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「英才教育」編
95話 「初めての戦闘訓練 その2『初魔獣狩り』」
しおりを挟む「サナ、やったな!」
「…こくり!」
一時間程度で、およそ十匹の獲物を倒すことができた。
クロスボウの訓練にもなったので実りは大きいといえるだろう。
意気揚々と獲物を持って他の御者たちと合流。
「あれ? ジョイさんたちは?」
「もう少し奥に行ったみたいだな。今日は森に獲物が多いから欲張っているんだろう」
「サナ、オレたちも行こう。もっといい獲物がいるかもしれないぞ」
「気をつけてな。俺らはここで捌きながら待ってるよ」
御者二人は積み上げられた獲物の解体に入っていた。
冷蔵庫がないので、今日食べるもの以外は燻製にして保存食にするのだ。
アンシュラオンとサナは、ジョイを追ってさらに森の奥に入る。
(ジョイさんはどこかな? よし、見つけた)
波動円でジョイの位置を特定。およそ二百メートル先にいるようだ。
この世界はあらゆるもののサイズが大きい。森は小規模とはいえ、地球のジャングルと大差ない濃度で行く手を阻む植物が大量に茂っている。
森を移動するだけでも良い鍛錬になるのだ。
「サナ、こういう場所では常に気配を消すことを意識するんだ。地面にも注意して、音が鳴りそうなものは踏まないようにな。魔獣たちは五感が鋭いから簡単に居場所を察知されるぞ」
「…こくり。とことこ」
「おっ、いいぞ。その調子だ」
サナは静かに移動を開始。特に緊張した様子もなく、焦りも獲物に対する殺気もない。だからこそ周囲に上手く溶け込んでいた。
(これはサナの短所が裏返って生まれた『長所』だな。普通の人間はこんな場所にいたら緊張して汗を掻いたり、興奮して動悸が激しくなるもんだ。サナはそれがないから周囲を下手に刺激しないんだ。今までもこうやって自分を守ってきたんだな)
「あとは感覚を使って横や背後にあるものを把握できるようになろうな。心を落ち着けて呼吸しつつも、常に感覚を伸ばして周囲と同化するんだ。ほら、少しずつ自分の意識が分かれていって他の物質の視点が見えてくるだろう? これを戦気術、『同心』と呼ぶんだよ」
戦気術、『同心』。
自分の呼吸を整えて周囲全体に視線と感覚を合わせ、あらゆる環境に適応する基本の技である。
要するに周囲を観察して、どこに何があるかを覚えて、常に多角的な視野を維持しろ、と言っているだけだ。内容はかなり簡単なので、意識すれば戦気が出せない一般人にでも普通にできることである。
波動円は、これに戦気を加えて拡大強化することで生み出される上位技なので、まずは同心からマスターしていくのが基本の流れとなるわけだ。
「ジョイさんのところに着くまで気配を消しながら、同心を意識して歩いてごらん。コツは膝を少し曲げて重心を下げながら移動することだ。やってごらん」
「…こくり」
「武器も持ちながら、いつでも攻撃できる準備も整えておくんだよ」
「…こくり」
「何か発見したら一度立ち止まって状況の確認だ。まずは相手に気づかれないことが重要だからね」
「…こくり」
心を落ち着けて気配を消しながら周囲への警戒を怠らず、なおかつ攻撃準備まで整えながら物音を立てずに歩く。
何もない場所ならばまだしも、森の中でやるのは大人でも難しいだろう。ほとんど軍隊の特殊訓練に近い。
それをサナは言われた通りに実行。
移動速度は遅くとも正確にこちらの意図を汲んで動いている。
(よしよし、ちゃんと言われた通りにやっているな。いつでも動けるようにするのは大切なことだ)
綺麗な歩き方講座では膝を伸ばすように説いているが、安全を考慮するのならば、歩いている時もできれば膝は少し曲げていたほうがいいだろう。
もちろん、いざというときに反動をつけて跳躍できるようにするためだ。
昔の日本人は腰を落として重心を低くする歩き方が一般的だった。そのほうが危険に対処できるからだ。
当然ながら今の日本でやっていると怪しい人なので、それこそ周囲をよく見て使ったほうが無難であろうが、そういう動作を見れば武道をやっているかどうかがわかるだろう。
「…ぴく。じー」
ジョイのところまであと三十メートルといったところで、サナが動きを止めた。何かを発見したようだ。
その視線の先には―――大きなトカゲ
サナが倒した獲物より三倍はあるトカゲが木に張り付き、舌をチロチロ出しながら向こう側を注視していた。
―――――――――――――――――――――――
名前 :イブゼビモリ 〈擬爪竜〉
レベル:20/30
HP :320/320
BP :100/100
統率:F 体力: E
知力:F 精神: F
魔力:F 攻撃: D
魅力:F 防御: E
工作:F 命中: E
隠密:D 回避: E
☆総合:第五級 抹殺級魔獣
異名:森の偽装蜥蜴
種族:魔獣
属性:土
異能:爪研ぎ、奇襲
―――――――――――――――――――――――
トカゲの視線の先にはジョイがいた。
どうやら彼は、まだトカゲの存在に気づいていないらしい。
アンシュラオンからすれば雑魚だが、抹殺級である以上、一般人にしてみれば脅威となる。奇襲されれば大人の男でも簡単に殺されてしまうだろう。
(やはり森だな。こういう魔獣もいる。隠密も高いからジョイさんはまったく気づいていないようだ。オレがいなかったら危なかったな。だが、サナに魔獣戦闘の経験を積ませるチャンスでもある。ここはサナに任せようか)
アンシュラオンは、手だけでサナに合図を出す。
ハンドサインは決めており、人差し指を軽く動かすだけでサナがこくりと頷く。
イブゼビモリはすでにジョイに狙いを定めているため、こちらへの警戒は薄い。これもアンシュラオンがサナに教えた相手の隙を狙うタイミングと合致する。
サナがゆっくりと近寄る。
イブゼビモリも、じわじわとジョイに近寄っていく。
この間もジョイはまったく気づかず、呑気に獲物を探している。まさか自分が獲物になっているとは夢にも思っていないだろう。
「やったぞ! 仕留めた!」
そして、ジョイが鳥を仕留めた瞬間を狙って、ついにイブゼビモリが動く。
木から飛び降りようと身体に力を入れた。
しかしながらイブゼビモリも、自身が狙われていることには気づいていない。
魔獣に完全な隙が生まれた瞬間、サナが狙いを付け―――発射
矢は真っ直ぐに飛んでいき、イブゼビモリの頭に命中。
ただし距離があったことと、表面は硬い皮膚をしているようで完全には刺さらなかった。
成果は、驚いたイブゼビモリが木から落下するにとどまる。
「ふむ、この距離からでは駄目か。サナ、ああいうタイプは背中が硬くて腹が柔らかいことが多い。覚えておくんだよ」
「…こくり」
「さあ、見つかったぞ。次はどうする?」
落下したイブゼビモリがこちらに気づいた。
魔獣は自らの安全を最優先にする本能を持っている。獲物も惜しいだろうが、次に狙うとすれば安全を脅かしたこちら側のはずだ。
「…ぽい。かちゃ」
サナはすぐさまクロスボウを捨て、新しいクロスボウを取り出して迎撃準備。
視線をイブゼビモリに合わせつつ、周囲を観察して状況を把握。
だが、イブゼビモリも茂みに入り込み、姿を隠す。
「同心を忘れるな。目だけじゃなくて感覚を使って場所を特定するんだ」
「…こくり」
「常に自分の退路を確保しながら、こちらの間合いに誘い込め」
「…こくり」
がさごそと茂みの中を移動するイブゼビモリ。
普通ならば目に見えなくなった段階で恐怖を覚えるが、サナにその感情はない。
敵の気配を感覚と音だけで探知。しっかりとイブゼビモリの場所を把握しつつ、クロスボウの有効射程距離まで誘い込む。
イブゼビモリも命がけだ。一気に仕留めようと突っ込んでくる。
しかし、すでに位置を特定しているサナのほうが行動が早い。
矢を―――発射
矢は地面すれすれを飛んでいき、イブゼビモリの喉の下に命中。ぶっすりと突き刺さる。
さきほどアンシュラオンが指摘したように、硬いのは上部だけだったようだ。
ただし相手は魔獣。こんなものでは死なない。
茂みから飛び出したイブゼビモリは、爪で襲いかかってくる。
それにもサナはすでに対応。撃った瞬間には後退しており、新しいクロスボウの準備ができていた。
取り出していたのは、大きめのクロスボウ。
イブゼビモリが近寄ってくる間に事前に地面に設置していたもので、素早く屈んでクロスボウを手に取ると、漠然とした狙いのまま発射。
矢はイブゼビモリの肩あたりに命中。今度は大きなクロスボウのため、威力も高くて硬い皮膚すら貫く。
「ッ―――!」
これにはイブゼビモリも思わずひっくり返り、パニック状態に陥ってバタバタと暴れる。
迎撃は見事成功。弱点の腹が丸見えだ。
「今だ。腹を狙え」
「…こくり」
サナはここでも落ち着いて対応。
再び小さなクロスボウを取り出すと、しっかりと腹を狙って発射。
一発、二発、三発。
続けて発射された矢が、柔らかい腹を抉ってダメージを蓄積させていく。
こうなればもう勝ちは確定だ。慌てずに矢を撃ち続ければ死ぬ。まだ大きなクロスボウも残っているので安全に倒せるだろう。
(こっちはもう大丈夫だな。『もう一匹』を倒しておくか)
そちらはサナに任せて、アンシュラオンは包丁を取り出すと投擲。
包丁はジョイを通り過ぎ、その先の茂みに入っていく。
「え? な、なんだ?」
それでジョイも異変に気づいたようだ。
慌てて物音がした茂みのほうを調べると、ずっぷりと包丁が突き刺さって地面に縫い付けられている、もう一匹のイブゼビモリがいた。
こちらは一撃で心臓を貫かれており、すでに絶命している。
包丁を戦気で覆い、遠隔操作で制御して真上から突き刺したのだ。
「これでよし。サナも終わったか?」
サナのほうを見ると、すでにすべてのクロスボウを撃ち終えていた。
だが、これでもまだ死なないのが魔獣の生命力だ。ほとんど動かないが、いまだに生きているようだ。
「刺す感触も覚えてみようか。ダガーで刺してごらん」
「…こくり」
「まだ生きているから気をつけるんだよ。このレベル帯なら大丈夫だろうけど、強い魔獣だと奥の手を持っているからね」
サナがダガーを持って慎重に近寄り、安全を確保してから躊躇なく腹に突き刺す。
子供の力なので一回では無理。だから何度も突き刺す。
刺して刺して刺して、ついに皮膚を破ることができた。紫の血が噴き出す。
「魔獣によって心臓の位置は違うこともあるけど、だいたい身体の中央上部分にあることが多い。こいつはもう少し上かな? 心臓を潰してごらん」
「…こくり。ぶすっ」
「あとは頭を潰せばいい。でも、まだ安心しちゃ駄目だよ。魔獣は生命力が強いからね。ほら、爪のある脚が動いているだろう? しっかり足で踏んで押さえながら刺すんだ」
「…こくり。ざくっ」
心臓を潰し、頭にダガーを突き刺したことで、ようやくイブゼビモリは死んだ。
「サナ、やったな! 初めての魔獣退治だぞ!」
「…こくり! ふー、ふー!」
「せっかく犠牲になってくれたんだ。最後まで利用しよう」
今度はダガーで腹を割いて説明を始める。
「これが胃で、こっちが腸。よほど特殊なものでない限り、だいたい生物の構造は同じだ。脳が命令を出して心臓が力を供給する。だからこの二つを潰せば生物は死ぬ。わかるか?」
「…こくり」
「魔獣の場合は心臓が複数あったり脳が一つじゃないこともあるし、下のほうにある種類もいる。まずはさっきやったように弱そうな場所を遠距離から狙って、相手の特性を見極めることが大事だ。今回はなかなかよかったぞ」
「…こくり」
解剖の授業をしていると、ジョイがやってきた。
その手には包丁で絶命したイブゼビモリがある。一応持ってきたらしい。
「こ、これは…君たちがやったのか?」
「そうだよ。危なかったね。ジョイさんは挟み撃ちにされるところだったんだ」
「まさかこんな魔獣がいるとは…助かったよ」
「オレとしてもラッキーだったよ。サナに魔獣を倒すチャンスを与えられたからね。ちょっと待っててね。もうすぐ講義が終わるからさ」
「あ、ああ…」
ごくごく当たり前に魔獣をバラして臓器の説明をしている姿は、なかなかに刺激的だ。あまりのアンシュラオンの落ち着きぶりに、ジョイはただ見ていることしかできなかった。
その後、ほかにも出たイブゼビモリは再びサナの練習台になるか、傭兵の手によって排除されることになる。
こうして初めての狩りは大成功に終わるのであった。
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