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第07章 チームエイジ
第02話 院長先生の想い
しおりを挟むコンコン
「エイジです」
「どうぞ、お入りください」
伝言を預かっていたローズさんから聞いて院長先生の下へやって来た。
「お待ちしておりました」
「すみません、さっきローズさんから聞いてすぐに来たんですが、何のご用だったんでしょう」
昨夜、院長先生とは夕食の時に会っている。
その時には何も言われなかったから他の者には聞かせられない用だと予想できた。
「はい、少しお願い事がありまして。お願いと言ってもエイジさんには許可を頂く程度でいいのです。お話だけ聞いて頂けますか? そして、よろしければ許可をくださいますか?」
「あれ? 院長先生?」
「はい、私もエイジさんの名前を言えるようになりましたわよ」
嬉しいな。院長先生も、練習してくれたんだな。あだ名でもいいのに、態々練習して言えるようになってくれるって嬉しいよな。
「子供達も今では全員が言えると思います。皆が感謝の印としてエイジさんの名前をキチンと言えるように練習しましたから」
えー! そんな事までしてくれたんだ。凄っごく嬉しいんだけどー。
「ありがとうございます。凄く嬉しいです!」
「いえいえ、こちらこそお世話になりっぱなしなのですから。せめてご恩のある方の名前ぐらいは言えるようになりませんとね」
さすがは院長先生だな。こういう細かい配慮って意表をつかれて嬉しいもんなんだよなぁ。
「そんな、ご恩だなんて。俺は自分ができる事をやっただけですから」
「エイジさんの場合は、そのできる事も素晴らしい力をお持ちなんですが、出来る事をしない方が多い中、それをできるエイジさんの行動力は素晴らしい事なのですよ」
なんだろ、他所でこれだけ褒められると裏を考えてしまうけど、院長先生の言葉だと素直に照れてしまうよ。
「それで、お願いなのですが」
「あ、はい、何でしょうか」
「はい、いくつかあるのですが、まずはもう少し建物を増やしてもいいでしょうか」
「え? また孤児を受け入れるんですか?」
「それもありますが、スラムの方達で、仕事をしたいという人が多くなって来まして、それを受け入れようかと」
「スラム…ですか……」
スラムと聞いて俺は躊躇した。スラムに偏見が無いわけじゃないんだけど、この場所は秘密が多い。元孤児院の子達は口が堅いが、スラムに限らず他の人ならどうかと考えてしまったんだ。
難しい顔をした俺に院長先生が聞いてくる。
「ダメでしょうか……」
「いえ、ダメって事は無いんですけど、ここの秘密は守られるんでしょうか。変に噂が広がると、ここを我が物にしようとする愚かな奴らが出ないとも限らないでしょ? 俺はそれが心配なんです」
フィッツバーグ以外にも貴族はいるし、商人だったらここの農作物や薬草に目を付けるかもしれない。普通に交渉してくる奴ならいいけど、悪い奴はどこにでもいるからな。しかも、そういう奴に限って鼻がいいから見つけられてしまうんだよな。
今は、部外者に対しては妖精樹のヨウムが守ってくれてるけど、内部からだと守れないからな。
「そうね、でもねエイジさん。でも、放っておけなくってね。食べるものが無い、食べられないって本当に辛い事なの。その辛さが分かってるから、どうしても放っておけなくなるの」
「院長先生……院長先生ってそういう人でしたね。確かに俺も人手は欲しいとは思ってました。【星菓子】でも、今後いるようになるかもしれないって言ってましたし、農作物の種類も増やしたりしたいですしね。そうなると加工場も倉庫も増やさないといけないですし、それを仕切る人も、できたら商人のような人も欲しいとは思ってたんです」
今後、必要になってくると思ってたとこだよ。このままでもこの【星の家】は順調に行くだろうけど、もう少し大きくして子供たちの教育をって思ってたんだよな。
ただ集落として大きくするだけでも、ここは秘密が多い。
まず、農作物が普通じゃない。マイアが作ったからよかったのか、衛星が作ったからおかしいのか分からないが、麦は通常の三倍ぐらい大きいし収穫期間も短い。ジャガイモなんて今では一週間で採れるようだ。妖精達が頑張るともっと早いみたいだし、妖精が多く存在するのも大きな要因だと思う。
妖精は気に入らない人に姿を見せないのはマスターで実証済みだけど、精霊はそうは行かない。
道を中心に、この辺り一体を管理してくれてる三精霊とマイア自慢のマンドラゴラとアルラウネを世話してる二精霊は見た目が人間だけど少し付き合うとすぐに人間じゃないとバレると思う。
だって彼女達って飛ぶんだもん。
特にプーちゃんは、最近ずっと飛んでると思う。見かけるといつも飛んでるから。
隔離されてる地域だから安心してるのか、それともそんな事はお構いなしなのか分からないが、最近では全く自重していない。だから農作物の収穫周期も早まってるのだろうけど。
そんな彼女達を人間だとは思わないだろ。
精霊達の事は後回しにするとしても、人を増やすには人選を入念に行ないたい所だ。
孤児に関しては人選なんてしてないけど、彼らはここが大好きだ。だから言いふらすなんて事はしないだろう。
問題は、今後入ってくる子達と大人だ。
今回、院長先生はスラムの大人も参加させようと考えていたのだ。
「あの方達も、仕事をしたい人は多いのです。だた、他所の町の出身であったり、勤め先が不況であったり潰れたりで無職になると、中々就職先が無いのが現実です。働きたいのに働く先が無い。それでスラムで住むしかない方も大勢おられるのです。今の私達ならそんな方たちに手を差し伸べてあげられると思うのです」
そういうのは教会がする事だと思うけどな。
でも、優しい院長先生ならそう思っちゃうのかな。
自分達だって、偽の領主様命令で町の人達から爪弾きにされて、最悪死んじゃうかもしれなかったのに、よくそんな気持ちになれるもんだな。
「私達も苦労はしましたが、今はエイジさんに救われて幸せな生活ができています。いえ、非常に贅沢な暮らしが出来ています。もう、元の暮らしには戻れないほどに。ここまでの生活とは言えないまでも、仕事が無くて困ってる方達に何かやってさし上げる事はないかと考えた時に、この地の拡張を思い立ったのです。こんなに森の奥で無くとも結構です。森の入り口辺りであれば樹も多くありますし、初めの内はこちらから食材などを援助すれば軌道に乗れるのではないかと思っています。エイジさん、お許し頂けますか」
森の入り口か……だったら秘密が漏れる恐れは少なくなるだろうけど……
「無理ですね」
「そんな……」
俺の言葉でガックリと肩を落とす院長先生。
「森の入り口では家を建てるのがせいぜいです。継続して作物を育てるのは難しいでしょう。幸い、このレッテ山の麓はずーっと向こうまで俺の管轄地域みたいなので、こっちに用意する家に住んでもらいましょう」
「それでは!」
院長先生の顔がパァっと明るくなる。
「ええ、すべて俺が準備します。ただし! 住んでもらうに当たり条件はあります」
「は、はい。もちろんそうでしょうね。条件とは何ですか?」
「できれば未成年の孤児ですね。それと、住み始めたら、この地より三年出られない事を条件にします」
「大人はダメでしょうか」
大人かぁ……今は避けたい所なんだけどな。でも、院長先生の頼みだしなぁ。
「大人ですか……大人は五年は敷地内から出られない条件でなら」
「ええ、ええ、十分です。それで十分です。ここは自活ができますもの、五年と言わず永住する者しかいないと思いますわ」
そんな事無いと思うんだよな。やっぱり町に行ってみたいと思ったりすると思うんだ。
俺が五年と言ったのは秘密の漏洩防止のためで、信用のおける人なら町の農業ギルドや冒険者ギルドに登録してもらって買い取り担当をしてもらってもいいと思ってる。
でも、心無い少数は絶対いると思う。そんな奴らのために、ここが危険に晒されるのを防ぐのも俺の役割だから。
衛星や精霊達のお陰で今のところは問題ないけど、事が起こってから対処するより予防をしておいた方が楽だからね。
「じゃあ、移住者が決まったら教えてください。もし俺がいなくても、サーフェかドーラかプーちゃんに言ってくれれば俺に連絡してくれるはずだから」
「ありがとうございます」
「いえ、これは院長先生にお礼を言われる事じゃないですよ。院長先生はスラムの人達のためを思って動いてる善意の人なんですから」
「それでもです。私の我侭を受け入れてくださって、ありがとうございます」
もう……いい人だよな、院長先生って。だから助けたくなるんだけどね。
「後は、何も無いですか?」
「それが……」
あるんだね。
「なんでしょうか」
「農作物の事なんですが、多すぎて困っています」
「あれ? 収納バッグに収まりきれませんでしたか?」
収納バッグって相当入ると思うんだけど、それ以上に作ったの?
「いえ、収納バッグを頂いてからは倉庫も溢れる事無く全て収まっています。ですから、倉庫も大分片付いているんですが、増える一方で全然減らないのでどうしたらいいかと」
確かに売る量も上限を決めてるし、食べる量なんて作る量にすれば大した事もないだろう。
でも、【星菓子】で支店を出す予定だから、そっちに回せばいいんじゃないか?
「何が余ってるんですか?」
「全部です。小麦もジャガイモも砂糖も。それと薬草もです」
小麦は【星菓子】で引き取るとして、ジャガイモかぁ。薬草は冒険者ギルドでいくらでも引き取るって言ってなかったっけ?
「薬草は冒険者ギルドで全部渡してやればいいですよ。小麦と砂糖は【星菓子】の方で何とかします」
「え! いいのですか? 今ある薬草を全部持って行ったら相当な金額になりますよ? 白金貨百枚以上するかもしれません」
「ええ、いいんですよ。それが最初の約束でしたから」
確かそうだったよな。下限は決めたけど、上限は無しだったよな。独占契約だったはずだから、冒険者ギルドで買い取ってくれないと困るしね。それに、買い取った薬草は転売して儲けるんだろうから多い方が喜ぶんじゃない?
「分かりました。あと、小麦粉は分かりましたがジャガイモはどうしますか?」
「ジャガイモについては少し考えがあるんです。もう少し持っててもらえますか?」
「分かりました。あとは……特にはありませんね」
それから少し世間話をして出ようかと思った時に院長先生が思い出した。
「そういえばゼパイルさんが、何か用事があるとおっしゃってましたね」
院長先生! あんたもゼパイルさんの事はついでかい!
ゼパイルさんって嫌われてんのか? 今から行って、その辺りも聞いてみよう。
【星の家】を出ると、音が煩いとの理由で少し離れた所に建てた鍛冶工房に足を向けるのだった。
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