新生のブリッツ・シュヴァルベ

漆沢刀也

文字の大きさ
上 下
20 / 44
【動き出す思惑】

20:二度目の来店

しおりを挟む
 その日。再びオルフはレルヒィが働く店へと訪れた。数日前に予約と彼女の指名はしている。
 店の中に入ると、すぐにレルヒィが出迎えてきた。

「いらっしゃいませ。オルフさん。お待ちしていました」
「ああ。迷惑かもって思ったけれど、また来ました」
 頬を人差し指で掻きながら、オルフはレルヒィに頭を下げる。

「そんな。ご迷惑だなんてとんでもないです。私の方こそ、オルフさんの元気な姿が見られるのなら、その方が安心ですから」
 そう、レルヒィははにかんで言ってくる。

「そうですか。そう言って貰えるなら、俺も嬉しいです。実を言うと、変に思われてやしないかと心配だったんで」
「そうなんですか?」
「はい」
 オルフは頷いた。

「え~? オルフさんって、そんな事考えていたんですか? 心配性なんですね」
 レルヒィの後ろに付いてくる形で現れた娘が、オルフに話しかけてくる。長く伸ばした少し癖のある、明るい小麦色の髪をしていて、親しみやすそうな笑顔を浮かべていた。
 予想していなかった存在に、オルフは少し目を丸くする。

「この子はリィゼ。リィゼ=カーランっていいます。先日、このお店に入った新人なんです。こういうお仕事は初めてだそうで。なので、私と一緒に接客することで、お仕事を覚えて貰っています」
「ああ、なるほど」
 オルフにも合点がいった。

「それでね? さっきの話だけれど。オルフさん? レルヒィがオルフさんの事を変に思うとか、本当に心配しなくて大丈夫よ? だって、レルヒィったら、オルフさんからの予約と指名が入ったって聞いてから、そりゃあもうご機嫌――」
「ちょっと!? 何を言っているんですかリィゼ? おかしな事を言わないで下さい。私は別に、そういうつもりじゃないんですから。変なことを言ったら、オルフさんにもご迷惑でしょ? 止めて下さい」
 慌ててレルヒィはリィゼの肩を掴み、彼女を揺さぶった。そんな光景を見て、オルフは苦笑を浮かべる。

「いや、いいよ。分かっているから。その子なりに、盛り上げようと気を遣っただけだって。だから、安心してください」
「なら、いいんですけど」
 小さく、レルヒィは嘆息した。

「とか言いつつ、私には満更でも無さそうに見えるけど? 本当は、二人っきりの方がよかったりします? でも、ごめんなさいね。私みたいなお邪魔虫がくっついてきちゃって。でも、そっちも二人だし? お店的にも、二人で接客した方が商売になるわけだから」
「まあな」
 レルヒィはオルフの傍らに立つ男へと視線を向けてきた。

「オルフさん? あの? こちらの人は?」
「ああ、この男は――」
「シン。シン=キリマ。ヤハール空軍のパイロットだ。今日は、俺がこの男のお目付役に来たという訳さ」
「ついでに、可能なら一緒に酒でも飲んで、ちょっとは仲良くしろって話だ。こいつらの基地司令から、そう言われた」
 やれやれと、オルフは肩を竦めた。これが、トキマ相手ならまだ気分よく飲めるだろうが。生憎と彼は興業で地方に出ている。

「仲良く? お二人は、仲が悪いんですか?」
「喧嘩売られて、買ったもので」
 オルフがレルヒィに答えると、彼女の表情が曇った。

「ああいや? そんな、心配するような話じゃないんだ。先日、トキマと来たときに、新型戦闘機のテストパイロットをすることになったって話をしたと思うけれど。その新型戦闘機で、こいつと空戦をしろという話になったもので」
「オルフさん達が造ることになったっていう新型戦闘機とですか?」
「はい、そうです」
 レルヒィはオルフから視線を外し、シンへと向けた。

「君達にしてみれば、思うところはあるかも知れないけれどね。悪いけれど、俺が勝たせて貰うよ。こっちにも、譲れないものはあるんだ」
 そう言って、シンは薄く笑みを浮かべた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 オルフ達は席に座った。オルフの左隣にレルヒィが、シンの右隣にリィゼが座り、レルヒィとリィゼがそれぞれ通路側の席に座っている格好だ。
 レルヒィは水割りを作り、オルフの前に差し出した。オルフは彼女に軽く会釈する。
 と、リィゼは小首を傾げた。

「失礼だったらごめんなさい。オルフさんって、お酒弱い人なんですか?」
「いや? そんなことはない。人並みだ」
「でも、それ。かなり薄いですよね?」

「確かに。前にトキマさんと一緒に来られたときもそうでしたね。最初の一杯だけで、トキマさんも、それ程飲まれなかったと思います」
「ああ、そのことか?」
 オルフは水割りに目を落とした。

「飲酒運転と同じ理屈だ。アルコールが入っていると、どうしても反応が鈍くなる。空戦では特に命取りだ。明日は飛行機に乗る予定は無いとはいえ、万一何かあっても、すぐにアルコールを抜けるようにしておくっていう心構えなんだ。今は平時だから、まだ飲んでいるけれど。戦時中ならまず飲まない」
「それも、シュペリとかいう奴の教えか?」
 シンの問いに、オルフは頷いた。

「トキマも、多分同じだ。あと、中尉は煙草も吸わなかったな。肺に悪いからって。高高度の空気が薄い空では、肺がどれだけ酸素を取り込めるかが重要なんだよ」
 納得したように、リィゼが頷く。
「随分と、心配性なことだな。そんな、細かいことばかり気にしないと戦えやしないって聞こえるぜ?」
 見せつけるように「もう一杯」と、シンはリィゼに酒を注文した。それも、濃いめの銘柄だ。

「一度でも、死ぬような目に遭えば、その考えも変わるさ。まあ、今は言っても分かんねえだろうが。分かったときが、くたばるときになっても、俺は知らん」
 オルフの返しに、シンはあからさまに気色ばんだ。

「まあまあ、そんなに険悪にならないで。司令官さんからも、仲良くって言われているんでしょ。お酒は楽しく飲みましょう? どうしても無理っていうなら。シンさんは、私とおしゃべりしませんか? ほら~? こっちも? レルヒィはオルフさんとお話ししたいと思うし?」
「ちょっと? だから、リィゼ?」
 やや甲高い声を上げて、レルヒィがリィゼを非難する。しかし、リィゼは意に介した気配は無い。むしろ、口を手で隠して、してやったりみたいな表情を浮かべていた。
 その隣で、シンもにやりと笑う。

「そうだな。どうやら、その方がいいみたいだ。俺達は俺達で、楽しく飲ませて貰おう。余計な話はしていないか様子は伺わせて貰うが。そっちの方が、楽しそうだ」
「お前」
 オルフもまた、シンを睨むが。彼もまた、リィゼと同じような反応だった。

「それとも、そんなにもその女と二人っきりで話すのは、嫌なのか?」
 オルフは胸中で呻いた。ちらりと、横目でレルヒィの様子を伺う。不安げな眼差しをこちらに向けていた。こんな目で見られて――
「嫌なわけないだろう。レルヒィさんがいいというなら、こっちこそ願ったり叶ったりだ」
 そう言って、オルフはレルヒィに体を向ける。あんな目を向けられて、嫌だなどと言えるものか。

「ああ? ええと? すまない。なんか、そういう感じになってしまったようなので。レルヒィさんが嫌でなければ、二人で話をしてもいいですか? まあ、今日は中尉のあの機体を造った人達から聞いた話をしたいというか。そんな感じです」
「はい。オルフさんこそ、嫌でないなら。喜んで。教えて下さい。兄さんの話」
 少し俯いてはにかむレルヒィを見ながら、オルフもまた気恥ずかしくなってきた。背後で、シンとリィゼによる生温かい視線が突き刺さっているのを自覚する。

 その後、彼らは穏やかにシュペリについての話やお互いの生活の日常的な話をした。その途中で、シュペリが持っていたはずの、家族の集合写真が入ったロケットだけでも返して貰えるよう頼めないか訊かれた。オルフはその頼みに、基地に帰ったら、忘れずに訊いてみるよう約束した。
 その一方で、リィゼとシンは早々に意気投合し。オルフが「監視はどうした?」と心配になるほど盛り上がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 五の巻

初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。 1941年5月、欧州大陸は風前の灯火だった。 遣欧軍はブレストに追い詰められ、もはや撤退するしかない。 そんな中でも綺羅様は派手なことをかましたかった。 「小説家になろう!」と同時公開。 第五巻全14話 (前説入れて15話)

異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます

竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論 東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで… ※超注意書き※ 1.政治的な主張をする目的は一切ありません 2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります 3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です 4.そこら中に無茶苦茶が含まれています 5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません 6.カクヨムとマルチ投稿 以上をご理解の上でお読みください

処理中です...