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「最強姉からの逃走」編
16話 「パミエルキ VS 人類最高戦力 その2」
しおりを挟むパミエルキと曲がりなりにも戦える武人。
そんな驚異的な存在が目の前にいること自体が、まさに稀有な事例である。
「あんた、何者?」
「ただの通りすがりですよ」
「つまらない嘘をつくのね」
「では、少し訂正します。通りすがりの【人類最高戦力】と言ったら信じてくれますか?」
「あんたが? さすがに笑えない冗談ね」
「意外と冗談ではないかもしれませんよ」
「もし本当ならば陽禅公がいるはずでしょうに。うちの師匠は、あれでも最強の覇王よ。性格はクズだけど」
さすがアンシュラオンの姉。師匠をクズ呼ばわりである。
「存じておりますよ。ですが、彼はあなたとは戦わないでしょう。あくまで人を守るために戦う者の中で、という意味です。だから『最強ではなく最高』なのです」
「師匠は他人に興味がなさそうだものね。こんな馬鹿なことには関わらないでしょうよ。それにしても随分な言われようね。まるで私が人類の敵みたいじゃないの」
「あなたは現に人類を滅ぼそうとしているでしょう? あの村に何をしようとしましたか? ただの一般人の住処です。放っておけば全滅だったでしょう。その次の村は? 次の都市は? どうするつもりでしたか?」
「私の大切なものに手を出すからよ。邪魔だから排除するだけ。悪い? 私は私の好きにやるわ。あんたに命令される筋合いはないの。誰を殺そうが私の自由よ」
「あなたは怖い人ですね、美しい人よ。たかがあれくらいの会話で殺されていたら、たまったものではありません。『あなた方』は強すぎる。それを理解してください」
「ふーん、ずっと私を監視していたってわけか。アーシュのことも見ていたようね」
「ええ、見ておりました。そこで相談なのですが、彼に関わらないでいてもらえますか?」
「あ?」
「もしくはあなたがこのまま火怨山の中にいてくだされば、これ以上の手荒な真似をせずに済みます」
「は?」
「どうですか? 彼に時間を与えて欲しいのです。こちらからの要求は、ただそれだけです」
「………」
もはや語る必要はないと思うが、パミエルキのこめかみに青筋が立つ。
目付きも鋭くなり、周囲に凄まじい殺気が満ちた。その波動を受けた生物が、微生物を含めて次々にショック死していくほどだ。
姉、お怒りである。
それも当然だろう。ゴミクズのような人間どもが、アンシュラオンに意識を向けるだけで不愉快なのだ。
「相談? 懇願の間違いでしょう? 土下座して首を差し出して哀願するのならばまだしも、私に……私に私に私に!! あんたみたいなクズ野郎が話しかけることすら罪!! しかもアーシュに関わるな? ふざけるんじゃないわよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
パミエルキから膨大な戦気が噴き上がる。
彼女の戦気はやや赤が多めの白だが、今は怒りを体現したように真っ赤な炎に包まれている。
長い髪の毛一本一本が生きているかのように、うねうねと動き回る姿は、もはや人間とは思えない異様さだ。
しかしまあ、相変わらずの性格である。甘いのは弟に対してのみで、他者に対する愛情や思いやりは微塵も存在しない。
「ぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺す、ぶちころすぅうううう!!」
「やはり説得は無理でしたか。どうやら私一人で止めるのは難しいようですね」
「いまさら逃げようたって、そうはいかないわ! あんたは許さない!」
「みすみす殺されるつもりはありません。では、私も遠慮なく『応援』を頼みましょう」
青年の背後の森から、すっと新たな人影が現れる。
白い羽織と青い着物を着たサムライ風の男が出てきた。顔は髭があってやや細長く、青年と比べると顔付きはごついが、威風堂々とした『強者の風格』を身にまとっている。
「ジル、苦戦してんな」
「ええ、強いですよ。あなたもお気をつけて」
「気をつけるもなにも、俺がやることは一つだけだ。ぶった切る、それだけさ」
(こいつも強いわね。でも、『波動円』に反応はなかった。いったいどこから? 私の索敵を誤魔化せるとは思えないけど)
パミエルキの波動円は、五千メートル以上の圧倒的な索敵範囲を誇る。その精度も正確で、生物だけではなく木々の枝一本一本、葉の一枚一枚すら的確に感知することが可能だ。
それにもかかわらず、ジルと呼ばれた青年もサムライもどちらも感知できなかった。青年の時は興奮していたにせよ、戦闘モードに入っていた後者のほうは明らかにおかしい。
しかし、それを考えている暇は与えてくれない。
「本気で参ります」
ジルの戦気が一気に解放。今までよりも濃密で強烈な波動を放つ。意図的に力を抑えていたようだ。
すでにその体表は金色に輝いており、存在感が倍増している。彼がここにいることからどうしても目を逸らせなくなる。
(『覇気』まで使えるか。やはり戦士因子は『10』あるわね)
『覇気』は覇王専用ではなく、戦士因子を最高まで高めた場合のみ発動できる特殊な気質である。覇王はたいていの場合、戦士因子が最大値まで覚醒していて使える者が多いため、そういった誤解が広まっているだけだ。
当然、陽禅公やゼブラエスも使用可能だが、それ以外に使える者がいるほうが驚きだろう。
覇気を身にまとったジルが、パミエルキに接近。
高速を超えて『光速』となった拳撃を叩き込む。おそらくこれが彼本来の拳の速度だと思われた。
(戦った雰囲気から察するに、タイプはスピード型。アーシュと同系統だけど、多様な技を駆使するタイプじゃなくて直線に強いほうね。ふん、べつに覇気なんて珍しくもない。こっちも使えばいいだけよ)
パミエルキも覇気を出し、それに難なく対応。同じく光速の拳撃を当たり前のように返す。
それには青年も思わず唸るしかない。だから奥の手は隠さない。
「全力で押さえます! その間に!」
「任せろ」
「うおおおおおおおおおお!」
ジルがサムライに呼びかけると、拳の音が徐々に変わっていく。
最初はドンドンドンと大気が弾ける音が響いていたが、拳はさらに加速を続け、叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて―――叩く!!
大気は唸りを上げ、上げ続けて、限界を突破。
ドンドンドンドドドドドドドッ ――― ドーーーーンッ!!
『銅鑼』のような響きだった。
幾百幾千、幾万の拳が重なり合うことで、一つの巨大な音が生まれたのだ。
それは―――【戦鐘】
戦において味方を鼓舞する時、勝利を告げる勝ち鬨を上げる時に鳴らされる銅鑼の音である。
戦い、叩き、また戦い、また叩く。それからも戦い続けて叩き続ける。それを何万、何億と繰り返す。
飽くなき闘争の果てにだけ存在する絶対勝利の拳だけが、この音を鳴らすことができる!
その力が、パミエルキを圧倒。
ドーーーーンッ ドーーーーンッ! と戦鐘が鳴るたびにパミエルキの拳を砕き、その余波が彼女の身体を傷つけていく。
覇気を傷つけられるのは覇気だけ、と世間一般では認識されているが、ジルの拳はもはや武人の中でも最高レベルにまで達している。
これが戦場ならば、この音が一回鳴るだけで何百といった屍が生まれるに違いない。誰も彼の歩みを止めることはできないだろう。
「『ユニークスキル』の効果かしら? 連続して拳を放つたびに速度と攻撃力が上がっている? ふふ、面白い技を使うのね。攻撃型スピードタイプの戦士を極めた形があなたの真骨頂というわけね」
しかしながら目の前の女性は平然としていた。
ジルの戦鐘はパミエルキの『完全自己修復』を破壊しているのだが、スキルがなくても彼女には術式がある。魔王技の復元術式を使えばよいだけだ。
砕かれた拳は一瞬で復元し、何事もなかったかのように迎撃する。しかも様子を探るようにじっと凝視して能力を分析していた。
圧倒しているのはジルのほうだが、なぜか勝っている気がしない。
だが、青年は一人ではない。
そこに予告通り、サムライの男が割り込んできた。
男が持っていたのは『石の剣』。何の変哲もない石を削って作ったものだが、彼が剣を振るった瞬間、刃が黄金色に変化。
光の剣となった一撃が三十メートル以上伸びて、パミエルキを攻撃。
パミエルキは急激な軌道変化で回避するが―――
「甘ぇよ! 逃がさん!」
光の剣はさらに伸び、切り抜くように振るわれた一撃が―――パミエルキの左腕を切断
覇気は極めて防御性能の高い気質だ。それを切り裂く段階で異常な攻撃力である。
(この男は『光気』使いか。こいつも剣士因子が『10』あるわね)
男が使っているのは剣王技、『剣光気』。
剣士因子レベル10で使える刀身に光気をまとわせる最終奥義の一つだ。
光気とは、ひたすら戦気から不純物をなくした時に生まれる『光』である。
闘争本能を究極まで洗練し、浄化し尽くした先にある人々の希望。その輝き。戦気本来の気質といえる。
光気は才能だけでは扱えない。サムライはジルと比べて性格が軽い印象だが、恐るべき鍛錬と修行を繰り返したことがわかるだろう。
腕を失えばガードが甘くなる。そこにジルの戦鐘の拳が炸裂。
パミエルキの身体が次々と吹き飛ぶ。
復元も同時に行われるのでなかなか致命傷には至らないが、サムライの男はジルを的確に援護し、隙を見てパミエルキの首を狙って強烈な一撃を見舞ってくる。
どうしても剣士の一撃のほうが強いため、そちらに対応するとジルに圧される。ジルに意識を向けすぎると、今度はサムライが一撃必殺を狙ってくる。
両者の連携も完璧に近いほど洗練されていた。これだけの強者二人が、たった一人と戦うための連携を極めたのならば、明らかに意図的。
あらかじめパミエルキとの対戦を想定していたのだ。
(私を【待ち伏せていた】のは確定ね。こんな連中なんて知らないけど、まあいいわ)
「卑怯なんて言うなよ? これも戦だぜ」
「べつに。私も一人ではないから、おあいこね」
「っ!」
サムライの背後に黒い闘人。
しかも今までよりも禍々しく大きくなっており、二つの獣面に八本の腕、それぞれに長さと大きさが違う刀を持っている。
闘人操術を超えた最終奥義の一つ、『闘神』と呼ばれるもので、武装闘人を最大昇華すると生まれるものだ。
パミエルキのものは『夜叉母神』。
子供の頃のアンシュラオンが何気なく「自分の子供が好きすぎて、他人の子供を食べちゃう母親の神様がいるみたいだよ」と鬼子母神の話を振ったら、それを参考にして生み出してしまったものだ。
その話の通り―――荒れ狂う!!
―――「オァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
わが子はどこだと叫び、怒りの形相でサムライに襲いかかってくる。
アンシュラオンを取り戻したいパミエルキの心情がそのまま反映されているため、宿った力も通常の闘人を何十倍も上回る。
「いつの時代も化け物退治は剣士の役目だけどよ、化け物すぎん? 『神気』も濁りきってやがるぜ!」
闘人と闘神の最大の違いは『神気』を使う点だ。本来は神々しい力であり、こんなに黒く染まることはない。
このレベルになるとサムライは闘神に対応するしかない。男は剣士なので防御力は戦士のジルに数段劣る。こんな危ないものを背後に残したままではいられない。
光輝く剣気で闘神を切り裂くが、溢れ出る凶悪な気質によってすぐさま復元され、また鬼の形相で迫ってくるのでかなり手を焼いているようだ。
サムライの援護がなければジルを相手にするのは容易だ。なぜならばパミエルキのほうが能力値が高いからである。
その証拠に、ジルの額に汗が滲んできた。体力の消耗が著しいのだ。
「さっきまでの余裕はどうしたの? とてもつらそうね。ふふ、それも当然かしら。覇気は戦闘において最強の気質だけど消耗が激しいもの。見たところ、あなたのその身体はあまり丈夫ではないようね。このレベルの戦闘であと何時間もつかしら? 言っておくけど、私は最低でも二十四時間以上はもつわよ」
パミエルキのスキルに『二十四時間無敵化』というものがある。
これは戦い続けてから二十四時間は絶対に死なない(HPが一定以下にはならない)し、絶対にBPも枯渇しないというチートスキルである。
一度発動すると、次に発動するまでのクールタイムが二十四時間必要という制限はあるが、これがある限りガス欠にはならない。
彼女を倒すには、最低でも二十四時間以上は戦い続けねばならないのである。
よって、どう考えてもジルのほうが先に力尽きる計算だ。もとより華奢な身体付きである。それが彼の弱点であった。
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