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【動き出す思惑】
8:ヤハールの翼
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オルフがメルテナに来たその翌朝。
雲の少ない快晴。彼はコクピットの中で、渋面を浮かべていた。
飛行機を操縦したのは四年ぶり。しかも、事前に説明された操縦方法なども短いものだったが、意外なほどに自在に操ることが出来た。軍にいた当時に叩き込まれた操縦技術は、染みついているようだ。
それでも、四年前に比べればまだ取り戻しきれていない部分は多いのだろうが。
「こいつぁ、ヤベえな」
オルフが乗っているのは、ヤハールの次期主力戦闘機として開発されている機体、“剣鷹”だ。高い機動性と速度をバランスよく備えた“鷹”系譜の戦闘機の改良型。
あの戦争が終わってからの時間を考えれば、相応にヤハールの機体が進化していることは想像していた。しかしそれでも、この性能は驚異的なものに思えた。
全体的に、当時の戦闘機に対して1.1倍か1.2倍近い性能を備えていると、オルフは判断した。
考えても無意味な話だと思ってしまうが、それでも考えてしまう。当時、こんな機体が自分達の手にあったならと。ある意味では、当時のヤハールにこんな機体が存在していなかっただけマシとも言えるが。
資源は乏しく、人口で勝っていたのがミルレンシア。一方で、資源は豊富だが人口で劣っていたのがヤハール。互いに海を挟んだ、そんな両国が戦ったのが、先の戦争だった。
その戦い方は両国で大きく別れた。資源が乏しいミルレンシアは、徹底した資源節約と物量嵩ましを方針として採用した。その路線以外に採用しようが無かったとも言える。
ヤハールに多少性能で劣ろうとも、装備を揃える。大群を成して数で一気に押し切っていくというのが、ミルレンシアの基本戦法となった。
対して、ヤハールは兵の命をどこまでも守ることに専念した。兵の命を失うことが、ミルレンシアよりも割合的により大きな負担となる以上は、ヤハールもまたその路線を進めていくしか無かった。
開戦当初、ミルレンシアは奇襲からヤハールの資源を押さえ、また押さえた資源から物量を維持し、押していた。
しかし、それもやがては限界を迎えた。ヤハールはミルレンシアの想定を上回る速度で新型兵器を開発し、損害はミルレンシアの方が上回るようになっていった。
如何に物量で勝ろうと、ある意味では、無傷のヤハールに対してミルレンシアだけが犠牲を払い続けるような形となって、それがいつまでも続けられるものではない。
戦線の維持は困難となり、押さえていた資源採掘場は奪い返されていった。
そうなると、ミルレンシアはより苦境に追いやられることになった。なにしろ物量の維持もままならないのだから。
こうして、一手一手、着実にミルレンシアは追い詰められ。そして、敗戦した。物量から質への路線変換も進められたが、既に時遅しだった。
オルフは、操縦桿を倒した。剣鷹は鋭敏にその機体を傾け、旋回する。
今回は慣らし飛行だということで、難しいことはしないことになっている。せいぜい、速度を上げて直進、上昇、そして旋回。そうやって、どの程度の性能を持っているのか、オルフに体で覚えさせよう。その為の飛行だ。
「気に食わねえな」
この機体が優秀なのは認める。
だが、資源、設備、技術と潤沢なコストを使っている結果だというのも予想が付く。金持ちが札束で殴りつけてくるような、そんな鼻持ちならなさをオルフは感じた。
そして、何よりも気に入らないのは。かつての敵国の機体だというのに、操縦して心が躍っていることを自覚していることだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ハクレは空を見上げ、オルフの飛行を眺める。
「如何ですか?」
「うん。良い腕をしている。とても、四年ぶりとは思えない。戦時中は、さぞ手強いパイロットだったんだろうね」
部下の声に、振り返ることも無くハクレは答えた。
「というか、見えるのですか?」
空高く舞っている剣鷹は、ほとんどの人間には、地上からだと点にしか見えないことだろう。だが、ハクレはより広い範囲でオルフの飛行を確認したいと、双眼鏡は断った。
「うん。見えるよ。ああ、今の旋回で翼が雲を引いたね。大したものだ。まったく、無茶をする。そこまでしてくれなんて言っていないのに」
くっくっとハクレは顎に拳を当てて笑った。よほど、あの機体を気に入ってくれたということかも知れない。口では何というか分からないが、パイロットの魂は正直だなと思う。
この言葉に、部下から絶句した気配を感じる。
「それでは?」
ハクレは頷いた。
「うん。合格だ。彼には頼んだとおり、テストパイロットをして貰おう」
「分かりました。では、戻って来たら独房にいた連中とも?」
「そうだね。改めてお互いに挨拶をして貰おうか」
踵を返し、ハクレは飛行場から執務室へと向かった。
雲の少ない快晴。彼はコクピットの中で、渋面を浮かべていた。
飛行機を操縦したのは四年ぶり。しかも、事前に説明された操縦方法なども短いものだったが、意外なほどに自在に操ることが出来た。軍にいた当時に叩き込まれた操縦技術は、染みついているようだ。
それでも、四年前に比べればまだ取り戻しきれていない部分は多いのだろうが。
「こいつぁ、ヤベえな」
オルフが乗っているのは、ヤハールの次期主力戦闘機として開発されている機体、“剣鷹”だ。高い機動性と速度をバランスよく備えた“鷹”系譜の戦闘機の改良型。
あの戦争が終わってからの時間を考えれば、相応にヤハールの機体が進化していることは想像していた。しかしそれでも、この性能は驚異的なものに思えた。
全体的に、当時の戦闘機に対して1.1倍か1.2倍近い性能を備えていると、オルフは判断した。
考えても無意味な話だと思ってしまうが、それでも考えてしまう。当時、こんな機体が自分達の手にあったならと。ある意味では、当時のヤハールにこんな機体が存在していなかっただけマシとも言えるが。
資源は乏しく、人口で勝っていたのがミルレンシア。一方で、資源は豊富だが人口で劣っていたのがヤハール。互いに海を挟んだ、そんな両国が戦ったのが、先の戦争だった。
その戦い方は両国で大きく別れた。資源が乏しいミルレンシアは、徹底した資源節約と物量嵩ましを方針として採用した。その路線以外に採用しようが無かったとも言える。
ヤハールに多少性能で劣ろうとも、装備を揃える。大群を成して数で一気に押し切っていくというのが、ミルレンシアの基本戦法となった。
対して、ヤハールは兵の命をどこまでも守ることに専念した。兵の命を失うことが、ミルレンシアよりも割合的により大きな負担となる以上は、ヤハールもまたその路線を進めていくしか無かった。
開戦当初、ミルレンシアは奇襲からヤハールの資源を押さえ、また押さえた資源から物量を維持し、押していた。
しかし、それもやがては限界を迎えた。ヤハールはミルレンシアの想定を上回る速度で新型兵器を開発し、損害はミルレンシアの方が上回るようになっていった。
如何に物量で勝ろうと、ある意味では、無傷のヤハールに対してミルレンシアだけが犠牲を払い続けるような形となって、それがいつまでも続けられるものではない。
戦線の維持は困難となり、押さえていた資源採掘場は奪い返されていった。
そうなると、ミルレンシアはより苦境に追いやられることになった。なにしろ物量の維持もままならないのだから。
こうして、一手一手、着実にミルレンシアは追い詰められ。そして、敗戦した。物量から質への路線変換も進められたが、既に時遅しだった。
オルフは、操縦桿を倒した。剣鷹は鋭敏にその機体を傾け、旋回する。
今回は慣らし飛行だということで、難しいことはしないことになっている。せいぜい、速度を上げて直進、上昇、そして旋回。そうやって、どの程度の性能を持っているのか、オルフに体で覚えさせよう。その為の飛行だ。
「気に食わねえな」
この機体が優秀なのは認める。
だが、資源、設備、技術と潤沢なコストを使っている結果だというのも予想が付く。金持ちが札束で殴りつけてくるような、そんな鼻持ちならなさをオルフは感じた。
そして、何よりも気に入らないのは。かつての敵国の機体だというのに、操縦して心が躍っていることを自覚していることだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ハクレは空を見上げ、オルフの飛行を眺める。
「如何ですか?」
「うん。良い腕をしている。とても、四年ぶりとは思えない。戦時中は、さぞ手強いパイロットだったんだろうね」
部下の声に、振り返ることも無くハクレは答えた。
「というか、見えるのですか?」
空高く舞っている剣鷹は、ほとんどの人間には、地上からだと点にしか見えないことだろう。だが、ハクレはより広い範囲でオルフの飛行を確認したいと、双眼鏡は断った。
「うん。見えるよ。ああ、今の旋回で翼が雲を引いたね。大したものだ。まったく、無茶をする。そこまでしてくれなんて言っていないのに」
くっくっとハクレは顎に拳を当てて笑った。よほど、あの機体を気に入ってくれたということかも知れない。口では何というか分からないが、パイロットの魂は正直だなと思う。
この言葉に、部下から絶句した気配を感じる。
「それでは?」
ハクレは頷いた。
「うん。合格だ。彼には頼んだとおり、テストパイロットをして貰おう」
「分かりました。では、戻って来たら独房にいた連中とも?」
「そうだね。改めてお互いに挨拶をして貰おうか」
踵を返し、ハクレは飛行場から執務室へと向かった。
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