『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「白い魔人と黒き少女の出会い」編

59話 「ファテロナとの戦い」

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「一応訊いておくが、お前は市民権を持っているのか?」

「何を訳のわからんことを! 領主に市民権など必要あるものか!」

「なるほど、それもそうだ」


(ほぉ、これは盲点だったな。領主は市民かどうか、というトンチみたいな話だが、個人都市における領主は市民を超えた存在。よって、市民ではない。つまりは殺しても問題ないということだ)


 領主を殺しても市民カードは反応せず、犯罪者にはならない。なんとも皮肉な話である。

 おそらく娘のイタ嬢も同じだろう。もしかしたら、この領主城に寝床のある使用人は市民ではない可能性もある。

 これは実に好都合な話だ。


「それなら遠慮はいらないな。どうしてくれようか。腕の一本じゃつまらないし、もっとこう面白いものがいいけど、いきなりじゃ思いつかないな。両目でも抉るか?」

「何をしている! 取り押さえろ、ファテロナ! 殺してもかまわん!」

「領主様、彼はお嬢様のお友達です」

「友達が玩具を奪いに来るものか!」

「稀にそういうこともあります! ビシッ!」

「わしが危険に晒されているのだ。早くしろ!」

「領主様が大怪我を負えば、お嬢様は泣き叫ぶ…ふふっ、それはそれで…」

「相変わらずお前は! いいからなんとかしろ! これは命令だ!!」

「ちっ、ハゲデブめ。偉そうに」

「ファテロナぁあああ! ベルのお付きから外すぞ!」

「それは困ります。わかりました」


 致し方なくファテロナが戦闘態勢に入る。

 領主の安全 <<< イタ嬢の泣き顔

 という感じがしないでもないが、イタ嬢の傍にいられないと泣き顔も見られないので、その命令には従うようだ。

 彼女の力があれば、普通の賊ならば簡単に捕らえられる。

 普通の賊だったならば。


「お姉さんを傷つけたくないんだけどな」

「私も残念でなりません! ですが、これもお役目!(ビシッ)」


 だが、裸である。

 どんなにポーズを決めても締まらない。


「拾ったナイフとメイド服は返すよ」

「ありがとうございます。ですが、メイド服はそのままお持ち帰りください」

「いいの?」

「はい。お嬢様のベッドに忍び込ませ、たっぷりと匂いが染み付いた貴重なものです。それを毎日男性が嗅いで楽しむと思うと、それだけで…」

「きゃーーー! なにをしているの、ファテロナ!! あなたも受け取らないで…」

「それなら、いらないや。ぽいっ」

「ああーーー! 捨てられたーーーー!」


 イタ嬢の匂いなんて絶対にお断りである。

 お姉さんの香りなら最高だったのに、あれはもう穢れている。残念すぎる。


「ファテロナ、クロミには怪我をさせないでね!」

「かしこまりました…と申し上げたいのですが、そう簡単にいくとは思えません」

「どうしてよ!!」

「このレベルになりますと、私でも対応できるかどうか。まあ、馬鹿にはわからないでしょうけど」

「馬鹿!? 今馬鹿って言ったの!?」

「いいえ、カバです。あしからず」

「カバ!? つながりが見えないわ!」


 ファテロナにも、さきほどの羅刹はかろうじて見えた程度だった。

 しかも手加減しているのは明白。あれが自分に向けられたら、かわせるかどうか自信がない。

 そのうえ裸である。ただでさえ低い防御力にも難がある。(自業自得である)


「オレはこれでいいや。せっかく手に入れたしね」


 アンシュラオンはペーグの斧を構える。これも何かの魔獣の素材で出来ているようだ。

 斧も武器という枠組みでは剣と同じなので、少しは剣士の練習になるだろうという浅い考えでのことだ。深い意味はない。


「好きなタイミングでくるといいよ」

「では、まいります。領主様とお嬢様は離れていてください」


 次の瞬間、ファテロナが消えた。

 凄まじい速度で移動しているのだ。しかも壁や天井を蹴りながら、縦横無尽に高速移動をしてくるので軌道が読めない。

 これでは常人はもちろん、普通の武人では到底対応できないだろう。あまりに速すぎる。

 だが、アンシュラオンは動かない。斧を担いで立ったまま、呑気にこんなことを考えていた。


(なかなか速いな。そう、速さのタイプが違うんだ。同じ因子を使っていても暗殺者って戦士とは動きの質が違うんだな)


 暗殺者という名前の因子は存在しない。言ってしまえば、生まれもって動きが速い人間や、暗殺に適したスキルを持っている武人が暗殺者や忍者になる。

 ただ、かつての『偉大なる者』の中に、暗殺者や剣士型忍者がいたのは事実であり、そうした因子が覚醒するとそちら側の成長ルートに進むという話はある。

 どちらにせよ暗殺者や忍者の動きは普通とは違う。

 身内の三人は基本的に戦士タイプだったので、アンシュラオンにとってはこれが初めての対暗殺者戦である。

 ファテロナは高速移動をしながら『剣衝けんしょう』を放つ。

 それも一つではなく、あらゆる角度から打ち込んでくる。

 その動きがはっきり見えない者には、同時に何発も放っているように見えるが、一回一回放っているので、何閃といったように同時に放っているわけではない。


 それを―――斧で切り払う


 天井、壁、床、空中と場所を選ばずに放たれてくる剣衝を、一歩も動かずにその場で迎撃。しかもサナを抱っこしながら、である。

 自分の身長以上もある斧を片手で軽々振り回し、背後から襲ってくる一撃にも、たやすく対応。まるで後ろにも目があるごとし、である。


(なんという反応速度。まるで当たる気配がありません。やはり只者ではありませんね)


 この技はファテロナにとっても牽制にすぎない。これで相手が動いたところを追撃して自分のペースにもっていくのである。

 されど、相手はまったく動かずに対応してくる。完全に見切っているのだ。

 剣衝もBPを消費するので、あまり長くは連射できない。ただただ自分が消耗していくだけだ。


(これでは埒が明きません。では、今度はこれで!)


 ファテロナの身体が三つに分かれた。『分身』スキルである。

 自分の身体とまったく同じ形態を戦気で生み出し、自在に操る技だ。

 その姿は術者とまったく同じ。服や武器まで写し取る。ただし、所詮は戦気で作った紛い物なので相手を惑わす効果しかない。

 それでもファテロナの速度があれば、それは脅威。まったく見分けがつかない存在が三方向から襲ってくる。


「へー、分身か。師匠が使っていたな」


 陽禅公も分身を使う武人である。さらに上位の『実分身』というスキルを持っており、自分の能力の六割程度の力を持った複製を生み出すことができるチートスキルだ。

 実際に分身が攻撃を仕掛けてくるので、アンシュラオンの修行によく使われたものである。師匠はエロ本を読みながら分身が代わりに戦う形式だ。

 陽禅公の六割の強さとは、いったいどれほどのものだろう。おそらく実分身だけで第一級の撃滅級魔獣を軽々倒せるレベルにある。

 それが数体同時に襲ってくるのだ。しかも高度な覇王技を使いながら。

 それに対応していたアンシュラオンにとって、普通の分身などはお遊びみたいなもの。

 襲いかかってきたファテロナ三体を、斧の腹で一瞬で叩きのめす。


「ぐっ―――!!」


 ファテロナはガードするも、そのまま弾かれて壁に叩きつけられた。

 猫のように丸くなって受身を取ったが、ミシミシと背骨が軋む音がする。恐るべき腕力である。

 それと同時に分身が消えた。


「さすがに暗殺者の分身はすごいな。どれが本物かわからなかったよ。でも、全部倒せばいいんだよね」


 アンシュラオンが取った戦術は、三人とも叩くというもの。

 結局どれかが本物なので全部叩いてしまえば問題ないのだ。それだけのことである。

 ファテロナは腕を押さえながら立ち上がる。多少内出血しているが、手加減したので折れてはいない。


「刃で斬られていたら死んでいました」

「お姉さんは傷つけたくないんだよ。最初に言ったでしょ?」

「まさかここまでとは…まるで勝てる気がいたしません。おそらく完全武装であっても同じ結果になるでしょう」

「じゃあ、やめたら?」

「そうもまいりません! お嬢様のために!!」

「イタ嬢のためか。まあ、領主のためよりはましな理由だね」


 若干「お嬢様のために」の意味が気になる。

 格好いい台詞だが、きっとまともな内容ではないだろう。


「せめて一太刀! 全力でまいります!」


 ファテロナが床にナイフを突き立てると、そこから影が伸びる。影は広がっていき、廊下全体を黒く染め上げた。

 そして、再び三つに分身をして影の中に消える。


「ほー、これは初めて見たな。暗殺者の技か!」


 暗殺術、『影侭法延えいじんほうえん』からの『影隠かげかくれ』。

 影侭法延は自分の影を伸ばして拡大する技。影隠はその中に身を隠す技である。分身を扱いながら同時に二つも技を使うのは、相当な手練れの証拠だ。

 やはりファテロナの実力は達人級。ラブヘイアは足元にも及ばないレベルだろう。

 それでもアンシュラオンは動かない。斧をぶらんと持ったまま自然体である。


(隙がない。返されますね)


 影の中のファテロナには、どのように攻撃を仕掛けても返されるイメージしか浮かばない。

 それでもいくしかない。それがスレイブの役目でもあるからだ。


「いざ勝負!」


 ファテロナが、アンシュラオンの前後の影から出現。一人は跳躍し、もう一人は突進してくる。


 アンシュラオンは―――何もしない


 ファテロナはそのまま素通りし、消えていく。分身体である。

 続いてファテロナの本体が、アンシュラオンの真下から出現。足を突き刺そうとナイフを振り下ろす。


「ナイフを持った刺激的なお姉さんも好きだけど、オレはもっと従順なタイプが好きかな」


 アンシュラオンは足でナイフを蹴り上げる。

 ナイフは飛ばされ、天井に突き刺さる。

 しかし、ファテロナは諦めていない。右手の戦刃で自分の左手を切り裂くと、血液を振りまいた。


 それは赤ではなく、濃い紫の―――【毒】


 領主とイタ嬢は離れた場所にいるので、この距離ならば影響はない。

 暗殺者は一部の魔獣がそうであるように、体内に強い毒を持っていることが多い。

 暗殺者が使う刃に即死効果があるのは、切り裂くと同時に致死性の毒を注入するからである。

 通常はナイフに塗ったり、毒霧として噴射して相手を汚染するが、こうして直接放っても効果は同じである。

 触れれば皮膚からでも毒が侵入し、一瞬で相手を行動不能にする。そして、そのまま死ぬ。

 されどアンシュラオンに毒は効かないし、それ以前に届かない。


「あまり傷つけたくないから、じっとしててね」


 アンシュラオンから強烈な波動が迸る。覇王技、『戦気波動』である。

 単純に自分の戦気を放射する技だが、エジルジャガーが一瞬で消失したように、アンシュラオンが発するものはそれだけで恐るべき技となる。

 それを上下左右、天井から床、壁まですべてを覆い尽くして放射。いかに速くても、動く場所すべてが覆われてしまえば、なすすべはない。

 襲いかかる戦気に吹き飛ばされ、壁に押し付けられる。その力は強烈で、まったく身動きが取れない。


「うううっ!! これは…まいりました。動けません」

「ああ、ごめん。戦気で下着が燃えちゃうね。手加減はしているんだけど、なかなか加減が難しいな」

「ふふふ、この私に手加減ですか。女として扱われたのは久々でございます」


 ファテロナも戦気でガードしているので肌の部分は問題ない。それでも強い圧力に押されて苦しそうであるが、これが一番安全で確実な対処方法である。

 こうして戦気でガードさせるだけでも、じわじわと相手のBPを減らしていける。ファテロナのBPはアンシュラオンに遠く及ばないので、そのうち力尽きるだろう。


「ファテロナ!」

「領主様、申し訳ありません。この御方は私よりも数段格上のようです。これが精一杯です」

「馬鹿を言うな! お前は親衛隊の中で一番強いのだぞ! 勝てなくてどうする!」

「そもそも攻撃が当たらないので勝ち目はゼロです。ビシッ!」

「ええい、役立たずが!」

「おっさん、女性に戦わせてばかりか? 自分で来いよ。相手をしてやる」

「ぐっ…! 盗人が好き勝手言いおって…!」

「ふん、まだ言うの? しょうがない。ちょっと痛めつけて―――」


 そうアンシュラオンが斧を振りかざそうとした時、廊下が吹っ飛ぶのが見えた。

 そこから出てきたのは、軍用コートを着た男。

 ガンプドルフ、その人である。

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