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「英才教育」編
103話 「初めての亜人、ディムレガン〈竜紅人〉」
しおりを挟む(なかなかランクアップは大変だ。オレと一緒にいるせいでサナの努力が評価されないよな)
ハローワークを出たアンシュラオンは、さきほどのやり取りを思い出す。
ハンター証の術式はかなりよく出来たものらしく、思っていたより詳細に魔獣を誰がどれくらいの出力で倒したかまで記録されるらしい。
サナと密着していたにもかかわらず、デリッジホッパーを倒したのがアンシュラオンだとわかるようだ。おそらくは周辺の状況をすべて記録する機能があるのだろう。(許容量を超えた分は、古いものから順次削除されるので立証は難しくなる)
そもそもノンカラーのサナでは、まず倒せない魔獣なので、客観的に推測するだけでも誰が倒したかはすぐにわかる。なにせこのパーティーには二人しかいないのだ。
そして、アンシュラオンがホワイトハンターであるがゆえに、同伴者のサナの評価が手厳しくなるのは仕方ないだろう。イブゼビモリを倒したのは間違いなく彼女だが、ホワイトハンターの庇護下であることが災いしている。
本来ならばイブゼビモリも、ノンカラーでは厳しい相手だ。もっとポイントをもらってもいいはずだが、単独で挑んだハンターとの差別化が必要なのだろう。
(まあ、オレと一緒にいることで安全に狩れるし、強い魔獣にも挑戦できる。また特殊な個体を倒せばポイントをもらえるんだ。慌ててレッドハンターにする必要はないな。中身が伴わないと意味がないしね)
「サナの私服も見て回りたいけど、次は武器屋に行くよ」
「…こくり」
こちらもホテルで教えてもらっているので、武器屋への道筋はわかっている。
帰りに寄る予定の雑貨屋や服飾店に目星を付けながら、表通りの少し外れにある店に到着。
「アズ・アクス工房、ここだな」
店の前には、大きい斧と小さい斧が交わった少し変わったデザインの看板がかけられている。
ハピ・クジュネに本店を構える『アズ・アクス〈交差する斧〉』の直営店、ハビナ・ザマ支店だ。
外観は特に変哲もない木造の建物で、表のショーケースにはサンプルの武器が置いてある。
その中には包丁もあった。
(バランバランには包丁は置いてなかったから違和感があるな。アズ・アクス独自の試みなのかな? たしかに扱いやすい手頃な武器ではあるけどさ)
一般家庭では包丁はかなり優れた武器だろう。料理中でもすぐに持つことができるし、素手でも力を入れやすい。こうして思えばなかなか優れた刃物である。
だが、武器屋に置くとは大胆な発想だ。
「いらっしゃいませー」
ドアを開けて店に入ると、デニムのエプロンをかけた半袖の店員のお姉さんが、明るい声で出迎えてくれる。
目が大きくてくりくりとした、とても可愛らしい二十代後半の女性だ。この段階でアズ・アクスの好感度が上がる。
「質の良い武器を探しているんだけど、何かお勧めはあるかな?」
「どんな種類の武器がいいですか?」
「まずは剣かな。魔獣を斬っても削れないような頑丈なのがいいな」
「そうですねー、お客さんの体格だとこれくらいのがよさそうですね」
お姉さんが選んでくれたのは、小さめのショートソードだった。
いわゆるグラディウスと呼ばれるもので、刀身がやや短いが、その分だけ厚めで耐久力が高い剣である。
それを手に持って軽く振ってみる。
「大きさ的には悪くないね。サナでも使えそうだ。そこそこ頑丈そうだし、これなら……ん? んん?」
「どうかしました?」
「ん? あれ? 気のせいかな…ううん?」
(あれ? なんかおかしいな。あまり流れが良くないような…)
武器に触った瞬間、剣士因子が本能的に伝導率をチェックするので、優れた剣士ほど感覚的にそれが良い武器かどうかがわかる。
たしかに剣の質は悪くない。しっかりと打たれた強い鋼だ。
がしかし、軽く剣気を流そうとすると妙な引っかかりを覚える。
「ほかのも見せてもらえるかな?」
「では、こちらなんてどうでしょう。ちょっと耐久力は落ちますけど、小振りで使いやすいと思いますよ」
今度出てきたのは細剣、いわゆるレイピアだ。
こちらも悪い出来ではない。見た目以上に頑丈に出来ているので、普通に刺したり斬る分には合格点だろう。
が、やはり肝心の剣気の流れがかなり悪い。
(なんだ? どうなっているんだ? オレがおかしいのか?)
困惑しながら八本試してみたが、そのどれもが同じ結果になる。
戦いにおいて剣気は重要だ。デリッジホッパー戦で見せたように、むしろ剣気の流れが良ければ、剣自体の出来が悪くてもなんとでもなるからだ。
せっかく期待していたのに、これだとバランバラン製のものと大差ない。
「あの…何か問題でもありましたか?」
「確認するけど、ここってアズ・アクスの直営店だよね?」
「はい、そうですよ」
「そっか…言いにくいんだけど、ここにある武器はあまり質が良くないみたいだね」
「え!? そ、そんなことは…本部から送られてきたものですし、ちゃんと鍛冶職人が打っているはずです」
「うん、そうだろうね。鍛冶に関しては素人だけど、ちゃんと経験ある人が叩いているのがわかるよ。『造る技術』はあるみたいだ。でも、なんていうのかな…その上の段階に到達していないんだ。実際に剣気が乗りにくいし、全体的な流れが悪い。正直、思っていたほどではないかな…」
達人は他の分野の達人を知る。
これを武術で言い換えれば、身体だけ鍛えて強い攻撃を放てるようになっても、それだけでは達人の領域に入ることができないのと同じだ。
その先にある領域、たとえばアンシュラオンが見せた行動予測や懐の深さ、経験からくるちょっとした小技が最終的に大きな差となっていく。
ここにある武器は『型』はできているが、それだけにすぎない。はっきり言えば、ただの金属の硬い塊だ。洗練された武器ではない。
「頑丈で癖がないから使いやすいかもしれないけど、オレが思っていたのとは少し違うね」
「そうですか…申し訳ありません…」
「ごめんね。ちょっと厳しいことを言っちゃったけど、こっちの包丁があまりに良かったからさ。ほら、これだよ。アズ・アクス製と聞いて買ったんだ」
「見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
アンシュラオンが自分の包丁を取り出し、お姉さんに渡す。
彼女はじっと包丁を眺めながら、はっと息を呑む。
「これは…たしかに素晴らしいものです。明らかに格が違います」
バランバランの店主同様、さすが武器屋の店員をしているだけあり、見る目はあるようだ。
だからこそ気になる。
「ちょっとここで売っている包丁を見せてもらうね。もしかしたら包丁専門の人だったかもしれないし」
「はい、こちらです」
「うーむ、こっちも質があまり良くないな…」
包丁も武器も似たようなものであった。単純に大きいか小さいかの違いしかなく、用途に合わせて調整されている感じがしない。
最初にここの武器をアズ・アクス製だと言われて渡されていたら、「なんだ、こんなもんか」としか思わなかっただろう。
あの包丁だったからこそ「アズ・アクスってすごいんだな」と感じ、ハピ・クジュネに行く原動力にもなったのである。
「ここ、アズ・アクス工房だよね? 本当に本当? 『アズ・アグズ』とかじゃない?」
「いえいえいえ、偽物とかじゃないです! 本物なんです! そこは信じてください! 私も本店から派遣されてきていますから!」
「それが本当なら、これはどういうことなんだろうね。あっ、そうだ。V・Fって人は知ってる? この包丁を打った人だと思うんだけど」
「V・F…ですか? うーん、私が知っている限りでは、工房にV・Fという職人はいませんね」
「え? 本当に? でも、そこに銘があるけど」
「もしかしたら新しい人かもしれませんが…申し訳ありません。存じ上げません」
「お姉さんは勤めてどれくらいなの?」
「十代後半に入ったので、三十年くらいですね」
「そうなんだ……ん? 三十年? どう見ても二十代の容姿だけど…」
「えへへ、ありがとうございます」
「もう一つ気になっていることがあるんだけど、訊いてもいいかな?」
「はい。何でしょう?」
「その【尻尾】って…本物?」
お姉さんの短パンから【尻尾】が垂れている。
先端が子悪魔的なハート型になっているが、尻尾自体は全体的に太くてトカゲのものに似ている。
「そういう飾り?」
「これは本物ですね。私は亜人なんです。『ディムレガン〈竜紅人〉』という種族です」
「ディムレガン? どんな種族なの?」
「世の中には『竜人』と呼ばれる種族がいるのですが、その中の一つが私たちディムレガンです。他の竜人とは違って鱗はありませんし、身長も普通の人間と同じか、少し高いくらいです。食べる物も同じですし、生活習慣も変わりません。ただ、人間と比べて寿命が長いのと、他の種族にはない特別な力があるのです」
「ほぉほぉ、そこをもっと詳しく!」
(おおお! 異世界といったら亜人だよな! オレ、そういうの大好きだし! すっげー気になる!)
亜人あってこそのファンタジー。
やはり燃えるものだ。
「私たちは【特殊な熱】を発することができるので、昔から鍛冶に携わってきました。伝統的に鍛冶職人を得意とする種族なんです。次第にそれが人間に好まれて交流が生まれて、今は普通に人間社会の中で暮らしています。私も母親が人間です。もうそのあたりの境目はあまりないですね」
「それはすごいね! 竜人って特別扱いされたりする?」
「種族的には珍しいので鍛冶師としては注目されますね。それ以外は特には…。人間仕様の椅子だと、たまに尻尾が邪魔になるくらいです」
「母親が人間ということは、亜人も女神様の子なんだよね? 亜人の人を見るのは初めてで、訊き方が失礼だったらごめんね」
「大丈夫ですよ。初めてだと気になりますよね。偉大なる女神様の中には、いろいろな身体的特徴を持っている方もおられるようで、先祖返りでそういう因子が覚醒する場合があるそうです。竜人もその中の一つですし、れっきとした女神様の子供です。ちゃんと竜人の国も存在していますよ」
「ほぅほぅ、ほかにも変わった種族はいるの?」
「たくさんいますね。先祖返りで耳や尻尾に特徴が出る種族が多いみたいで、それぞれに人間にはない能力があります。ただ、絶対数は少ないので単独で国を維持できているのは竜人だけみたいです。あとは私たちみたいに人間社会に完全に溶け込むか、逆に人が来ない場所でひっそりと暮らしていると聞いています」
「差別とかはされないの?」
「そういうのはないですね。人間と同じです。亜人を専門に捕まえるハンターもいるみたいですけど、普通の人間のほうがもっと多くの被害を受けていますし、単純に絶対数の違いだと思いますよ」
「なるほどなるほど、よくわかったよ」
(人種が存在しないから亜人への抵抗感も少ないんだな。実に素晴らしい!)
たとえば亜人だから迫害される、という観点は一般的なファンタジー独自のものだ。差別が当たり前の地球の価値観だと、そう考えるのが普通なのだろう。
が、亜人もまた女神から生まれた存在である。中には特殊な事例もあるものの、基本的には人間と同じ扱いになっている。
仮に亜人が奴隷にされたとしても、人間のほうがもっと多く奴隷にされているので、そこに差は生まれないのである。あとは好みや趣向の問題といえる。
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