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「英才教育」編
92話 「ハビナ・ザマへ! 馬車に乗ろう!」
しおりを挟むグラス・ギースを出たアンシュラオンは、地図を広げる。
「ハピ・クジュネに行くルートは二つあるな。西と東、どっちがいいんだろう?」
地図を見ると、西はハビナ・ザマとハピナ・ラッソ、ハピ・ヤックいう三つの街を経由してハピ・クジュネに至る。
もう一つの東は、クラス・レッツ、グラ・ガマンという二つの街を経由してハピ・クジュネに至る。
どちらを選んでも最終的に行き着く場所は同じだが、いざどちらに行こうとすると迷うものである。
「こういうときは詳しい人に訊いたほうが早い。サナも覚えておくんだぞ」
「…こくり」
「どうせ馬車で行く予定だったから、乗り場で訊くか」
南門を出て少し歩くと、たくさんの馬車が集まっているエリアがあった。
いわゆる『貸し馬車屋』だ。
便利な場所には人が集まり、情報も集まるものである。
大勢の馬車屋の中から、一番人の好さそうな中年男性を選んで話しかけてみた。
「おじさん、ハピ・クジュネに行きたいんだけど、西と東どっちがいいのかな?」
「ここに来たということは馬車を使っての移動だよね?」
「うん、そのつもり」
「大人は一緒にいるのかい?」
「ううん、二人だけの旅なんだ。特に商売とかじゃなくて普通の旅人さ」
「それならば西ルートしかないね。山道も多くて険しい部分もあるけど、途中に街が三つあるし比較的安全なルートだよ」
「東ルートは違うの?」
「東は主に商人が使うルートなんだ。道は広いし平坦で移動しやすいけど、魔獣もよく出るのさ。この前もどこかの商隊が襲われて何人か死んだんじゃないかな。盗賊もよく出るから危ないんだよ」
「商人は西ルートは使わないの?」
「西も使われるけど、どちらかといえば個人でやっている商人が多いよ。大手は輸送船を持っているから東のほうが燃費はいいのさ。まあ、襲われる危険性も高くなるからリスクとの兼ね合いだね。あとは途中で寄る街に用事があるかどうかさ」
「西と東の街って違うの?」
「集まる人間も違うから必然的に特色も変わるね。東のクラス・レッツとグラ・ガマンは鉱山都市なんだ。発掘とかする労働者の街だよ」
「なんか汗臭そうだね」
「ははは、まあそうだね。ノリのいいやつも多いし酒場は盛り上がるんだけど、子供が滞在するにはあんまり向いてないかな。店も大人向けが多いからね」
「西のほうはどんな感じ?」
「西ルートの街は【交易消費都市】だね。おっと、子供には難しかったかな。旅人がお金を落とすための都市って意味だよ」
「娯楽サービスがたくさんあるってこと?」
「理解が早いね。そういうこと。だから旅人向けの施設がたくさんあって、快適な旅ができるんだよ。それを目当てに西ルートしか通らない商人もいるくらいさ。あそこは子供向けの店も多いから西の街はお勧めだね」
「へー、楽しそうだね。ところでハビナ・ザマとかハピナ・ラッソって、グラス・ギースと名前の雰囲気がだいぶ違うよね? どちらかというとハピ・クジュネに似てる気がするんだけど…」
「それは当然さ。西ルートの街はハピ・クジュネの『衛星都市』だからね。三つともハピ・クジュネと繋がっているのさ」
「名前が似ていると思ったら、そういうことか。じゃあ、東はグラス・ギースの衛星都市? 名前が似てるよね」
「形式上はそうだけど、実際はハピ・クジュネが管理しているみたいなもんだよ。私も詳しくはないんだけどね、昔のグラス・ギースはもっと栄えていたみたいで、ハピ・クジュネも含めてこの一帯の中心都市だったらしい。でも、次第に衰退して分裂していったそうだよ」
およそ千年前、グラス・ギースがまだ『グラス・タウン』であった頃、このあたりは人が住める土地ではなかったため、最初に開墾したグラス・ギースの祖先たちが、この一帯をすべて支配していたようだ。
だが、今はハピ・クジュネのほうが経済的にも上になっており、グラス・ギースが管理しているのは、ブシル村を含む北方の村々だけだという。
それに伴い、近隣都市はすべてハピ・クジュネ寄りの姿勢になり、西ルートの都市に至っては名前まで変えて衛星都市になった経緯がある。
金がないところに人は集まらない。かつての栄光だけで飯は食えないのだ。世の中は厳しいものである。
(随分と落ちぶれたものだな。絶対に領主のせいだよ。ざまあみろ)
さすがに子孫のアニルは関係ないと思われるが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いといわんばかりに、とことん領主を毛嫌いしていることがうかがえる。
ただ、今のアンシュラオンの興味は、すでに次の都市であるハビナ・ザマに移っており、離れる都市への関心は薄かった。
もともと風来坊なのだ。嫌な都市なら出て行ってしまうのが正解だろう。
「サナ、西にするか? たくさん娯楽もあるらしいぞ」
「…こくり」
「よし、ハビナ・ザマに向かおう!」
「本当に二人だけで行くのかい?」
「うん、二人だけの気楽な旅を満喫する予定さ」
「それはいけない! 西ルートとはいえ、子供の二人旅は危ない。おじさんは心配だよ」
「大丈夫だよ。自分の身は自分で守れるし」
「しょうがない。うちの馬車に乗っていきなさい。安くしておくから」
「本当に大丈夫なんだけど…」
(さて、どういう腹積もりかな?)
考えるふりをしつつ、アンシュラオンは中年男性を観察。
ここは荒野だ。日本のように誰もが親切ではないし、子供だって平気で騙そうとする悪い連中もいる。常に相手の本性を見抜く力が必要だ。
こういうときは周囲の反応や、相手の目や雰囲気から察することができる。
(他の御者たちも緊張していないし、不審な挙動もないか。周りにいる人たちも明るいオーラをまとっているから、少なくとも悪い人じゃなさそうだ。本当にオレたちを心配しているだけかな)
戦気術を学ぶと、相手が発している生体磁気の性質を常時観察する癖がつく。戦いでは必須の技能だからだ。
それは一般人が相手でも同じだ。オーラは肉体と精神と霊のものがあるが、肉体のオーラだけでも黒ずんだ場所によって、だいたいの傾向性を悟ることができる。
目の前の男性は全体的に明るいオーラを発しており、善人と呼んでも差し支えない人物だと思われた。
ただし、注意は怠らない。
(この人が善人だからといって、誰かに騙されないとも限らないけどね。まあ、それならそれでなんとでもなるか。どちらにしてもサナにとっては良い経験になる)
「わかった。お言葉に甘えることにするよ。よろしくね」
「子供は素直が一番だ。ほかに荷物はあるかい?」
「こっちは大丈夫だよ。これだけさ」
「子供は身軽でいいね」
アンシュラオンは旅人用のリュックを見せる。一般街の店で買った中くらいのサイズのものだ。
常人にとってみればポケット倉庫は極めて高価であり、子供が持っていると盗まれる危険性が高いという話を聞いたため、ダミー用に普通のリュックも持ち歩くことにしたのだ。
実際、食べ物や服を入れているので怪しまれることはないだろう。
「じゃあ、準備を始めるよ。おーい、もうすぐ出るぞー!」
男性が手馴れた様子で馬車の準備を始めると、声を聴いた他の客が集まってきた。
それと同時に、体格の良い男たちも五人ほどやってくる。
男たちは剣や鎧で武装しており、顔つきも商人とは明らかに異なっていた。
「あれって傭兵?」
「そうだよ。『渡り狼』の傭兵さ。警護を頼んだんだ」
「移動しながら傭兵業をする連中だっけ。送り狼になったりしない?」
「子供のわりに面白い言葉を知っているんだな。大丈夫。彼らも仕事だからね」
「できれば女の傭兵がいいなぁ」
「子供なら女性がいたほうが安心するからかな? でも残念ながら女性の傭兵は少ないんだ。我慢しておくれ」
(小百合さんも同じようなことを言っていたな。女性自体が戦闘に向かない…とは思えないんだよな。姉ちゃんを見ているからさ。まあ、移動するだけだし男で我慢するか)
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