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【最後の任務】

40:戦闘(2)

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 流石に、一筋縄ではいかない。
 トキマは軽く嘆息した。
 敵機のうちの一機は、早々にオルフに狙いを定め、上昇していった。となれば、その意識はオルフに集中する。
 だから、トキマはその一機の死角へと潜り込んでいった。まずは低空へと。敵機がオルフを追って上昇していくのを見計らって、トキマもそれに続いていった。シャンデルへと移行するところで、その後ろへと付く。そして更に上昇。死角へと潜り込み続けた。

 下降から急上昇へと移行し、それを追いかけていく敵機に対し、その胴下から射撃した。
 が、それも躱された。絶対に、視界に映り込んでいた事だけは無いと確信していただけに、それでも回避されたというのは、やるせないものがある。
 これから先、どれだけ仕掛けが用意出来るかというと、期待は出来ない。

 ここまでの流れを更に読んでいたかのように。いや、実際に読んでいたのだろう。トキマの前にいた敵機とは別の敵機が側面やや後ろに付いていた。
 恐らくこいつが、アルノゥだろう。
 位置取りと読みが巧みだとトキマは感じた。その速度を活かし、着実に後方の敵は距離を縮めてくる。
 ほぼ勘で、トキマは機体を滑らせた。主翼の上を掠めるように、火線が横切っていく。どうやら、こちらの敵はもう一機とは違い、必殺の間合いまで近寄ってから撃つのがお好みらしい。

 トキマは、そのまま横旋回へ。もしもあの機体が、シュペリが乗っていたものとほぼ同性能だというのなら、速度では僅かにあちらに分がある。逆に、機動性なら剣鷹の方が上のはずだ。
 だから、接近戦に持ち込めばこちらに有利と判断した。また、あのまま上昇を続ければ、上昇性能で考えてもあちらの得意領域だ。そこに釣り出されては堪らない。
 トキマは舌打ちする。
 一見すれば、すぐに追えばトキマの後ろをそのまま取れたようにも思えただろう。しかし、そんな誘いには乗らないと言わんばかりに、敵機はあっさりと追ってくるのを止めた。そして、上昇していく。

 こいつの機動性を舐めるなよ。
 胸中で呟きつつ、横旋回からトキマは更に機体を倒した。捻り込むように、機首を下げる。そして、左下へ。スライスバックを行う。
 地面と水平になる頃には、上昇してくる敵機から見て頭上となる位置を取ることに成功した。これも、敵機の進行方向から見て交差するのは一瞬。故に、狙えるチャンスは一瞬。

 トキマは引き金を引いた。
 赤い火線は、敵機には届かない。主翼のギリギリ後ろを掠めるように、外れていく。想像以上に、敵機の速度は上がっていたようだ。
 そのまま上昇していく敵機をトキマは追わない。そのまま、水平飛行を維持して敵機と交差する。上昇するブリッツ・シュヴァルベを追ってはいけない。これは、戦時中に何度も聞かされた話だ。

 その敵機からは、トキマは決して目を逸らそうとはしない。
 そして、トキマは一瞬目を疑った。
 上昇していた敵機は独楽のように水平に機体を回しつつ、逆U字型を描いて機体の上下の姿勢を入れ替えた。一気に上昇から下降へと転じる。似てはいるが、速度を失速直前まで落として行うストールターンとは別の動きだ。あれは、全くスロットルを絞っていない。そして、再加速の必要が無い分、立て直しが速い。

 おそらく、これは競技会でシュペリも使った技だ。遠目でよく見えなかったが、あのときは、トキマは彼を追っていたときにそれをやられ、危うく撃墜されそうになった。
 オルフにも聞いてみたが、首都防空隊の極一部の戦闘機乗りのみが使えた、燕返しとかいう秘技らしい。ブリッツ・シュヴァルベが使う戦法の肝は、速度を活かした上昇と下降。それを複数の機体で絶え間無く波状攻撃を行うところにある。そこで、少しでも上昇から下降への移行を速やかに行うために編み出された技だと言っていた。

 ただし、オルフも詳しくは知らず、使えないと言っていた。機体を特定の角度に傾けた上でタイミングよくフラップを全開にし、方向舵を一気に傾けるとか。片方の主翼を風に引っ掛けるようにやるのがコツだと聞いたとか。そんなことは言っていた。
 そんな技を使い、敵機はあっさりとトキマの後方頭上を取ってくる。まさに、必殺の間合いへと入ってきた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 アルノゥの目の前で、敵機が重力に引かれ落下していく。
 しかし、それは撃墜したためではない。
 アルノゥが狙いを定め、引き金を引いた瞬間に敵機は機首上げとフラップ全開を行って急ブレーキ、失速して落ちたのだ。

 とんでもない反応速度だと、アルノゥは軽く驚いた。並か少し腕に覚えがある程度の戦闘機乗りならば、確実に撃墜していたはずだ。
 まさか、燕返しを見たことでもあるのだろうか? ふと、そんな事を思う。だが、“鷹”に乗る戦闘機乗りでそんな相手がいるとすれば。思い当たる可能性は、アルノゥには一人しかいなかった。

 空戦競技のチャンピオンにして、撃墜王殺しの懐刀として噂される男。トキマ=クロノくらいだ。彼なら、チャンピオン戦の襲撃事件で見ていても不思議ではない。
 アルノゥはすかさず機体を倒し、そしてラダーを使って機体を揺さぶって回避運動を取った。後方下の死角から、吹き上がる火線を躱す。

 そして、スナップロールを行ったところでエアブレーキを使用。操縦桿を前に大きく倒す。
 前転するように、機体は逆ループを描いていく。
 エアブレーキを使うことで、稼いだエネルギーを失うが、そこは構わない。
 アルノゥの頭が痛み、視界が赤くなる。レッドアウトが起きた視界の先で、敵機が腹を向けて上昇していくのが見えた。

 地面と水平になったところで、180度ロールする。空が上になったところで、アルノゥは後方を確認した。
 大したものだと思った。
 敵機はもう後方に付けようとしていた。的確な先読みと、無駄の無い立ち回り、そして完璧な機体の操縦が組み合わさらなければ、こうはいかないだろう。

 続いて、アルノゥはバレルロールを行う。一瞬たりとも、まともに狙いは定めさせない。
 逆ループを除けば、立て続けに速度を落とす機動を行ってきた。これは言わば、低速度での近接格闘戦に持ち込まれた形でもある。そして、そういう戦いは旋回性能に優れる鷹系機体の得意分野だ。

 だが、近接格闘戦の優劣が、旋回性能だけで決まると思うな。
 そう、アルノゥは心の中で敵機に告げる。
 アルノゥはエンジンを全開にした。その状態で、大きくバレルロールやハイGヨーヨーやローGヨーヨーを実行。敵機から見れば、照準器を大きく離れ、風防の前を左右で突き上げと突き降ろししているように見える。また、外から見れば、小さく波打つ剣鷹の機動をその外から大きな波で取り囲んでいくような機動に見えているはずだ。
 徐々にではあるが、アルノゥは敵機を前方へと押し出していく。

 静かに、アルノゥは息を吸った。
 あともう少しで、完全に前に押し出せるはずだ。
 アルノゥは引き金を引いた。これで、射線から敵機を誘導しつつ、また僅かでも交差する瞬間があれば、落とせる可能性が出てくる。撃墜の可能性、機会は、貪欲に拾っていくべきだ。選り好みが出来るほど、この敵機は甘い相手ではない。
 だが、ここでアルノゥは軽く舌打ちをして、操縦桿を引いた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 トキマ達が進む方向の前方から、オルフは彼らに向かっていく。
 オルフはトキマを追いかける敵機に対し、その機先を逸らすように機銃を斉射していく。深追いはすることなく、敵機は速やかにトキマの後ろから離れていった。
 どれだけの時間稼ぎになるかは分からないが、トキマを助けることが出来て、オルフは安堵する。

 こっちも、なかなかに厳しいんだけどな。
 背後を振り返って、オルフは回避運動を取り続ける。下手に、少しでも速度を落とそうとしようものなら、それこそが絶好の的になるときに他ならない。そんな距離を保ちつつ、敵機はオルフを追いかけ続けてきた。
 これだから、こいつを引き離すのは面倒なのだと。オルフはレパンと思しき相手に悪態を吐いた。また同時に、訓練ではこうして追いかけられたことで、回避の腕は上がったと思っている。この状況では、感謝すべきなのかどうなのか分からないが。

 後方で、トキマがこちらの意を察して、速やかに標的をオルフの後ろの敵機を追いかけていくのが見えた。流石は、歴戦の戦闘機乗りだ。理解が早くて助かると思う。
 同じく、オルフも標的をトキマとやり合っていた敵機に移す。

 上昇していく敵機からは距離を取りつつも、オルフもまた上昇していく。上昇力で劣る機体で追いかけたらなら、それは釣り出されて追いきれなくなったところを狩られるだけとなるが、ほぼ互角と思えるこの機体なら、相手になるはずだ。
 今度の勝負は、高高度での高速機動戦となるだろう。そしてまずは、どちらがより高く飛べるかという我慢比べ。少しでも高い位置を取った方が有利。また、互いの性能が分からない領域の戦いとなる。
 しかし、ここで怖じ気づくことは出来ない。オルフは生まれ変わったブリッツ・シュヴァルベを信じ、蒼穹の空へと飛翔していく。
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