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「白い魔人と黒き少女の出会い」編
48話 「このモヒカン野郎! このやろう! ふんがー!」
しおりを挟む当然、このまま済ますつもりはない。
引き続きモヒカンを詰問する。
「いくらで売った?」
「そ、それはっ…その…」
「いくらで売った? 本当に来るかわからないオレより、すぐ手に入る金に目が眩んだのか?」
「…そんなこと…は…ないっすが…」
「いくらだ。十秒以内に言わないと、次は歯を全部砕くぞ」
「…に、二千万…っす!」
「ほぉ、すごいな。正直、そこまでとは思わなかった。六倍以上の値を付けるやつなんているんだな。それだけサナの魅力に気がついたやつか、それともただの成金趣味か」
そんなアンシュラオンは三十倍以上であるが。
「オレが予約していることは言ったんだよな?」
「もちろんっす!! ちゃんと予約されてると言って、一千万までは断ったっす。でも、倍にされて…」
「額が額だ。仕方ない」
「ほっ」
「なんて言うとでも思ったか、このモヒカンめ!!!!」
「ぎゃっーーー! 髪を引っ張らないでほしいっす!!!」
「ハゲの部分に陰毛を植えてやろうか!! こいつめ!!」
植毛で、下の毛を頭に植えた人がいたのを見たことがある。
―――見事に【縮れていた】
このモヒカンのハゲの部分を、全部縮れた毛にしてやりたい衝動に駆られたが、まだ我慢する。
その前に大切なことを訊かねばならないからだ。
「誰だ? 誰が買った?」
「それは言えないっす! 守秘義務ってのがあるっす!!」
「お前にそれが言えた義理か? 自分の権利を主張するなら最初から売るな。言え。誰だ?」
「旦那!! 諦めてくださいっす! その代わり他の白スレイブなら、何人でも持っていって…」
「ふざける―――なぁああああああああああ!!!」
一瞬、世界が揺れた気がした。
アンシュラオンから、ビリビリとした強烈な戦気が燃え広がっていく。
その波動に、店全体が揺れているのだ。
「ふざけるな!! あれはオレのものだ!!! オレが買うと決めたんだ!! それをどうしてお前に決められなくちゃいけない!!! オレが、オレが、オレが欲したんだ!! オレのものにするとな!!! あまりなめるなよ!!」
怒りで戦気が真っ赤になっていく。
意図的にモヒカンに危害を加えないようにしたが、触れた周囲の物質が消失。
結果、一部の床と札束とモヒカンを残して、室内全部が消え去ってしまった。大地も抉れ、そこだけ基礎工事を怠ったように何もなくなっている。
これから入ってくる人間は、ドアを開けた瞬間に硬直するに違いない。もうそこには何もないのだから。
表で馬鹿騒ぎをしている連中がいなかったら、その揺れで大騒ぎになっていたかもしれない。
「ひ、ひぃいいい…」
その惨状に、モヒカンが腰を抜かす。
改めてアンシュラオンの恐ろしさを知ったのだ。リングなどまったく意味がない。
「ご、ご勘弁を……どうかどうか!」
「死にたくなければ全部話せ! いや、死なないようにいたぶってやってもいいぞ。オレは弱いやつをなぶるのも嫌いじゃないからな。特にオレを裏切ったやつなら、さぞや楽しいに違いない。どっちが好みだ? 選べ。オレはどっちでもいいぞ。お前が言わないなら、この店に関わった全員を締め上げるだけだ。どうせ購入者のリストは持っているんだろう? 奥でスレイブの管理をしているやつを拷問して奪えばいい」
「言う、言うっす! 全部話すっす! だから許してほしいっす!!」
「誰が買った? 早く言え。もしあの子が傷物になっていたら、どうなるかわかっているな。お前だけじゃ済まないことは確実だ」
「そ、それは大丈夫っす。買ったのは女性で……」
「女? 女だって同性愛者がいるだろう。傷物にされていないとは言いきれないぞ」
「それも大丈夫っす。買ったのは少女っす」
「少女? 少女だからって、そういう趣味の…」
「ああああああ!」
「なんだ? 発狂したのか? お楽しみはこれからだぞ。発狂したあとになぶるのも面白いからな。泣き叫ぶお前を水責めで苦しめてやる。寄生虫たっぷりの水でな!」
「恐ろしい発言っす!?」
「言っておくが全部本気だぞ。目的のためには手段は選ばないからな。お前の苦しむ顔など一円の価値もないが、どうせ殺すなら憂さ晴らししないとな」
「わかったっす! 全部話すっす!!」
「最初からそう言っているだろうが。この頭の悪いモヒカンが!! 罰をくらえ!!」
「いたいいたいっすーー! あー、抜けたっす!!! 血がー、血がーーー!」
「どうだ! この中途半端なモヒカンめ!!」
モヒカンの髪の毛を引っ張って、真ん中あたりを引き抜いてやった。ざまあみろである。
それからモヒカンが事情を話し始める。
内容は少し意外なものであった。
「【領主の娘】だと?」
「はいっす。今日の昼前に領主と一緒にやってきたっす。そこであの子がいいと言われて…。断ったっすが、領主の頼みとなると断りきれず…」
「領主だって先約があれば関係ないだろう」
「さすがに無理っす。この都市は領主の個人都市っすから、怒らせたら商売が危なくなるっす」
「どうせ癒着でもしているんだろう。お前の中級市民権だって、そういうところで融通して手に入れたものじゃないのか? 何が工事で貢献だ。よく言ったもんだ」
「しょうがないっす。持ちつ持たれつっす。それに、領主はお得意様っす。やっぱり強く言われたら断れないっす」
「ふん、今までもそうやってスレイブを渡してきたのか?」
「はいっす。メイドとか親衛隊の大半は、そういうスレイブで構成されているっす」
「普通の兵はいないのか?」
「公募で集めた一般衛士は外側の砦に回されるっすが、自分の周囲はスレイブで固めているっすよ。そのほうが安全だからっす」
「自分以外は信じられないか。領主はクズだな!! それにメイドだと? ゲスだな! 恥を知れ!!」
「旦那がそれを言うなんて…いたっ!!」
三百万ビンタで制裁。
「領主はどんなやつなんだ?」
「ヒゲを生やして少し太ったおっさんっす」
「どんなステレオタイプだ、その領主は。どうせ毎晩、乱交パーティーでも開いて遊んでいるクズなんだろう?」
「どんな偏見っすか!?」
「こういうところの領主といったら、民に重税を課して『年貢が払えないなら、娘をもらおうか!』と力づくで女を集めて、『ぐへへ、今日もヒーヒー楽しませてやろうか。この俺様のブツでな!』とか言うのが一般的だ」
「一般の情報がおかしいっす。全然違うっす」
「じゃあ、どんなやつだ?」
「愛妻家で娘を溺愛している人っす。見た目は怖いおっさんっすが、街のこともそれなりに気にしているっす」
「そんなやつが白スレイブを買うか?」
「白スレイブを欲しがるのは娘っす。領主じゃないっす。領主は娘のご機嫌取りに買うだけっす」
「なら、その娘がどうして白スレイブ、それもあの子を欲しがる?」
「あの娘は、時々来るっす。その…噂でしか聞いたことはないっすが、【人形】にするとか……」
「は? 人形? 殺して臓器を抜いて、代わりに綿でも詰めるのか? それとも生きたままロウで固めて飾るのか?」
「恐ろしい発想っす!!! そんなこと考えたこともないっす! 夢に見るっす! やめてほしいっす!! おええ!」
「ホラーゲームとかなら、よくある設定なんだが…違うのか?」
「そんなんじゃないっす。なんだか友達がいないらしくて。代わりに女の子のスレイブを買っていくっす」
「は? 友達?」
「そうっす。友達代わりっす。普通のスレイブと違って、白スレイブならば本物に近い設定が入れられるっす」
その情報に、さすがのアンシュラオンもしばらくフリーズする。
「反吐が出るな。どんだけ根暗だ」
「旦那がそれを言ったら…いたっ! いたっ! いたっ! いたっ!」
三百万往復ビンタ、二連撃。
「痛いっす。頬が限界っす。口内が血塗れっす」
「これが金の力だ。思い知ったか。気に入ったなら、次は一千万ビンタにするか?」
「それはもう凶器っす。やめてほしいっす!」
「その娘は何歳なんだ?」
「たしか十四歳だった気がするっす」
「終わってるな、そいつ。ただの変態じゃないか」
「変態ってわけじゃないっすが…たしかに巷では【イタ嬢】って呼ばれることもあるっす」
「イタ嬢?」
「痛いお嬢様の略っす」
「思いきりディスってやがるな。嫌われ者なのか?」
「顔は普通に可愛いっすし、そんなに問題行動を起こすわけじゃないっす。ただ、やっぱりちょっと知能的にいろいろあるっす。考え方も一般人とは違うっす。ズレてるっすね」
「そりゃ、その歳から白スレイブにはまっていれば当然だろうな。人間、なまじ金があるとなかなか成長できないからな」
「そんなイタ嬢は領主に溺愛されているっす。一人娘っすからね」
「詰まるところ、甘やかされたお嬢様の道楽か」
「そうっす」
(早い話、領主の娘に【横取り】されたってわけか。いや、娘だけじゃない。その背後には領主の権限がある。それを娘のためとはいえ利用したんだ。そいつも同罪だな)
「事情はわかった。それで、あの子はどこだ?」
「まさか取り戻しに行くなんてことはしないっすよね?」
「逆だろう。行かないなんて言うと思ったのか? あれはオレのものだ。絶対に取り戻す」
「す、すごい独占欲っす。普通、しょうがないから他のスレイブにするとか言うっす。相手は領主っすよ?」
「だからどうした。オレがそう言うと期待していたのか? 残念だったな。あの子の代わりなどいない。わかったら場所を言え」
「うう、場所は…」
この第二城壁よりも内側、第一城壁内部の高級住宅街が並ぶ上級街の、そのさらに中心地。
このグラス・ギースの頂上であり心臓部。
―――【領主城】
そこが領主の家であり、サナが連れていかれた場所である。
「警備状況は?」
「それ以上は自分たちの立場が…!」
「安心しろ。お前たちに迷惑はかけない。オレが勝手に取り戻しに行くんだ。お前は関係ない」
「ほっ…」
「しかし、この貸しは高くつくぞ。本当ならばお前たちは皆殺しだ。だが、もう一度だけチャンスをやろう。オレも中級市民になった直後にレッドカードは最悪だ。発行してくれたお姉さんに申し訳が立たないからな」
小百合があんなに嬉しそうに発行してくれたのだ。
ここでモヒカンを殺せばすっきりするかもしれないが、小百合は残念がるだろう。
それに、殺したら利用できなくなる。このモヒカンにはまだ利用価値がある。
「今後、お前はオレのためにスレイブを用意し続けろ。それでチャラにしてやる」
「弱みを握られたっす」
「自業自得だ。それより相手の出方によっては揉めるかもしれん。極力殺しはやりたくないが、領主や娘が死んだらごめんな。その場合は証拠を消すために領主城ごと吹き飛ばす予定だ」
覇王流星掌ならば、天災ということで済む可能性も高い。便利な技だ。
「いやいやいや、それは勘弁っす!! どんだけ物騒っすか!?」
「相手の出方次第だ。道理をわきまえるようなやつなら、オレだってそんなことはしない。謝罪して、頭を犬のフンがある地面にこすりつけて、回転させて、死ぬ気で謝るようなやつなら許してやらんこともない」
許してやらんこともない = 許さないかもしれない
「グラス・ギースがなくならないことを祈るっす…」
モヒカンにアンシュラオンを止めることはできない。
女を奪われた恨みは実に怖ろしいものなのだ。
(くそっ、いきなりつまずくとは! だが、諦めないぞ! 絶対に取り返すからな!!! サナ、待っていろよ! すぐに助けに行くぞ!)
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