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女神と海の至宝
第十六章 芽生えた友情と、本音と建前
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満月の夜に初めて出会っときと同じ、白いノースリーヴのワンピース姿のアイカをギルバートは強く抱きしめる。やっと帰ってきてくれた。自分がほんの少し目を離した隙に遠く海底へ呼ばれ、手の届かないところへ行ってしまった。
元から女神と人間だ。在るべき世界が違う。出会えたことすら奇跡に等しい。
もしかすると、もう二度と逢えないかもしれないという不安は常にあった。ギルバートはらしくもなく神に感謝する。
「ギルバート」
強く抱きしめてくるギルバートからアイカはそっと身を離し、船へと振り返った。ラグナに戻ったからと全てはまだ終わってはいない。
精霊の女王像は砕けてしまったけれど、額にはめられていた真珠は砕けることなく光の膜に包まれるようにして宙に浮いていた。それがアイカのすぐ傍まで降りてきた瞬間、一瞬で人型をとった。
青銀の長い髪はふわりと波打ち、血の気を感じさせない真っ白な肌に、冴え凍るような美貌。髪色と同じ長い睫がゆっくりと見開かれると、そこには南国の海を思わせる深いエメラルドグリーンの瞳があった。
それはラグナの船ならばどの船にも祭られている精霊の女王像と同じ容姿であり、アイカと同じ白いロングワンピースを着て、地上へ降り立つことなく宙に浮き続けていた。
港に集まっていた全員が、突然の船の出現と共に、船首像が砕け銀糸の女神が現れ、そして次は真珠が精霊の女王と同じ姿へと変貌する光景を目の辺りにして、声1つ出せずただ見ていることしかできない。
真っ暗な夜中から何をするでもなく港で絶ち続ける意味があるのかと不満に思っていた者も少なくない。しかし、海の地平線から上る太陽の陽を受けて、クリスタルに覆われた朽ちた船は、光を反射しキラキラと輝いている。
あまりにも非現実的で、夢のように幻想的な美しさだった。
宙に浮いていたゼシルがふわりとアイカの傍にまで降りてきて、
「ありがとう、アイカ」
ちゅ、アイカの頬にキスを落す。それにアイカは目を見開いて驚き、ギルバートはぎょっとして着ていた外用マントをアイカにかけて引き寄せ、これ以上アイカをゼシルの好きにさせてなるものかと睨みつけた。
しかしギルバートに睨まれてもゼシルは気を悪くした様子はなく、そのまま船へと振り返った。まだゼシルの力が船を覆っている。
「還りなさい、魂たちよ。船はラグナに還ったわ」
ゼシルがそう言うと船を覆っていたゼシルの力が解けて、船の中から丸い光の玉が溢れた。あの日、海賊たちに殺され、魂だが船と共にあった者たちの魂だ。
突然解放された魂は船の中から外へ出てきても、戸惑うかのように船の周りをしばらく浮遊した後、1つが空へと昇っていくと、残りの魂たちも後を追うように朝の空へと昇っていく。
けれど只1つ。他の魂たちが空へと昇っているなか、1つの魂だけは船の中央でふわふわ浮きつづけ、他の魂が全て空へと昇ったのを見届けるとゼシルのすぐ目の前まで近寄ってきた。
「貴方も還りなさい。在るべき場所へ。ここはもう暗い海底ではないわ」
その魂を両手で包むようにしてゼシルが優しく声をかけると、小さな光を灯した魂は空へと昇らず、スーッと港に集まっていた者たちの方へ飛んで行き、この場を見守っていた1人の男の胸へと消えていった。
▼▼▼
銀髪金眼とアイカと青銀髪碧眼のゼシルが、それぞれ美しいドレスを着込み、1つのテーブルを囲んで和やかに談笑していた。容姿は同じでも中身がアイカとゼシルでは、受ける印象は全く違う。
2人とも人離れし過ぎた美しさだったが、アイカの方は麗しく大輪の華のような美しさに対し、ゼシルの方は微笑んでいても他を寄せ付けようとしない凛とした美しさがあった。
テーブルの中央に置かれた大皿に入っているのはアイカが作ったバロック真珠のネックレスだ。それに再びアイカは手をかざし、そっと瞳を閉じて念じる。
すると、大皿の中に入れられていたネックレスはふわふわと宙に浮き、ふわっと一瞬だけ輝いてからカシャンと皿に落ちた。しかし、紐で通された真珠は全て、浮く前の形が歪なバロックではなく、ラウンドの玉に形が変っていた。
「丸い真珠になったわ!真珠層を作るのと丸い形状にしようとするのを、一度に全部しようとするからダメだったのね!」
「上手くいかなかったときは、順を分けてすると上手くいきやすいわ。元々真珠は年月をかけて光り輝く層を重ねていくものだし」
出来上がった真珠を手に取り、ゼシルはそのできばえに満足そうに微笑む。
それを聞いたアイカは、口元に手をかけ思案し始めた。
一度にしようとするんじゃなくて、工程を1つ1つ分けて考えればいいのなら、
「それならもしかして……。ギルバート、炭を少し貰えないかしら?」
ぱっとギルバートに振り返ってアイカが頼めば、傍でアイカとゼシルの2人を見守っていたギルバートは「もちろん」と快諾し、セバスチャンに炭をいくつか持ってくるように命じる。
部屋には、アイカ、ゼシル、ギルバートのほかに、グレンやセバスチャン、そしてディアーノとザムールも同席していた。ギルバートとグレン以外は、アイカの力を直接見るのは初めてで、無言だったがその光景から視線を反らすこともできない。
早朝の騒ぎで、ギルバートとディアーノを護衛していた衛兵たちはその奇跡の瞬間を目撃してしまい、混乱をしずめ、また騒ぎを大きくしないようにという配慮で、本宅の方に集まっていた。
そしてゼシルにくっついディアーノは部屋にまでついてきてしまった。
とはいえ、海の中から現れ、クリスタルで覆われた船は、全ての魂が解放されると同時にクリスタルは消滅し船は再び海底へと沈んだ。証拠は見た者たちの記憶だけだ。
だが記憶だけだとしても、先日王都アルバの町が結晶で覆われ、その騒ぎが完全に静まる前に今度はクリスタルの船である。街の方は奇跡の話しで盛り上がり、そして耳聡くアイカの噂を聞きつけた貴族からさっそく祝いの手紙や品々が送りつけられてきた。
「こちらでよろしかったでしょうか?」
すぐに下の台所の方から炭を3本ほど持ってきたセバスチャンが戻ってきて、ネックレスが置かれているテーブル横に置く。持ってきてくれたセバスチャンに一言礼を言い、アイカはもう一度集中する。今度は真珠にではなく、真っ黒な炭を見つめて。
あれから何度試しても研磨されてキラキラ輝くダイヤじゃなくて、原石しか出来なかったのよね。
単に私の力やイメージが足らないのかなって思っていたけど、そうじゃなくて作る工程を間違っていただけなら………。
炭に手をかざし、最初は元素の結合図をイメージすれば、真っ黒だった炭は白い光を帯びて白濁した結晶へと結合を変える。ここまではいつもと同じだ。
ここからはーーー
研磨、磨かれていくイメージ。
そして原石から光輝くダイヤモンドへ。
再び原石が光り初め、キーンというアイカの<研磨する>というイメージを具現したように高音の音が部屋に鳴り響く。
次第に音は小さくなり完全に聞こえなくなった時には、白濁色だった原石は、研磨され光を反射するブリリアントカットの最高級ダイヤモンドに生まれ変わっていた。
「できた」
落ち着いた声でアイカは言うと、そっと出来上がったばかりのダイヤを手に取る。前に作ったときは炭一個分の炭素しかなかったが、今回は炭3本分の炭素。研磨した状態ですら大人こぶし大の大きさになった。
「見事だわ。石としてだけでなくアイカの力も完全に融合していて、持つ者に強い加護を与えるでしょうね」
「じゃあこれはゼシルにプレゼントするわね」
手に持ったダイヤモンドをアイカはゼシルに差し出した。
「私に?」
「沈んでいた船の魂たちは解放されたし、ゼシルがこの港に留まる理由はないもの。どこか遠くへ行っちゃうんでしょう?だから、またいつか会えるように私の願をかけておくわ」
確かにゼシルはアイカを承諾なしに海の底へと呼んで、その魂を自らの身体と交換する形で朽ちた船に縛り付けてしまった。一歩間違えれば帰る方向が分からず深い海の中をずっと漂流することになったかもしれない。
けれどそれはゼシルの身勝手な気まぐれではない。何百年も暗い海の底で沈んだ船の魂をひたすら守り続け、必死に助けを求めただけなのだから。
私だってもし愛する人や親しいひとを亡くしたら悲しいわ。
其の魂が安らかに眠ってくれることを祈るもの。
ゼシルだってその気持ちは変らないはずよ。
ただの精霊ではなく精霊の女王に昇華したなら、尚更人間など見捨ててもよかったのだ。
けれどゼシルは決して人間を見捨てなかった。
それは前世で人間だったアイカにとって、無理矢理巻き込まれたことよりも、とても嬉しい。
「……ありがとう。大事にするわね」
ゼシルは静かに微笑み、ダイヤモンドを受け取った。
2人の様子を見守っていた周囲から異論はもちろん上がらない。そんな無粋をする者なら、初めからこの場にいることすら許されない。王族や貴族であれば身分を弁えることは、幼い頃から叩き込まれている。
だが2人はそんな人間が決めた身分の枠に収まりきらない。元から女神と精霊の女王である。そんな2人の決めたことに人が口を出すなど、愚者のきわみだ。
「ギルバート将軍、さきほどから2人を何でもないという振りで見ていらっしゃいますけど、動揺しているけれど単に深く考えないようにしているだけなのではないですか?」
ソファに腰掛けたディアーノが向かいに座るギルバートに、さり気なく声をかける。にこやかな笑顔を崩さないと言えばその通りだが、その笑顔は仮面のように固まってしまっていることに、本人は気付いているのかいないのか。
ディアーノも態度に出すのは留まったが、目の前でアイカが起こす奇跡に驚かなかったわけではない。
炭からダイヤを作れる力とは、恐れ入るな。さすがは宝石姫か。
理屈は分からない。神の力だと言われてしまえば、ディアーノも頷くだけだが、金持ちからインチキで金を巻き上げる胡散臭い輩とは比較することすら愚かだろう。
水や氷を操るゼシルの力も凄いが、ギルバートを氷の刃から守った力といい、こうして実際に炭からダイヤを作る力は、人間の経済にとんでもない影響を及ぼす力を秘めている。
国としての影響度もだが、この力が広まればアイカは各国から狙われる。
特にリアナあたりが真っ先に奪うか殺すか狙ってくるだろう。
かといって側室などに出来るわけがないし、本気で女神を正妃に据える気か。
だが1人の男として女神を妻にできたのなら、これ以上の幸福はないだろう。
王族として生まれた時から恵まれた生活を送り、他人に対して羨ましいと思ったことがないディアーノだったが、港の桟橋でアイカを抱き寄せているギルバートの姿を思い浮べると、ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまったことを心の中だけで認める。
しかし、当のギルバートと言えば、ディアーノから話を振られてもアイカたちから視線をはずすことなく、固まってしまった笑顔のままで
「黙れ、小僧」
「言うべき建前と心の中の本音が逆になってますよ、ギルバート将軍」
笑顔でいながら内心はディアーノたちと同じく驚き動揺しているのだろう。
隠すべき心の中の本音がぽろっと出てしまい、隣に座っているグレンが悩ましげに眉間に皺を寄せていた。
元から女神と人間だ。在るべき世界が違う。出会えたことすら奇跡に等しい。
もしかすると、もう二度と逢えないかもしれないという不安は常にあった。ギルバートはらしくもなく神に感謝する。
「ギルバート」
強く抱きしめてくるギルバートからアイカはそっと身を離し、船へと振り返った。ラグナに戻ったからと全てはまだ終わってはいない。
精霊の女王像は砕けてしまったけれど、額にはめられていた真珠は砕けることなく光の膜に包まれるようにして宙に浮いていた。それがアイカのすぐ傍まで降りてきた瞬間、一瞬で人型をとった。
青銀の長い髪はふわりと波打ち、血の気を感じさせない真っ白な肌に、冴え凍るような美貌。髪色と同じ長い睫がゆっくりと見開かれると、そこには南国の海を思わせる深いエメラルドグリーンの瞳があった。
それはラグナの船ならばどの船にも祭られている精霊の女王像と同じ容姿であり、アイカと同じ白いロングワンピースを着て、地上へ降り立つことなく宙に浮き続けていた。
港に集まっていた全員が、突然の船の出現と共に、船首像が砕け銀糸の女神が現れ、そして次は真珠が精霊の女王と同じ姿へと変貌する光景を目の辺りにして、声1つ出せずただ見ていることしかできない。
真っ暗な夜中から何をするでもなく港で絶ち続ける意味があるのかと不満に思っていた者も少なくない。しかし、海の地平線から上る太陽の陽を受けて、クリスタルに覆われた朽ちた船は、光を反射しキラキラと輝いている。
あまりにも非現実的で、夢のように幻想的な美しさだった。
宙に浮いていたゼシルがふわりとアイカの傍にまで降りてきて、
「ありがとう、アイカ」
ちゅ、アイカの頬にキスを落す。それにアイカは目を見開いて驚き、ギルバートはぎょっとして着ていた外用マントをアイカにかけて引き寄せ、これ以上アイカをゼシルの好きにさせてなるものかと睨みつけた。
しかしギルバートに睨まれてもゼシルは気を悪くした様子はなく、そのまま船へと振り返った。まだゼシルの力が船を覆っている。
「還りなさい、魂たちよ。船はラグナに還ったわ」
ゼシルがそう言うと船を覆っていたゼシルの力が解けて、船の中から丸い光の玉が溢れた。あの日、海賊たちに殺され、魂だが船と共にあった者たちの魂だ。
突然解放された魂は船の中から外へ出てきても、戸惑うかのように船の周りをしばらく浮遊した後、1つが空へと昇っていくと、残りの魂たちも後を追うように朝の空へと昇っていく。
けれど只1つ。他の魂たちが空へと昇っているなか、1つの魂だけは船の中央でふわふわ浮きつづけ、他の魂が全て空へと昇ったのを見届けるとゼシルのすぐ目の前まで近寄ってきた。
「貴方も還りなさい。在るべき場所へ。ここはもう暗い海底ではないわ」
その魂を両手で包むようにしてゼシルが優しく声をかけると、小さな光を灯した魂は空へと昇らず、スーッと港に集まっていた者たちの方へ飛んで行き、この場を見守っていた1人の男の胸へと消えていった。
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銀髪金眼とアイカと青銀髪碧眼のゼシルが、それぞれ美しいドレスを着込み、1つのテーブルを囲んで和やかに談笑していた。容姿は同じでも中身がアイカとゼシルでは、受ける印象は全く違う。
2人とも人離れし過ぎた美しさだったが、アイカの方は麗しく大輪の華のような美しさに対し、ゼシルの方は微笑んでいても他を寄せ付けようとしない凛とした美しさがあった。
テーブルの中央に置かれた大皿に入っているのはアイカが作ったバロック真珠のネックレスだ。それに再びアイカは手をかざし、そっと瞳を閉じて念じる。
すると、大皿の中に入れられていたネックレスはふわふわと宙に浮き、ふわっと一瞬だけ輝いてからカシャンと皿に落ちた。しかし、紐で通された真珠は全て、浮く前の形が歪なバロックではなく、ラウンドの玉に形が変っていた。
「丸い真珠になったわ!真珠層を作るのと丸い形状にしようとするのを、一度に全部しようとするからダメだったのね!」
「上手くいかなかったときは、順を分けてすると上手くいきやすいわ。元々真珠は年月をかけて光り輝く層を重ねていくものだし」
出来上がった真珠を手に取り、ゼシルはそのできばえに満足そうに微笑む。
それを聞いたアイカは、口元に手をかけ思案し始めた。
一度にしようとするんじゃなくて、工程を1つ1つ分けて考えればいいのなら、
「それならもしかして……。ギルバート、炭を少し貰えないかしら?」
ぱっとギルバートに振り返ってアイカが頼めば、傍でアイカとゼシルの2人を見守っていたギルバートは「もちろん」と快諾し、セバスチャンに炭をいくつか持ってくるように命じる。
部屋には、アイカ、ゼシル、ギルバートのほかに、グレンやセバスチャン、そしてディアーノとザムールも同席していた。ギルバートとグレン以外は、アイカの力を直接見るのは初めてで、無言だったがその光景から視線を反らすこともできない。
早朝の騒ぎで、ギルバートとディアーノを護衛していた衛兵たちはその奇跡の瞬間を目撃してしまい、混乱をしずめ、また騒ぎを大きくしないようにという配慮で、本宅の方に集まっていた。
そしてゼシルにくっついディアーノは部屋にまでついてきてしまった。
とはいえ、海の中から現れ、クリスタルで覆われた船は、全ての魂が解放されると同時にクリスタルは消滅し船は再び海底へと沈んだ。証拠は見た者たちの記憶だけだ。
だが記憶だけだとしても、先日王都アルバの町が結晶で覆われ、その騒ぎが完全に静まる前に今度はクリスタルの船である。街の方は奇跡の話しで盛り上がり、そして耳聡くアイカの噂を聞きつけた貴族からさっそく祝いの手紙や品々が送りつけられてきた。
「こちらでよろしかったでしょうか?」
すぐに下の台所の方から炭を3本ほど持ってきたセバスチャンが戻ってきて、ネックレスが置かれているテーブル横に置く。持ってきてくれたセバスチャンに一言礼を言い、アイカはもう一度集中する。今度は真珠にではなく、真っ黒な炭を見つめて。
あれから何度試しても研磨されてキラキラ輝くダイヤじゃなくて、原石しか出来なかったのよね。
単に私の力やイメージが足らないのかなって思っていたけど、そうじゃなくて作る工程を間違っていただけなら………。
炭に手をかざし、最初は元素の結合図をイメージすれば、真っ黒だった炭は白い光を帯びて白濁した結晶へと結合を変える。ここまではいつもと同じだ。
ここからはーーー
研磨、磨かれていくイメージ。
そして原石から光輝くダイヤモンドへ。
再び原石が光り初め、キーンというアイカの<研磨する>というイメージを具現したように高音の音が部屋に鳴り響く。
次第に音は小さくなり完全に聞こえなくなった時には、白濁色だった原石は、研磨され光を反射するブリリアントカットの最高級ダイヤモンドに生まれ変わっていた。
「できた」
落ち着いた声でアイカは言うと、そっと出来上がったばかりのダイヤを手に取る。前に作ったときは炭一個分の炭素しかなかったが、今回は炭3本分の炭素。研磨した状態ですら大人こぶし大の大きさになった。
「見事だわ。石としてだけでなくアイカの力も完全に融合していて、持つ者に強い加護を与えるでしょうね」
「じゃあこれはゼシルにプレゼントするわね」
手に持ったダイヤモンドをアイカはゼシルに差し出した。
「私に?」
「沈んでいた船の魂たちは解放されたし、ゼシルがこの港に留まる理由はないもの。どこか遠くへ行っちゃうんでしょう?だから、またいつか会えるように私の願をかけておくわ」
確かにゼシルはアイカを承諾なしに海の底へと呼んで、その魂を自らの身体と交換する形で朽ちた船に縛り付けてしまった。一歩間違えれば帰る方向が分からず深い海の中をずっと漂流することになったかもしれない。
けれどそれはゼシルの身勝手な気まぐれではない。何百年も暗い海の底で沈んだ船の魂をひたすら守り続け、必死に助けを求めただけなのだから。
私だってもし愛する人や親しいひとを亡くしたら悲しいわ。
其の魂が安らかに眠ってくれることを祈るもの。
ゼシルだってその気持ちは変らないはずよ。
ただの精霊ではなく精霊の女王に昇華したなら、尚更人間など見捨ててもよかったのだ。
けれどゼシルは決して人間を見捨てなかった。
それは前世で人間だったアイカにとって、無理矢理巻き込まれたことよりも、とても嬉しい。
「……ありがとう。大事にするわね」
ゼシルは静かに微笑み、ダイヤモンドを受け取った。
2人の様子を見守っていた周囲から異論はもちろん上がらない。そんな無粋をする者なら、初めからこの場にいることすら許されない。王族や貴族であれば身分を弁えることは、幼い頃から叩き込まれている。
だが2人はそんな人間が決めた身分の枠に収まりきらない。元から女神と精霊の女王である。そんな2人の決めたことに人が口を出すなど、愚者のきわみだ。
「ギルバート将軍、さきほどから2人を何でもないという振りで見ていらっしゃいますけど、動揺しているけれど単に深く考えないようにしているだけなのではないですか?」
ソファに腰掛けたディアーノが向かいに座るギルバートに、さり気なく声をかける。にこやかな笑顔を崩さないと言えばその通りだが、その笑顔は仮面のように固まってしまっていることに、本人は気付いているのかいないのか。
ディアーノも態度に出すのは留まったが、目の前でアイカが起こす奇跡に驚かなかったわけではない。
炭からダイヤを作れる力とは、恐れ入るな。さすがは宝石姫か。
理屈は分からない。神の力だと言われてしまえば、ディアーノも頷くだけだが、金持ちからインチキで金を巻き上げる胡散臭い輩とは比較することすら愚かだろう。
水や氷を操るゼシルの力も凄いが、ギルバートを氷の刃から守った力といい、こうして実際に炭からダイヤを作る力は、人間の経済にとんでもない影響を及ぼす力を秘めている。
国としての影響度もだが、この力が広まればアイカは各国から狙われる。
特にリアナあたりが真っ先に奪うか殺すか狙ってくるだろう。
かといって側室などに出来るわけがないし、本気で女神を正妃に据える気か。
だが1人の男として女神を妻にできたのなら、これ以上の幸福はないだろう。
王族として生まれた時から恵まれた生活を送り、他人に対して羨ましいと思ったことがないディアーノだったが、港の桟橋でアイカを抱き寄せているギルバートの姿を思い浮べると、ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまったことを心の中だけで認める。
しかし、当のギルバートと言えば、ディアーノから話を振られてもアイカたちから視線をはずすことなく、固まってしまった笑顔のままで
「黙れ、小僧」
「言うべき建前と心の中の本音が逆になってますよ、ギルバート将軍」
笑顔でいながら内心はディアーノたちと同じく驚き動揺しているのだろう。
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