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「英才教育」編
89話 「武器屋バランバランでサナの装備を買おう その3」
しおりを挟むサナの計測が終わったようなので、実際に見せてみる。
「サナ、これはクロスボウっていうんだぞ。遠くから矢で攻撃するんだ。これが矢で、この尖端から相手に突き刺さるんだ」
「…じー」
「ちょっとやってみな。ここを引くんだよ」
「…こくり。ぐいぐいっ…ぐい」
「おっ、サナでもなんとかできるかな。弦を引っ張ったら、ここに矢をセットするんだ」
「…こくり。かちゃ」
一生懸命ぐいぐい引っ張り、矢尻を魔獣の素材で強化した木製矢を装填することができた。
店の奥側の壁はくり抜かれており、そこから庭のスペースに向かって試射ができるように的が用意されていた。
よくアーチェリーで見るような丸い的である。
「ほら、あそこに撃ってごらん。真ん中の色が付いているところを狙うんだぞ」
「…こくり」
サナが構え、撃つ。
十メートルの距離から撃たせてみると、ちょっと中心部からは外れたが的には当たった。
あれを大人の胴体だと思えば、しっかりと脇腹には命中している。まずは当たることが重要なのだ。
その結果にアンシュラオンは手を叩いて大喜びである。
「おお、意外といいぞ! 胴体を狙えば当たるな! すごいぞ、サナ! やればできるな!」
「…こくり」
サナも褒められて、まんざらでもない様子だ。
無表情でわかりにくいが、少し誇らしい表情をしていることが自分にはわかる。
「だが、これではパワーが足りないな。もっと大きいのにするか。あれはサナに持てるかな?」
店にはさらに大きなクロスボウがある。アンシュラオンが持っても大きく感じるもので、サナの場合は持つというより抱えるに近い。
実際に持たせてみると、動かずに固定すれば撃てることが判明する。
「弦はお兄ちゃんが引いてやるな。ほら、撃ってごらん」
「…こくり」
バシュッ ドガッ!
さきほどよりも強い音が響き、矢が勢いよく突き刺さる。
大きくなれば威力も上がるので、これならば相手が武装していても十分使える。皮膚が薄いエジルジャガーなどの獣系魔獣にも効果的だろう。
しかも重さがあって固定しやすいのか、命中率はさきほどより上がっているようだ。持ちながら動けないという致命的な弱点はあるが、割り切ればそこそこ使えそうだ。
店主が戻ってくるまでクロスボウの試射を繰り返す。
(サナって実は頭がいいんじゃないのか? 言われたことを全部しっかりやるし、同じことをやっていても気が散らないで続けている。でも、当たり具合にムラがあるから集中力があるって感じじゃないな。淡々と作業をこなしているだけか…)
サナは従順なだけであり、命令された動作を忠実に実行しているだけだ。やはり『意思の力』が決定的に不足しているのかもしれない。
ただし、じっと見つめて観察して覚える能力は高い気がする。すでにクロスボウを淀みなく扱うことができているのが、その証拠だ。
(子供はどんどん新しいことを吸収する。サナにはいろいろなことをやらせよう。そして、印象深い体験を与えて自我を強くさせよう。オレの可愛い妹として立派に育ててみせるからな)
そうこうしていると調整を終えた店主が戻ってきた。
だいたい小一時間といったところだろうか。
「もう終わったの? 早いね」
「慣れているからな。って、おいおい、お嬢ちゃんが使うのかよ?」
「そうだよ。これなら遠くから楽に殺せるからね」
「子供が戦うとは物騒な世の中だねぇ」
「自衛は大切でしょう? 荒野じゃ誰も助けてくれないからね」
「そりゃまあ、そうだな。うちの店はそのためにあるからな。で、どれを買うって?」
「ダガーと、クロスボウは小さいのと大きいのを両方もらうね。ああ、全部ね」
「全部って…矢をか?」
「いや、本体を全部。あそこに飾ってあるのと他に在庫があれば、それも全部ちょうだい」
「全部…え? クロスボウを…全部か?」
「うん、全部」
全部と言ったら全部。
「そんなにどうするんだ? 仲間がいるのか?」
「ううん、この子が全部使うだけ。クロスボウって連射できないのが弱点でしょう? それを解決するために全部買うんだ」
「もしかして、セットしておいたクロスボウを撃って回るのか?」
「まあ、似たようなものだね。それとも連射式のクロスボウってある?」
「じいさんが開発していたみたいだが、結局完成しなかったな。その前に銃が出てきちまったよ」
地球の歴史上にも「連弩」という連続して発射できるクロスボウがあるが、威力があまりないのが弱点らしい。微妙に格好悪いのもマイナスポイントだ。
ならばすでに装填したクロスボウをいくつも用意しておき、必要な際に撃つという手がある。
ただし、これには大きな欠点があった。当然、持って歩くには邪魔だという点だ。
しかし、それを解決する秘策がアンシュラオンにはある。
「ちょっと実験させてね。この大小のクロスボウに矢を装填してから【ポケット倉庫】にしまって…と。もう一度出す」
ポケット倉庫からクロスボウが出てくる。予想通り、装填されたままである。
それを発射。ドスッと的に突き刺さる。
今使ったクロスボウを投げ捨て、再びポケット倉庫から新しいクロスボウを出す。こちらも装填済みである。
発射。命中。
また捨てて取り出す。
発射。命中。
「取り出すのに約一秒ってところか。余計なものを入れておかなければ、もっと縮められるかもしれないな」
マキが教えてくれたように、何も指定しない場合は最後に入れたものが最初に出てくる仕組みとなっている。
直近にクロスボウだけを入れておけば、まず取り出しに失敗することはないだろう。
ご丁寧に入れた時の向きで出てくるので、それも含めて工夫すれば時間はさらに短縮できそうだ。
「ほらね? すごいだろう? 天才的発想だと思わない?」
「すごいというかなんというか…豪快だな」
「金持ちだからね。こんなものは使い捨ての道具だよ」
「はっきり言うもんだ。だが、嫌いじゃないぜ。武器を道具だと割り切っているやつは好きだね。これが剣士だと面倒くさいんだよなぁ。『剣は命!』とか言って愛着が半端ないしな」
「うーん、仕方ないよね。剣がないと剣気が出せないし死活問題になるからね。オレはこだわりがないから、こうして使い捨てにしちゃうけど」
これぞ百円ショップに慣れた日本人的発想だろうか。
今のアンシュラオンにとってみれば、クロスボウなどは百円ショップで売っている玩具の武器に等しいものだ。
あとで拾って回収という罰ゲームがあるやり方だが、最悪は使い捨てにしてもかまわないと思えば気が楽だ。
何より装填している間に攻撃されては、サナでは身がもたない。積極的に使い捨てにするべきだろう。
「銃はどうする?」
「何丁か買おうかな。自己責任で改造してもいいんだよね?」
「都市内部で使わなければな。外なら好きにすればいいさ」
「うん、わかった。じゃあ、銃を三丁ちょうだい。弾もあるだけお願い」
「銃の在庫はあるから、ちょっとクロスボウのほうを見てくるわ」
店にあったクロスボウの在庫は、全部で十三。
大きいほうが七、小さいのが六であった。
「矢はサービスしてやる。好きなだけ持っていきな」
「おっ、サンキュー。気前がいいね」
「お前さんのほうが気前がいいからな。それと小さいほうのクロスボウのために矢筒も作ってやる。これもサービスでいい」
「ねぇ、武器ってどうやって仕入れているの? さっき祖父が改造してたって言っていたけど、おっさんが自分で作るの?」
「じいさんの代は作っていたんだが、最終的にコストの関係でやめちまったな。俺も少しはできるが、本格的なものとなると軽い調整くらいが精一杯だ。今はいろいろなところから仕入れているのさ」
「アズ・アクスから?」
「あんな大きなところからは無理だな。距離があるし、規模が違いすぎる。あそこは専門の直営店があるから基本はそこで買うんだ。許可をもらえば行商人でも取り扱えるが、審査が厳しいみたいだぞ」
(とすると、ロリコンは案外やり手なのか? …そうは見えないけどな)
何度思い返しても、ただのロリコン(犯罪者)にしか見えない。
が、今にして思えば、魔獣を捌いている姿は堂に入っていた気もしないでもないが、やはりロリコンはロリコンだった。
「うちのほうは個人で打ってる鍛冶師から仕入れている。その中にはアズ・アクスで修行した連中もいるな」
「そうなんだ。じゃあ、この包丁の鍛冶師も知っているかな?」
「包丁?」
「これだよ」
アンシュラオンが包丁を渡すと、店主がまじまじと見つめる。
さすが武器屋である。その目は真剣そのものだった。
「こいつは…すごいな」
「V・Fって銘が入っていたんだけど、心当たりあるかな?」
「俺は知らねえな。だが、こいつはとんでもない代物だぞ。相当な鍛冶師だろう。悔しいが、うちの店で扱っているものとはレベルが何十倍も違う」
「それにしては、たった一万円だったんだけどね」
「一万? 嘘だろう? 五十万と言われても信じるけどな」
「そんなにすごいの?」
「根本的に質が違う。だが、少し作りが粗いのが気になるな」
「オレが使ったせいかも」
「いや、こいつはそういうもんじゃない。作り手の気持ちの問題だ。まあ、だからこその破格の値段なのかもしれんがな」
「そういえば試作品とか言っていたかも。もし会えたら会ってみるよ」
「ハピ・クジュネに行くのか? うちもアズ・アクスみたいな武器が扱えたらいいんだけどな」
「あんまり強いとハングラスに規制されるんじゃない?」
「そうかもしれんな。もっと都市が危険になれば―――おっと、聞かなかったことにしてくれ」
「わかってるよ。やりたいことができないのはつらいよね。じゃ、お会計お願いね」
「おう。鎧は着てみて何か違和感があったら教えてくれ。また調整してやるからな」
「うん、ありがとう」
会計が終わり、サナに鎧を見せる。
革鎧をベースにして、胸や肩、腰、膝など、大切な部分を鎧の部品で補強したものだ。
正直、見た目は無骨だ。お世辞にも可愛いとは言えない。
だが、可愛さよりも性能が重要だ。身を守るために必要な要素は足りている。
「サナ、お前の鎧だぞ! 嬉しいか?」
「…こくり、こくり!」
「興奮しているのか? そうだぞ。これはサナのだからな!」
サナが興奮している。表情は変わらずとも頬が少し赤い。
こんな鎧など生まれて初めて着るのだろう。初めてのことに対してサナは強い興味を示す。
「ほら、着てみよう!」
服の上から鎧を着せてみる。サイズは若干の余裕があるように作られているので、服があっても大丈夫だ。
鎧の裏には綿のような緩衝材があり、薄着で着ていても痛くはないようになっていた。細かいところに気遣いがある。素晴らしい仕事ぶりだ。
サナが着終わると、アンシュラオンが嘆息。
「あぁ…可愛いぃ。鎧が可愛くないのが逆に可愛い! サナの可愛さを引き立てるなぁ」
結局何を着ても可愛いと言うので、ただの兄馬鹿発言である。
が、サナが可愛いのも厳然たる事実だ。何度も見惚れてしまう。
「サンキュー、おっちゃん。またグラス・ギースに戻ってくることがあったら寄らせてもらうよ」
「おう、元気でな。またいつでも来い」
「ハピ・クジュネでも宣伝するね。バラバラの武器屋があるって」
「勘違いされるから、それはやめろよな!」
こうしてサナの最低限の装備が整う。
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