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「最強姉からの逃走」編
10話 「ブシル村、訪問」
しおりを挟むアンシュラオンは集落の入り口らしき場所に立ち、近くにあった立て札を見る。
そこには「ブシル村」と書いてある。
(文字は本と同じだな)
アンシュラオンが軟禁されていた家にあった本と同じ文字である。
ほぼ日本語と同じというか、そのまんま日本語に見えるのでアンシュラオンには特に苦もなく普通に読めるようだ。
(今まで疑問に思ったこともなかったけど、普通に漢字なんだよな。それとも脳内でオレが漢字に変換しているのか? 謎は深まるばかりだが…まあいいか。読めればいいし)
村の周囲は整地されていて見通しも悪くないので、途中からは一般人と同じく歩いてやってきた。そのほうが怪しくないだろう。
入り口には門は存在せず、誰もいなかったので何のチェックもなしに入れた。魔獣避けと思われる柵も適当な造りで、ここまで無警戒だと無用心に感じるところもある。
とりあえず中に入り、村を見回す。
そこは東南アジアにありそうな村の光景。土の大地の上に家屋がまばらに建ち、多少ながら人々が行き交う姿が見られる。
村は大きくはなく、せいぜい五十人から百人が住む程度の小さな集落といったところだ。
(うん、普通に集落だな。見た感じ、そこまで豊かじゃないけど…それにしては妙な活気のようなものもある。何かあったのか? おや、あれは?)
村の半ばあたりに家庭用には見えない大きめの馬車が止まっていた。幌付きで、他に置かれているものよりも少し立派だ。
その隣には、まとめられた物資が置かれている。木箱に入っているので中身は見えないが、開いた箱から飛び出ているものは金属の棒だろうか。
しばらくそれを見つめていると、一人の【少女】が棒を取り出し、テントのようなものを作っていった。
あれだ。運動会や屋台で組み立てるような、少し大型のものである。
少女は慣れた手つきでテントを組み立てると、荷馬車から取り出した物品を台に並べていく。野菜やら果物やら、フライパンやら包丁やら、あるいは全然系統が違う本のようなものまで並べる。
その光景につられて周囲から人が集まっていった。
そこには少女以外の【女性】もいた。なんと、半分は女性だ。
(いた!! 女性だ!! 本当にいたんだ! 感動だ!! オレはついにやったぞおおおおおおお!)
生まれて初めて姉以外の女性を見た。その感動は計り知れない。
これはまるで初めて人類が火を使い出したに近い、偉大なる進化の第一歩である。
(人類は絶滅していなかった!! 女は姉ちゃんだけじゃなかった!! それを証明したんだ!!! でも―――)
本当は小躍りしたい気分であったが、なぜか急速にその気持ちが萎えていく。
その原因の一つは、皆々様方がお歳を召されていたせいもあろうか。すでに女性を失っているご婦人も何人かおられる。
そして、もう一つ。
姉が美人すぎたこと。
(まさか姉ちゃんに慣れたせいか? すべてが色褪せて見えるな。それも当然か。姉ちゃん…好みだったんだよなぁ。姉ちゃんのインパクトの強さと比べると、嬉しいには嬉しいけど普通の女性じゃ何も感じないな。せいぜいあそこの少女くらいかな。姉ちゃんに比べると相当劣るけどね)
とはいえ偉大なる一歩には違いない。すべてはこれからである。
改めて、その集まりの中心である少女を観察する。どうやらこの活気は彼女が来たことで生まれているようだ。
(やっぱり行商人ってやつかな。それにしては幼いけど)
少女の見た目は中学生くらいだろうか。もっと若いかもしれない。
少女が働く光景など日本以外ではさして珍しいものではないので、そこは特に意外ではない。
通りかかる人々の服装や周囲の雰囲気から、文化レベルは発展途上国程度だと推測できる。
ただ、思った以上に服装はバラバラ。
良く言えば多様だが、悪く言えば統一感がまるでない。
(しかも全員、髪の毛の色が違うな。肌の色も微妙に違うし、目の色も違う。どうなってんだ?)
これもまた気になったポイントである。
データ収集のために観察した人間を含めて、まだ二十人も見ていないが、この段階で髪の毛の色も肌の色も、目の色でさえも微妙に違う。
中には微妙どころか、赤や青などまったく違う者もいる。パンクな若者の集会ならばわかるが、歳を取った人間でも同じである。
そうでありながら、その様相に各人が意識しているようでもない。完全に見慣れている「いつもの光景」といった様子だ。
(わからん。全然わからん。サーカスか? それとも髪の毛を染めることが流行っているのか? もし違うなら、いったいどれだけの人種がいるんだ? あまりに違いすぎて傾向性もまったく掴めない。しかし、今にして思えば師匠もゼブ兄も違ったな。サンプルが少なすぎて、まったくおかしいとは思わなかったが…)
師匠が禿頭なので、そこも意識できなかった要因である。仮に陽禅公の頭が赤とかだったら、さすがに気になっていただろう。
ゼブラエスは金茶なので、この段階で髪の毛の色はアンシュラオンとパミエルキの白と彼の金茶だけになる。比較対象が二つだけならば、さすがに人種まで意識できない。
そうした事情があるので、今までの人生で初めて『人種』というものを意識したわけである。
(うーむ、珍しい光景だ。ここが特別なのか、あるいは他もそうなのか。実に興味深い問題だな。…ん? なんだ? ものすごい視線を感じるが…)
視線を感じる。
周囲の視線が、少しずつアンシュラオンに集まっているのだ。
一人や二人ならばよいが、テントの前に集まった人たちも物品そっちのけで自分を見つめていた。その視線は自分が放っていたものと同じ。
そう、観察の視線である。
(そりゃ、見慣れないやつが黙ってじっと見ていれば気になるか。パンダじゃあるまいし、オレもじっと見られるのは嫌だな。さあ、そろそろオレもあそこに行ってみるか)
ということで、見物客を装って自分も行ってみることにする。
その間も人々の視線はたびたびアンシュラオンに集中していたが、次第にそれも収まっていく。
ただ、一部の子供たちだけは本当にパンダを見るような目で見つめ、どこか興奮したように何かを話し合っているのが気になるが。
「見て、あの人、お姉ちゃんに貞操を奪われた人だよ」
「でも、最初は喜んでいた人だよ」
「お姉ちゃんが追ってるよ。ほら、逃げなくていいの?」
「どうせ逃げられないのにね。くすくす」
(やめろ、やめてくれ! オレを追い詰めないでくれ!)
というのは、【被害妄想】である。
現在の神経過敏なアンシュラオンには、他人のひそひそ話がすべて自分のことを話しているように感じる。完全に自意識過剰である。
大多数の人間は基本的に自分のことで精一杯なので、本当の意味で他人を見る余裕などはない。
ただし、アンシュラオンのことを話している、という点に関しては正しい。
一人の幼女が顔を紅潮させ、ぼ~っと見つめる。
そして、誰にも聴こえない声で呟いた。
「綺麗な髪。宝石みたいな目。天使…さん?」
アンシュラオンはまだ気づいていない。
パミエルキを見て最上の美を感じるように、自分もまた同様の極上の美を持っていることに。
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