新生のブリッツ・シュヴァルベ

漆沢刀也

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【謎の爪痕】

35:白状

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 オットの家族には伝えた後、彼らはそのまま車で陸軍の駐屯地へと向かった。幸いにも数名の兵士に協力を仰ぐ事が出来て、彼らにも同行して貰う形で、そこから町の北へと向かう。

「こいつだ。まだ、ここまで残っていたか」
 道も途切れ、車も乗り入れられず、ウルリッツァ湿原の色が濃くなり始めたところに、それはあった。
「これが、中尉の乗っていた機体か」
 蔓草に覆われ、姿がほとんど見えなくなった機体をオルフは見上げる。ただ、胴体着陸をしていることと、機首からエンジンが取り除かれていることは分かった。

「あいつらが言っていた事は嘘じゃない。シュペリはこいつからエンジンを外して、トラクターに乗せて、町まで来たんだ」
「どうやってだ? こんなところから、人一人でエンジンを外して持ち運ぶとか、無理だろう」
「そうだな。だから、そこは俺が協力したんだ」
 オットは肩を竦め、答える。

「ここに来るまでにあった畑の見回りに出たときのことだ、怪我をして歩いていたあいつを見付けた。どこから来たのかは、知らない方がいいとか言って頑として答えようとしてこなかったが、何となく想像は付いた。誰も何も言わなかったが、あいつらも、何人かはそこは想像が付いていたかも知れない」
「確証は持てない話。ではあるがな」
 その通りだと、オットはカイに頷く。

「俺の家には、俺以外には男を入れられない状態だからな。俺は最初、あいつを畑の物置に匿っていた。警察に言った方が、あいつのためだとも思ったんだが、絶対に止めろと言われた」
「それが、何故エンジンを持ち出すとか、それに協力する話に繋がるんだ?」

「あいつの処遇をどうしようか悩みながら、数日が経った。その間、俺も色々と、あいつとは世間話をしていたんだ。これは知っているか? 俺の弟もそうだが、捕まっている連中、その頃は本当に自堕落でな? 何も手を付けられない状態だったんだ。悪いことだと知っていたが、回された復興予算も、幾らかあいつらの面倒見る金に横流ししたくらいだ。そんな話をしたことで、何かがあいつの中で固まったんだろうな。戦闘機を造らせろと言ってきた」
「何故だ?」

「あいつらの頭の中では、戦争が終わらなかったんだよ。理屈では分かっていても、心が追い着かなかったんだ。何か、ヤハールの人間に一泡吹かせない限りは死んでも死にきれない。そう考えていた。俺も、だがな」
「つまり、シュペリは彼らに戦闘機を造らせ、それに乗って空戦競技チャンピオンを負かす。そんな目標を用意したということだな?」

「そうだ。そしてそれは、俺にとっても魅力的な話に思えた。だから、乗った。これも、復興予算を横領してな。トラクターと小型クレーン、ウィンチを買って、そいつを使って、外したエンジンを痛むのもお構いなしに無理矢理引っ張って、トラクターに乗せた。だからあいつらが知っているのは、そうやってシュペリがどこからかエンジンをトラクターに乗せてやってきた姿だけだ。ああ、結局その時買った重機も復興には有効活用させて貰っているから、これは全くの横領って訳でもないか」
 自嘲の笑みをオットは浮かべた。

「あいつは、良い奴だった。口数は少なかったが、飛行機に対する熱意っていうのがな。ひしひしと伝わってきた。俺も、よくないことだと思いながら、戦闘機を造ることで、何にしてもやる気をを取り戻していくあいつらを見るのが嬉しかった。試験飛行しているのを見たときは、胸が熱くなったな」
「何故、これまで話さなかった? どうして、今になって話す気になった?」
「そうだな。話さなかった理由は、俺が卑怯者だからだ」
「どういう意味だ?」

「魔が差した。あいつが空戦競技の会場に向かう日。俺はこっそり、機銃を弾薬ごと交換した。そこの機体から外して、隠し持っていたやつにな。あいつに、人殺しをさせるところだったんだ。幸いにして、チャンピオンが勝ち、挑戦者も脱出に成功したそうだが」
「何故そんな事をした?」
「憎かったんだよ。どうしようもなく、ヤハールの連中が憎かったんだ!」
 肩を震わせ、拳を握りながらオットは言った。

「カイ。前に言ったことがあるだろう? 俺の家には、戦争で心に深い傷を負った娘がいるって」
「ああ、覚えている」
「忘れもしない。終戦間際の事だ。西部諸国の連中が、俺達の町に攻めてきた」
 オルフ達は息を飲んだ。

「その顔だと、本気で知らなかったって顔だな。まあ、無理もねえや。戦後のごたごたを始めとした政治的事情ってやつなんだろう。ほとんど知られていないし、声を上げたところで揉み消される話だ」
 オルフは舌打ちした。
 確かに、戦後復興が優先される中で、西部諸国と衝突する余裕は、ミルレンシアにもヤハールにも無い。仮に政治的な裏取引が働いていたとしても、事情としては理解出来る話だった。
 しかし、彼らにしてみればそれで納得がいくものでもないだろう。

「あの時のことは、思い出したくもない。陸軍が助けに来るまでの間、地獄だった。あいつら、人間じゃねえ! あんな真似、人間がしてたまるか」
「俺達が、ミルレンシアを攻めなければ、西部諸国もどさくさ紛れにそんな真似はしなかったという理屈か」
 カイの問いに、オットは頷く。

「その通りだ。そして俺は、復興予算を横領したことを隠し、機銃の中身を実弾に変えたことを誤魔化すため。娘を守るために自首しなかったんだ。言わなきゃあいつらが疑われるって分かっていたのにだ」
 オットは顔を右手で覆う。
「すまん。本当にすまん。モルト、俺が悪かった。許してくれ」
 嗚咽を漏らすオットの肩に、カイは手を置いた。

「そのモルト達だが。何も言わなかった。『オットが何か言っていたのか?』とだけ訊いてきた。すべてを貴様に委ねるような態度だった。おそらくだが、彼らも自分達を養うために、貴様が危ない橋を渡っていたことを知っていたんだろう。その胸の思いも。だから俺は、貴様に何かあると思い、ここまで来たんだ」
「ははっ。そうか。そうだったのか。おい、オルフ。お前がな? ヤハールの奴をボコボコにぶちのめしたって聞いた日からな? 俺はどうかしたんだと思うぜ? 分かるか? それまで溜め込んできた恨みとかよりも、あいつらへの心配の方が上回ったんだ」
 泣きながらも笑うオットに、オルフは何も言えなかった。
 一つ、オットは息を吐く。

「ああ、それとな? シュペリが自殺したのは、本当のところは理由は分からない。ただ、ひょっとしたら妹を守るためだったのかも知れねえな」
「どういう事だ?」

「あいつが無事だと知られたら、口封じのために妹を人質に取るかも知れない。西部諸国っていうのは、そういう連中だ。俺は娘で、それをされた。そして、その話をあいつにしたことがある。その時のあいつの表情は、俺から見ても、鬼気迫るものだった。こっちが勝手に感じていただけかも知れないが、あいつはあいつで、俺達を何かに利用しているような気はしたしな。それならそれで、こっちも構わなかったが」
 有り得る話かも知れないと、オルフは同意する。

「これで、俺の話は全部だ。あとは、そうだな。俺が言える筋合いじゃないが、チャンピオンと挑戦者に会ったら、謝っていたと伝えてくれ。許してくれる話じゃないだろうけどな。それと、西部諸国の連中がまた何かを企んでいるんだとしたら、叩きのめしてやってくれ。その為に、その機体を調べに来たんだろう? それだけが、俺の望みだ」
「分かった。それと、約束通りモルト達の処遇についても、悪いことにはならないよう、掛け合おう。せめて、叔父くらいは戻らないことには、娘の生活も心配だろう」
「ああ、それも頼む」
 話は終わった。オルフ達は草を刈り、機体の調査を始めた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 国境沿いの町から基地に戻ると、オルフとカイは直ちに司令執務室へと赴いた。
「ご苦労様。収穫は?」
「あったぜ。予想通り、中尉が乗ってきた機体には空中給油をする為としか思えない機構があった」
 これについては、電話や電報を使った報告はしていない。事情が事情だけに、どこで西部諸国に拾われるか分かったものではない。更には、余計な横やりも入れられたくない。そういうハクレの意向だった。

「そうか。それは、どんなものだった?」
「コックピット脇に、俺達の機体には無かった管が取り付けられていた。そこに給油機から伸びたノズルかホースを空中で差し込んで、給油するんだろう」

「なるほどね」
「対空レーダーについては、詳細な調査とかは後回しでいいんだよな?」
「ああ、それでいい。今は調査して直す時間も無いし、下手に動いて奴らに警戒もされたくない」
 シュペリやシン達を襲った襲撃機もそうだが、西部諸国から飛来してきたという話を考えると、対空レーダー網に穴が空いている可能性が濃厚だ。
 そして、対空レーダー網を抜けて、ミルレンシア内に入ってしまえば、対空レーダーの向き的に、通信妨害装置を使っても見付からない。

「それで? そっちの方は何か収穫があったか?」
「ああ、あったよ。裏付けも取れた。それでオルフ。君に頼みたいことがある」
「分かった」
 オルフはしばし、ハクレから視線を外した。ソファには、顔を青ざめさせているシンが座っていた。
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