力を引っ張ってくるのだ。


(焦るな。未来を信じろ。オレは、この子を一人前の武人にしてみせる。いつか一緒に戦える日が来るさ。その日を楽しみにしよう)


 サナがいる。

 ただそれだけで、この荒涼とした大地も潤って見えた。


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