おれときみの愛の真理

秋綺-Aki-

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雫愛

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  新幹線に揺られる。
  てか、走られてる。
  人工的で無機質なごちゃついた風景は、わりとすぐに、空と緑ばかりの開けた景色に変わった。
  となりでは、侑翔が熱心にスマホを触っている。 

  侑翔は、休日にこうしてよく遠出をしようと言い出す。
  今日のこれも、大学で友達と話していて行きたい神社ができたらしく、昨日の夜に突然決まった。
  普通の旅行にもよく行く方だと思うのに、こんななんでもない日にパッと新幹線に乗って日帰りでどこかに行く……とか、以前のおれには考えられず、最初のころは人種の違いを思い知らされた。

「凪」
「ん?」

  その声で振り向くと、胸の前にスマホの画面が差し出された。

「神社と、この美術館もよくない?  凪も好きそうだし」

  ……そんな趣味じゃないな。

「うん、行きたい」
「よかった」

  ……まぶたがぽやぽやする。

「ご飯さ、焼きそばが有名らしいけど、このカフェも人気だって。どうする?」
「んー、侑翔が食べたいのがいい。夜はいつもおれが作りたいものばっかだし、昨日も食べたいって言ったクッキー買ってきてくれたじゃん」
  甘えるときのような声色でにこっと返した。
  べつに本当だけど、一々選ぶのがだるいから勝手に決めてほしい。

「……そっか。ありがと」

  チラッと横に目をやると、少し照れたような、嬉しそうな表情をしていた。
  家にいたらキスしてきてた、そんな空気が流れる。
  この二つの席からおれたちだけのそれを出したくなかったおれは、予防線のために通路から見えないところで侑翔の手に小指を絡めどうでもいいような話題を出し、漂った二人だけの色を車内に馴染む色に変えた。

  そのまま、柔いまどろみをさまよいながら景色を見つめたり、たまに侑翔と会話を交わしたりしていると、新幹線の降車メロディーが鳴った。
  ……この音、なんかわかんないけど結構すきだ。心地いい音がする。

  人のまばらな、静かなホームにとん、と降り立つ。
  知らない土地の風がふわっと頬に触れて、思わず目を細めた。
  はじめての場所にくると、なんか、いつもより眩しい光が目に入ってくる気がする。……なんでだろう。

「レンタカー屋はあっちっぽい。行こう」

  狭いカウンターで侑翔が手続きを済ませる後ろ姿をぼーっと眺め、おれは促されるまま助手席に乗った。
  目的の神社は山の方で、他にもいろいろ回るには車が必須らしい。
  ここまで、おれの頭は完全に目覚めておらず、気づいたらここにいた、って感覚だ。
  おれがシートベルトを締めた音が鳴ってから、アクセルはゆっくりと踏まれ、車はやさしく走り出した。侑翔の運転だ。
  次第に建物はどんどん減っていき、遠くの四方に山々が見え始める。
  営業しているのかよくわからない小さなラーメン屋、喫茶店、傾いたワゴン車、ランプのついていない自販機、だだっ広く広がる田んぼや畑……。窓の外で流れていく景色をただ眺めていると、大きな川にかかる、長い橋に差し掛かった──。
  チラッとハンドルを握る侑翔の手を見つめる。
  ──おれの命が、侑翔に握られている。
  この橋の上で、侑翔の気が突然変わりどちらかに急ハンドルを回せば、おれの人生は侑翔によって一瞬のうちにピリオドを打たれる。
  心臓が、ドクッと鳴った。
  ……もし実際そうなったら、痛みと苦しみに悶える時間ってどんくらいなんだろう。
  すぐ死ねたらいいけど、死ねなかったら地獄だよな。
  ……てか、死ぬ前に苦痛味わうのがほぼマストなこの世界のシステムってなんなんだろう。

「大きい川だね」

  侑翔の声で、しばしの思考は遮断した。

「あ、うん。そだね」
「知ってる?  川とかない、砂漠地帯とかに住んでる人たちにとって、三途の川って砂漠なんだって。砂漠の先で家族が立ってるらしい」
「へー」

  ……なんか、若干似たようなこと考えてたっぽい。

「そういうの、世界中で見られる夢なんだって。亡くなりそうな間際とかに、やっぱ見るらしい。なんかすごいよね」
「たしかに。みんな同じ夢みてるようなもんだねー、共同なんとか的な?  ……あ、なんかピカチュウにもそんなのあったじゃん。しっぽの根元に黒いギザギザあったって覚えてる人が結構いるみたいな」
「あー!  高校のとき話したね、みんなで。マンデラ効果だっけ」
「そうそれ。よく覚えてるね。あれさ、そんときおれ覚えてなかったけど、こないだ実家で昔のらくがきノートみたらギザギザ描いてた」  
「え、マジ?」
「まじ。なんでだろーね」
「俺もみてみよ」
「じつは世界いっぱいあるんだったらどうする?  分割してはくっついてたりして」
「そんなわけないだろ」
「なんでー。わかんないよー?」

  アハハ、と笑いが起こる。
  窓の外で、川辺の砂利の上で釣りをするおじいさんが、命を釣り上げたのが横目に見えた。

「おなかすいてきた」
「もう少しで着くよ」
「店の名前なんだっけ?  どんなメニューか見てみよっかな……」

  遠くで信号が黄色く点滅したのが見えると、ブレーキがすーっとやさしく踏み込まれていった。
  誰もいない交差点で、車は停止する。
  ここまでの赤信号で、二回キスされた。
  抜けきらない眠気でそれまではあまり出す気にならなかった甘い空気も、このときにはおれに許されていた。

  車内に、『すき』『たのしい』が蔓延する。

  侑翔と会話を弾ませながらガラスの外をみていると、温泉の案内板がいくつか目に入ってきた。

「ねー、温泉だってー。いいなー」
「あっち方面は温泉地らしいよ。今度はそっち行こっか?」
「行くー」
「凪、温泉好きだもんね」
「すきー。肌きれいになるから」
「俺は?」
「だいすき」

  二人の笑い声がこだまする。
  この車内だけに溢れる空気がとろっと溶けて、甘い雫が垂れている。宇宙でここだけに流れる、おれたちだけの美味しい雨だ。
  おれをまったく見つめないまま話す侑翔の横顔がめずらしいから、思わず見つめる。
  自然光に照らされ、すっと通った鼻筋と、顎のラインがきれいだ。まっすぐ前を見据えながら、ハンドルに伸ばす腕の筋もかっこいい。
  心臓がうずいてきて、キスしたくなってくる。
  ……ま、冷静にしぬからしないけど。
  今日が命日になるのはいやだし、クッキーだってまだ食べてない。 

  そうして、侑翔が連れて行ってくれたカフェは、おれの好きなオムライスがおいしい店だった。デザートに出てきた紅茶とりんごのゼリーがめちゃくちゃおいしくて感動していたら、侑翔は自分の分もおれにくれた。

「まじでおいしかったー!  また来たい」
「うん、来ようね」

 シートベルトを締めたあと、今日三回目に降ってきたキスは、まだほんのりおいしい匂いがした。



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