上 下
92 / 386
「英才教育」編

92話 「ハビナ・ザマへ! 馬車に乗ろう!」

しおりを挟む

 グラス・ギースを出たアンシュラオンは、地図を広げる。





「ハピ・クジュネに行くルートは二つあるな。西と東、どっちがいいんだろう?」


 地図を見ると、西はハビナ・ザマとハピナ・ラッソ、ハピ・ヤックいう三つの街を経由してハピ・クジュネに至る。

 もう一つの東は、クラス・レッツ、グラ・ガマンという二つの街を経由してハピ・クジュネに至る。

 どちらを選んでも最終的に行き着く場所は同じだが、いざどちらに行こうとすると迷うものである。


「こういうときは詳しい人に訊いたほうが早い。サナも覚えておくんだぞ」

「…こくり」

「どうせ馬車で行く予定だったから、乗り場で訊くか」


 南門を出て少し歩くと、たくさんの馬車が集まっているエリアがあった。

 いわゆる『貸し馬車屋』だ。

 便利な場所には人が集まり、情報も集まるものである。

 大勢の馬車屋の中から、一番人の好さそうな中年男性を選んで話しかけてみた。


「おじさん、ハピ・クジュネに行きたいんだけど、西と東どっちがいいのかな?」

「ここに来たということは馬車を使っての移動だよね?」

「うん、そのつもり」

「大人は一緒にいるのかい?」

「ううん、二人だけの旅なんだ。特に商売とかじゃなくて普通の旅人さ」

「それならば西ルートしかないね。山道も多くて険しい部分もあるけど、途中に街が三つあるし比較的安全なルートだよ」

「東ルートは違うの?」

「東は主に商人が使うルートなんだ。道は広いし平坦で移動しやすいけど、魔獣もよく出るのさ。この前もどこかの商隊が襲われて何人か死んだんじゃないかな。盗賊もよく出るから危ないんだよ」

「商人は西ルートは使わないの?」

「西も使われるけど、どちらかといえば個人でやっている商人が多いよ。大手は輸送船を持っているから東のほうが燃費はいいのさ。まあ、襲われる危険性も高くなるからリスクとの兼ね合いだね。あとは途中で寄る街に用事があるかどうかさ」

「西と東の街って違うの?」

「集まる人間も違うから必然的に特色も変わるね。東のクラス・レッツとグラ・ガマンは鉱山都市なんだ。発掘とかする労働者の街だよ」

「なんか汗臭そうだね」

「ははは、まあそうだね。ノリのいいやつも多いし酒場は盛り上がるんだけど、子供が滞在するにはあんまり向いてないかな。店も大人向けが多いからね」

「西のほうはどんな感じ?」

「西ルートの街は【交易消費都市】だね。おっと、子供には難しかったかな。旅人がお金を落とすための都市って意味だよ」

「娯楽サービスがたくさんあるってこと?」

「理解が早いね。そういうこと。だから旅人向けの施設がたくさんあって、快適な旅ができるんだよ。それを目当てに西ルートしか通らない商人もいるくらいさ。あそこは子供向けの店も多いから西の街はお勧めだね」

「へー、楽しそうだね。ところでハビナ・ザマとかハピナ・ラッソって、グラス・ギースと名前の雰囲気がだいぶ違うよね? どちらかというとハピ・クジュネに似てる気がするんだけど…」

「それは当然さ。西ルートの街はハピ・クジュネの『衛星都市』だからね。三つともハピ・クジュネと繋がっているのさ」

「名前が似ていると思ったら、そういうことか。じゃあ、東はグラス・ギースの衛星都市? 名前が似てるよね」

「形式上はそうだけど、実際はハピ・クジュネが管理しているみたいなもんだよ。私も詳しくはないんだけどね、昔のグラス・ギースはもっと栄えていたみたいで、ハピ・クジュネも含めてこの一帯の中心都市だったらしい。でも、次第に衰退して分裂していったそうだよ」


 およそ千年前、グラス・ギースがまだ『グラス・タウン』であった頃、このあたりは人が住める土地ではなかったため、最初に開墾したグラス・ギースの祖先たちが、この一帯をすべて支配していたようだ。

 だが、今はハピ・クジュネのほうが経済的にも上になっており、グラス・ギースが管理しているのは、ブシル村を含む北方の村々だけだという。

 それに伴い、近隣都市はすべてハピ・クジュネ寄りの姿勢になり、西ルートの都市に至っては名前まで変えて衛星都市になった経緯がある。

 金がないところに人は集まらない。かつての栄光だけで飯は食えないのだ。世の中は厳しいものである。


(随分と落ちぶれたものだな。絶対に領主のせいだよ。ざまあみろ)


 さすがに子孫のアニルは関係ないと思われるが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いといわんばかりに、とことん領主を毛嫌いしていることがうかがえる。

 ただ、今のアンシュラオンの興味は、すでに次の都市であるハビナ・ザマに移っており、離れる都市への関心は薄かった。

 もともと風来坊なのだ。嫌な都市なら出て行ってしまうのが正解だろう。


「サナ、西にするか? たくさん娯楽もあるらしいぞ」

「…こくり」

「よし、ハビナ・ザマに向かおう!」

「本当に二人だけで行くのかい?」

「うん、二人だけの気楽な旅を満喫する予定さ」

「それはいけない! 西ルートとはいえ、子供の二人旅は危ない。おじさんは心配だよ」

「大丈夫だよ。自分の身は自分で守れるし」

「しょうがない。うちの馬車に乗っていきなさい。安くしておくから」

「本当に大丈夫なんだけど…」


(さて、どういう腹積もりかな?)


 考えるふりをしつつ、アンシュラオンは中年男性を観察。

 ここは荒野だ。日本のように誰もが親切ではないし、子供だって平気で騙そうとする悪い連中もいる。常に相手の本性を見抜く力が必要だ。

 こういうときは周囲の反応や、相手の目や雰囲気から察することができる。


(他の御者たちも緊張していないし、不審な挙動もないか。周りにいる人たちも明るいオーラをまとっているから、少なくとも悪い人じゃなさそうだ。本当にオレたちを心配しているだけかな)


 戦気術を学ぶと、相手が発している生体磁気の性質を常時観察する癖がつく。戦いでは必須の技能だからだ。

 それは一般人が相手でも同じだ。オーラは肉体と精神と霊のものがあるが、肉体のオーラだけでも黒ずんだ場所によって、だいたいの傾向性を悟ることができる。

 目の前の男性は全体的に明るいオーラを発しており、善人と呼んでも差し支えない人物だと思われた。

 ただし、注意は怠らない。


(この人が善人だからといって、誰かに騙されないとも限らないけどね。まあ、それならそれでなんとでもなるか。どちらにしてもサナにとっては良い経験になる)


「わかった。お言葉に甘えることにするよ。よろしくね」

「子供は素直が一番だ。ほかに荷物はあるかい?」

「こっちは大丈夫だよ。これだけさ」

「子供は身軽でいいね」


 アンシュラオンは旅人用のリュックを見せる。一般街の店で買った中くらいのサイズのものだ。

 常人にとってみればポケット倉庫は極めて高価であり、子供が持っていると盗まれる危険性が高いという話を聞いたため、ダミー用に普通のリュックも持ち歩くことにしたのだ。

 実際、食べ物や服を入れているので怪しまれることはないだろう。


「じゃあ、準備を始めるよ。おーい、もうすぐ出るぞー!」


 男性が手馴れた様子で馬車の準備を始めると、声を聴いた他の客が集まってきた。

 それと同時に、体格の良い男たちも五人ほどやってくる。

 男たちは剣や鎧で武装しており、顔つきも商人とは明らかに異なっていた。


「あれって傭兵?」

「そうだよ。『渡り狼』の傭兵さ。警護を頼んだんだ」

「移動しながら傭兵業をする連中だっけ。送り狼になったりしない?」

「子供のわりに面白い言葉を知っているんだな。大丈夫。彼らも仕事だからね」

「できれば女の傭兵がいいなぁ」

「子供なら女性がいたほうが安心するからかな? でも残念ながら女性の傭兵は少ないんだ。我慢しておくれ」


(小百合さんも同じようなことを言っていたな。女性自体が戦闘に向かない…とは思えないんだよな。姉ちゃんを見ているからさ。まあ、移動するだけだし男で我慢するか)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...