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「白い魔人と黒き少女の出会い」編

42話 「魔剣士の厄日」

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 アンシュラオンが去った数時間後、昼前の魔獣の狩場。

 北側から接近してきた輸送船三隻が慎重に接近し、砂煙を上げながら止まる。

 これは民間で使われている一般的な船であり、ダビアのクルマと同じくホバー機能を使って動くものだ。

 このあたりではそう多く見られないものだが、ハピ・クジュネから来る商人も使っているので、それがここに現れたからといって珍しいことではない。

 ただし、輸送船から出てきた人間は、おおよそ商人とは思えない者たち。装備こそ傭兵風だが、動きが違う。明らかに訓練された様子がうかがえた。

 その中でも貫禄のある男、おそらく隊長であろう者が周囲を見回す。


「ここが魔獣の狩場か。思ったより殺伐としているな。聞いていた話では、もう少し賑やかだということだったが…」


 目の前で動いている者はほぼ皆無。人間がいないのは知っていたが、魔獣でさえ動いていない。

 そう、動いていない。

 たしかにいるにはいるが、草食魔獣は倒れたまま動かない。どうやら死んでいるようだ。


「外傷はないな。毒あるいは感染症か?」


 男が臭いを嗅いで確かめる。たしかに少しだけ異臭がするが、すでに刺激臭と呼べるものではない。

 一晩かけて多くの毒素は風で拡散してしまったらしい。


「閣下、こちらへ」

「何か見つかったか?」

「西側で魔獣の死骸が散乱しています。かなり大型の魔獣の死骸もありますが、ここと違って損壊が激しいものばかりです」

「わかった。今行く」


 男は誘導されて西の砂地に移動。

 そこは副官のメーネザーの言う通り、損壊した大型の魔獣の死骸が散らばっていた。


「凄惨という言葉は、まさにこのことだな。ほぼ全滅か」

「魔獣同士の戦いでしょうか?」

「魔獣が殺戮を楽しむとは、あまり聞いたことがないな」

「中にはそういった凶暴な存在もいるという話です。ここは東大陸、その辺境です。未知の生物がいる可能性もあります」

「これほどの破壊を好む魔獣がいたら、我々の任務も相当苦しくなりそうだな」

「閣下が怖れるような相手などおられるのですか?」

「怖い相手はたくさんいる。ルシアの雪騎将せっきしょうとかな」

「それはまた…笑えない冗談です」

「それとメーネザー、今の我々は【傭兵団】だ。閣下ではなく『団長』か『隊長』と呼べ。どこで聞かれているかわからないぞ」

「はっ、失礼いたしました」

「そこから変えないと駄目だな」


 うっかり敬礼をするメーネザーにその男、ガンプドルフは苦笑を浮かべる。


「なかなか染み付いたものは取れないものです。以後、気をつけます」

「焦ることはない。嫌でも慣れるさ」


(傭兵か。この格好にも違和感があるが致し方がない。ただでさえ目立つのだ。余計な連中に目を付けられないようにしないとな)


 ガンプドルフの装備は、今はとても簡素なものであった。

 本来身につけているフルプレートアーマーは目立つので、道着の上から所々を鉄で覆った革鎧をまとい、具足もそこらで売っているものを履いている。

 一見すれば安そうに見える外見だが、中はジュエルによって強化されており、それそのものが術具といってもよいほど豪華なものに置き換えられているので、戦闘になっても問題はない。

 しかし、この惨状を見ると少しばかり不安にもなる。


(戦闘があったのは間違いない。大きな魔獣が暴れたという可能性が一番高いが、それならば相手がいないと成立しない。魔獣単体が無秩序に暴れるという現象はあまり聞かないし、強い魔獣にちょっかいを出した違う魔獣がいるはずだ)


 荒々しく伸びた煤けた梅幸茶ばいこうちゃ色の髪の毛を、強引にバックにした髪形は、どこかライオンのたてがみを彷彿させる。

 その髪の毛に負けない迫力ある滅紫けしむらさきの瞳が、警戒の色をもって荒れ果てた大地を見つめる。


「周辺を探索する。注意を怠るなよ」

「了解しました」




  ∞†∞†∞




(なんだあれは?)


 探索が始まって数分。

 岩山に上って周囲を観察していたガンプドルフは、大地が大きく破壊され、そこだけクレーターとなっている地点を発見する。

 明らかに異常現象の痕跡である。

 岩山から移動してさらに接近すると、その光景の異常さがさらに際立つ。周囲は完全に破壊され、その中央には何かの残骸だけが残されていた。


(魔獣の死骸か? 相当傷んでいる、というよりは粉々にされたという感じだな。となれば、やはり攻撃跡なのか?)


 昨日までデアンカ・ギースと呼ばれていたもの、その肉片である。

 持ちきれずに放置された肉にはすでに大量の虫が湧いており、鳥型の魔獣もついばみに来ている。

 魔獣が死んでから一日も経たず、それは自然の中に還ろうとしていた。自然の逞しさを痛感する。

 ガンプドルフはクレーターに近寄り、調査を開始。


「メーネザー、来てみろ。すごいぞ、これは」

「この痕跡は…何か巨大なものでも落ちたのでしょうか?」

「そうかもしれん。が、これは【技】だな」

「技…ですか?」

「戦気の痕跡がある。人間がやったという意味だ」


 戦気には独特の破壊跡が残る。

 アンシュラオンが使った覇王流星掌は、放出系の戦気弾の系統に入るので、特に強い痕跡が残るのだ。

 それを見逃さないガンプドルフもさすがである。


「これほどのクレーターです。人間には不可能かと思われますが…」

「人間でもできる者はいる。よほどの凄腕、たとえば覇王に准ずるような超一流の武人ならば可能だ。だが、生身でやったとは思いたくないな」

「まさか【魔人機まじんき】ですか? 他国の軍がここに?」

「たしかに魔人機ならば技の痕跡は残るし、私のミーゼイアでもフルパワーを出せば同じことができるだろう。しかし、ここまで広域な攻撃となると普通の機体ではない。まだ野良神機がやったと言われたほうが納得できる」

「東大陸には野良神機も多いと聞きます。可能性はあるかもしれません」

「問題はそのような危険な存在が、ついさきほどまでここにいた事実だ。魔獣の狩場は比較的安全ではなかったのか?」

「そのはずです。今までの調査結果では、このような事態は一度も起こっておりませんでした」

「では、たまたま起こった例外だというのか。今日に限って…か。まったくもって運が悪いな」

「閣……団長、訓練はいかがいたしましょう? 撤収しますか?」

「もう少し状況を確認しておきたい。訓練がてらに周囲の安全確保を行う。もし大物が出てきたら私が対応すればいいだろう。ここにキャンプを張る以上、憂いは断っておきたいからな。しかし、ナージェイミアは移動したほうがよさそうだ。さすがに危険すぎる」

「せっかくの隠し場所が台無しですな…。ここほど条件を満たす場所はなかなかありませんでした。まさに不運です」

「私の運の悪さはすでに極まっているさ。なにせ、あの『領主』と今晩交渉しなければいけないのだぞ」

「領主…ですか。あまり好ましいタイプではありませんな」

「好き嫌いで政治は動かんよ。我々は土地と物資、彼らは防衛のための戦力。互いにメリットがあるのだから多少のマイナス要素は妥協せねばならない。嫌でもやるしかないさ」

「であれば、なおさら情報は必要です。グラス・ギースの報告書が届いております。交渉前にご確認ください」

「都市に潜伏させていた密偵からだな」

「はい。一年半前から忍ばせておりましたので、我々との関係は疑われてはいないでしょう」


 ガンプドルフがグラス・ギースに関する報告書を読む。

 そこには都市に関する情報が事細かに書かれていた。


「思った以上に複雑な統治体系だな。【五つの派閥】が存在し、それぞれで利益共同体を築いているのか? 領主のディングラス家を頂点として、四つの派閥が支える形のようだが…地方貴族のようなものか?」

「そう認識しております。現在は安定しているようですが、定期的に内部抗争も起こっているようです」

「どこも一枚岩とはいかんか」

「要注意人物もご確認ください」

「ふむ、ディングラス家のファテロナは…あのメイドの暗殺者だな。ハングラスのグランハム、ラングラスのソイド、マングラスのセイリュウとコウリュウ、ジングラスの戦獣乙女にアーブスラットか。やはり都市ともなれば数はいるようだな」

「報告書では、一部を除いて『百光長ひゃくこうちょう』以上ならば対応可能とあります。戦力的には我々が上だと思われます」

「だが、我々は部外者でアウェーだ。相手のほうに地の利があるのならば油断はできんな。なめてかかると痛い目に遭うものだ」

「交渉はやはり私が代理で行ったほうがよろしいのでは? 何があるかわかりません」

「そうもいくまい。お前には戦艦の指揮を執ってもらわねばならないし、ああいう男は面子を重視するものだ。私が行かねば侮られたと不快に感じるだろう。連れていく騎士の数も最低限でいい」

「せめて百光長をお連れください。マルズレンあたりが妥当かと」

「戦力が大きすぎると無駄に警戒させる。武装も最低限、数も最低限だ。トールガイアもヘビタイトアーマーも置いていく」

「閣下、それでは危険です」

「我々は争いに来たのではない。穏便かつ平和的な話し合いに来たのだ。お互いにとってメリットがあるのならば、相手も馬鹿なことはしないだろう」

「しかし、いざという場合は戦力を送り込むことも必要でしょう。閣下に何かあれば…」

「わかったわかった。だが、戦力を潜ませておくのならば都市の外にしておけ。何があっても自力で逃げてくる。この剣を信じろ」

「…わかりました」


 すでに普通に閣下と呼んでいるあたり、メーネザーにも余裕がないことがうかがえる。


(心配性…と笑うわけにはいかんな。それだけナーバスな状況なのだ)


 メーネザーの意見は至極真っ当である。それくらいの警戒は必要だろう。

 がしかし、こちらにも強硬な態度を取れない事情がある。多少の危険は受け入れるしかない。


「では、訓練を開始する。グラス・ギースに渡す兵器の確認もしっかりとしておけ。我々の軍事力を見せ付けるチャンスだぞ」

「了解しました。【魔人甲冑】はどういたしますか?」

「使えるものは何でも使う。我々に残された数少ない戦力だからな」


 この時代の主力は戦艦であり、ガンプドルフが乗ってきた巡洋艦や、さらに巨大な大型戦艦が戦争の花形として活躍している。

 それに対抗できる兵器の中に、神機のレプリカである魔人機が存在するが、絶対数が少ないために大半の場合は頼りにすることはできない。

 となれば単純に戦艦には戦艦で対抗するか、あるいは【白兵戦】で対応するしかない。

 戦艦同士で砲撃戦をしながら接舷したり駆逐艇を送り込んで、内部から制圧する白兵戦術が極めて重要な意味を持っている。やはり武人とは歩兵でこそ価値を発揮するものなのだ。

 ただし、強い武人は少ない。

 アンシュラオンのような存在が、そこらに湧いているわけではない。あれは稀有な例であり、ほとんどはラブヘイアのような普通の武人である。

 そこで考えられたのが【パワードスーツ】だ。

 生存率を上げ、一般的な武人でも強力な戦力になれるように開発された『機械甲冑』である。

 魔人機を小型化してパワードスーツとして着込む発想。そこから発展したものがこの魔人甲冑といえるだろう。

 あくまで甲冑なので魔人機よりも製造がたやすく、装備の自由度が高いため、使い方次第によっては大きな戦力になると期待されている。

 ただし、未完成である。


「魔人甲冑を本格導入できれば盛り返せるかもしれんが…まだ不安定か」

「他国でも開発が進んでいるという話です。ルシア製のは相当な出力と聞きますな」

「もともとルシアから来た技術だからな。それにしても近年のルシアの軍事化は、あまりに異常だ。際限がない。やつらは本当に西側の覇権を握るつもりかもしれん」

「噂によれば、技術開発の担当者に新参者が就任したとか。凄腕の錬金術師と聞いています。魔人甲冑もそこから出た技術のようです」

「また噂か。正確な情報が掴めない段階で我々は遅れを取っている。『服従派』のやつらは、すでに衛星国家であることを受け入れている。本国はもう手遅れだろう。国を守るためには、こちらの計画を進めるしかない」

「動くのは早いほうがよいでしょうな。時間をかければ気取られます」

「そうだな。やつらの地盤が固まる前に『あの御方』だけでも逃がさねばなるまい。そう思って息巻いてやってきたわけだが…いきなりこれか。前途多難だな」


 目の前に広がるのは、見事なまでの破壊の痕跡。

 改めて東大陸の混沌さを思い知った感覚である。

 しかし、ガンプドルフたちは前に進むしかない。


「ミーゼイアも出すぞ。たまには出してやらねば拗ねるからな」

「了解しました」


 大きなトレーラーがやってくると、荷台が垂直に動き、全高十二メートル以上はある『金色のロボット』が姿を見せる。

 ガンプドルフの魔人機、ゴールドナイト99-092、『ゴールドミーゼイア〈黄金の研篝矢けんこうや〉』だ。


(本当は出したくないが、しっかりと調整をして、いつでも動かせるようにしておくべきだろうな。なにせここには大型魔獣を圧倒的な力で殺せる何者かがいるのだ。警戒しておいて損はない)


 そして、鎧を来た騎士や傭兵風の兵士たちが輸送船から出てきて、実戦訓練を開始する。

 魔獣の狩場は広いため、少しずつ範囲を広げながら安全確保をしていく。

 全高四メートルはある魔人甲冑も出撃し、戦車といった一般兵器も続く。

 魔人甲冑以外の戦車や銃火器に関しては、グラス・ギースとの交渉材料に使うため、不良品がないかのチェックが主な作業となる。

 その様子は、まさに【軍隊】。

 そこらの傭兵団とは武装も練度もまったく違う戦闘組織の姿があった。

 今回ガンプドルフがここにやってきたのは、この武器でどれだけ魔獣を狩れるのか、領主たちに自分たちの軍事力を見せ付けるためであった。


 だが、結果は―――厄日


 彼らはその後、デアンカ・ギースが傷つけてボロボロになったハブスモーキー数匹と、怯えきったエジルジャガーを十数匹狩るのが精一杯だったという。

 運がないと自虐したガンプドルフは、実際に運がなかったようであるが、最大の要因はアンシュラオンだ。

 あの戦いの余波で、多くの魔獣が奥地に逃げてしまっていたわけだ。


(最悪だな。大見得を切って出てきた結果が、この有様か)


 大の大人が、しょんぼりしながらグラス・ギースに戻るさまは、なんとも物悲しいものであった。

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