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第2章 狩って狩られて弱肉強食

第21話 一緒に帰らないか?

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『“宵闇”の違法取引の情報が入った。詳細は明日事務所で話す』

 こういうのは、メッセージアプリを通すらしい。まあ、緊急時でない限り、“思念伝達”を使われると正直ビビる。風呂に入っている時などに脳内に直接話しかけられたら、叫ぶ自信がある。

 そんなわけで、翌日の午後、中村万事屋事務所にて。
 全員がミーティングルームに集ったのを確認して、有悟が口を開いた。
「“局”の協力者の情報屋からのリークでな。五日後に藤枝ふじえだ市の廃工場で、“宵闇”が取引を行うっつー情報だ」
「藤枝……というと、焼津やいづのあたりか」
 確認するように、栞がひとり呟く。
 静岡県の真ん中あたりに位置する藤枝市。確か、サッカーが盛んだったはずだ。
「で、その取り扱うブツってのが……」
 有悟はそこで少し言葉を切り、牙人と栞の方に目を向けた。

「——“異能力暴走剤”らしい」
「っ!」

 “異能力暴走剤”。黒い飴の形をした、しっかり危ない薬である。ついこの間の牙人の初仕事の時、苦い思いをさせられたのは記憶に新しい。
 次に“宵闇”に会うことがあれば、強めに殴ってやろうと思うくらいにはむかついていたが……。まさか、こんなに早くその機会が訪れようとは思ってもみなかった。
「そりゃまた……やりがいがあるな」
 牙人は、はは、と乾いた笑みを浮かべた。
 この短期間に立て続けに危ない感じの仕事をする羽目になるとは、呪われていやしないか。
「まあ、想像はつくだろうが、上から命令だ。『この取引の阻止、鎮圧を行い、関係者を確保しろ』だとよ」
「わたしたちだけー?」
「ああ、そうだな」
「情報によれば、現場に行くのはほとんどが非能力者。能力者はいたとしても我々で問題なく制圧できる程度だろう、とのことです」
「ふーん」
 りこの補足説明に、千春が腕を後ろに組んで背もたれに体を預けた。
「と、いうことで、あとは浅沼任せた」
 既視感のある構図だ。この隊長、やる気があるんだかないんだか……。
 丸投げされたりこが「任されました」と無表情で答える。
「では、まず——」
 ……その後に続いた説明が、相変わらずのセーラー服のせいで、授業発表感が否めなかったことは黙っておこうと思う。



「んじゃっ、おつかり~!」
 事務所を元気に飛び出していく千春の背中に、「転ぶなよー」と声を投げる。
「たかがメインカメラをやられただけだ!」
「文脈に合ったことをしゃべれ」
 どこかで聞いたことのあるセリフをよくわからないタイミングで叫びながら、千春は消えていった。
 牙人の「実は違う言語を話してるのか?」というツッコミが、相手のいない空間にむなしく響く。

「……さてと、俺も帰るかね」
 と、スマホをいじっていた栞が、何やら意を決したような表情をして、深呼吸をした。
「狼谷」
「ん?」
「帰りは電車か?」
「まあ、そうだな。それがどうかしたのか?」
「……い、一緒に帰らないか?」
「……は?」


「今回は少し大きめの仕事だろう? 緊張してはいないかと思って」
 事務所を出て数分。
 隣を歩く栞が、前を向いたまま言った。
「ああ、そういうことか……」
「? そういうことって?」
「いや、なんでもない」
 首を傾げた栞に、後ろめたい思いをしながら目を逸らす。
 危うく、ちょっと勘違いするところだった。
 わざとらしい咳払いをして、気を取り直す。
「俺は大丈夫だよ。昔……そう、それこそヒーローをやってた時に、こういうのは何度か経験済みだ」
 危うく前職をポロリしてしまいそうになって、牙人はとってつけたように「ヒーロー」の単語を出した。
 もっとも、経験済みというのは嘘ではない。戦闘員十数人と、自分と同等レベル五人の相手をさせられたこともある。もちろん、惨敗した。
 あれを大きい仕事というのかはともかくとして、今更この程度で緊張はしまい。
「そうか、そういえばそんな設定もあったな」
「おい」
「あはは、冗談だよ。全部信じたわけではないけど、少なくとも、何かのために戦っていたのはどうやら事実らしい」
 とりあえず、緊張はしていないということは伝わったようだ。
 むしろ、正体がばれないかどうかの方が冷や汗ものである。

「それにしても、気が利くことだな」
「先輩として、当然だ。……まあ、白状すると、千春に言われたんだけどね」
「泉に?」
 意外な名前に、驚いて聞き返す。
「うん。さっきメッセージでな。ああ見えて、結構人のことを見ているんだよ」
「本当に、『ああ見えて』だな」
 苦笑いを浮かべながらも、牙人の中の千春の評価が少し上がった。
「ただ、二人で帰れば狼谷が喜ぶぞ、と言っていたのはよくわからなかったが……」
「……」
 プラマイゼロだった。
 頭の中で、ドヤ顔をしながら親指を立てるイマジナリー千春に、制裁のチョップを加える。
 まあ、美人と一緒に帰ってテンションがまったく上がらないと言えば嘘になるが……。
 ……やはり、もう少し評価を上方修正しておこう。
「寺崎は、何回かこういうのも経験あるのか?」
「そうだな。私の異能力が発現して、“局”に入ったのが高校卒業直前くらいだった。“宵闇”に顔を覚えてもらえるくらいにはなったんじゃないかな」
 別に嬉しくないが、と付け足して、栞は何とも言えない表情をした。
「緊張してなくても、俺は異能力こっちの仕事は初めてだからな。頼りにしてるよ、
「ふふっ。ああ、存分に頼ってくれ、



 三島駅でJRに乗った栞と別れ、伊豆箱根鉄道いずっぱこで一駅分。家に着いたのは、まだ日の沈まない時間帯だった。
 隣の一〇二号室のドアの前に、座り込む人影がある。きらきらと幻想的に光る長い銀髪。先日越してきたばかりの、佐藤すてら、だったか。
「どうかしたんですか?」
 何やらがさごそと鞄を漁っているすてらに、声をかける。
「緊急事態。鍵をなくした」
「なんてこった」
「……仕方ない」
 諦めたようにそう呟いたすてらは、おもむろに立ち上がると、右手をドアノブに伸ばした。
「……?」
 次の瞬間、カチャリ、と音がする。
 満足げにうなずいたすてらは、何ごともなかったかのようにドアを開けた。
「え?」
 一瞬、勝手に鍵が開いたのかと思った。
 実は合鍵を持っていたのか。鞄の奥底にあって、取り出すのが面倒だったとか、そんなところだろう。
 勝手に納得して、牙人も自分の部屋のドアを開ける。

「ただいま」
 軽く手を洗い、靴下を洗濯機に投げ入れた牙人は、そのまま奥へと向かった。
 ソファに腰を落として、惰性でスマホを開いてネットニュースを徘徊。
 政治家が失言したり、巨大な爬虫類が目撃されたり、飲食店で火事が起きたり。今日も、世界はめまぐるしく動いている。
 重力に身を任せて後ろに倒れ込んだ。ずるずると滑り落ちて、ほとんど仰向けのような格好になる。スマホを持った右手は、ぱたりと横に倒した。
 思い浮かべたのは、さっきの栞との会話。
 ——頼りにしてるよ、先輩。
「……とは言ったものの」
 改造人間である牙人と違い、栞たちは。当然、牙人ほどタフではない。当たり所が悪ければ、簡単に、死ぬ。
 だからこそ。
「いざという時は、俺が……」

 ——守らなければいけない。

 と、そこまで考えたところで、牙人は「あれ」と声を漏らした。
 いつの間にか、ヒーローの真似事をしているみたいだ。そのことに気づいて、牙人は口元を自嘲気味にゆがめる。
「悪の怪人が、何言ってんだろうな」
 なんだか馬鹿らしくなって、牙人は大きく伸びをした。
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