ランプの魔人ニケちゃん

くじぇ

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魔人 ニケ編

神拓真とニケⅠ

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『to be continued』

 スクリーンに映し出されたその文字に俺は唖然とした。いや、そもそもこの映画(?)の内容そのものに俺はずっと唖然としていた。

 俺は今、映画館にいる。何のためにここに来て、映画を観ているのか、それすらも分からない。ただ、異様な状況ということは分かる。観客が俺以外にいない。そして、持っているスマホも圏外となっている。

 結局、出口を探すも見当たらず、上映開始のブザーが鳴り響き、仕方なく、映画を観ることにしたのだった。

「全くもって意味が分からない。だけど……」

 映画の中に登場した人物に知っている奴がいた。一人は、この映画の主人公だった『ニケ』と呼ばれる可愛い女の子。この子が受けていた仕打ちは見ていられないものだった。もう一人は、神島と呼ばれる神様。コイツのクズ具合には本当に腹が立つ。だが、俺は二人をなぜ知っているのか分からなかった。

「あと……」

 この映画の終盤に、神島がニケに対して、『ある青年』を殺すように命じられていた。ニケは結局、その青年を守るために嘘をついて『人間界』に向かうが、神島もその青年を殺すために『人間界』に向かっていった。

 映画の内容の中枢を担うその青年……それは、『俺』だった。

「マジで訳わかんねー。この後、俺はどうなるんだ? 殺されるのか? ニケが守ってくれるって言っても多分無理だろうなぁ」

 認めたくなかった。これは夢なんだ。悪い夢なら覚めろ。……頼むから。

「……死にたくねぇなぁ。……てか、『元』神。アイツが俺の……」



 物心ついた時には、施設にいた。自分と同じような子が集まる場所で、もちろん、『親』という存在はいた。でも、自分だけを見ていてくれるわけではない。無意識に、『愛してほしい』という感情は押し殺して生きていた。

 だから、引き取り手が見つかったと聞かされた時、とても嬉しかった。やっと自分だけを見てくれる人が出来るんだと。でも、そうじゃなかった。俺を引き取ったのは、『お金』の為だった。結局、俺はまた施設に逆戻りで、その後は施設にいた。

 成長するにつれて、自分は『なぜ生きているのか』そんな疑問が生まれた。誰に必要とされているわけでもなく、ただ、生きているだけ。それは、『死んでいる』のと同じではないか。そう考えると、ますます『生きる意味』が見いだせなかった。もちろん、それは今も見つかっていない。

 17歳の夏。近所の公民館で『哲学集会』というイベントが行われることを知った。『哲学』なんてこれっぽっちも興味がなかったけど、そのテーマに惹かれた。

『なんのために生きるのか』

「あの集会で出た答えって何だっけ?」

 思い出せない。何か大切なことだったような気がする。……こうして、俺は『哲学』に興味を持ち、京都の大学で『哲学』を学ぶことを決意した。



『ブーーーーーーーー』

 映画が開始するブザーが鳴り響く。

「は? また始まるのか?」

 館内が暗くなり、スクリーンにカウントダウンが始まる。5、4、3、2、1……


『うわーん、うわーん』

 スクリーンに、室内で泣くびしょびしょに濡れた女の子が映し出された。……ニケだ。魔人のニケ。そして、この部屋にも見覚えがある。……。俺の……部屋?

『あのー、どちら様?』

 ドアが開かれ、カメラがそちらを向く。そこには、黒いメガネをかけた目つきの悪い青年が立っていた……。いや、俺だ。これは俺だ……。

『なんなんですか!!!!!!』

 困惑する俺を置いてけぼりにして、映画は進んでいく。

『アナタを神様にするためにここにきました!』

……これはさっきの映画の続きだ。……そして、俺はこれを知っている。知っているぞ。

『とりあえず、分かりやすく、説明してくれないかな? まずは……そう! 君の名前とか!』

 スクリーンの中の俺が言う。

『私の名前は、ニケ!』

……か、かわいい。ち、違う! そうじゃない! この後、おれはどうなったんだっけ。

『コンコン、神さーん? コンコン、いるんでしょー?』

 新たな登場人物の声に驚く。か、神島だ。そうか、コイツが現れて、俺はニケを……

『ニケ、狭いし、暗いけど、ここに』

 クローゼットに押し込んで……

『あのー、えっと、ど、どちら様ですか?』

『おっと、そうかそうか。ワシが先に来てしもうたんか。がははは!』

 そうか、ニケが想定していたよりも神島は早く俺のところに来たのか。待て、コイツが来たということは、俺は……

『単刀直入に言うと、お前さんは、人間ではない。そして、』

『? ……!? ……あ……あ……』

『ワシはお前さんを殺しにきた。じゃあな』

 俺は……そうだ。コイツに刺されて……。思い出した。全部。

『これで今回の神選も安心や。ほなな』

『Fin』



「はあああああああああああああああああああああああ! 終わりかい!」

 待て、待て、待て、待て!

「う、嘘だろ……」

 し、死んだのか。俺は。ということは、ここは死後の世界? なんてこった。

 絶望で意識が飛びそうになる。倒れこみ、膝をつく。ん? いつのまにか、俺は真っ黒な空間にいた。

 そうか。これが『死』か。結局、何もなかったな。俺は何のために生まれてきたのだろうか。

 体に力が入らなくなってきた。水の中にいるみたいに、力を入れなくても浮かぶ。もう、上下左右も分からない。……。

 真っ黒な闇に俺は包まれた。

……。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。

 考えることを止めると、それすらももう出来なくなってしまいそうで、俺は、常に何かを考えるようにしていた。

 三途の川、エンマ大王、天国の極楽浄土。生きていた頃に聞かされたそれらは何もなく、あるのは暗闇のみ。まぁ、『死後の世界は、何もない。暗闇です!』なんて言ったら、それこそ、夢がない。もちろん、一回、死んでから生き返る人なんているわけもなく、それに気づいても伝えられる人がいない……。

 あー。声を出すことが出来ないので、こうやっていつまでもいつまでも考えを張り巡らせていた。



……どれくらい経ったのか。もう分からない。最近のブームは、食べたら美味しそうな文房具を考えることだ。

…………『液状のり』とか案外、いけそうだよなぁ。



……。


 それは、俺が、消しゴムの調理法を考えている時のことだった。

 なんだ? 今まで、ただ浮かんでいただけだった俺の体がどこかに流されている。

 近くにある何かとぶつかった。もちろん、周りに何かがあることは気がついていた。だが、何も見えない暗闇の中でそれを確認するのは至難の業だったし、何より、この闇の中では、その何かが近くにあるだけで不思議な安心感があった。

 何か音が聞こえる。『音』という概念で合っているのか分からないが、何かが動く音だった。

 体が……少し動く。だが、ここから抜け出す力はない。

 遠くで何か明かりのようなものが見えた。

 力を振り絞り、そっちを向く。

「!?」

 ギロチンのようなモノ、いや、大きなギロチンが上下に動いている。そして、その下を、通過していくのが俺たちらしい。

 俺たちというのは、あの明かりに照らされて、周りにあるものが分かった故の表現だ。周りにあったのは、想像通り、"死体"だった。俺のように意識はなく、青白い顔で精気はない。そして、あのギロチンはおそらく、俺たちを『処分』するものなのだろう。

 ああ、いよいよ終わりか。もう、文房具調理法について考えなくてもいいのか。

 流れは思った以上に早い。もうすぐ俺の番だ。

『ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン』

そして……俺の真上にギロチンが来て

『ガシャン』

 俺は死……?目の前が真っ暗になった。



 唇に違和感を感じた。目を開ける、見覚えのある天井がある。いや、待て、その前に……。

 目の前に、ニケがいた。いたというよりもいる。ニケが俺にキスをしている。

 あまりにも、突然の展開にされるがままにされている。ニケは目をつぶっているせいか、俺が目を開けていることに気がつかない。

「はぁはぁ」

 ニケの吐息交じりのキスが、エロい。

 どうしたらいいのだろうか。

 よく見ると、ニケは泣いていた。それはもうめちゃくちゃに泣いていた。ニケが一旦、顔を離してキスを止める。とっさに俺は目をつぶる。俺は悪いやつだ。

「う、う……。なんで……。死なないで……。お願いだから。死なないで」

 そう言うと、また顔を近づけてキスをする。泣いている。……俺の為に泣いている。泣いてくれている。

 そう考えると、胸がギュッと締め付けられて、なんとも言えない感情になる。

 ニケのキスは優しくて、安心する。温かくて、力が湧いてくる。

「はぁはぁ」

 ニケがまた顔を上げる。今度は、がっちりと目を見開いたままにしてみる。

「……なんで。ぐすっ……。ん? うわあああああああああああああああああああああああ」

 涙を拭き終わった後に、ニケと目が合った。ニケは驚き、飛び跳ねる。

「い、生き返った! 生き返った! やった!」

 子どものように飛び跳ねるニケ。

 俺は体を起こす。痛みはない。だが、服についている血があれが現実だったことを物語っている。

「ありがとな、ニケ」

「……う、う……」

 ニケが泣いている。

「実はさ、結構前に、目覚めてたんだけどさ、なんか言いづらくて」

 にこやかに話しかける。……ニケの様子がおかしい。

「……目覚めてたんですか?」

 ニケが下を向いている。照れているのかもしれない。

「いやぁ、それにしても、ニケのキスはエロかったなぁ! はぁはぁって言っ……ぶはぁ」

 ニケの右ストレートが飛んできた。

「ばかああああああああああああああああああああ!」

 よろめく俺に更にニケがパンチを繰り出す。

 殴られる。思わず、身構える。

 ん?ニケは俺を抱きしめていた。

「よかった、ほんとによかった……拓真くん」

「……おう」

 小柄なニケに抱きしめられながら、俺は泣いた。
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