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「白い魔人と黒き少女の出会い」編

49話 「侵入、西門から上級街へ」

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 中級街から北東に向かうと『西門』がある。

 第一城壁に設置された門で、第二城壁の東門と比べるとやや小さめであるが、その分だけ強固な造りになっていることがわかる。

 門自体が三重になっているうえに、周囲にも多くの櫓が設置され、仮に敵がここまでやってきても篭城できるように設計されている。

 現在、アンシュラオンは西門にいた。もちろん領主城に潜入するためである。


(地図によれば領主城はこの中にある。ちょうど都市の中心部だな。まあ、城塞都市だから当然だ。一番重要なものを守るために城壁があるわけだからさ。しかし、時間も時間なだけあって警備が厳重だな)


 西門は上級市民が暮らす『上級街』に繋がる唯一の場所なので、出入りは厳重にチェックされているようだ。

 東門よりも明らかに衛士の数が多い。おそらく三倍近くいるだろう。


(まずは正攻法でいってみるか)


 アンシュラオンはそのまま接近。営業スマイルを浮かべながら門番らしき衛士に接触する。

 残念ながらお姉さんはいないようなので、近くにいたおっさんに話しかける。


「ねえ、上級街に行きたいんだけど、入っていい?」

「ん? 坊やは上級市民なのかい?」

「ううん。中級市民だよ。ほら」


 アンシュラオンはもらったばかりの市民証を見せる。

 そこには中級市民を示す、中くらいの大きさの城壁の絵が描かれていた。

 一方の上級市民のカードは、枠一杯に絵が大きく描かれているらしいので、その差は一目でわかるようになっている。


「中級市民か…」


 男はカードをまじまじと見ながら、少し困ったような表情を浮かべる。

 その段階でアンシュラオンは状況を察する。


「もしかして中級市民だと入れないの?」

「いや、そういうわけじゃない。ちゃんとした用事があれば下級市民だって入れるし、外から来る客がホテル街に泊まりに来ることだってある」

「ホテル街って?」

「上級街にある高級ホテルのことだよ。下級街にあるような安宿とは違って、外から来たお偉いさん、貴族や領主クラスの人間が泊まる宿のことだね。一泊十万以上するっていう、俺たちからすれば雲の上の世界さ」

「このあたりに貴族なんているの?」

「西側から来た貴族なんかが、お忍びで泊まりに来ることがあるみたいだな。うちの領主様が誘致することも多いらしい」

「西側の人って、このあたりに入植しようとしている人たちでしょ? 危なくないの?」

「南のほうはそうらしいが、こっちに入植しようとする国ってのは聞かないな。東大陸に来るのは、誰しもがそういったやつらじゃないってことだろうね。観光とか避暑とか、魔獣狩りを楽しむためにやってくる貴族もいるそうだ。こっちの魔獣は珍しいものばかりだとか言ってね」


(緩衝地帯、というわけかな。このあたりはいろいろな意味で西と東の境目だ。西側にとっては入植するメリットもないから、単純に東大陸を楽しめる場所なんだろうな。こっちにはスレイブもいるし、貴族のお忍びなんてどうせエロいことに決まっている)


 偏見である。

 とは言いきれないかもしれない。

 東大陸では容認されているスレイブ制度も、西側では完全に撤廃されつつあるものなので、それを目当てにこちらにやってくる者がいることは事実だ。

 エロが目的の場合もあるだろうが、多くは人材の確保が目的である。

 鉱山などの危険な仕事をさせる格安の人材という意味では、スレイブに勝るものはないからだ。


「それで、オレって入れるの?」

「一応目的を訊いてもいいか?」

「明日、この街を出て行く友達にあげるお土産が欲しいんだ。上級街のお店なら、良い物が売っているって聞いてさ」

「そうか。まだ店もギリギリ開いている時間だな」

「じゃあ、入れてくれる?」

「うーん、普段なら入れるんだが…今日はちょっと……制限があってね。上級街で働く労働者も必要最低限以外は全部追い出されているんだ。珍しいことなんだけどな」

「領主の命令?」

「う、うむ。よくわかったね」

「なんとなくかな。ちょっと警備が物々しかったからね。全体から少し緊迫感が滲み出ているっていうか、ピリピリしているよね」

「ここだけの話だが、特別なお客が来てるらしいんだ」

「どんな人?」

「そこまではわからないけど、普段は使わないような馬車に乗っていたから、それなりの身分なんじゃないか?」

「なるほどね」


 さして衛士と触れ合っていないので普段の様子はわからないが、明らかに緊張感を抱いているようである。

 その理由は簡単に推測できる。


(警備を増やして門限もつけるとなれば、少なくとも領主にとっては、それなりに価値のある人間が来訪していると考えるべきだな。話を聞く限り、西側の人間が来ている可能性もある。だからこその警戒か)


 西側国家がこのあたりに入植する気配はないが、だからといって油断はできない。

 ラブヘイアの話では都市は攻撃を受けることがあるし、すでに経済基盤がしっかり出来ている場所ならば拠点としての利用価値もある。

 下手に中に入れて内部で破壊工作を行われたら、せっかくの城塞都市の意味がない。警戒するのは当然である。

 その一方で、受け入れるだけの価値がある相手、話し合いによっては『取引』ができる相手と考えるのが妥当だ。

 おそらく互いに腹の探り合いをしながら、できるだけ買い叩いてやろう、という商談が今夜行われるのだろう。


「今日だけなんだ。すまないね。明日なら入れると思う」

「そっか。それは残念。また来るよ」


 アンシュラオンはあっさりと諦める。

 が、あくまで正門から入るのを諦めたにすぎない。


(強引に通ってもいいけど、騒ぎを大きくするとサナに影響が出るかもしれないな。気づかれて隠されたら探すのが面倒だ。ならば、別のルートから入ればいい)


 そのまま壁沿いに北に移動。

 グラス・ギースの内部には、城壁内でも最低限の自給自足が可能なように森が点在している。

 西門の周囲は東門同様、森に囲まれているのでそこに潜り込み、四キロほど移動する。

 ここまで来れば、もう誰もいない。こんな夜に森を出歩くとすれば、デート中のカップル程度のものだが、今夜はそんな者たちもいなかった。


「念のためだ。モヒカンから借りた(奪った)これに着替えよう」


 それは変装グッズと呼ぶべきもの。服はもちろん顔を隠すベネチアンマスク(顔の上半分が隠れるもの)とマントもあるので、どこぞの舞台で使いそうな安っぽい仮装に近い。

 言ってしまえば、コスプレである。

 スレイブ館には、お客の要望に応えるために小道具がたくさんある。客の中にはおかしな性的趣向を持っている人間もいるので、こういった類の衣装も大量にあるわけだ。

 ただ、その大半が女性物だったので、致し方なく消去法でこれを選択する。


(スーツならばまだ見られたかもしれないが、武術服にマスクとマントは完全に変態だな。こんなものを着ていったら一生トラウマになりそうだが…変装としては悪くない。このほうが印象に残るだろうしな)


 こうして謎の怪盗『白仮面』が完成。怪しさマックスだ。

 恥ずかしいが、サナのためならば仕方ない。


 アンシュラオンは壁を見上げ―――跳躍


 片方の足を壁にかけて跳ねた瞬間、もう城壁の中ほどには到達しており、さらにもう片方の足で跳ねた時には、身体は城壁の上にあった。

 高さ五十メートルはある城壁を軽々と登ると、気配を殺しながら周囲を見回す。


(城壁の上もそこそこ広いな。といっても警備の連中はいないか。さすがに城壁の上までカバーできないよな)


 西門付近の城壁は若干薄いとはいえ、それでも五百メートル以上の幅がある。

 城壁の内側には梯子もあるので、有事の際には登って応戦するという選択肢も当然あるだろう。

 そのため城壁の上にはバリケードや馬防柵のようなものが点在しており、万一の場合はここで防衛ができるようになっていた。

 しかし、通常は防護結界が張られているので、衛士たちは城壁の上まで警備はしていなかった。結界があれば中に入れないし、銃で攻撃しても弾くからだ。

 それゆえに衛士は地上だけに目を光らせていればよく、実際に彼らの意識は上にはなかった。完全にがら空きだ。

 この防護結界こそ城塞都市最大の防御の要であり、絶対に破られないと誰もが思っている『幻想神話』である。

 アンシュラオンは、すでにその情報を入国時に知っていたので、特に驚くこともなく結界を見つめる。


(なるほど。そこそこ強めの結界があるようだな)


 今いる場所から数十メートル先に、肉眼では透明に映るであろう薄緑の結界が張られているのがわかった。

 結界は城壁ごとに張られているので、第三城壁、第二城壁、第一城壁と三つの結界が重なっていることになる。

 内側にいけばいくほど強力になり、この第一城壁の結界ともなれば最後の砦であるため、アンシュラオンから見ても『そこそこ強い』結界が張られている。

 が、ただそれだけである。


 そのまま結界を素通りし―――破壊


 術式の一部を消失させ、直径五十メートル程度の穴が生まれる。


(うーん、オレって術式は壊せるけど、術自体が使えるわけじゃないから直せないんだよね。しょうがない、このままでいいか。オレが悪いわけじゃないし、喧嘩を売った領主が悪いんだから、これくらいべつにかまわないだろう)


 この防護結界は巨大な大きな一枚の膜ではなく、こうした五十メートル程度の結界がいくつも連なって生まれているもののようだ。

 しかも数百年のうちに劣化したのか、アンシュラオンが壊した箇所以外にも、すでに網目状にいくつも穴があいているところを発見してしまった。


(オレが心配する義理じゃないが、こんなんで大丈夫なのか? 絶対にメンテナンスしていないだろう? それともできないのか? たしかに大掛かりな仕組みみたいだし、それ相応の術士がいないと難しいだろうが…防御の肝なのにな。よく今まで無事でいられたものだ)


 ラブヘイアの情報では、四大悪獣によって破壊されて復興してからは、大きな災厄には見舞われていないという。

 その間に危機意識がじんわりと削られていったのだろう。平和であることは素晴らしいが、緩慢な空気が流れているのも事実だ。

 この都市がすでに年老いていることが、如実に示されている箇所といえるだろう。

 結界を抜けたアンシュラオンは城壁上部を駆け抜け、下に誰もいないことを確認して飛び降りる。

 降りた場所も森であり、ひと気はまったくなかった。


(ここからは上級街か。千人程度しか住んでいないって話だったな)


 森を出てからは上級街の裏道を通り、じわじわと目的地である領主城に近づいていく。

 上級街は、さすが上級街と呼べるほど豪華で、住宅も下級街とは比べ物にならない大きさである。

 しかし、人口が少ないためか、賑わっているというよりは閑散とした印象を強く感じた。


(リゾート地を作ったはいいけど、人が来ないでそのまま放置されたような場所だな。全然人がいないけど大丈夫か? それとも警備の影響で夜間外出禁止令でも出ているのかな)


 人がいない理由は二つある。

 一つは単純に、アンシュラオンが考えたように上級市民自体が少ないことだ。

 上級街には上級市民以外にも店や工場で働く労働者がいるので、三千人規模の人間は存在しているものの、やはり第二城壁内部と比べると圧倒的に数が少ない。

 しかも今晩は警備強化で出入りが制限されているため、さらに少なく感じるはずだ。

 もう一つは、アンシュラオンがばら撒いた一億円が、いろいろと【飛び火】していることである。

 傭兵団がどんどん金を拡散させた結果、今現在は下級街にとどまらず中級街にもフィーバーが波及しているのだ。

 その活気に惹かれて、上級街の人間たちも中級街に出ているのである。

 警備上、中に入れはしないが、外に出るのは自由だ。明け方まで遊ぶ計画ならば、べつに戻る必要性はない。

 そのため本来は一番上等な街である上級街が閑散とし、もともと人が溢れている第二城壁内部により多くの人が集まっている状況にある。

 まったく意図していない事態であるが、これもまたアンシュラオンが招いたことだ。自分で自分をアシストしていたことになる。

 こうした事情もあり、衛士以外とはまったく誰とも会わずについに目的地に到着。

 目の前には最後の城壁に囲まれた城があった。

 これこそ領主が住む領主城である。


(サナがいなければ城ごと破壊するところだが、最初は穏便にいくことにしよう。そのための変装だしね。領主も娘も運がよかったな)


 アンシュラオンは領主城に侵入した。

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