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「最強姉からの逃走」編
5話 「覇王、陽禅公」
しおりを挟む「師匠、【近親相姦】って、許されるんですか?」
「いきなり、何を言うのかな?」
亀仙人みたいな禿頭と髭の老人、陽禅公が穏やかな声で答える。
声音は優しいが、そんな声でいつも無茶振りをするという、姉とは違う意味で恐ろしい人だ。歴代最強とも呼ばれる現役覇王として、世界で一番強い武人といわれていたらしい。
が、当人いわく、今では姉のほうが強いという。
そのことに言いたいことは山ほどあるが、事実なので受け入れるしかない。姉が強すぎるのだろう。
「一週間で120回以上したんですよ。信じられます!?」
「いきなりカミングアウトされてもね。ジジイには刺激が強いよ。というか、君の体力にも驚きだよ」
「オレだって出したくて出したわけじゃないです。そりゃ最初はよかったけど…半分超えてからはつらかったです。姉ちゃん、底なしだし」
「ところで、それが本題?」
「そうそう!! 姉と弟がその…スルのって、いいんですか? そういうのって、何かしら問題があるのかなって…。ほらその、よく言いません? 生まれてくる子供がその…いろいろあるとか。倫理面でもそうですけど」
近親相姦。
そう、血の近しい者同士が交わることである。遺伝子上、あまり好ましくはないもので場合によっては少し困ったことになる。
それゆえに法律で近親間の婚姻を禁じている国は多いが、日本でも(同意、互いに好意がある場合の)性交自体は禁止されていないなど、なかなか難しい問題となっている。
ただこれも、【この世界ではどうなのか】、という確認が必要だ。
そこでアンシュラオンは、驚愕の事実を知る。
「べつに、いいんじゃない? よくやってるよ」
「どうして!!! 許されざることですよ!! 背徳的だ! 認めちゃいけない! 弟が姉に搾取されるなんて、あっちゃ駄目だ! オレは人権保護を主張します!!」
「人権ねぇ…」
日本人の感覚ではそうだ。
だが―――
「そういうところもあるけど、武人は例外だね。武人ってのは血を濃くするのが仕事みたいなところがあるから、王族とか血統遺伝を持つ者は、血を遺すための近親婚は珍しくないね」
場合によっては推奨されている、という事実。
武人の血は貴重である。古来より伝わる【偉大なる者】の因子を遺すためならば、近親間での行為は正当化される。いや、それが正しいのである。
しかも武人は遺伝子が強いので、病気の子が生まれることは、そもそもあまりないのだ。
もちろん血が合わないことで、あまりよくない結果になることも多いが、それならばまた作ればよいだけのことだ。その希少な血に比べれば、微々たることである。
「なんて破廉恥な!! 不道徳です! 非倫理的です!! オレは子供を守りたい! 明日の人類を守りたい!」
「そんなこと言われてもねぇ。そういうシステムだし。たまにならいいんじゃないの?」
「この一週間だけじゃない! 隙を見せれば襲われ、搾られ、搾取されているんですよ! 昆虫だったら死んでますよ!」
「うーん、二人の問題だしね。でも、楽しんでない?」
「楽しいですよ! 姉ちゃんは美人ですからね! でも、愛が重いんですよ!! 鉄球並みに重い! こんなの、こんなの、オレの望みじゃなかった!! もっとこう、穏やかで優しくて、ちょっと恥じらいもありながら、エッチな感じの姉がよかった!!」
「うーん? 今とあまり変わらないような…。パミちゃんは優しいじゃないか、君には」
「オレには…ですね。たしかに。それってあれですか、オレが犠牲になればみんな平和、みたいなやつですか?」
「うん」
「否定しろ、ジジイいいいいいい!!!」
「キレる若者だね。首を絞めないでほしいよ。一応師匠じゃよ、わし」
もうすでにパミエルキと立場が逆転しているが、一応師匠である。敬っていただきたい。
「その話で確信しましたよ。外にはもっと広い世界があるって」
「パミちゃんは、何て?」
「人類は絶滅して、残っているのはこの四人。その内、女は自分一人だと言っています。だからオレと結婚すると」
「…そう」
「………」
「………」
「会話が止まってる!! なんで止まるんですか!」
「いや、パミちゃんが言うなら、そうかもね」
「絶対嘘だ! 隠しているに決まっている! オレ、女神様に会いましたもん! そんなこと言ってなかった!」
「おや、会ったのかい? どっちに?」
「どっち?」
「うん。二人いるから」
「えっと、すごい優しくて、お母さんみたいな人です。あっ、お母さんといっても、若い感じの…。胸は大きいです」
「最後の重要?」
「個人的には。小さいのも嫌いではないですけど、姉は大きいほうがいいかなと。ああもちろん、小さな姉もグッドですけど! 両方大好物です!」
「力説されてもねぇ。わし、そっちの趣味ないし」
「そろそろ教えてくださいよ。いるんでしょ? オレ、師匠の部屋でエロ本見つけましたもん」
「過去の遺物だよ。捨てられなくてね」
「師匠ならわかるでしょう? 自分でやるほうがいいときもあるって。たまには独りになりたいときもあるって。お願いしますよ…ほんと。気が休まらないんですよ。身体ももたない」
「うーん、しょうがないねぇ」
陽禅公が、ぼそっと語り出す。
「わしが子供の頃だから何百年も昔だけど、たしかに【災厄】ってのがあったのは事実だよ。それで世界中に大きな損害が出てね」
「人類が絶滅した?」
「いんや、全然。いっぱいおるよ、八十億くらいいるし」
「姉ちゃんの嘘が雑すぎる! やっぱり…。ちくしょう、嘘じゃねえか…」
「このへんにいないってのは事実じゃよ。実際、この火怨山にはおらんしな」
「この山全部?」
「そうじゃな。めっちゃ先まで誰もおらん。魔獣だけよ」
「その先には?」
「いる」
「よっしゃ! 希望が出てきた! そこに行けば、女がいるんですよね!? 見た目が姉ちゃんみたいな人も!」
「それって結局、パミちゃんが好きってことじゃないの?」
「そこは勘弁してください。オレは自由が欲しいんですよ」
「でも、パミちゃんは絶対追いかけるよ。それだけならいいけど、邪魔するものは全部殺すだろうし」
「…ですよねぇ。姉ちゃん、何なんですか? 師匠より強いですよね」
「そうねぇ。何なんだろうね」
「いやあんた、覇王でしょ? 知らないんですか?」
「覇王だって、ただのジジイだもの。あんなの知らんよ」
「オレって素質的にはどうなんですか!? 世辞はいりません! 本音でお願いします!」
「前も言ったけど、パミちゃんと同じくらいの資質はあるよ。さすが姉弟だねぇ」
「差が広がっていくばかりなんですが…歳の差なんてレベルじゃないですよ」
パミエルキは八歳年上の姉であるから、その分だけ差があるのは知っている。
だが、女性である。まだ成長期とはいえ男である自分が、まったく歯が立たないってのはおかしい。
「もう少ししたら、何とかなるかな?」とか思っていた頃が恥ずかしい。いつの間にか姉のステータスはカンスト状態である。追いつくどころか、どんどん離されていく。
「オレ、このまま死ぬのかなぁ」
「いいじゃないの。快楽に溺れて死ぬってのも幸せだよ」
「年長者の発言じゃない!? ゼブ兄も戦闘馬鹿だし、ここにまともな人っていないんですか!?」
「人の生き方はそれぞれだからねぇ」
「そのせいで犠牲になる人間がいるってことも、忘れないでください!」
相手は逃がすつもりはなく、一生このまま抱きしめておくつもりだ。これでは一生搾取され、家畜のように生きるしかなくなる。
自分に姉に支配されたい属性があることは知っている。強気の姉に萌えることもあるだろう。それがデレたりすれば、もう最高なのだろう。
この一週間のようにデレモードに入れば、それはそれで楽しい。否定しない。否定はしないが、実際に自由を奪われてみると、案外厳しいことに気がついた。
このままでは、死ぬ。精神的に、人間的に死んでしまう。
やはり人間は自由を求める生き物だと知ったのだ。
「オレに自由はないんですか!? 自由、それはなんて甘美な響き!!」
「自由は大変だよ。だからわし、ここにいるし」
「このニートがぁ!! そんな姿勢で厳しい社会を生きていけると思ってんのかぁああ!」
「いやだから、わし、師匠よ? 首を絞めないで」
「それでもいいんです! 乞食になろうが、飢えようが、なんとかしてみせます!」
もし何の当てもなければ迷うところだが、ここでの修行によって鍛えられている。森に行って食べ物を探すこともできるし、魔獣や魔鳥だって自分で狩れる。
毎日、姉の料理を作っているのだ。料理の腕だって問題ない。
そうだ。何の問題があろうか!!
いや、何もないのだ!!
「じゃあ、修行が終わったら出て行けばいいんじゃない?」
「え!? いいんですか!?」
「まあ、免許皆伝になったらね。最初からそういう話だったけど…聞いてない?」
「初耳だ!!」
耳が飛び出そうなほど驚いた。パミエルキからは一言もそんな話は聞いていない。
これは隠していたというより、最初から論外といった感じで、記憶から排除した可能性すらある。
「いいお姉さんじゃない。君が心配なんだね」
「そんな愛はいらない! 姉の咀嚼した食べ物が主食の人生なんて、オレは無理ですよ! 一緒にお風呂はいいけど…。それと一日数回なら…」
最後に若干本音が出たが、それ以外の要素がちょっと無理である。どんなに美人で好みであっても耐えられないことはあるのだ。
「じゃ、修行がんばって。その日が来たら、自由にすればいいよ」
「うおお、うおお! やってやる! オレはやってやるぞおおお! 姉ちゃんの支配から、脱却してやるぞおおおおおおお!!」
そうして日々、修行に励むのであった。
当然その間は姉に搾取され続け、修行と夜の仕事で痩せ細る姿に、魔獣にすら同情されたという哀しい話が残っているが。
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