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第1章 悪の怪人は異能力者の夢を見るか?
第12話 野生の勘
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「っ!」
倒れこんできた木を、牙人は大きく横に飛んで躱した。
ズン、と地が揺れ、鳥たちの悲鳴と羽音がたくさん遠ざかっていく。
舞い上がった土埃が気管に入り、軽くむせる。
「確かにこれは限界突破だな……」
先程まではこぶし大の石ころを持ち上げるので精一杯だった英司の異能力だが、今彼は一本の立派な木を操ってみせた。
逆に言えば、英司の異能力はそれだけのポテンシャルを秘めているのかもしれない。訓練次第ではかなり化けるのではないだろうか。
まあ、敵とあっては厄介でしかないが……。
土埃が晴れてきて右を見ると、少し離れたところで栞がよろよろと立ち上がるところだった。
「寺崎、大丈夫か?」
「ああ。けがはないよ。転がって避けた」
おかげで服は泥まみれだけどな、と言いながら、栞は牙人の隣に並んだ。
「異能力暴走剤……捻りのない名前だな」
「非合法の能力者組織“宵闇”が扱っている薬だ。異能力が大幅に強化されるが、理性と制御が飛ぶ。ついでに使用者の肉体にも大きな負担がかかるな」
「わかりやすくやばい薬だな」
二人の目を向ける先では、依然英司が呻きながら胸を押さえていた。
暴走した異能力は周囲の石や枝なんかを持ち上げ、無作為に飛ばしてくる。
理性が飛んでいるからか、念動力にしては随分と直線的な軌道だ。おかげで栞の“黒影”での防衛もしやすそうだ。
変身していない状態の牙人は、良くも悪くも普通の人間と見分けがつかない。それでも身体能力や感覚器は人より優れている自信はあるのだが、あくまで「人間」の範疇に収まってしまう程度だ。
つまりは、現在牙人は栞の後ろに隠れるという、なんとも情けない構図となっている。
英司の豹変に驚き鈍っていた頭が、ようやく回り始めた。
こんなことをしている場合ではない。
「ちなみに、どうやったら止まるんだ?」
「時間が経てば効果は切れるが……」
栞の苦々しい表情に、牙人は心から同意する。この調子では、時間切れを待つのでは面倒くさいことになりそうだ。
「おそらく彼の異能力は本人の意識とリンクしているタイプだ。集中していないと発動できない様子だったから。……つまり、気絶すればあるいは……」
「なるほど、なっ」
太めの枝を半身になって避ける。
漫画なんかで暴走した相手を抑えるのに意識だけ刈り取るというのはよくあるが、今回は親切にもそれが適用されるらしい。
本当に親切ならばそもそも暴走などさせないでほしいと文句の一つでも言いたいところだが……。
「……なら、やることは決まったな」
「ああ」
「とりあえず力づくで止める。……わかりやすくていいな、ほんと」
言いながら、牙人はゆらりと上体を前に傾け、腕をだらりと垂らす。
「——変身」
その言葉と同時に、牙人の体は眩い光に覆われた。
胸骨の下に埋め込まれた“血核”が発した信号を受けて活性化した体内の“獣因子”が、彼の体を人ならざるものへと作り変え、同時に“血核”に内蔵されたシステムが起動。
粒子状態で保管されていた“ブラドアーマー”が“獣因子”と結合して再構築されていく。それはそのまま牙人の肉体と融合し、文字通り血肉と化した。
——“狼怪人ウルファング”……それが、牙人がかつて呼ばれた名だった。
“Blood”が独自に研究を重ねた“獣因子”。人間に投与することで強靭な肉体と闘争本能をもたらし、いわば新人類を生み出すことのできる物質……。
体に埋め込んだ“血核”による制御のもと、これまた独自開発の成果たる“ブラドアーマー”で“獣因子”による肉体変異を安定化することに成功した彼らは、それをもちいて人類を導き、新人類創造を掲げて活動を開始。
……結果は推して知るべし、“超獣戦隊ビーストジャー”たちの猛攻によって夢は潰えたわけだが。
そんな過去の回想をしているうちに、二秒足らずで変身が完了する。
光が消え去った後、そこには灰色の毛皮を持つ獣の戦士が立っていた。
夏のぎらついた陽光が、舐めるように鈍色の装甲を滑る。
「んじゃまあ……狩りの時間だ」
「……」
「……」
「そんなにまじまじと見つめられると照れるなあ」
「ああ、すまない。本当に変身するんだな、と」
「そんなこと言ってる場合ですかね?」
「……それもそうだな」
姿は異形の者となっても、中身は当然牙人だ。
栞はそのことを再確認したというふうに苦笑を漏らす。
……もちろんそのやりとりの間にも、英司を取り巻く枝やら石やらが飛んできているわけだが、栞の手から伸びた漆黒の物質——“黒影”で作られた盾がその攻撃を逸らしていた。
しかし——。
「……そういえば、なんか小さくないか? 前見たときはもっと出してたろ」
生み出された円形の盾の直径は、牙人の背丈の半分もない。
黒服たちと戦っていたときの栞は、栞自身を余裕で覆い隠せるほどの量の“黒影”を操っていたはずだ。
「言っただろう。“黒影”は光に弱いんだ」
あまり余裕のない声で言った栞は、この季節の主役は自分だと言わんばかりに空に自己主張激しく輝く太陽を、目を細めて忌々しげに睨みつけた。
前回に栞の異能力を見たときの時間帯は、日も沈んだ夜の始まり。
なるほど、日光は栞にとってかなりの天敵のようだ。
「そういうわけで、私は決定打を与えるのが難しそうだ。そこは任せてもいいかな?」
「ああ。とりあえず様子見で軽くやってみるさ」
「頼んだ。助けが必要なら言ってくれ」
「うす」
栞にサムズアップして、牙人は苦しむ英司をまっすぐに見据えた。
「さてと、そんじゃいきますか」
勢いをつけながら少し腰を捻り、右腕の肘のあたりを左前腕で抱え込むようにして手前に引き寄せる。
トントン、とリズミカルに軽く跳躍。満足げに小さく息をついて、上体をゆらりと前に倒した。
足裏が森の土を蹴る。低い姿勢からスタートダッシュを切り、加速。
そんな牙人に本能で脅威を感じたのか、念動力は周囲の立派な木々を複数空に舞い上げた。
理性が飛んだ状態で、英司の意思によるものではないわけだが、なかなかに面倒くさい力だ。
宙に横一列に並べられた数本の幹が、ミサイルのように次々と発射される
目標はもちろん牙人。
牙人はその場に足を止め、上体を反時計回りに後ろへ捻る。
「よっこら……せいっ!」
気合一発、牙人は一本目の哀れな木を殴り飛ばした。
メキ、という繊維の壊れる音がして、幹が真っ二つに折れながら吹っ飛んでいく。
間髪入れずに飛んできた二本目。
「っし……!」
一本目を殴って捻った体を戻す遠心力に乗せ、今度は左拳をアッパーの要領で下から叩きつける。
牙人の体の何倍もあろうかという木は、軽々と空中に打ち上げられた。
その勢いのまま、体を回転。
右足の後ろ回し蹴りで、三本目も難なく撃墜。
四本目と五本目が、一斉に迫りくる。
牙人は、両腕を振り上げると——。
「ていっ」
二本の幹を、それぞれの腕で下に叩き落とした。
それと同時、牙人の背後に三本目が遅れて落下し、重い地響きとともに爆発のような砂埃を巻き起こした。
しかし、本当に直線的な攻撃だ。見切りやすいことこの上なく、牙人としては助かるというものだが。
「にしても、ここまで単調になるか? まるで投げてるみたいな……」
そこまで口にして、ふとあることに思い当たる。
それは、戦闘経験……あるいは、野生の勘による、小さな違和感。
飛んできた木々を殴った時に受けた力も、各々が持つ質量以上の重さは感じなかった。力が加えられているならば、その分増していてもよさそうだ。
それに、と、油断なく構えながらも、目線をちらりと地面にやる。より詳しく言うならば、これまでの英司の攻撃によって地面に散らばった、石やら枝やらに。
操作されている物体が、ああもおとなしく叩き落されてくれるものだろうか。
直線状の軌道。薄い手ごたえ。
「……」
あくまで仮説でしかなく、それが正しいという保証はどこにもないが……。
胸の中に沸き上がったそれは、じわじわと確信へと変貌していく。
それは、英司の攻撃には念動力が加わっていないのでは、というもの。
正確には、力を加えているのは最初だけ。まさに、見えざる手で投げているかのように。
そうして投射運動をしているならば、先程からの違和感にすべて説明がつく。
単調な攻撃は、そもそも操っていなかったから。
手ごたえの薄さも、力を加えられてはいなかったから。
叩き落とすことができたのも、ただの投げられたボールと同義だったから。
しかし——。
「だから何だって話だよな……」
そんなことに気がついたところで何かが変わるわけでもなく……。
そんな思考は、やはり直線軌道の石を迎え撃つために拳を突き出したところで中断される。
考えても仕方ないことはひとまずしまっておくとしよう。異能力の本質よりも、まずは暴走列車の鎮圧。それが先だ。
牙人は、少し痺れの残る拳を、しっかりと握りしめた。
倒れこんできた木を、牙人は大きく横に飛んで躱した。
ズン、と地が揺れ、鳥たちの悲鳴と羽音がたくさん遠ざかっていく。
舞い上がった土埃が気管に入り、軽くむせる。
「確かにこれは限界突破だな……」
先程まではこぶし大の石ころを持ち上げるので精一杯だった英司の異能力だが、今彼は一本の立派な木を操ってみせた。
逆に言えば、英司の異能力はそれだけのポテンシャルを秘めているのかもしれない。訓練次第ではかなり化けるのではないだろうか。
まあ、敵とあっては厄介でしかないが……。
土埃が晴れてきて右を見ると、少し離れたところで栞がよろよろと立ち上がるところだった。
「寺崎、大丈夫か?」
「ああ。けがはないよ。転がって避けた」
おかげで服は泥まみれだけどな、と言いながら、栞は牙人の隣に並んだ。
「異能力暴走剤……捻りのない名前だな」
「非合法の能力者組織“宵闇”が扱っている薬だ。異能力が大幅に強化されるが、理性と制御が飛ぶ。ついでに使用者の肉体にも大きな負担がかかるな」
「わかりやすくやばい薬だな」
二人の目を向ける先では、依然英司が呻きながら胸を押さえていた。
暴走した異能力は周囲の石や枝なんかを持ち上げ、無作為に飛ばしてくる。
理性が飛んでいるからか、念動力にしては随分と直線的な軌道だ。おかげで栞の“黒影”での防衛もしやすそうだ。
変身していない状態の牙人は、良くも悪くも普通の人間と見分けがつかない。それでも身体能力や感覚器は人より優れている自信はあるのだが、あくまで「人間」の範疇に収まってしまう程度だ。
つまりは、現在牙人は栞の後ろに隠れるという、なんとも情けない構図となっている。
英司の豹変に驚き鈍っていた頭が、ようやく回り始めた。
こんなことをしている場合ではない。
「ちなみに、どうやったら止まるんだ?」
「時間が経てば効果は切れるが……」
栞の苦々しい表情に、牙人は心から同意する。この調子では、時間切れを待つのでは面倒くさいことになりそうだ。
「おそらく彼の異能力は本人の意識とリンクしているタイプだ。集中していないと発動できない様子だったから。……つまり、気絶すればあるいは……」
「なるほど、なっ」
太めの枝を半身になって避ける。
漫画なんかで暴走した相手を抑えるのに意識だけ刈り取るというのはよくあるが、今回は親切にもそれが適用されるらしい。
本当に親切ならばそもそも暴走などさせないでほしいと文句の一つでも言いたいところだが……。
「……なら、やることは決まったな」
「ああ」
「とりあえず力づくで止める。……わかりやすくていいな、ほんと」
言いながら、牙人はゆらりと上体を前に傾け、腕をだらりと垂らす。
「——変身」
その言葉と同時に、牙人の体は眩い光に覆われた。
胸骨の下に埋め込まれた“血核”が発した信号を受けて活性化した体内の“獣因子”が、彼の体を人ならざるものへと作り変え、同時に“血核”に内蔵されたシステムが起動。
粒子状態で保管されていた“ブラドアーマー”が“獣因子”と結合して再構築されていく。それはそのまま牙人の肉体と融合し、文字通り血肉と化した。
——“狼怪人ウルファング”……それが、牙人がかつて呼ばれた名だった。
“Blood”が独自に研究を重ねた“獣因子”。人間に投与することで強靭な肉体と闘争本能をもたらし、いわば新人類を生み出すことのできる物質……。
体に埋め込んだ“血核”による制御のもと、これまた独自開発の成果たる“ブラドアーマー”で“獣因子”による肉体変異を安定化することに成功した彼らは、それをもちいて人類を導き、新人類創造を掲げて活動を開始。
……結果は推して知るべし、“超獣戦隊ビーストジャー”たちの猛攻によって夢は潰えたわけだが。
そんな過去の回想をしているうちに、二秒足らずで変身が完了する。
光が消え去った後、そこには灰色の毛皮を持つ獣の戦士が立っていた。
夏のぎらついた陽光が、舐めるように鈍色の装甲を滑る。
「んじゃまあ……狩りの時間だ」
「……」
「……」
「そんなにまじまじと見つめられると照れるなあ」
「ああ、すまない。本当に変身するんだな、と」
「そんなこと言ってる場合ですかね?」
「……それもそうだな」
姿は異形の者となっても、中身は当然牙人だ。
栞はそのことを再確認したというふうに苦笑を漏らす。
……もちろんそのやりとりの間にも、英司を取り巻く枝やら石やらが飛んできているわけだが、栞の手から伸びた漆黒の物質——“黒影”で作られた盾がその攻撃を逸らしていた。
しかし——。
「……そういえば、なんか小さくないか? 前見たときはもっと出してたろ」
生み出された円形の盾の直径は、牙人の背丈の半分もない。
黒服たちと戦っていたときの栞は、栞自身を余裕で覆い隠せるほどの量の“黒影”を操っていたはずだ。
「言っただろう。“黒影”は光に弱いんだ」
あまり余裕のない声で言った栞は、この季節の主役は自分だと言わんばかりに空に自己主張激しく輝く太陽を、目を細めて忌々しげに睨みつけた。
前回に栞の異能力を見たときの時間帯は、日も沈んだ夜の始まり。
なるほど、日光は栞にとってかなりの天敵のようだ。
「そういうわけで、私は決定打を与えるのが難しそうだ。そこは任せてもいいかな?」
「ああ。とりあえず様子見で軽くやってみるさ」
「頼んだ。助けが必要なら言ってくれ」
「うす」
栞にサムズアップして、牙人は苦しむ英司をまっすぐに見据えた。
「さてと、そんじゃいきますか」
勢いをつけながら少し腰を捻り、右腕の肘のあたりを左前腕で抱え込むようにして手前に引き寄せる。
トントン、とリズミカルに軽く跳躍。満足げに小さく息をついて、上体をゆらりと前に倒した。
足裏が森の土を蹴る。低い姿勢からスタートダッシュを切り、加速。
そんな牙人に本能で脅威を感じたのか、念動力は周囲の立派な木々を複数空に舞い上げた。
理性が飛んだ状態で、英司の意思によるものではないわけだが、なかなかに面倒くさい力だ。
宙に横一列に並べられた数本の幹が、ミサイルのように次々と発射される
目標はもちろん牙人。
牙人はその場に足を止め、上体を反時計回りに後ろへ捻る。
「よっこら……せいっ!」
気合一発、牙人は一本目の哀れな木を殴り飛ばした。
メキ、という繊維の壊れる音がして、幹が真っ二つに折れながら吹っ飛んでいく。
間髪入れずに飛んできた二本目。
「っし……!」
一本目を殴って捻った体を戻す遠心力に乗せ、今度は左拳をアッパーの要領で下から叩きつける。
牙人の体の何倍もあろうかという木は、軽々と空中に打ち上げられた。
その勢いのまま、体を回転。
右足の後ろ回し蹴りで、三本目も難なく撃墜。
四本目と五本目が、一斉に迫りくる。
牙人は、両腕を振り上げると——。
「ていっ」
二本の幹を、それぞれの腕で下に叩き落とした。
それと同時、牙人の背後に三本目が遅れて落下し、重い地響きとともに爆発のような砂埃を巻き起こした。
しかし、本当に直線的な攻撃だ。見切りやすいことこの上なく、牙人としては助かるというものだが。
「にしても、ここまで単調になるか? まるで投げてるみたいな……」
そこまで口にして、ふとあることに思い当たる。
それは、戦闘経験……あるいは、野生の勘による、小さな違和感。
飛んできた木々を殴った時に受けた力も、各々が持つ質量以上の重さは感じなかった。力が加えられているならば、その分増していてもよさそうだ。
それに、と、油断なく構えながらも、目線をちらりと地面にやる。より詳しく言うならば、これまでの英司の攻撃によって地面に散らばった、石やら枝やらに。
操作されている物体が、ああもおとなしく叩き落されてくれるものだろうか。
直線状の軌道。薄い手ごたえ。
「……」
あくまで仮説でしかなく、それが正しいという保証はどこにもないが……。
胸の中に沸き上がったそれは、じわじわと確信へと変貌していく。
それは、英司の攻撃には念動力が加わっていないのでは、というもの。
正確には、力を加えているのは最初だけ。まさに、見えざる手で投げているかのように。
そうして投射運動をしているならば、先程からの違和感にすべて説明がつく。
単調な攻撃は、そもそも操っていなかったから。
手ごたえの薄さも、力を加えられてはいなかったから。
叩き落とすことができたのも、ただの投げられたボールと同義だったから。
しかし——。
「だから何だって話だよな……」
そんなことに気がついたところで何かが変わるわけでもなく……。
そんな思考は、やはり直線軌道の石を迎え撃つために拳を突き出したところで中断される。
考えても仕方ないことはひとまずしまっておくとしよう。異能力の本質よりも、まずは暴走列車の鎮圧。それが先だ。
牙人は、少し痺れの残る拳を、しっかりと握りしめた。
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