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【動き出す思惑】

11:退店後に

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 オルフ達が退店した後。
 深夜に。それも、若い女性が、ろくに街灯も整備されていない暗い夜道を出歩くというのは、危険すぎる。
 そういうわけで、水商売の店が閉められると、そこで働いている女の子達は、そのままそこに寝泊まりしている。そして、それはレルヒィも例外ではない。
 コの字型の接客用のソファを寝台代わりにして、レルヒィは横になる。
「ねえ。ちょっと、ごめん」
 目を瞑ろうとしたところに声をかけられ、レルヒィは唇を尖らせた。

「何でしょうか?」
 レルヒィは顔を上げ、視線を天井に向ける。声の主は、反対側のソファから身を乗り出して、こちらを覗きこんでいた。暗闇の店内の中で、声の主がいるところが、より暗くなっている。

「初めまして。私は、リィゼ。リィゼ=カーランっていうの。今日から、ここで働くことになったの。よろしく」
「そうなんですね。私はレルヒィといいます。よろしくお願いします。でも、すみません。私は早く寝たいので、長話は遠慮させていただけないでしょうか?」
「うん。そうだよね。だから、ちょっとだけ聞かせて欲しいの。それだけで、黙るから」

「まあ、それなら」
「ありがとう。後で、明るくなったら改めて自己紹介させて貰うね」
 そう言って、リィゼは声を潜めた。

「今日、レルヒィってずっと同じ男の人を接客していたじゃない? どういう関係の人? このお店、そういうことって多いの? それ、なんだか気になっちゃって」
「どういうって。別に、何も無いですよ。このお店が特殊とか、そういう訳じゃなくて。あの人達は、私の死んだ兄の知り合いなんです。それで、今日は様子を見に来てくれたんです。ささやかに、私の成績にも貢献したいって。それだけですよ」

「そうなんだ。じゃあ、もうお店に来てくれないのかな?」
「かも、知れないです」
 というか、普通に考えたらそうだろう。それは、レルヒィも少し寂しいと思うが。仕方のないことだ。今日、兄の話を色々と話せて、それは凄く嬉しかったけれど。

「この街の人なの?」
「いいえ。違います。けれど、しばらくの間はルテシアにいると思います。ヤハールの人達と大事なお仕事があるみたいですから」
「そうなんだ。しばらくはいるのね」

「はい」
「だったら、また今日みたいに様子を見に来てくれるかも知れないってこと?」
「そうかも、知れません」

「レルヒィは、もしまたあの人に来てくれると嬉しい?」
「はい」
 静かに、レルヒィは頷いた。そんなレルヒィを見下ろして、リィゼも笑っている。レルヒィはそんな気がした。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 執務室の片隅。軽く嘆息して、トキマは遊戯盤の駒を動かした。
「こういう真似は、自分は好きではないんですが」
「知っているよ」
 微笑みを浮かべて、ハクレが駒を動かす。

「どうせ、自分達の傍で諜報部がすべて聞いていたんでしょう?」
「まあね」
 苦々しく唇を歪め、トキマは再び駒を動かす。
 オルフの監視という意味も兼ねて、トキマは彼に同行したのだった。
 その上で、更にレルヒィに適度に情報を流し、そこから更に情報の広がり具合といったものを確認する。それが、ハクレ達の狙いだった。

「シュペリ=ラハンはその技術、知識、性格いずれも優れた人物でした。そこに間違いは無いでしょう。オルフとレルヒィの会話で不自然に感じた点はありませんでした」
「そうみたいだね」
 微笑みを崩さないまま、ハクレが駒を動かす。

「とすると、恐らくは戦後から先日までの間で、彼の身に何かがあった? そういうことになるね」
「かも、知れません」
 トキマは駒を動かした。
 だが、それはノータイムで動かしたハクレの手で、取られた。トキマは呻く。

「精進しなさい。それと、彼に何があったと思う?」
「分かりません。ですが――」
 トキマは、駒を動かした。ハクレの陣営にある駒を一つ、取る。

「自分には、何か彼を変えるほどの大きな出来事があったことは、間違いないと思います。そして、その心の奥底にあるものは、歪められていなかった。そんな風に思います」
「なるほど」
 静かに、ハクレが駒を動かした。

「これで、王手だね」
「参りました」
 トキマは頭を下げる。戦中戦後と、このゲームは、いつまで経ってもハクレに勝つことは出来ていない。
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